楽しむために、「晴れ」のために「褻」を生きてます。人工股関節全置換術を受けたことが'08最大の楽しかったイベント!
ケ時々ハレ・2
6月3日(水) スーパードクターの人工股関節全置換術
留守電にして二度寝していたら、
鷲尾真知子さんからの電話が入った。
(お祝いメールを送ったから)
しまった、損した、出ればよかった!
午後から縮毛矯正とカット。
買い物して帰宅。
「ベストハウス123スペシャル」を見る。
変形性股関節症の人工股関節全置換術に興味津々。
すごいね。
あんなことしてたのね。
大腿骨頭を電気ノコギリ(?)で切り取ったり、
ノミでカンカンやったり、
骨盤に穴を開けたり、
大工仕事だよね。
怖いわ。
そりゃ痛いわ、あとが。
あの2年待ちの先生は有名だけど、
あの先生の手術に限らず、
人工の傷が小さくなってきていたり、
入院期間が短くなってきていたり、
医学は進歩しているのね。
ありがたい。
耐久性にも期待します。
奥田英朗「マドンナ」読了。
4月10日(金) 前半・股関節の検診
レントゲン撮ってから整形外科。
ここでアジカタ先生の異動を知る。
ショック!
この前、エレガントさんのお見舞いに行った時に、
ちゃんとお話しておくんだった〜!
いつでも病院に来れば会えるものと思ってた!
病院の入り口まで行き、
アジカタ先生のことを急遽ミクシィにアップしていたら、
dollyにバッタリ。
首チョンパした小指の治療に通っているのだそうです。
アジカタ先生がいなくなったのは悲しいけど、
dollyに会えて嬉しい。
整形外科外来に戻ると、ワイドビューティーちゃんが来ていた。
ワイドビューティーが、
ウンパルンパ先生に
「アジカタ先生どこ行っちゃったんですかぁ」
と聞いてくれた。
茨城の病院だって。
私の股関節は経過がいい。
左の負担も減り、痛み止めが余るようになった。
ウンパルンパ先生は、
左脚のことは当分考えなくていいとおっしゃった。
いずれは進行するだろうけど、
がまんできないほど痛くなったら人工股関節にすればいいと。
よかった、気が楽になった。
アジカタ先生がいない今、長期の入院も、痛いことされるのも嫌だ。
また新しい主治医を好きになっちゃいそうな気もするけど。
ワイドビューティーとお昼を食べて帰宅。
3時頃、ることキャットシッターに行った。
猫たち、よその人間に飽きたらしく、今日は遊んでくれなかった。
ワークショップに於ける人工股関節の自由度
術後2ヶ月で参加した昨年よりは、ずっと自由。
立っている時には若干の脚長差を感じるため、
二人組になる時には、
左側に立たせてもらうことが多かった。
(その方が楽)
立っていると腰の歪みで、ちょっとひきつれる。
ちんたら走ることもできたし、
人の腕のアーチへジャンプすることもできた。
↑
これが一番驚きでしたね。
どんなふうにジャンプしたか覚えてないけど。
NGポーズとしては、
「正座でおじぎをする」
に近いことを何度かした。
土下座だ。
ステータスチェンジで、何度か土下座した。
ちょっと怖いので、
おじぎの角度を浅くしたりしていたが、
痛みはなし。
「術脚を上にして脚を組む」
これも浅い組み方だけど、やっていた。
平気。
「術脚を内輪へ曲げる横座り」
これもたまにやっていた。
平気。
はっぱがよくやっていた、
深く深くしゃがみこむ姿勢。
(和式トイレよりさらに深くしゃがむ)
あれだけは怖くてできなかった。
でも、あれできたら脚が楽だろうな〜という気はした。
倒れこんだり、押し倒されたり、
案外どんな動きもできた。
傍から見たら決してスムーズではないんだろうけど、
私としては快挙。
前と違って、膝の痛みもない。
1〜2年もすれば、
右足に異物が入っていることなんか、
けろりんぱと忘れてしまうかもしれない。
さっきの日記で落ち込んで自虐的になったけど、
そこまで言うほど、ひどくもないんじゃないか、
まだこれからの人生、望みがあるんじゃないか、
という気が少しだけしてきた。
もっと続けたいな、インプロ。
【蛇足】
ワークショップとは関係なく、
NGポーズとされている姿勢をとり、
無事であったという経験を最近しました。
術前にナース・ゴールドの説明を聞いて、
ちょっと悲観したけれど、
できない、しちゃいけないと言われていることでも、
絶対に100%できないわけじゃないのでした。
よ〜く気をつけて、
無意識に動くことさえ避ければ大丈夫みたい。
1月9日(金) 検診〜アジカタ先生に会えました!
まず両股関節と左膝のレントゲン。
11月に、痛くて水がたまっていた膝は、
いつのまにか良くなっていた。
股関節、右も左も問題なし。
左は痛いんだけど、悪化はしていないようだ。
右足に乗って立つと、
左腰がヒョイと上がるけれど、
左足に乗って立っても、
右腰は上がらず、下がったままだそうだ。
これが、なんとかなれば、
ヒョコヒョコがなくなる。
「そう簡単には治らないけど、大丈夫」
と、ウンパルンパ先生は言った。
午後から息子のメンタルヘルス科受診なので、
下心満々で、時間をつぶしていたら、
診療終了前に、トイレへ向かうアジカタ先生を発見!
さりげなく待ち伏せして、挨拶する。
2ヶ月と22日ぶりに会えた〜!
「調子どーお?」
「全然普通だねえ!」
「いいねえ!」
と話しかけてもらって、
メチャクチャ嬉しい!
満足して、コルネットにお昼を食べに来ています。
右股関節の胎動
半身浴しても続いています。
年末で仕事が忙しいので、負担がかかっているのかも。
左股関節もずっと痛い。
で、右の違和感。
よく似た感じを思い出しました。
寝ている時に右股関節の内部から・・・
グイグイ、
つんつん、
赤ん坊の膝や、かかとが、内側から突き出してくる感じ。
お腹が張る、あの感じ。
内部から突っ張るあの感じ。
あれにそっくり。
右股関節の中で、
ポリエチレンのソケットや、骨頭ボールが、
冷えて、つんつん動いているような気がする。
だから、痛いと言っても以前の痛みではなく、
筋肉がひきつれるような感じ。
エイリアンでも入ってるんでしょうか。
たぶん春が来れば解決する。
11月17日(月) 1ヶ月半たった今
息子、ちゃんと朝起きて、友達の家へ行った。
私は5時にあがり、まっすぐ息子の学校へ行く。
診断書を持参して、担任の先生に会う。
1ヶ月の休学は、単位が取れなくなり、実質不可能なので、
4月から1年制のコースに切り替えて、
新しく入学してくる子たちと一緒に卒業しようということになった。
それが最短の道である。
息子本人が連絡がとれず、
友達の家へ行きっぱなしだと思っていたので、
腹がたっていたけれど、
帰宅してみたら、息子は家にいた。
携帯が近くになかったらしい。
それにしても連絡が取れないのは不愉快。
息子と一緒にサイゼリヤで夕食。
2〜3日前にくらべて、目に光が見える。
薬、効いているんじゃないかな。
***********************
1ヶ月半が経過して、
いつの間にか、進歩、変化していたこといろいろ。
右側を下にして、横向きに寝られるようになった。
(脚に外転枕を挟んではいる)
マジックテープで脚を止めなくても、
挟んだだけで、うつぶせにも寝られるようになった。
右足の靴下を履くのに、マジックハンドを使っていない。
自力で履けている。
スニーカーも、一人でなんとか無理すれば履けるようになった。
痛み止めは今のところ、たまに夜だけ飲む。
(歩き過ぎると、左脚が痛む)
逆に、あまり進歩がないところ。
長いことガマンしていたのに、
またカサブタ剥いちゃった。
また血が出た。
11月6日(木) 術後の初検診
電車はラッシュだろう。
でもバスもきっと混んでいるだろう。
ひとつ思いついたアイディアが、
目的地と逆方向へ向かう下りの電車に乗って、
終点まで行き、
そのまま、折り返し上りになるのを待ち、
座ったままで、目的地まで行こうというもの。
しかし、これでは倍以上時間がかかる。
時間に余裕のある時ならいいと思う。
それほど焦っているわけではないが、
めんどくさい。
結局、通勤ラッシュの電車に思い切って乗りました。
これも術後初。
混んだ電車〜!
けっこう厳しかった。
やっぱりラッシュ時は怖い。
まず4階で採血。
中央検査部のスタッフはさすがだ。
私の血管は、ものすごく採りにくいらしいのだが、
すんなり一発で入る。
毎日、くりかえし採血ばかりしてるんだもんね。
プロフェッショナル。
病棟で新人ナースさんだと、
うまく採れなくて手の甲から採られたりするんだよ。
(別に嫌がっているわけではありません)
それから、3階でレントゲン。
意外にスムーズに進む。
それから、2階の婦人科外来。
母の主治医、N(♂)先生のブース。
「癌検診、今日やっちゃってもいいですよ。
あ、でも脚がまだ難しいか」
と言われ、アタフタ。
たぶん脚もまだちょっと難しいですが、
今日は、漢方薬をもらうだけのつもりだったので、
心(?)の準備をしていなかった。
診察は次回。
母娘で同じ先生に診てもらうのって、
ちょっと抵抗あります。
それから、3階の整形外科外来へ。
私の予約時間までは、まだだいぶある。
エレガントさんと、ワイドビューティちゃんが来ているので、
2人の診察が終わるまで、ず〜っとガールズトーク。
エレガントさん&ワイドビューティは、
私のことを、38歳だと思い込んでいたんだって。
なぜだ!?
そんなこと言った覚えはないし、
21歳の息子がいるというのに。
第一、38歳にしては老け過ぎていやしないか?
誤解が解けてよかった。
2人の診察の後、
一緒に14階の整形外科病棟へ行く。
Kuranさん、まもなく退院。
その隣に、2本目股関節の方がいた。
(検査入院してらした時に股関節トークをした)
ゴジラさんが手術を控えて4人部屋に、
Toyoさんが3本目の手術を終えて、同じ部屋にいた。
ナース・ブルー、ナース・若大将、
師長さん、主任さんに会う。
あいかわらず、ジブリオルゴールが流れている。
ここに来ると、なんだか元気が出る。
なぜだろうね。
エレガントさん、ワイドビューティと別れて、
私はまた外来へ戻る。
次の、次の、次・・・という所まで来ているのに、
すごく時間がかかる。
ウンパルンパ先生が、
ひとりひとり、丁寧に診てくれているのだ。
ようやく私の番になり、
膝の痛みのことを相談する。
膝のぷよぷよは、確かに水がたまっている状態だそうだ。
ただ、痛い所は別の所。
水も、痛みも、負担がかかっているせいなので、
そんなに気にせず、様子を見るようにと言われた。
本人に自覚はないだろうけれど、
たぶん手術前にくらべれば、
ずっと自由に動いたり、歩いたりしているはずだから、
その分、膝にも負担がかかっているんだって。
確かに、ウォーキングこそしていないけれど、
どんなに近所へ行くにも、
痛くて歩けなくて、自転車に乗っていたことを思えば、
最近は、ちまちま歩いてはいるよね。
レントゲンを見ると、
骨盤は、やっぱりちょっと右下がり。
いつまっすぐになるのかにゃ〜。
次回検診は1月9日。
(アジカタ先生が隣にいる曜日にしてもらった〜
膝のレントゲンも撮ってくれるそうです。
全部終わったら1時。
婦人科と整形外科とかけもちしたせいで、
半日以上かかってしまった。
薬局に処方箋を出した後、一人で昼食。
薬をもらって、
店に寄ってダヴィンチを買う。
どうでもいいけどハルナ嬢。
従業員が買い物しているのに、
決め台詞のように、
「カードご提示ありがとうございます。
エ、ご優待入りまして427円になります
と頑固に言うのはやめてほしい。
聞いてて、すご〜くつまらないような、
しらけたような気分になるの。
相手によって対応を変える柔軟性が欲しいが、
彼女にそれを要求してもしょうがないのはわかっているので、
せめて、びーちに会計してほしかった。
珍しく娘が買い物につきあってくれたので、
切干大根を煮た。
10月25日(土) 人体についてつらつら思う
朝イチで耳鼻咽喉科へ行き、
もう3日分薬をもらう。
夫は休日出勤。
私はひたすら寝る。
いっくらでも眠れる。
退院してから一週間たったな〜。
アジカタ先生に、次いつ会えるのかな〜。
ワイドビューティちゃんから、
写真と手紙が届く。
嬉しいな〜。
ガーゼがはずれたので、
傷痕をついなんとなく触る。
皮膚感覚が鈍いというか、
触っている感じがないのはなぜだろう。
あと疑問なのは、
ドレーンの穴が、傷痕から離れた場所に開いているのはなぜだろう。
関係ない所にブチ込んで、
なぜ血液が排出されるんだろう。
人間の身体って、けっこう大雑把だ。
寝てばっかいるので、
くだらんことを考える。
夫が、お好み焼きを作ってくれた。
10月22日(水) ノドがヤバイ

これは、ネットで夫が注文しておいてくれた外転枕。
すぐれものです。
(私の両脚の間に挟んで、マジックテープで両脚を固定して、
さらに左横向きになって寝ているわけです)
病院で使っていたものより、サイズは小さいけれど、
これのおかげで、
安心して横向きになったり、うつぶせになったりして、
寝ることができる。
(右側を下にした横向きは、まだできない)
朝、5時。
扁桃腺に白い化膿菌がついているという夢を見て目が覚めた。
本当にノドが痛い。
ヤバイ。
人工股関節にして、一番うるさく言われているのが、
1に脱臼、2に感染。
しかもまだ術後3週間ちょいである。
たぶん体力も落ちている。
風邪なんかひいたらヤバイのである。
必死でイソジンうがい。
近所の耳鼻咽喉科が開くのを待って、
わけを話して、薬をもらった。
薬を飲んで、トローチなめて、ひたすら眠る。
さいわい明日は、ウンパルンパ先生に
「傷口の様子を見せに来るように」言われているので、
相談することにしよう。
下界は危険に満ちているな。
10月20日(月) 日本の道を憂う
夫も、息子も、娘も、みんな出かけて行った。
一人っきりになるなんて久しぶり。
昼寝していても、誰かの気配が常にあったので、
なんだか寂しくてたまらない。
地域センターで1週間ほど車椅子を、
無料貸し出ししてくれると聞いたので、
リハビリがてら、借りに行く。
長時間歩いたり、立ちっぱなしでいたりすると、
かなり疲れるので、
買い物や銀行用に使えたら便利だと思ったのだが・・・
とんでもなかった。
外の道は、あまりにも斜めに傾いている。
(床が平らな病院とはワケが違った)
右か、左か、どちらかへぐんぐん傾いて行き、
まともに走らせるために、ものすごい労力を要する。
これはダメだ、危険だ。
あきらめて、車椅子を押して歩く。
疲れたら、ストッパーをかけて座って休む。
軽率だった。
むしろ椅子を押して歩くタイプの、
買い物キャスターのようなものが便利かもしれない。
耳鼻科へ行って、トークをもらう。
耳鼻科は地下で、薬局は2階なので、
その都度「階段の極意」をつぶやきつつ移動する。
汗だく。
銀行へ振り込みに行き、帰宅。
疲れて昼寝。
この車椅子、早々に返しに行かなくちゃ。
夕方、店へ挨拶に行き、
びーちとベローチェ。
ハルナ嬢の奇行について聞いたり、
入院中のちょっと変なあの人のことを話したりしていると、
気分的には、ずいぶん元気になる。
自宅での入浴に挑戦。
浴槽に入ることに成功した。
入る時はそうでもないが、
出る時がちょっと難しかった。
でも浮力を利用して、軽く中で正座できたので、
ゆったりお湯につかることができて、
とても気持ちよかった。
ガーゼは、息子に貼り替えてもらった。
夫が10時頃帰って来たのは知っているが、
いつの間にか眠っていた。
重松清「ビフォア・ラン」読了。
10月18日(土) 術後18日〜退院

退院後に撮った全景
2時頃、トイレへ行ったら、
隣の男性病室の前の廊下に、3〜4人のご家族がウロウロしていた。
消灯前の緊急手術がまだ終わらないらしい。
明け方、なぜか蚊がいた。
プーーーン……という羽音が不愉快で寝られない。
二ヶ所食われた。
エレベーターに乗って来たのかな。
朝食前にウンパルンパ先生がガーゼ交換に来る。
歯磨きして、軽く化粧すると、
もう会計を待つのがもどかしくなってきた。
Chiyoさんや、クリムゾンちゃんを寂しく見送ったおかげで、
私も少しずつ心構えができていたらしい。
ロックリッチさんも今朝ドレーンが抜けて、
車椅子になった。
その姿を見られてよかった。
10時。
夫と息子が迎えに来る。
アジカタ先生と握手してお別れ。
嬉しいけど寂しい。
3人でロイホで食事して、帰宅。
猫たちは私を覚えていた。
でもキラは、ものすごく屈折していた。
私にアピールするように、
執拗に夫や娘に、ペタペタ甘える。
ささやかな脳みそを駆使して、可愛いったらありゃしない。
ベッドは、いい感じに据えられていた。
療養中! って感じだ。
注文してもらった外転枕も届いていた。
安心して眠れる。
一休みした後、必要に迫られて夫とお出かけ。
スポンと履ける靴を買って、
五右衛門でパスタ食べて帰宅。
けっこう歩いた。
もう眠い。
退院の言葉

↑25日間暮らしたマイルーム
2008年。
10月18日。
今日。
この日。
私たちの退院の日。
退院の日!
見守ってくださった
お父さん
お母さん
お世話になった先生方。
やさしかった看護師さん。
ありがとうございました。
ありがとうございました!
ぼくたち
私たちは
ジブリオルゴールが鳴り響く
この病棟を巣だって行きます。
巣だって行きます!
ちょっぴり不安だった初めての入院。
25日間暮らしたマイルーム。
自信がついた自己血貯血。
一番痛かった股関節造影。
先生方への信頼が深まりました。
深まりました!
楽しかった全身麻酔。
ベッドでトイレ。
誰にも負けない根性がつきました。
みんなで歌ったお別れの歌。
元気いっぱいの別館遠足。
おいしかったよ、コルネット麺。
勉強もがんばりました。
がんばりました!
「一生のうちにかかる眼の病気」
眠い目をこすって
先生の話を聞きました。
今
振り返れば
何もかも楽しい思い出です。
この思い出を大切に
ぼくたち
私たちは
新しい未来へ羽ばたきます。
羽ばたきます!
先輩たちを見習って
シャバに出ても
脱臼しないようがんばります。
がんばります!
お父さん
お母さん
先生方
看護師さん
これからも
ぼくたち
私たちを
厳しくご指導ください。
ご指導ください!
ありがとうございました。
ありがとうございました!
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