身勝手な主張

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岐阜聖徳学園大学附属小学校の算数教育を検討する3 ~平行線の定義に関する鈴木昭裕教授の見解に異議

2017年06月17日 | 算数教育・初等理科教育
2016年6月17日(土)


  岐阜聖徳学園大学教育学部数学専修所属の鈴木昭裕教授による小林教諭の授業に対する「算数・数学教育の視点から」をみておこう。結論から
いえば、鈴木教授の見解は、啓林館の算数編集者の考え方とほとんど変わらない。それは鈴木氏が筑波大学附属中学校から大学教員になった
経歴からして仕方がないことであろう。元々数学教育が専攻で、失礼であるが算数教育については深い造詣があるわけでない。もっとも私自身も
算数教育についてそれほど詳しいわけでない。ただ、関心だけは強い。鈴木教授の算数教育に対する姿勢は、かって私が

  2項演算?単項演算? ~おかしな算数教育「学」の一例 (2015年3月22日)

で批判した岐阜聖徳学園大学の名誉教授である中学校の図形教育が専門である小関氏と同様で、算数教育については筑波大学及びその附属
小学校の主張に追随しているだけのところもある。深い考察が感じられない。したがって、その批判として一般的な

  小学校4年生での平行の定義 ~『小学校学習指導要領解説 算数編』は問題が多すぎる。  (2015年12月30日)

で十分であるが、教員養成系教育学部の教授が算数についてどのように考え、どのような講義を行なおうとしているのかを推定する意味において
も、少しばかり考察しておこう。まず、最初に鈴木教授の主張を引用する。


『若い教師のための深い学びが生まれる 算数授業 ベテランの授業を教育研究者が語る』P82~P83より

  引用文で番号と赤線は私が引いた。気になった部分や異論のある部分で、これから順に述べていきたい。

➀について
  まず、2直線の平行の公理論的な定義であるが、鈴木氏が指摘している以外に、いろいろな表現がある。ユーグリッドの第5公準もその1つで
ある。それ以外に、次のような命題を定義にできる。

  命題3・・・直線mとm外の一点Bが与えられたとき、Bを通ってmに平行な直線はただ1つしかない。
        小平邦彦『幾何の面白さ』(岩波書店、1985)P69
  命題4・・・一平面上にある二直線m,nが同じ平面の第三の直線lと交わらなければ、この二直線は互いに交わらない。
        ヒルベルト著、中村幸四郎訳『幾何学基礎論』(清水弘文堂1969) P56
 など 

もちろん、これらは小平が定義に採用した

  定義・・・2つの直線mとnが交わらないときmとnは平行であるという。
       小平邦彦『幾何の面白さ』(岩波書店、1985)P69

と、同値である。どれを定義にしてもいい。また、 小平邦彦『幾何の面白さ』や小平邦彦『幾何への誘い』(岩波書店、1991)
などによれば、次の定義も同値になる。錯角・同位角・内角は定義されているとして、

  命題5・・・錯角が等しい
  命題6・・・同位角が等しい
  命題7・・・三角形の内角の和は2∠Rである
 など   

も、平行の定義にできる。大日本図書・啓林館などの教科書や鈴木教授・小林教諭が平行の定義としたのは命題5もしくは6の系を採用したもので
数学的に誤りでない。したがって、ここでの問題は、数学の問題としてでなく、鈴木教授・小林教諭の定義で教育論として適切かどうか、鈴木教授の
「定義」に対する認識が正しいかどうかである。

  鈴木氏の主張の「数学の定義が4年生の子どもが理解できないのは当然であるが・・・(略)・・・発達段階からの配慮である。」の部分には、
根拠がない。確かに数学の定義として小平の定義を採用することは、4年生の子どもには理解できないと思われるが、小平の「2つの直線mとnが
交わらない」のイメージなら直観的にとらえることができる。それで十分であろう。あえて、イメージがつかめないような平行の定義を持ち出すこ
ともないであろう。鈴木氏は「発達段階からの配慮である」から暗に後に述べる算数学習指導要領解説や小林教諭が授業で取り上げた平行の定義を
肯定している。しかし、「発達段階からの配慮」ということばを算数教育「学」者は、自己の主張の肯定化のためによく使う。しかし、そのように
使われる「子どもの発達段階」には根拠がない場合が多い。まして、H20年の算数学習指導要領解説が正しい根拠などになりえない。鈴木教授の
このあたりの記述は、ある意味いい加減である。

②について
  ①に関連があるが、鈴木教授は教科書などの定義が「便宜的な定義」と見ているが、数学から見たら決して「便宜的な定義」でない。きちんとした
数学的な定義である。ただ、私は鈴木教授などが採用しているこの定義が平行の直観的なイメージができないから好ましくないと言っているのであ
る。そして、③に関連があるがこのような定義をするならば、定義しない方がいいと思う。

③について
  鈴木教授は、「定義と定理(性質)との関係は算数・数学の指導では極めて重要であるので、常に心に配りたい」と述べている。この点については、
同意できない面がある。確かに中学校数学では「定義」と「定理」の概念の区別は必要である。小学校算数でこの点を強調することは、特に図形の
指導ではマイナスになる面がある。算数では、定義・定理区別なく子どもの気づいた図形の持つ性質(ここでは、定理を意味しない)を同列に扱った
方がいいのかも知れない。
  それと、鈴木教授のいう「定義」と「定理」の区別は、概念の区別だけでなくある特定の命題についてついて区別せよと思っているふしがある。
個々の命題については、この命題は定義、この命題は定理と固定的に決めることは、無意味である。同値な命題があるとき、どれか1つを定義と定め
れば後は定理となる。位相空間の3通りの定義ができることはその例であるが、小学校3年生の教材で言えば

  〇 正三角形⇔3つの辺が等しい三角形
  〇 正三角形⇔3つの角が等しい三角形

は、同値な命題である。したがって、どちらを定義にしてもいい。例えば

  定義  正三角形⇔3つの角が等しい三角形

とすれば

  定理  正三角形⇔3つの辺が等しい三角形

となる。「定義  正三角形⇔3つの角が等しい三角形」はおかしいと言う人がいるかもしてないが

  平行線の公理⇔二等辺三角形の両底角は等しい

から、「正三角形の3つの角は等しい」の定義は平行線の公理から導きやすいとも言えなくもない。定義の自由性ぐらいは、数学を教える人は心がけておい
てほしいと思う。いずれにせよ、こうしたことも含めて「定義」と「定理」を指導者が意識するならば、鈴木教授の「定義と定理(性質)との関係は算数・
数学の指導では極めて重要であるので、常に心に配りたい」は生きてくる。ただし、小学校の図形指導で個々の命題を「定義」と「定理」に分けたり、子ど
もに意識させるような指導が必要であるとは思えない。


  最後に鈴木教授は、『若い教師のための深い学びが生まれる 算数授業 ベテランの授業を教育研究者が語る』の別のところで

  学習指導要領、学習指導要領解説、複数の教科書読むことは、重要な教材研究の方法である(p118)

と述べている。私は、鈴木教授の主張とは正反対で、

  学習指導要領、学習指導要領解説、複数の教科書読むことは、重要な教材研究の方法」とは思わない。

指導要領については抽象的であるから置くとして、学習指導要領解説など数学として誤っていたり、おかしなことがいっぱい書いてある。信用しない方が
いい。算数の教科書もおかしなことがいっぱい書いてある。いずれも法的拘束性などないから、法的な面から縛られる必要もない。そんなものを参考
にするくらいならば、ときには専門の数学の本を読んだり、他の本を読んだりして自分の教材研究のスタイルを身に付けたほうが賢明である。決して学習
指導要領解説や教科書の方法が正しいと思わないことである。数学から見ておかしなことがいっぱいある。「算数教育の常識は、数学や世間から
の非常識
」と言われるゆえんである。
  ただ、批判的に学習指導要領解説や教科書を読むことは必要である。

(おわり)

 (注) 
(1)学習指導要領解説や教科書がおかしい、信用できないというのは一般論を言っているのでなく主に「算数」についてである。中学数学でも一部おかし
なところがあるが、小学校の算数の学習指導要領解説や算数教科書ほどではない。他教科については、読んでいないのでよくわからない。算数と並んで理
科の小学校の学習指導要領解説も読むが、例えば「ふり子」で「ふり子の周期はひもの長さにのみ依存し、おもりの重さや振れ幅に関係しない」とは書い
ていない。この点、理科の教科書の方が間違っている。
  しかし、算数は本当にひどい。これは筑波大学やその附属小学校、教科書の編纂に関わっている教員養成系教育学部の算数教育「学」者があほらしい
からである。いつも言うことであるが、筑波の算数の影響をもっとも受けている啓林館の算数教科書『わくわく算数』が、特にひどいとの印象を持ってい
る。(このことと直接関係ないが、「江戸しぐさ」をこっそり載せてこっそり消した啓林館「わくわく算数6」の編集委員長清水静海氏の姿勢が許せない。
きわめて無責任な信用できない算数教育「学」者である。)

  今まで見てきたように、岐阜聖徳学園大学附属小学校の算数教育も筑波系や啓林館の編集者等の算数教育「学」者の影響を強く受けている。鈴木教
授がそもそもあほらしい算数教育の影響を受けているし、小林教諭も同様である。そのことが岐聖大附属小学校の私学としての算数教育の特徴と魅力をなく
させてせてしまっている。つまらないの一言に尽きる。
せっかくICT教育が充実しているだけに残念である。一度筑波系の算数教育を排除して、それこそ
(授業技術至上主義に陥らないことを条件に)玉置崇教授の「授業づくり」、芳賀准教授や石原一彦教授の「ICT教育」に特化した方がいい。あるいは
成田幸夫教授の「ひとり学び」を追究して見るのも私立の附属小学校らしいと正直思う。
以上、正直な感想と余計な一言。

(2)算数教育「学」者が「子どもの発達に即して」といっている1つの根拠となっているピア-ジェの「子どもの数の認識」の理論が最近誤っていると
指摘されている。そして、そのことが通説になりつつあると言われている。私は専門外であるが、算数教育「学」者のよく使う「子どもの発達段階に即して」
が根拠のないものである場合が多いことは知っていた方がいい。


岐阜聖徳学園大学附属小学校の算数教育関連へのリンク
  岐阜聖徳学園大学附属小学校の算数教育を検討する1 ~子どもに等分除・包含除の区別を押しつけようとする最低な授業と最低な解説1
      はじめに (2017年5月1日)
  岐阜聖徳学園大学附属小学校の算数教育を検討する1 ~子どもに等分除・包含除の区別を押しつけようとする最低な授業と最低な解説2
      小林永児教諭の算数授業とその授業への批判 (2017年5月2日)
  岐阜聖徳学園大学附属小学校の算数教育を検討する1 ~子どもに等分除・包含除の区別を押しつけようとする最低な授業と最低な解説3
      鈴木昭裕教授のあほらしい解説 (2017年5月3日)
  岐阜聖徳学園大学附属小学校の算数教育を検討する2 ~比に対する授業者の認識の欠如 (2017年5月8日)
  岐阜聖徳学園大学附属小学校の算数教育を検討する3 ~平行線の定義に関する主流派そのものの実践である小林教諭の授業(2017年5月16日)





(追記)

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