ぐうたら里山記

兵庫の西の端でただのほんと田舎暮らしをしています。ぐうたらです。のん兵衛です。

透明人間

2017年05月20日 18時26分58秒 | 田舎暮らし
透明人間になりたい!
なんて、きっと誰でも一度は思ったことがあるだろう。

透明人間になったらいたずらのし放題、悪いことのし放題。
女の子に悪いことできるな、
・・・なんてあらぬ、よからぬ、想像をした人も多いだろう。
でも現実にはそれはなかなか難しい、科学的には難しい。
皮膚・筋肉・骨・血・内臓・・・その成分・密度はみな違う。
ということは仮にそれぞれ透明になれたとしても、光の屈折率がそれぞれ違うので、薄ぼんやりとしてではあれ、人の形を消すことはできない。
しかし心理的な透明人間は可能なのだ。

チェスタートンの短編に「透明人間」というのがある。
あるひと眼の多い住宅街でそれも昼間に殺人が起きた。
きっと目撃者は沢山いるはず。
所が皆一様に、誰も来なかった・・・
いくら聞き込みをしても、誰も来なかった・・・
と言うばかり。
いったい犯人は、透明人間か?

そう実は犯人は透明人間だったのです。
「誰も・・・」の中にいつも来ている人は含まれていなかった。
郵便配達・新聞配達・牛乳配達・・・の人は含まれていなかった。
郵便配達・新聞配達・牛乳配達・・・の人は実は透明人間だった。
犯人は郵便配達人。
でも誰もそれに気づかなかった。
そう、郵便配達人は透明人間だったのだ。

ところでここで言いたかったのはそんなことじゃない。
「ひげ」の話し。
昨日面倒くさくなってヒゲを剃った。
すぐに家族から「どうしたの?」と言われるかと思ってたら、誰もなんとも言わない。
どうやらヒゲを剃ったことに気づいてもいないようだ。

そこでチェスタートン短編を思い出したのだ。
そうだ根が影の薄い人間、半ば透明人間。
たとえ気づいてても、あえて口に出すこともなく、どうでもいいや・・・ときっと思ったのだろう。
ヒゲってとっても存在感のある人目を惹くものだとばかり思っていたのだけど、それは思い上がり。
他人がヒゲを生やそうが切ろうがそんなことなんの関係もないし、何の関心もない。
きっとそうなのだろう。

しかし人ってみな半ば透明人間ではないだろうか?
たいして関心のない人がそばにいても、記憶に残っているわけじゃない。
えっ、そんな人いたかなぁ~

でもそれでこの世は持っている。
透明人間でこの世は持ってる。
もし透明人間になるのを拒否する人ばかりだったら・・・
周り中、森友学園の籠池夫婦のような人ばかりだったら・・・
この世はまったくやりきれない!
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