福田の雑記帖

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鉄欠乏性貧血治療のポイント

2005年02月09日 12時10分29秒 | 医療、医学



------私見も交えて------

食事療法の意義は?  鉄剤の中止時期は?  軽症の鉄欠乏性貧血は治療すべきか? などについて


中通病院医報27:245-249.1986


                              


1.はじめに

 鉄欠乏性貧血は貧血の中では最も高頻度で、特に女性では8.5%程度にもみられるので、診療科を問わず医療機関で日常的に遭遇する。今日では臨床検査機関も発達しているので確定診断も難しくなく、鉄剤の投与で容易に改善するので内科以外でも充分診療可能である。しかし、それが故に一般医家の鉄欠乏性貧血に対する関心も薄いと考えられ、実際には不適切な治療がなされている例も多い。

 具体的には、
・鉄欠乏を伴わない他の原因による貧血に対し鉄剤が漫然と長期間投与されている例がある。
・原因追及がされないまま治療されている例がある。
・貧血が改善した時点ですぐ鉄剤の投与が中止され、再発を繰り返している例が多い。
・軽度ないし中等度の貧血に食事療法のみで鉄剤が投与されていないことが多い。
・不要な輸血がなされている例も多い、等である。

 これは鉄欠乏性貧血についての記述は数多いものの、実際に治療するにあたって知っておくべきポイントを中心にした記載が少ない事も因ではないかと考えられるので、非力ではあるが鉄欠乏性貧血の診断と治療の実際について私見を交えながら述べてみたい。


2.鉄の吸収,排泄の概要

 鉄の代謝は詳細に判明しており勝れた解説も多い。ここでは細かい内容については触れないが、臨床上知っておくべき最小限のpointは以下の如くに要約出来る。

・鉄喪失のない健康男子の鉄喪失量は約1mg/day。月経を伴う女性は約1.5mg/dayである。
・わが国の健康的とされる食事による鉄摂取量は約20mg/dayであるが吸収量はせいぜい1mg/dayである。
・従ってヒト、特に女性は常に鉄の吸収・排泄のバランスが負になり易い状態にある。
・一度鉄欠乏状態に陥ると食事からの鉄分で充足させるのは不可能に近い。




3.鉄欠乏を来たす原因

 これは以下の如くに要約しうる。

・摂取,吸収不足:不健全な食事と胃疾患が主。後者では特に無酸症例や胃切除例で、これらでは食品中の鉄が還元されず,たとえ食品中に鉄が充分あったとしても吸収不足を来たす。
・鉄喪失の亢進:主に消化管疾患であるが、女性では生殖器からの喪失も無視出来ない。激しい運動をするスポーツマンは汗と尿に鉄喪失が多く,時に鉄欠乏性貧血の遠因となる。
・鉄の体内需要の亢進:主に急速な成長、妊娠、極めて稀に臓器への鉄沈着。特に妊娠では約1000mgの鉄が余分に必要となり,かつ出産時にも失血を伴うので意義は大きい。



4.欠乏状態における鉄の分布

 鉄は大別して血色素に70%,ミオグロビンに5%、ヘモジデリン,フェリチンとして組織に25%(約1000・g)、その他に血清鉄等として微量に存在する。
体内の鉄が不足してくると、まず組織鉄が減少し、次に血清鉄が、次いで血色素が減少する。従って、実際に貧血を来たす前に組織鉄の欠乏状態が先行し,この場合組織鉄の不足量はフェリチンの動態等から見て800・g/50Kgにも達していると推定される。
 更に鉄が欠乏すると貧血になるが、50Kgの人で血色素が1g/dl 減少するごとに約135mgの鉄が不足していると推定されるので、臨床上最も症例の多い血色素8-10g/dl程度の軽症の鉄欠乏性質血例では組織鉄不足分と合わせ約1500mgもの鉄不足がある事になる。



5.鉄欠乏性貧血および鉄欠乏状態の診断

 貧血が著明で異味症、爪の変形などの典型的症状が揃っていても確定診断は検査データに負う。
 貧血は小球性・低色素性で、血清鉄は著減、TIBCは増加しているのが鉄欠乏性貧血の特徴で、これらは鉄欠乏性貧血の診断に必須なので必ず確認する。フェリチンは必ず減少しているので典型的な鉄欠乏性貧血の診断には不要であるが、鑑別診断には役立つので測定する。
 貧血に至っていなくとも進行した鉄欠乏状態では低色素性・小球性となり始めているが、組織鉄欠乏の程度が軽い時には赤血球は正色素性・正球性を保っている.この場合、まだ爪の変形や血清鉄、UIBCの変化も著しく無いので、鉄欠乏状態の診断にはフェリチンの測定が必須である。

 フェリチン値の正常値は、特に女性において低過ぎると思われる。これは正常値を決める際、貧血には至っていない鉄欠乏状態の女性も多数選ばれた為であろうと推定する。実際、20ng/dl前後でも既に貧血になっている例もあり、この程度のフェリチン値の場合.組織鉄は著減していると見て良い。組織鉄充足度を知る為には100ng/ml程度を基準値すべきであり、貧血の治療はフェリチンがこのレベル付近に達するまで続行すべきと考える。

骨髄穿刺は貧血の鑑別診断に重要な検査であるが、明らかな低色素性・小球性貧血で、鉄、TIBCが鉄欠乏性貧血のパターンを示していれば不要である。他の血液疾患が鉄欠乏性貧血を合併する事はあるが、この場合、典型的な鉄欠乏性貧血の臨床像のみを呈する事は稀である。鉄欠乏性貧血に於ける骨髄穿刺検査は網内系細胞の鉄含有量から組織鉄量を知る手段として価値が高いが、現在ではフェリチンの定量で代用出来るので.鉄剤に反応しない非定型例や、白血球、血小板数に著しい異常を伴った例に限って良い。尚、一般に鉄欠乏状態では血小板数は2倍程度まで増加し、白血球は正常かやや似値の傾向をとる。

  鑑別診断として鉄欠乏性貧血と同様に低色素性・小球性貧血を来たす続発性貧血、鉄芽球性貧血、船中毒、無トランスフェリン血症等が挙げられるが、Fe、TIBC値を測定し鉄欠乏性貧血のpatternである事を確認し、かつ鉄剤投与後に末梢血検査で効果を確認するという基本的手順さえ踏めば.それらを鉄欠乏性貧血と誤って治療を続行する事は考えられず、最初から特殊な検査をする必要は全く無い。



6.原因の追及

 常に消化管疾患(痔からの出血を含む)による失血を第一に考えるべきではあるが、女子では性器出血、頻回の妊娠、不健康な食生活が複合的に原因になっている事も多い。思春期には急激に成長し体重は約2倍にもなるので組織鉄は欠乏し易く、女子では月経による鉄喪失も伴う為その傾向が強い。実際、各種の精査をしても原因不明の例もあるが、これは長期の貧血の病歴をもつ軽症の鉄欠乏性貧血の女性例に多い。恐らく.過去に何等かの原因で鉄欠乏状態となり、そのまま持ちこしている場合や、治療が不充分で再発した例であることが多く、悪性疾患に因っている事は少ない。性別、年齢、生活歴、貧血の病歴などを参考に検査の計画をたてる。特に痔疾の無い成人男子例には充分な注意を要するし、月経過多が疑われる女性では婦人科的検査も要するが、全例に機械的に消化管検査を繰り返す必要は無い。

 便の潜血反応は消化管出血の有無を見るのに簡便で必須であるが、鉄剤を服用中は便が黒色で疑陽性と判定される事もある。疑陰性でないので大きな支障は無いが無用の検査をする事になるので便潜血反応は鉄剤投与前に施行して置くと良い(この項追記:最近の便潜血反応は免疫的手法でヒトの血色素を特異的に検出するので鉄剤の服用、便の色調、肉食の有無等の影響は受けない)。



7.鉄欠乏性貧血及び鉄欠乏状態の治療


(1) 治療法の選択と食事療法の意義
 治療の原則は言う迄もなく経口鉄剤である。ところが実際には貧血が軽度の場合、食事の指導のみで鉄剤が投与されていない例が比較的多い。しかし、先に述べた如く、たとえ貧血が軽度であっても既に1000mg以上も鉄不足になっており、これを食事で補充するのは不可能である。従って鉄欠乏性貧血の治療には食事療法は無駄である事を認識し、鉄剤による治療を充分に受けさせる必要がある。食事療法の指導は不要であるばかりでなく、寧ろ、来院中断、治療中断の原因にもなる。

(2) 鉄剤の選択
 鉄剤には経口、静注剤があり貧血の回復速度は後者が早いとされるが、臨床上問題とすべきほどの差ではないので、活動性の胃腸疾患等で投与出来ない場合を除き治療は原則として経口剤で行なう。鉄剤は末梢血、Fe、TIBC、フェリチンetcの検査採血や.便の潜血反応検査等が終了していれば開始して良い。経口鉄剤は投与量を増したり、Vit-C等を併用すると胃腸障害等の副作用が増え、その割に利点が乏しいので50-100mg前後の鉄剤を就寝前、又は夕食後に投与する。それでも副作用の為に服用不可な際には経口剤は諦めて静注剤を使用する。

 経口鉄を投与する際、一定時間コーヒーや緑茶を禁じ、かつビタミンCを併用する事も一般化されている。これ等の制限や併用で確かに若干吸収率は高まる様であるが、今日の鉄剤は殆ど徐放剤になっており、12-18時間に渡って吸収されるので1-2時間程度の制限はさほどの意味が無く、実際の治療効果に問題にすべきほどの差はない様である。鉄欠乏性貧血自体、その様なこまやかな配慮をし、時間を争って治療する必要性もない。もし、それほど効果を云々し治療を早く終了すべき状態の鉄欠乏性貧血なら、初めから経口剤は効率が悪く適応でない。従って、治療効率を問題にし、わざわざ副作用を増す様な使用や日常生活上不便な制限を長期に行なうのは意味が無いし、中断の遠因になる。就寝前の服用を勧めればこれらの配慮は無用であり、夕食後服用例にも制限を全くしていないが特に問題を感じた事はない。

 経口鉄剤を服用し得ない時は静注剤で治療するが、通常行なわれている1A/dayの投与は時間的に無駄で、120mg/day程度投与し投与回数を減らすと良い。この際、成書にある計算式で鉄欠乏量を計算しておき過剰投与に注意する。しかし、実際は過剰に投与されている例は稀で、寧ろ不充分な投与で中止されている例の方が多い。尚、投与量が多い際には血中濃度の関係か、一過性にめまいや全身違和感等の症状が出るので、100-200mlの溶媒で点滴静注するのが安全である。静注は連日でも可能であるが、患者の通院のぺ一スに合わせ、1-2回/月でも良い。但し静注に際しショックの報告もあり注意を要する。

(3) 治療中の諸検査
 治療開始したなら10-14日後に末梢血検査で効果を確認する。純粋な鉄欠乏性貧血なら必ず改善が認められる。鉄の効果が確認されたならば後は1-2ヵ月毎の末梢血の検査で十分である。教科書には鉄剤投与後4-7日ほどに見られる網状赤血球の著増現象を確認すべきとも記載されているが、連日の検査を要し無駄である。それほど急がずとも更に数日待てば血色素の増加として確認出来る。よく、鉄剤投与中にFe、TIBCが頻回に検査されているがこれも無駄である。徐放型の鉄剤は長時間に渡り吸収されるし、造血昂進状態での血清鉄は不安定な値をとる。

 要するにFe、TIBCなどは一恒常的状態の値以外は評価し得ないし、これらは確定診断には必須であるが、治療中の値からは特別の情報は得られない。

(4) 鉄は何時まで投与すべきか
 鉄剤中止時期が最も徹底されていないと思われる。静注用鉄剤ならば計算値量の投与で、貧血の改善と組織鉄の充足の両方が得られるので、後は貧血の改善を待つ。経口鉄剤では血色素が正常化する頃からフェリチン値が約10ng/月程度上昇し始めるので、更に4-6ヵ月以上投与し組織鉄を充足させる。鉄欠乏性貧血の治療目標は貧血を改善させる事にあるのでなく組織鉄を十分に充足させる事にあるので、治療中止時期はフェリチン値を参考に決めると良い。一般的に鉄剤投与中及び投与直後のフェリチン値は単に網内系細胞の鉄含有量のみを反映し、必ずしも組織鉄の充足度を表わしていない事もある。
 
 フェリチンは鉄剤中止後2ヵ月ほどで平衡状態に達し真の組織鉄を反映する、とされるので、本来なら2-3ヵ月鉄剤を中止しフェリチンを測定し組織鉄の充足度を判断すべきである。実際、静注で短期間に大量の鉄を投与した直後にはフェリチン値は数100-数1000ng/mlもの値を示すので測定しても無駄で2-3ヵ月後に測定して充足度を判断すれば良い。筆者の経験では静注剤で計算通り投与した際、不足で追加を必要とする事は殆ど無くフェリチン値から見ると多くはかなり過剰であるが、鉄過剰状態として新たに病的状態を来たす程では無いので計算値量をそのまま投与している。

これに対し経口剤では6ヵ月以上投与してもフェリチン値が100ng/mlをこすのは稀で、多くは40-60ng程度に留まる。これはある程度組織鉄が充足されると吸収率が低下する為と考えられ一応この程度で治療を中止し数箇月後再検し.著減していれば追加することにしている。

(5) 鉄欠乏性貧血への輸血
 輸血は純然たる鉄欠乏性貧血では全く適応外である。即ち、失血を伴わず極めて緩徐に進行しつつある状態では血色素量3.Og/dl程度の症例でも入院のうえ安静を保持させると鉄剤のみて治療可能てある。般的に高度の貧血では組織の酸素欠乏が心配されるが実際には赤血球の2.3GPDが増加し組織に酸素を与之る能力は相対的に増えているし、心拍出量も増加し、かつ、血液粘張度の低下で末梢循環はよりスムースになっているので、予想されるほどの酸素欠乏は無く、患者も比較的元気なことが多い。事実、血色素3-4g/dlの鉄欠乏性貧血例のECGには頻脈があってもST、Tの変化が見られる事は稀である。

生体は循環血液量の減少を伴わない慢性の貧血にはかなり耐えるものである。輸血の適応は心不全状態が強いとき、失血が持続していると考えられるとき、悪性疾患の合併などで手術などの治療が急がれる時などの場合に限定される。しかしこの場合も鉄剤も併用し、輸血は状態を改善させるに必要な最少量一--手術以外では1-2単位程度一--に留めるべきである。子宮筋腫に合併した鉄欠乏性貧血に輸血Lてから手術をしている例もかなりみられるが、これは誤った治療法で、鉄剤で貧血を治療し輸血無しに行なうべきである。鉄欠乏性貧血の様に治療で改善させ得る貧血に気軽に輸血をする事は厳に戒められなければならない。

(6) 鉄剤無効例に遭遇したら
鉄剤を投与しているにも拘らずなかなか貧血が改善しない例に遭遇した場合、先ず第一に診断の誤りを、第.二に、失血性貧血の合併を、第三に患者が鉄を服用していない可能性を考慮する。鉄剤服用後の黒色便に驚き勝手に服薬を中止している例もかなりある。これらを否定し得たら専門医に相談すべきである。

(7) 鉄欠乏状態及び軽症鉄欠乏性貧血の治療の意義
 従来は貧血の無い鉄欠乏状態は殆ど治療の対象になっていなかったし、関心も持たれていなかった。その理由は組織鉄欠乏状態は診断が難しかったし、軽症の鉄欠乏性貧血の治療の意義すら一般化されていなかったので当然とも言える。

  筆者は鉄欠乏状態にも積極的に鉄剤を投与すべきと考えている。鉄欠乏性貧血に鉄を投与すると、貧血の改善に先だち脱力感、疲労感等の自覚症状が著明に改善する例が多いことや、不定愁訴の多い症例で組織鉄欠乏状態を伴っている場合、鉄の投与により愁訴がすみやかに消失する事も時折経験される。鉄欠乏状態が何故脱力感等の原因に成るかについては明確になっていない様であるが、鉄欠乏自体が症状発現に直接関与している様に見受けられる。又、組織鉄欠乏状態の症例を食事指導のみで経過を観察した所、その3/4位の例が結局は鉄欠乏性貧血に進行したとの報告も見られる。これらが筆者が鉄欠乏状態の例にも鉄剤を投与する所以であり、フェリチンの測定結果で明らかに鉄欠乏状態にあり、それに由来すると考えられる症状を伴う例や、無症状でも鉄欠乏状態の治療の意義を理解出来る例には鉄を投与し鉄欠乏性貧血への進展を予防している。従って.この立場からは、たとえ軽症てあっても鉄欠乏性貧血は全例鉄剤治療の適応になる事になる。



8.鉄欠乏性貧血、鉄欠乏状態の予防

 鉄欠乏性貧血、鉄欠乏状態の治療に食事療法は意味が無い事を強調したが、これらの予防の為には基本は食事であることは論を待たない。米国、スウェーデンでは鉄欠乏性貧血予防の為80年も前から小麦粉100g当たり4-6mgの鉄が添加されており.鉄欠乏性貧血の発症が著しく減少している。わが国でも同様の処置をすべきとの意見もみられる。
 ステロイドホルモンや最近用いられる非ステロイド性抗炎症剤、アスピリンの連用も消化管出血の原因となるので注意を要する。又、我々が鉄の代謝などの理解を深め、日常臨床に於いて鉄を必要とする症例には鉄剤療法を充分に行なう事も重要であろう。



9.おわりに

 鉄欠乏性貧血や鉄欠乏状態に就いて日常臨床に必要と、思われる項目を中心に私見を交えつつ述べた。冗長な内容になったが日常診療で多少の役に立つのではないかと思う。不備な点に関しては是非共倒批判を頂きたい。

文献:省略した.

中通病院医報27:245-249.1986



本文は「これからの医療のありかた」 鉄欠乏貧血治療のポイント  http://www.mfukuda.com/kouen/tetu.htmより転載しました。




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