福田の雑記帖

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内館牧子著 「終わった人」 講談社 (2015年9月) 単行本 378ページ

2017年06月21日 17時52分11秒 | 書評
 本書は釧路新聞、岩手日報、四国新聞等8誌に掲載された小説。

 仕事一筋だった男の定年後の姿を描いた小説。
 シニア世代にはさしせまった問題であるが、いずれは現役世代にとっても時間とともに避けられない状況に陥る定めにある。だから、全サラリーマンに普遍的なテーマを取り上げた作品。
 そういう意味で著者の注目点はとても優れていた、と思う。

 「私の社会的使命は終わった」と勝手に自覚し、現役引退を機に外来診療以外から手を引き、引きこもり状態に入った私にとっては興味深い書名であった。
 だから岩手日報誌に掲載されていた時から時折読んでいたが、まとめて読んで見たくなり購入した。

 
 あらすじは以下のごとく。
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 主人公は、大手銀行から子会社に出向させられ、次いで転籍となり、62歳で定年を迎えた。仕事一筋だった彼は「まだ俺は成仏していない。働きたい」と職探しをするが、東大法科卒の肩書きのほかに何もない定年後の男に職などあるわけもない。
 だが、ベンチャー企業の若手経営者と出会い、顧問となった。経営にも手腕を発揮するが、間も無くその経営者は死亡する。結果的に社長に就任することになる。
 順調であった会社は関連会社の倒産のあおりを受け倒産、彼は個人的に多額の負債を負い、ほぼ無一文となる。同時に、妻との間は急速に冷え込んだ。
 彼は郷里の友人たちの誘いによって岩手に帰る決心をする。妻との間は離婚ではなく、卒婚という形で維持する・・・・
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 今後読み始める方もいるだろうから、これ以上は記述できない。
 
 著者は女性でありながら、定年退職を迎えた男たちの心理を見通したかのように、その心理を次々と白日のもとに晒す。そこは読んでいて痛快ですらある。
 その基本姿勢は帰属組織が欲しいという、会社人間の心理である。

 主人公は会社人生に燃焼不足の悔いが残っており、「終わった人」になっていない。そこに葛藤が生じる。
 「終わった人」という判断は基本的に他人が決めること。それを受け入れできない自分がいる。

 主人公は、退職直後は絵に描いたような定年退職者のコースを歩もうとする。
 歩数計をつけて公園を散歩するが、虚しく楽しめない。
 図書館やカルチャースクールは「ジジババが集まる場所」と思っているからプライドが許さない。スポーツジムもリタイアした人間ばかりの集まりだった。
 ハローワークでの屈辱など、おきまりの失望をひととおり経験。

 私はここまでの記述で定年退職者の心理描写は十分完成し、優れた内容だ、と思ったが、これは小説でありその後に種々の展開が用意されている。
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