福田の雑記帖

www.mfukuda.com 徒然日記の抜粋です。

映画(37)「家族X」 会話もない、暗い暗い家庭をあつかった作品

2012年03月25日 02時41分01秒 | 映画評


 3月16日に観た日本映画。
 30回以上も続いているという「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」で、この作品は2008年に審査員特別賞を受賞している。監督は吉田光希、出演は 南果歩、田口トモロヲ。

 実に暗い作品であった。見ててつらかった。
 ストーリーの設定は、東京郊外のある住宅地。その中の一軒に夫婦と大卒のひとり息子の3人が暮らしている。夫は会社でリストラ対象になっており、息子は大卒後も定職に就けない。そんな現実を偽り、対外的に必死に体面を保とうとする主婦。
 3人は互いに会話を交わすこともない。ほぼ単語レベルの会話。用意した食事に、夫も息子も手をつけることもない。そんな状態の中で、主婦はストレスで次第に神経をきしませ、自壊し発作的に家を飛び出す。

 夫婦に子供という家族といえば誰しもが抱くであろう、ある種の暖かみのある幻想を微塵に打ち破ってみせながら、逆説的に家族の有り様を提起する事にテーマを置いている映画だと思いながら観た。
 実際には、程度に差はあれこんな家族は現在は別に珍しくないのではないかと思うが、通常はここまで問題にならない。几帳面過ぎる主婦にも問題はあるが、この夫と息子が家族関係を維持することに何ら配慮や責任を持たないことにある。それでは家庭といえども崩壊する。

 家族は婚姻や血縁関係から成り立つ伝統的社会形態であり、利害関係はゼロではないが、それを超えた縁で結ばれている。これと対極にあるのが、主として経済的利便性や利害関係に基づき人為的に作られる共同体がある。都市とか会社、町内会などがこれに相当するが、最近、この共同体の概念が変わりつつあり、構成メンバーの人間関係が希薄になりつつある。この共同体では一定レベルの関係以下になった時にはもはや存在できないし成り立たない。離脱も可能である。この共同体の有り様の変化が間接的に家族関係にも微妙な変化をもたらしている。

 一方、家庭は利害関係ではなく縁で結ばれていることから、家族間にはどうしても甘えがあり、家庭を維持するという面での自覚と努力が乏しい。一定のレベルまで関係がこじれた場合には切っても切れない縁で結ばれていることが仇になってむしろ泥沼化する危険性がある。DV異常の惨劇になることもある。
 家庭の維持には結構各人の配慮が必要である。

 映画「家族X」は何ら変哲のない、面白味の乏しい作品であったが何かメッセージをくみ取ろうとしてみれば示唆に富む内容を含んでいる。
 
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