LODO GLOBE *ろどぐろーぶ*

皆様ありがとうございます。

あじさい

2016年06月11日 | 日常


あじさいゼリー
フルーツによく合う白ワインゼリーにいっぱい色つけました。
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我と汝

2016年06月10日 | 
補足として


マルチン・ブーバーの「我と汝」の要点まとめ

前に先生に読んでもらった文章の一部。

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学生時代の宗教哲学の先生が「最近気に入っている」と、授業で紹介してくれたのはドイツ系ユダヤ人哲学者マルチン・ブーバーの「我と汝」。

このテキストが私にクリティカルヒットした。


人の実存は〈我-汝〉(応答的関係性)か〈我-それ〉(物質的関係性)の二通りの姿勢によるものである。
〈我-それ〉だけで存在する事は出来ないし、かと言って〈我-汝〉だけで存在する事もありえない。
〈我-汝〉は自由な存在であり、〈我-それ〉に変わりうるものである。
逆に〈我-それ〉も、〈我-汝〉に変わりうる可能性を持って存在している。
〈我-汝〉は不安定であるが、人はこの意味ある不安定(聖なる不安定)に、全人格を持って答えてゆくのである。
(超意訳)

…こういう、独特の考えの元、人・物・神・国家など、ありとあらゆる事象との関係性について論じていく。



********



これは琳子と私を繋ぐ哲学。

これからも今までも一緒にこの「聖なる不安定」の中に生きていく。

ものすごく不安だ。



何でこんな事を今書くのかというと、

多分海老蔵さん効果だと思う。

海老蔵さんの会見とキャスターの清水健さんをテレビで見たからだ。


去年1年間はほとんどテレビを見なかったから知らなかった。
清水健さんのご家庭の事情。






この頃、琳子と私が重なることで、感じる幸せの厚みが全く違う。
これを失うことの重みも違う。

ちょっと清水さんの著書の抜粋を読んだ。


妊娠中に乳癌に倒れた奥さんが清水さんに言った一言。「ごめんね、こんな厄病神で…」
清水さんは一瞬この言葉の意味がわからなかった。
でも奥さんが何を言っているかが分かったとき、初めて奥さんを叱った。




私ー琳子も旦那の厄病神だと思っていた。

旦那は自分を信じてくれなければ家庭が崩壊する事、
私は旦那の人生の希望を守りたいという事、

これが他ならない琳子自身がなすべき役割なのだ。
琳子でなければいけない。

この先何が起ころうとも、これを担うものなのだ。。




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あなたとあたし

2016年06月10日 | 
こないだの診察で先生に読んでもらった記録。

琳子と自分の人生が唐突に重なりはじめた。





5月9日

ここ数ヶ月の自分との対話は混乱の連続。

琳子が居た時は伝えたい事柄は鮮明だった。
「どういう事を書いてほしい」とはっきり伝えてきていた。

けど今は割に強い気持ちでも、書こうとしたら 掻き消されてしまう。
前からそういうところはあったけど。
将棋の対戦中に負けそうになって将棋盤にダイブする子みたいだ。

特筆すべき要点は2~3にまとめたい
んだけど、実際には色々な物事に対する情動が網目のように絡み合っている。
それが水面に浮かぶ網みたいに漂って、浮かんでは消えてる感じがする。

浮かんだ点と点が何か形状をなしてるんじゃないかと思って、そこに迫ろうとすると全く真面目に応えようとしてくれない。

私自身にとって受け入れやすい想いもあれば、私の思いとは真逆の感情があったりして、私自身にかなり葛藤や動揺がある。


妊娠、つわり、退職、引越し、谷口先生とのお別れ(多分)…と、色々目まぐるしかった。
体調がだいぶ回復してきた今、琳子にとっては出現して初めてホッとした時間を過ごせているようになったと思う。
これまで琳子は自分という存在は 私の人間関係を壊すという負い目の塊だった。
自分は居てはいけない存在ー「ギルティ(有罪)ちゃん」と名付けられると思っていたらしい。(私が作っていた創作プロットの登場人物にそういうのがいた)
不安や緊張を感じていたのは多分そのせいだ。

けど今は、琳子は相当自分を出すようになってきた。
私にとっては受け入れ難い情動も発するようになったのはそういう変化の表れかなと、一昨日やっと思うようになった。




◆ なぜか唐突に気づいた事 (突然の涙腺崩壊1)
********
「そうだったのか。旦那にとって自分はかけがえのない存在なんだ。実家にはない感覚だからわからなかった。
********

涙腺が3分ぐらい決壊して、その後急速にその感覚を忘れた。
とりあえず琳子の重要な感情の表れと気づいてフレーズだけを記録しておいた。

この事自体はクリニックに通院する以前から私は何度も旦那と確認してきた事だ。
うずらの妊娠中かそれより前だったかなと思う。
その頃、私は教会と両家の重圧で死にそうになっていた。
猛烈なストレス状態でいのちの電話を相当使った時期だった。
ある時、T先生とまるで同じ感じのカウンセラーさんが対応してくれた。
で その先生が私の中心にある思いを代弁したのは「ご主人にとってあなたは人生の希望なのね」という事だった。
その思いを引き出された途端まともに息ができなくなってちょっと大変だった。

うずらが生まれて半年もしないうちだったか、義妹に耐えきれなくてストレス爆発してた時、家中の家具を全部倒してうずらを連れて家出しようとした事がある。
幸い玄関先で旦那の帰宅に鉢合わせて、家出自体は未遂に終わった。
テーブルも椅子もキャビネットも、縦のものが全部横になった家の中で「君が俺を信じてくれなかったら家庭の土台が崩れるんだ」と、旦那に切々と説かれた。
尤も、この私たちの意思が同じ方向を向くように整ったのは通院を始めてからだったけど。

琳子が突然この意味を自分の事として理解したのは、私自身が意識しているのとは次元が違うように思う。
家庭のためではなく、自分の根幹の部分で琳子がその事に気づいたのは大きな変化なんだろうと思う。




◆ 読書感想
「自分は実際の人間関係の中で必要とされている」

かけがえがないという実感は琳子をマイナスの気持ちにも揺さぶった。

人気ドラマ「TRICK」のテーマ曲になった鬼束ちひろの「私とワルツを」をやたら聞いて、学生時代にマサカズに読まされた本を読み漁った。

♪失う時がいつか来る事を知っているの
あなたは悲しいほど
それでもなぜ生きようとするの
何も信じられないくせに
そんな悲しい期待で

我と汝の「聖なる不安定」が歌われている。
この歌の結論は、1人で死に逝かないでせめて一度でも私の手を取って、という感じだった。

ブーバーは精神的に外部との交流を遮断する「大我没入的態度」を最も嫌う。
その事である青年の自殺を止められなかった後悔があるからだ。
〈我-汝〉的死は肉体的死と同じなのだ。

ブーバーのそういう信念はT先生の考えとよく似ている。
医療を通して、外部に助けを求める事を覚えさせてくれた。

で、その先の世界を私は全く知らないままだった。


ブーバーを研究した私の机上の空論では
まず自己愛が土台になって、自由な存在価値がその次にあって、自分よりも大切なものを持つようになるはず…だけど
申し訳ないけどまだ私はそんな思いで家族を大切にできる能力はない。
多分他の人はどうなのか気になったんだと思う。


◇「タイガーと呼ばれた子」
(「シーラという子」続編)

学生時代、英語の授業で読んだ「ONE CHILD」の 邦訳の題名は「シーラという子」だった。
当時話題になっていた「itと呼ばれた子」と勘違いしていた上に内容もだいぶうろ覚えになっていた。

***********
3才の子供を誘拐して縛って火をつけて重症を負わせたという凶悪犯の犯人は、わずか7才の被虐待児だった。
障害児学級の担任トリイ・ヘイデンは8ヶ月間その少女 シーラを受け持つ事になった。
すぐにシーラの並外れた頭の良さに気づいて検査をすると、何とIQ180。
愛情を受けること、本を読む事を覚えたシーラは「星の王子さま」を諳んじ、トリイの元で基本的信頼を身につけた。
トリイは犯罪を犯した子を収容する病院(?)へ送られる運命にあったシーラに、通常の学校生活への道を開くべく、恋人の弁護士と共に裁判に臨む。
勝訴したトリイは新しい生活の中へシーラ見送った。
**********
ここまでが、シーラが8才までの物語だった。
授業で読んだのはここまで。

「タイガーと呼ばれた子」は、トリイが14歳になったシーラに再会してからの物語だ。
この続編の事はとっくに知っていたんだけど、紹介文を読んだだけで、どうしても読もうと思えなかった。

********
シーラは髪を真っ赤に染めたパンク少女になっていた。しかもトリイとのあの幸せな8ヶ月間を何も覚えていないと言い放った。
「あんたが私にあんな幸せを教えたせいで、私の人生は余計ひどくなったんだよ!!」
***********

あー。分かりすぎる。

けれどもこの先の展開は、今の自分には絶対理解できない境地なんだろうと感じた。


そう思っていたこの本を、今どうしても読みたくなった。
結果、今読んで正解だった。

臨床心理士になったトリイはある精神病院で児童向けの集団プログラムを立ち上げようとしていた。
シーラはと言うと、あの後間もなく唯一の保護者であった父親が薬物で捕まったりなんかして行方知れずになってしまっていた。
その間、トリイはずっとシーラを探していてやっと見つけ出すことができた。
トリイは自分のプロジェクトの助っ人としてシーラを起用するのだが、絶賛思春期のシーラは一筋縄にはいかない。
トリイの粘り強い関わりの中で、次第にシーラは投影同一視や、自分を捨てた母親の記憶とトリイを混同させていた苦しみとかを超えていく。
物語の終盤、シーラは本当の母親を見つけることができない現実に向き合う。
この絶望に寄り添ってくれたトリイをシーラは「お母さん」と呼ぶようになる。
シーラは髪と服装をちょっとはマシに整えるようになり、高校生活で自分に合う友達を作るようになった。
卒業後、トリイの進学の勧めを聞かず、マクドナルドに就職したシーラは、壁にぶつかりながらもうまくやっていると、時々トリイに手紙をよこす。

「この頃、お母さん(トリイ)の事をあまり思い出さなくなりました。たくさん話したい事もあるのにちょっと寂しいです…」


無事自分はこういう段階までたどり着くことができるのだろうか。




◇「血と言葉」
この本を途中で読まなくなったのは「タイガーと呼ばれた子」が読めなかったのと理由は同じだと思う。
これ以上読み進むのは自分にはまだ早いような気がして「いいや」となった。

今ようやく読み進めてみて「あー。」と、共感できることが前より多くなった印象がある。

ただ、不完全な母親の人生に向き合うという事は
私はもうとっくにやりつくした気がしているから、これ以上何をって感じがしてしまう。
割とどうでも良い。
あの頃とこれからとはそんなに違うだろうか。

親に対しては、一生自分のものにならない、自分のお気に入りの人に囲まれて人生終えてくれたらいいと願うばかりだ。
どうせ死ぬ時も世間的な体裁が一番大事なのだろうから。
私がそれに付き合う必要はないと思う。





◆ 赤ちゃんの性別 (唐突に涙腺崩壊2)
できれば女の子の方が良かった。
(だいたい1人育てるだけで人生設計手一杯なのに…未だに前向きでない自分がいる)
引越し先は狭い。子どもの部屋を分けてあげられる気がしない。
それに今更元気な男の子を追いかけ回す気力がない。
あと何より、異性のきょうだいへの良いイメージが全く湧かない。
だいたい4才差。
自分のきょうだいと同じ4才差。
良いイメージが全く湧かない。(ひつこい)

病院を出てすぐ、ため息をつきながら橋の上を歩いているとき唐突に涙が出てきた。

******
男の子
めっちゃ嬉しいーー!
エコー超可愛かった!
******

意外にも歓喜の涙だった。

よく、エコーで動いている赤ちゃんを見た途端可愛くて性別なんてどうでもよくなったという妊婦さんの話は聞くけど、こう言う感じなのか?

自分のものとは全く違う感情の表出にただ困惑してしまうばかりだった。




◆ 「琳子」という名前の事
結構前からM先生に言ってほしいというのを感じていたから、その度にとにかく言うか書くかしようとしてたんだけど「やっぱいいや」と取りやめられてしまう。
多分、なぜ話したいのかよくわからなかったからだと思う。

最初に「リンコ」とカタカナ表記をしていたのには、(仮)という意味合いが強かった。
けど、色々とやり取りをしているうち、あるときから「琳子」という漢字を当てるようになった。
これが琳子にとってはむちゃくちゃ嬉しい事だったみたいで、よく名前の事を主張する。
「【琳】青い宝玉が鳴る音を意味する」。
琳子はアースちゃんとは違って言葉でのやり取りはほとんどしなかった。感情の響きが琳子の特徴だったからいい漢字があって良かった。
これを伝えたとき、普段言語がない琳子が「わぁ!」と ハッキリ感嘆した。
琳子の言葉はこれが最後だった。
それから数週間後、琳子がこれまでしてくれた事を振り返った時に、ふと ありがとうと伝えると琳子は突然消えたのだ。
その夜 青白い巨大な満月が爆発してなくなってしまう夢を見た。


子どもを堕ろそうと決意していた日、うずらのお迎えに行った保育園で、小さな子どもたちを見たときの感情が完全に欠落しているのに気づいた。
普段は「他人の子はうざいなぁ」とかうずらを気に入ってくれている子への愛着とか、帰ってする事の段取りとか色々な感情が動く。
全く気にしていなかったけど。
けれどもその時だけは、自分の中に流れている川の源泉が枯渇したような感覚を突然感じた。
また生きたまま死んでしまうと直感的に思って、堕胎のリスクの大きさを自覚したのだ。
自分か琳子かどちらの感覚かと言えば琳子だと思う。
なんだか分からないけど、琳子にとってはこの妊娠には意味があるみたいだ。

私はこの妊娠と琳子の関わりにかなり混乱していた。
今でも混乱している。
「私は産みたくなんかないのに」と、事あるごとに思っている。

これが私にとっては決定的に「琳子は別人だ」という象徴のように。


対して、琳子にとってはこの「名前」が私との絆とか私への感謝を意味する象徴なのではないかとふと思った。

********
ありがとう
この子を産む決断をしてくれたこと
********
と、思っているんだと思う。



琳子と私では実家の母が、私が結婚するときに言った事に対する捉え方は正反対なのだと思う。
「子どもは1人で良い。もし子どもに障害があったら無理せず堕したら良い。ただし、予想外の妊娠だけは辛いよ。あんたの周りの人間は綺麗事しか言わないだろうから…云々」
そこまでは良かった。
「だいたいウチはアンタを産むつもりも作るつもりも無かった。近所のおばあさんがもう1人作れ作れって言うから… 何も兄弟が絶対必要ってこだわる事もない」

この母の教訓に救われた所とガッカリさせられた所が私と琳子の中でいつの間にか振り分けられた。

私は救われた部分だけを選びとってその選択肢にこだわった。けど、琳子は母の言葉を聞いた時の悲しみを担った。

今回の妊娠について、琳子が主張している事のひとつは多分こうなんだと思う。


********
あんたとあたしが違うんじゃなくて、違うのはあんたと実母なんだよ

あたしはあんたが押し殺したあんた自身

あたしはあんたのために主張してるの
********


なるほど、という感じがして私の葛藤はかなり収まった。




◆ 兄への嫌悪感(ただの愚痴)
これは琳子ではなくて私自身が今直面している壁。
この事を考えるとイライラしやすくなって子どもに当たってしまいがちになる。
面倒くさいので今回は割愛。



5月29日

◆ 寝入りっぱなの不思議な感覚

こないだ、眠りかけた時に琳子の意識が乗り移ったような感覚になった。

「水面の網」のような感じは琳子なのか何なのかよくわからないけど、これははっきり琳子の意識だと思った。

********
あたし(琳子)にとって、他の誰よりも必要なのはあなた(私)なんだよ
********
と、私は少し向こうにいる私らしき相手に思いを抱いた。



アースちゃんを抱擁した時に言われた事と全く同じ内容だった。



琳子は自分とアースちゃんを比べてこんな感じの思いを持っていた。

*****
アースちゃんが「汝」と呼べば必ずあんた(私)の事だけど、
あたしはあんたの事を何て呼べば良いのか一向にわからない。
あたしには誰も「汝」と呼びかける相手がいないんだよね。
あーさみしい。(棒読み)
******

今回の意識が入れ代わった感じがするこれって、琳子が私に「汝」と呼びかける独特の方法なんだろうか。

ブーバーがよく使う言葉に「真に〈我-汝〉」ってのがあるけど、琳子にとってそれはM先生でもT先生でも旦那でも子どもでもない、根源的な相手として私自身にこだわっている表れなのかもしれない。


琳子の意識に変わったと感じたのは別の日にあと一回あったけど、割とどうでも良い事だった気がする。
そのまま寝て忘れてしまった。


そう言えばここ数ヶ月本当にひつこく実家の夢を見ていたけど、このあたりから実家の夢を見なくなっている。




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鯉のぼりカレー

2016年05月13日 | 日常


保育園の給食に出てきたという鯉のぼりカレー。
うずらのリクエストでうちでも作ってみた。
喜んでくれて何より

この春は職場でお世話になった人達と家族で出かけることが多かったです
保育園のママさんや教会の人とかも。

産後のお手伝いをしてくれる方のめどがあまり具体的ではないんだけど、少しづつ前には進んでる感じ。

引越しとつわりでグダッてたけどそろそろ準備していこうかな。
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久々に無気力

2016年04月01日 | 



お正月に2人目の妊娠が発覚した。
いろいろ考えたけど産むことにした。
退職することになった。
これを機に家を購入することにした。
5月には引っ越し。
友達自体は増えたかも。
でも今1人になると何もする気が起きない。
今年の桜はママ友や新しい教会の人と見る。
将来は少し不安になったけど、全体にはそこまで悪くはないはずなんだけど。


一応 連絡が遅くなってまた怒らせたくないから実家にもメールで知らせた。

されたくない事をあらかじめ言った。
これまで大変だったんだからときちんと分かってもらいたかったし、
一応祝福して欲しかったから。


「祝福します。身体を大切に」とだけ返事が来た。

良くも悪くもそれだけだった。
安心したし
寂しかった。


職場でもそうだったけど、大勢の人の中にいると
一定数私を石ころのように扱う人がいる。

すごくストレス。

これってやっぱり親からそう扱われてきたからそうなってしまうんだろうか。


この思いは捨てたいのだろうか
いや
今は捨てたら自分じゃ無くなる気がする。


今までは捨てたかった。

今はこんな自分の思いを優先したいと思っている。


機会があれば、もっと伝えたい事を伝えたい。


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あけましておめでとうございます

2016年01月01日 | 日常


大晦日に万博記念公園に新しくできたニフレルに行ってきました

お魚と動物が近い!

そして水がきれい。

噂通り良かったです

うずらも楽しんだようで、帰ってから「お魚きれいだった」と色々お話ししてくれました。

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イブ

2015年12月24日 | 



ちょっと早いけど今日から仕事はお休み。
うずらのプレゼントをまだ買ってないのでこれから買いに行く。
掃除も洗濯も年賀状も他にも色々したい。
でもぼんやりして何も手につかない…
動悸もするし手も震える。
どうしたのかよくわからない。


前の記事のあたり、少し仕事で不安になることがあって2~3日鬱っぽくなった。
その時の感じに似てるかな?

年賀状が億劫なのか… 特に兄の存在が今は引っかかっている。


とりあえず、体調のメモとして投稿。

トイザらスに行ったらついでに琳子の好きなアイスを探して食べようと思う。


写メは教会のクリスマス祝会のご馳走の一部。
マシュマロめっちゃかわいい!
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シュトーレン

2015年12月19日 | 日常


2週間前に作った今年のシュトーレン。

味が不安定で何だかな~

明日の教会のクリスマス祝会に持っていくのが不安な味です



診察報告結局ちゃんとできてなくてすみません。
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アイシング

2015年12月13日 | 日常


教会の子どもクリスマス会でうずらとアイシングをしました。

クッキーも激ウマ。

母教会とは対照的なほど派手さはないけど、ここの教会には胃袋を掴まれています。
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怒り

2015年12月11日 | 
コントロール不能な怒りが目立つようになってきた。
旦那とうずらへの接し方について話し合うと「うずらに言い聞かせる時、はなっから怒るのやめて欲しい」と言われた。


そう言えば、この頃職場でも利用者さんに不適切な接し方になってしまって反省。

「ちょっと星野さんのガス抜きが必要」とでもささやかれたと思う。

「キャラ変激しすぎてすみません」
と言うと笑われた。

感情の表出が自由になってきたと同時に、自分の怒りのくせや攻撃性がかなり気になってきた。

今まで直視しなかった。

人を怖がらせる性格。

旦那は「もう一人別人格が出てくるかと思ってた」らしいけど、これが今までどうしようもなかった自分自身。




2ヶ月前の診察で主治医が「うーん」とパソコンを凝視して呟いた予想は「お父さんへの感情がこれから出てくるのでは」。
直接的には母親だけど、側にいたお父さんの影響は大きいように思うとの事。
今まで医者に話した情報のどこからそんな臭いがするのかわからないけど。


父は私だけではなく、母にも兄にも、怒りのパターンのようなものを与えた存在だと思う。

突然の理不尽な怒り。

旦那はうちの実家を「怒りの塊」と形容する。
「あのお父さんに尽くし続けたお母さんがむしろ気の毒」とも言う。

ーー確かにそれはある。


旦那的には、自分が家庭の雰囲気を守るため踏ん張り、時に道化にすらなり、伴侶をかばい続けた姿勢に共感するものがあるのだろう。



あの家庭はあの怒りを全面的に肯定し、正当化し、むしろ真似しなければ成り立たなかった。



そうだな… 確かに影響を受けていた。

とりあえず今日吐き出せるのはここまで。



さっき見た夢では兄が出てきて、嫌な事を思い出した。



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