LODO GLOBE *ろどぐろーぶ*

皆様ありがとうございます。

鯉のぼりカレー

2016年05月13日 | 日常


保育園の給食に出てきたという鯉のぼりカレー。
うずらのリクエストでうちでも作ってみた。
喜んでくれて何より

この春は職場でお世話になった人達と家族で出かけることが多かったです
保育園のママさんや教会の人とかも。

産後のお手伝いをしてくれる方のめどがあまり具体的ではないんだけど、少しづつ前には進んでる感じ。

引越しとつわりでグダッてたけどそろそろ準備していこうかな。
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久々に無気力

2016年04月01日 | 



お正月に2人目の妊娠が発覚した。
いろいろ考えたけど産むことにした。
退職することになった。
これを機に家を購入することにした。
5月には引っ越し。
友達自体は増えたかも。
でも今1人になると何もする気が起きない。
今年の桜はママ友や新しい教会の人と見る。
将来は少し不安になったけど、全体にはそこまで悪くはないはずなんだけど。


一応 連絡が遅くなってまた怒らせたくないから実家にもメールで知らせた。

されたくない事をあらかじめ言った。
これまで大変だったんだからときちんと分かってもらいたかったし、
一応祝福して欲しかったから。


「祝福します。身体を大切に」とだけ返事が来た。

良くも悪くもそれだけだった。
安心したし
寂しかった。


職場でもそうだったけど、大勢の人の中にいると
一定数私を石ころのように扱う人がいる。

すごくストレス。

これってやっぱり親からそう扱われてきたからそうなってしまうんだろうか。


この思いは捨てたいのだろうか
いや
今は捨てたら自分じゃ無くなる気がする。


今までは捨てたかった。

今はこんな自分の思いを優先したいと思っている。


機会があれば、もっと伝えたい事を伝えたい。


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あけましておめでとうございます

2016年01月01日 | 日常


大晦日に万博記念公園に新しくできたニフレルに行ってきました

お魚と動物が近い!

そして水がきれい。

噂通り良かったです

うずらも楽しんだようで、帰ってから「お魚きれいだった」と色々お話ししてくれました。

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イブ

2015年12月24日 | 



ちょっと早いけど今日から仕事はお休み。
うずらのプレゼントをまだ買ってないのでこれから買いに行く。
掃除も洗濯も年賀状も他にも色々したい。
でもぼんやりして何も手につかない…
動悸もするし手も震える。
どうしたのかよくわからない。


前の記事のあたり、少し仕事で不安になることがあって2〜3日鬱っぽくなった。
その時の感じに似てるかな?

年賀状が億劫なのか… 特に兄の存在が今は引っかかっている。


とりあえず、体調のメモとして投稿。

トイザらスに行ったらついでに琳子の好きなアイスを探して食べようと思う。


写メは教会のクリスマス祝会のご馳走の一部。
マシュマロめっちゃかわいい!
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シュトーレン

2015年12月19日 | 日常


2週間前に作った今年のシュトーレン。

味が不安定で何だかな〜

明日の教会のクリスマス祝会に持っていくのが不安な味です



診察報告結局ちゃんとできてなくてすみません。
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アイシング

2015年12月13日 | 日常


教会の子どもクリスマス会でうずらとアイシングをしました。

クッキーも激ウマ。

母教会とは対照的なほど派手さはないけど、ここの教会には胃袋を掴まれています。
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怒り

2015年12月11日 | 
コントロール不能な怒りが目立つようになってきた。
旦那とうずらへの接し方について話し合うと「うずらに言い聞かせる時、はなっから怒るのやめて欲しい」と言われた。


そう言えば、この頃職場でも利用者さんに不適切な接し方になってしまって反省。

「ちょっと星野さんのガス抜きが必要」とでもささやかれたと思う。

「キャラ変激しすぎてすみません」
と言うと笑われた。

感情の表出が自由になってきたと同時に、自分の怒りのくせや攻撃性がかなり気になってきた。

今まで直視しなかった。

人を怖がらせる性格。

旦那は「もう一人別人格が出てくるかと思ってた」らしいけど、これが今までどうしようもなかった自分自身。




2ヶ月前の診察で主治医が「うーん」とパソコンを凝視して呟いた予想は「お父さんへの感情がこれから出てくるのでは」。
直接的には母親だけど、側にいたお父さんの影響は大きいように思うとの事。
今まで医者に話した情報のどこからそんな臭いがするのかわからないけど。


父は私だけではなく、母にも兄にも、怒りのパターンのようなものを与えた存在だと思う。

突然の理不尽な怒り。

旦那はうちの実家を「怒りの塊」と形容する。
「あのお父さんに尽くし続けたお母さんがむしろ気の毒」とも言う。

ーー確かにそれはある。


旦那的には、自分が家庭の雰囲気を守るため踏ん張り、時に道化にすらなり、伴侶をかばい続けた姿勢に共感するものがあるのだろう。



あの家庭はあの怒りを全面的に肯定し、正当化し、むしろ真似しなければ成り立たなかった。



そうだな… 確かに影響を受けていた。

とりあえず今日吐き出せるのはここまで。



さっき見た夢では兄が出てきて、嫌な事を思い出した。



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うずらの涙

2015年12月06日 | 



この1ヶ月の心の変化と、恒例の診察報告は後ほど。。

今日は 礼拝中にあった事…

「かーちゃんと一緒にいるのが、ずっと さみしかった!」

と、いう意味の事をうずらに言われた。

一緒に遊んで!
言う通りにして!
そうじゃない、こうなの!
だんだん何がして欲しいのかわからなくなって、
泣き出したうずら。

「さみしかったの?」と言うと、激しく頷きながら一層泣いて抱きついてきた。



礼拝中は乳幼児室で二人で過ごしているんだけど、スピーカーが入っていて、礼拝を受けながら子守ができる。

私はうずらのための礼拝用の工作なんかを一緒にしながら、うちで過ごすより落ち着いた親子時間を持っていた。


琳子と和解・融合して以来、うずらへの愛情がかなり自然に出てくるようになってきたかなと思ってたんだけど、昨日の診察を終えて、よりひと皮むけたような感じ。

それはうずらにも感じられたのかな。



この2週間、母と、師父であった母教会の牧師から向けられ続けた差別的扱いと愛情に翻弄された毎日の辛さを思い出し、文字に吐き出し続けていた。

昨日の診察で一応、吐き出し切れたと思う。。

しんどくて、本当に辛かったけど、頭の奥で耳鳴りのようになり続けていた雑音が消えた。


混乱がおさまって見えてきたのは、母と師父が向けた愛情は、どちらも同じ私への罪滅ぼしのようなものだったという事。

ものすごく不安定で、自己弁護の愛情。



そして




私自身がうずらに対して同じ種類の愛情しか与えられなかった事実。


このままではまずい、この愛情は違う…とは思っていても、これ以上どうしようもない。



どうしようもないのだ…






私はうずらの気持ちがわかっていたつもりだった。

私をどんな風に見ているのか。

私は母親が得体の知れない恐怖の存在だった。
医者的には、一緒にいた父親の影響も感じられるという事だけど。


今日、うずらにいろいろ話を聞いてみてわかったのは、私が怖かった事と、さみしかった事、それから、それが全部自分のせいだと思っていた事。

うずらはうずらなりの辛さの感じ方をしていたみたいだ。
あるいは、私も昔は同じように思っていたのかもしれない。

私が涙を出すとうずらはまた顔をこわばらせて泣いた。

「うずらのせいじゃないよ!うずらはなんにも悪くない!かーちゃんが悪いねん!」

うずらが自分を追い詰めないようにするのに必死だった。



ああ、人はこうして無価値観とか空虚感とか不安感の種を孕むのかと、手にとって見ているようだった。








「私は決して失敗しない」

ふと、絵本『たいせつなきみ』の1節を思い出した。


宗教的希望は最強の一時しのぎだ。




うずら。
神様はね、間違える事はないねん。
今まで辛かったけど、神様がうずらを間違ってこさせたりなんかしてないねん。



うずらは何かわかったのか泣き止んだ。


私は幼児の信仰心がすでに大人顔負けにある事を知っている。



でも、今の私にとっては



半分は事実。

半分は賭け。






この数ヶ月、私はまともに祈りすらしていない。

「私を救ったのはキリスト教なんかじゃない。塩口(旦那)だけだった」

と言うと、旦那は巨大な目をさらに大きくして驚いた。


自分の人生が間違いではなかった証明は塩口との出会いだけだと言い切れる。

信仰的にはそれだけが神の証明なのだ。


T先生やムツゴロウ先生の世話になれたのをカウントするのはちょっと違う。
大きな存在ではあるけれども、先生たちの目標は患者が自分の人生を生きて行けるようになる事。
それから、先生たちは患者に対して自分の自由はない。


私がズタボロだった時、誰一人塩口が自分の家庭にどんな決断をする男かなんて知らなかった。
きっと誰もが塩口は私を見限ると思っていた。

牧師たち、親兄弟ですら。

それこそ、神様しか知らなかった事。


塩口は自分がどんなに苦しくても、一緒にいてくれた。
こんな私を一度も責める事なく、最善を尽くしてくれた。
言い尽くせない努力をしてくれている。

「笑顔のある家庭が欲しいだけだ」

簡単な言葉だけど、どれほど難しいだろう。
私なんかを嫁にしたらなおさら。


前にも書いたけど、塩口と一緒に居られる今に至るためには、1ミリの過去も変えられない。

変える必要はないと思える。






だからうずらも同じだなんて、楽観視する気はさらさら無い。


うずらは私とは違う人生を生きていく人間だ。

私に今からできる事は、うずらに植え付けてしまった病の芽を最小限にする事。

母の二の舞は踏まない。
自分を徹底的に癒して筋力を上げよう。


本当に苦しい事はこれからいくらでもある。

その度にうずらを苦しめる母親ではいたくない。




うずらが当然受けるべき愛情をいつでも与えられるようになりたい。


もうこの子を不当に苦しめたくない。

ここに居て良いんだという事を胸に刻ませてあげたい。





神様は間違わないなんて言ったけど、本当か嘘かは私にかかっている。






写メは保育園のブロックで遊ぶうずら。
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言葉にならない

2015年11月14日 | 



言葉にならない思いを、文章にするのにひと月かかった。

今回は主治医に見せるためだけの文章。
ブログには全部は載せない。

自分の記憶を琳子の記憶に重ねて、精神医療に出会って20年の思いを主治医に書いた。

琳子の陽性転移の正体はT先生への思慕だったようだ。


T先生の治療は静。
主治医は動。

どちらも、先生の生身の魂と技術を自ら編み上げた細い綱。

治療者はその上に立って患者に向き合うのだ。

以下は散文の最後のくだりの抜粋。


******

アースちゃんにとってM先生(主治医)は割と普通に(?)、自分の存在を初めて認めてくれた王子様で、何を投影したのかはさっぱりわからないままだったけど、

琳子にとってM先生は、T先生であり、その幻想を崩すダークナイトでもあったのだろう。




やっと見えてきたのは

M先生は私自身が抱くT先生の影とただ違う場所に立っているだけだという事。


今になって次々とT先生がカウンセリングで見せた色々な表情の動きを思い出す。


T先生は聖母ではなく、1人の人間らしい女性だったのだ。


私を救うために、私と家族の関係を守るために、自分自身がしてきた努力や我慢の仕方や思考を私に授けようとしてくれたのだ。





そうか、T先生はT先生だったのだ。

カウンセラーであり、本当に母のような思いでいてくれていた。


琳子も含めた
私を愛していてくれていた。



********





陽転感情を手放す瞬間は、診察の3時間前に訪れた。

最後の言葉を書き留めて、出来たてほやほやの散文を見てもらったら、主治医が泣いてしまった。

「T先生に、報告して差し上げて下さい」(泣)

これまで、絵を喜んでくれた以外は、陽転感情の肥やしになりそうな反応は徹底的にスカし抜いてくれていたのに。




こちらもかなり細めの綱の上に立ってるらしい





写メは教会で頂いた渋皮煮。

ひとつずつ麻紐で飾ってくれてるなんて可愛すぎる

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ざくろ

2015年11月04日 | 




そうだ。

琳子は不安だったんだ。


職場とか社会で自分がうまくやっていけるか。


いつも母に叱られていたイメージが琳子には強くあるみたい。

母は私に注意したり教え諭したりするのは全て人格否定でしかできなかった。


今更だけど悲しかったな。。


社会で何か失敗したら、みんなが自分を人格否定しているように感じてしまうようになって。

外で人に接するのはとても怖いのだ。







今の私なら母に叱られるから怖いんじゃなくて、周りの人を困らせて自分も困るからきちんとしないとね。という言葉にしかならない。


一緒に居るの私なのだから、母の事は忘れてほしい。





写メは職場のお局様からこっそりもらったざくろ。
職場の庭にできてました。

ツヤツヤキラキラ。

昔の職場のお局様にはコテンパンにされたけど、今は違うのだ。


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