LODO GLOBE *ろどぐろーぶ*

主婦の写メブログです。

今日の診察とか

2014年07月27日 | 日常
今日は幸せな一日だった。

義妹の事で旦那を傷つけて惨めだった事とか、

他にも色々お話ししたけど、先生の見解は
「相手と自分の境界線をきちんと引けるようになってきた様子」
だそう。

「パーソナリティ障害だったんでしょうか」と聞くと、
「完全に行動に現れてくるようだとそうなるかな…」と、やんわり認められた感じ。

認知が歪んで相手と自分が分けられない病気だ。
ようやく、相手の気持ちと自分の気持ちを分けて考えられるようになった。
自分の事が大事にできるようになったからなのかな。。

今、実の兄にも激しい憎悪があったりする。
今までは私の人間関係の全てに両親が全部介入してたんだけど、
「親は関係ない。自分達だけで考える。一切介入しないで」
と伝えられた。


清々しい気分だ。
先生も誉めてくれた。


診察後、子育てセンターへ行くと、例の変なお母さんもいた。
あのお母さんとりあえず苦手だ。
前も書いたけど、自分の子どもが人に迷惑かけてもお詫びしない。

今日は関わらずにすみますようにと思っていたけど、ちょっと目を離してたらうずらがギャン泣きをしている。
見ると変なお母さんの足元でおもちゃを抱え泣いていた。
どうやら例のお母さんの娘(妹の方)がうずらの遊びに乱入したらしい。
変なお母さんは「一緒に遊びたかっただけなんだけど」と言い訳しつつも、きちんと状況を説明してくれて、娘の代わりに謝ってくれた。

私の中の心のわだかまりは一気になくなった。

私はあのお母さんが自分の親に重なってイラついていた。

まるであのお母さんが自分の親であるかのように。

でも、あの人はあの人なんだ。

私の親が人に謝れない理由とあの人が娘のために謝れない理由は違う。

私の親が何であんなんなのかは私にも理由はわからない。
あの人は年齢の割に幼い娘(姉の方)に疲れ果てていて、姉のフォローはできないけど妹のフォローは頑張っている感じなんだとわかってきた。


私の親とは全く違う人なんだ。
それに気づいてすごく気持ちが軽くなった。


当たり前の事なのに、こんな事がわからなくなると、こんなにもしんどかった。


なんかわからないけど、自分を縛っていた鎖が解けた感動を味わった。


*******


うずらは15日で2才になった。

旦那の事を「とーとー」と呼び、私の事を「かーたん」と呼ぶ。

「たいたい!」は「〜したい」。
「ちっちーたー!」は「おしっこ(うんち)出た!」。

トイレの意思表示が出始めたのとパンツ部分にあせもがでるので、ゆるくトイトレを開始した。

トイレでのうんちは16日に偶然成功してる。


写メはうずら作「ひつじ」。

礼拝の時間の工作の1つ。

ちょっとうまく出来すぎ。
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変化

2014年06月30日 | 日常
毎日うずらと色々な事をしています。

突然お風呂が嫌いになったうずらのために泡遊びグッズを作ったり、いないいないばぁ!とかを見ながら工作したり。
毎週教会では聖書にちなんだ工作をするようになりました。

写メは梅シロップ作り。
うずらが生まれる前に漬けてたのとさっき漬けたのとです。

梅を洗って竹串とかで穴を開けるんだけど、うずらにはゆで卵の穴あけ機(百均の便利グッズ)を使わせました。




おととい、夫婦間でちょっとトラブルが。。
私は旦那の家族ともうまくいってません。
一瞬で最高に打ち解けて、ちょっと難しい事が起こると徹底的に嫌いになってしまう。
多分パーソナリティ障害です。
母も他人に対して理想化とこけおとしの激しい評価をする人でそういう見方を私に押し付けて同じ感覚を持つように教え込みました。

残念な事に旦那の家族にもパーソナリティ障害くさい人が居て、私の産後に起こった鬱の引き金になってしまいました。

教会でも私はその家族とうまくやっていける理想のお嫁さんを求められて、育ててくれた教会を去りました。

旦那の問題の家族とは、旦那の判断でもう関係を絶ってくれています。

なのに、実家への憎悪が治まってきた矢先、
ちょっとしたことで私が去った教会にその人が出入りしている痕跡を見つけてしまい、たまらなく嫌な気持ちになってしまいました。
その人こそ私が結婚するずっと前からもう別の教会にいる人。
それが私が結婚してからいきなり何だかんだ理由をつけてやって来ては私より上に立とうとマウンティングしていく。
そして私が嫌えば、障害のある別の家族のことを私が嫌っているからだと吹聴して回る。

死ぬほどウザかった。


私はパーソナリティ障害の人に血縁や親族を理由にタゲられるのはもうこりごりなのだ。

教会の私の居場所は、うずらを育む居場所。
良い所も悪いところも色々あるけど、これから私が恩返ししていく場所。
同じ年代の中間がそれぞれ同じ思いで集まっている。
仲間に入りたかった。

邪魔されたくなかった。

旦那の家族は正直、死ぬほど憎い。


何も旦那の家族を嫌いたくて嫌ったのでもないし、
あの教会を去りたくて去ったわけでもない。


私はまだ心をあの教会に残している。。
その大切な場所にアイツはまた悲しそうな顔でお芝居をしながらノコノコやって来ては色んな所に唾をつけ臭いをつけていく。

「キショ!」

憎しみがフラッシュバックして思わず旦那に聞こえるように吐き捨ててしまった。


一応、何とか自分の気持ちをきちんと説明はしたけど、
旦那は珍しくブチギレながら出勤した。



実家では母が家族と全ての親戚の悪口を言うのが当たり前だった。

私には旦那への思いやりが欠如している。
旦那にとってはどんなバカでも自分を育んだ家族。
私とは別物だ。

命の電話でカウンセラーを相手にようやくそれを確認した。


その日、うずらも私も風邪で引きこもりだった。


反省すら一人でうまくできない。
自分の悪いところってこんなにも怖い事なんだ。
大切な人を怒らせた確かな手応え(?)。
旦那の思いが初めて見えてきた。



そう言えば、母の悪口は私の身近な人との関係をメチャクチャにした。
母がさげすんだように私も母がさげすむ人を無条件でさげすんだ。
とても可愛がってくれたおじいちゃんでも…
おじいちゃんの悲しみに私はたださいなまれるばかりだった。

そして同時に母の意に沿わなければ自分じゃないと思わされてきた。

自分の意志で家族を大切にしたことがない。

初めてそれに気づいた。

どうにも埋めがたいこんな私と旦那の重大な違い…


「クソ嫁が!」
と、初めて吐き捨てて行った旦那の思いは…


私はここまでしてくれてる旦那に今になってなお修復できない傷を負わせてしまったのかも知れない…


うずらの世話をしながら晩ごはんを用意して何とか掃除もして(旦那の帰宅時には元通り)少しでもいつもより丁寧に家事をしながら反省した。


旦那は思ったより早く帰ってきた。

どこかで晩ごはんを食べてくるんじゃないかと思ってたから驚いた。


うずらは洗面所で水遊びをしていた。

「思いやりがなかったって反省してる。ごめんなさい」
と謝ると旦那は
「それは否めんな」
と苦笑いしながら続けた。
「居場所っていうのは与えられる以上に作るものや。ちゃんと作ったら余計なものは逃げていく」

そして、「これまで一緒にやってきたんや」
と言いながらうずらと私の手をタオルで包んだ。



世界がまたひとつ変わった気がした。
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あじさい

2014年06月11日 | 日常
うずらと作ったおりがみのあじさい。

この頃工作で色々作れるようになってきた。

お母さん同士にもちょっとずつ恵まれはじめて、うずらもお友だちとのやり取りがうまくなってきた。

自分の気持ちもはっきり表現するようになったし、
何かトラブった後は自分からお友だちにフォローしにいくようになった。

もう私の能力を越えている。


爪かみをしていたら赤ちゃんの頃に使っていた歯がためを渡すと喜んで噛むようになった。
最近は指しゃぶり(?)に移行した様子。


おしゃべりはまだはっきりしない。
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悩み

2014年05月22日 | 日常
うずらが爪かみをはじめてしまった。

辛い。。
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母の日

2014年05月12日 | 日常
旦那が作った冷製パスタと特盛肉じゃが。

料理が趣味だからよく色々作ってくれるんだけど、今回は母の日仕様だと思う。

教会ではラッピングにうずらの手形をつけたトイペとマフィンを頂いた。

うずらが教会の小学生と一緒にプチギフトを配るお手伝いをした。





行事の度に毎回実家の母が朝っぱらからメールをよこすんだけど、今回は何もなかった。

こないだ知人のお嬢さん(私と同年代で母が何かと世話を焼いていた)の近況を知らせてきた時に、「もうやめてほしい」と伝えた。
「教えてくれてありがとう。これからの人生の糧にします云々」との返事が来た。

私としては「ありがとう」ではなく「ごめんなさい」。
「生きていきます」ではなく「いますぐ死にたくなりました」。
と言ってほしかった。

まぁ、「思ったこと」なんてお互い自由だからどうでもいい。
どうせあの人に私の寂しさなんか伝えたところで微塵も理解できない。



今何を考えているかな。
私のことを恐れて憎んでいるんだろう。
今までみたいにかき消すんだろう。
「やめてほしい」なんて今はじめて言うことじゃない。
私が言う度に「覚えてない」と言っていたんだから。





よその不幸なお嬢さんをかわいそうだとうちに招き入れては、私に向かって「お前は気が利かない」と言う。
「りんごちゃんはお嬢様だもの」などと言う子もいた。
口の悪い子は母と一緒になって自分と私の違いを笑った。



母の日は私にとっては残酷な日だ。
母の日に感謝を伝える私は母のお飾りに過ぎない。










こんな汚い私がこんな日にどうしていればいいのかわからない。
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タゲられる

2014年05月10日 | 日常
以前はまっていたネットゲームで戦闘の時によく使っていた言葉「タゲる」。
攻撃する相手を決める―ターゲットにするという意味だけど久しぶりに思い出した。

攻撃と言うのとは少し違うけど。。

最近、子育て支援センターでうずらと遊んでいると3才の女の子に付きまとわれるようになった。
一緒に遊んでもらうのは良いけど、一緒に遊びながらうずらのおもちゃを取り上げたり、無理矢理連れていこうとしたり結構うざい。
全部私がその子にお膳立てをしてやらないといけない。

普通はお母さんが「すみませーん!ちょっとアンタ何してるの!」と、謝りに来て、私が「いいですよ〜。一緒に遊んでくれようとしてたんだよね」と、フォローを入れる。

しかしその子のお母さんはうずらと同じぐらいの子をいつも抱っこしたままネグレクト気味のようだ。
「困っているのでお近くで見ていてください」と伝えると、
お詫びやお礼もなく本当に見ているだけ。放置と言うか自分がこの子のために何をどうすべきか、ツボが全然わかってない。

「ほら、帰るよ〜」と言うばかりで本気で帰らそうともしない。
私とうずらから離されると思うとその子はますます意地になる。
寂しくてたまらないのだ。


かわいそうだけど私はもうこりごりだし、うずらがこれ以上その子になついても困るので、「あとはお母さんにしてもらいなさい!」と言い捨てて、たまたま離れていくうずらを追いかけた。

その親子はそのままいつも通り挨拶もせずに消えていった。



今私は気持ちや「NO」をきちんと伝える訓練をしている。
物凄くエネルギーがいる。

これが2日前の事だけど、今ちょっと過食気味。
過食は寂しい気持ちの現れだと言うけど…



今日は旦那がうずらのお風呂をしてくれたので、珍しく一人でゆっくり入っていた。
湯船に浸かっているとふと何かが頭をよぎった。

私もあんな風にしたかったんだ。

小学1年ぐらいだったか、父と兄と海水浴に行った。

すごくたくさん人がいたんだけど、私はすぐにその親子を見つけた。
仲の良さそうなお母さんと二人の子ども。楽しそうに遊んでいる。
すごく羨ましくなって、私は得意のばた足でひたすら乱入しまくった。

最初は驚きつつも「あら、上手ね」なんて言っていたけど、場所を何度か変えたりしていた。
私はもう夢中で何度場所を変えられても追いかけて行った。

とうとうその家族は帰ってしまった。

家についたら兄と父が「りんごがよその家族の邪魔ばっかりして、その家族が怒って帰って行った」と、母に報告していた。

怒られるでもなく「こいつ何やねん」というさげすんだ目で見られただけだった。


あのときと同じだったんだ。


父はあの家族に謝りもしなかった。
「こっちで遊ぶぞ」と、私を連れていきもしなかった。
いつも何かにつけて叱り飛ばすくせに…一体あれは何だったんだ。


まだまだ賑わう海水浴場を去っていくあのお母さんのきれいな後ろ姿。
子どもの浮き輪をかかえ、疲れてがっかりしていた。
実はずっと脳裏にあったのだ。


「邪魔をしてごめんなさい。寂しかったんです」


でもいくら私がそれを言っても、親がこれを言わなければ報われないのだ。


そして親が私にあわせて遊んでくれないと…
せめて本気で困ってくれないと精神的に死ぬんだ。







多分今のうずらぐらいからだと思う。
広島弁で「行儀」と言えばお仕置きを意味する。多分躾のための体罰を正当化する言葉だ。
気がすむまでシバき倒す事を「大行儀(オオギョウギ)」と言って、母はいつもママ友に「昨日はりんごを大行儀したんよ!」と言っていた。
ママ友達は正直ドン引きしているのを隠して相槌を打っていた。
ママ友は心配そうな目でチラリと私を見ては複雑な顔で目をそらした。
私は命乞いをするような目でよそのお母さんを見ていたと思う。

お願いだから言ってやって。
そんなの間違えてるって。
かわいそうな事をするなって。


でも母は「どうしてやったらいいかわからない」なんて口が裂けても言わない。
自信満々の教育方針がある人の子どもに手を差しのべる人はいない。


寂しかったと言うより、死にそうだった。




写メはうずらの子育てセンターの名札。
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ババロア

2014年05月05日 | 日常
ほじくったババロアですみません。

今日は学生時代の友達が夫婦で来てくれていました。

ウェルカムとしてお出しした手作りババロア。
喜んでもらえて良かったです。

(Eテレの「ともだち8人」風に)とーもだっちー 1234567…3人!
ぐらいしかいない私にとってはかけがえのない人。

学部もサークルもいつも同じ。
遊びの嗜好も笑いのつぼもスポッとはまる。

何よりこんな私に振り回されても決して怒らず、つきあってくれていた。
彼女が男だったらこの人と一緒になっていたと思う。
いや、でも私なんかが一緒だとかわいそうだったかな。。

彼女の忍耐強さ、冷静さ、ユーモア、人一倍たくさん流してきた涙。
どれも私には計り知れない。

こんな人が自分の友達でいてくれるなんて、無償の恵だと思う。


私は彼女がこんなに強くて聡明なのは彼女が家族から大切にされてきたからだと思っていた。

だけど、彼女も家族から色々なはけ口にされていた事を今日初めて知った。

強い人はどこまでも強い人だった。
彼女のこの性格は彼女自身の努力がこうしたものだったのだ。


うちの旦那もこういう所がある。
っていうか、世の中のほとんどの人ってそうなのかもしれない。

私はすごくちっぽけだ。
こういう人に私は何も返せない。



イエス様が友である事を恵みというけど、多分、こういう感じなんだと思う。

「疲れた人、重荷を負う人は私の元に来なさい。私があなたを休ませます。」
「私は柔和でへりくだっていているので…私のくびきは負いやすく私の荷は軽いからです…」
「愛は忍耐強い。情け深い。決して怒らず、礼を失せず…」
「御霊の実は愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。」

聖書の様々な言葉がビビットに感じる。

恵みを受けとるということは、本当は勇気がいるものじゃないかと思う。

自分がイエス様に対して何もできないぐらい負い目があるから。
それに気づくということだから。


私は多分どう努力してもこうはなれない。
うちの実家の家族はこういう器の違いで私を差別してたのかな。
実家に限らず私のこういう所が気に入らない人はけっこうたくさんいる。


けれども、自分の器がどんなに小さくても、人がつける価値にはもう左右されたくはない。
こんな私を受け入れてくれる人がいる恵みに本当に感謝するなら、他の誰かに左右される必要なんかないんだ。
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まめ

2014年05月02日 | 日常
子育てセンターのじゃんけん大会で珍しく上位3位まで勝ち抜いた。

景品のお豆。

今からうずらとムキムキして豆ご飯にします。
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診察日

2014年04月27日 | 日常
写メは関係ない手作りおもちゃ。
牛乳パックの輪切りに輪ゴムをかけてあって、手を離すとビョーンって飛び上がります。



今日は診察がありました。

実家の母を無視していたけどやはり、自分のために気持ちをきちんと伝える必要があるようです。

ただ、怒りは本当の気持ちからずれてしまう。
「怒り」は気持ちの「蓋」であって、本当は「悲しい」とか「悔しい」とか言いたいはずだと言う。


それを伝える。
そして相手がそれにどう反応しようと相手にしない。

そういう作業が必要らしい。

それも練習する必要があるとのこと。
それが上手になればゴールらしい。




それはそうと、告白すれば、私は今までうずらに実家の両親に似た怒り方をした事がある。

手は出さなかったけど、怒って追い詰めてしまう事があった。

最近は気持ちに余裕が出てきて「もう大丈夫!」と思っていたけど、ふとした瞬間にそんなに怒りたくないのに怒ってしまう事があった。
本当に怒ってなんかないのに…


医者が言うには「再現行動」と言うらしい。

自分がされて嫌だった事をやってしまうという有名なやつだけど、中の人が「あれが怖かったんだよ」と、訴えているのだと言う。

そういうのも全て、圧し殺していた感情を解放する練習によって消えていくと言う。



逆に言えば私は母や父がやったような、、首を絞めたりベランダから落とそうとしたり、包丁を突きつけたりをやってしまう可能性があると言うことなんだ。

怖かった。

そんな親が人から尊敬してもらいたがって必死になっている。


軽蔑する。

そして何で私をそんなにさげすんだのだ。

この気持ちは「悲しい」なんて言葉では表せない。

「惨め」っていう言葉だろうか。



今や母が「表千家の不審庵(一番すごい所)のお茶会に招待された」とか、
「○○さんの息子さんのピアノコンクールを見に行った」とか、
「外国人の研究者の人が教会に来ていて料理を誉められた」とか、

母の話題は何を聞いても「惨め」になる。


ないものねだりだとか言うんだろう。


そういう発想をする所がまた殺したくなる。


そうやって、一生自分のものにはならないものに囲まれて死んでいけばいい。
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小指

2014年04月26日 | 日常
すっかり精神科の治療(?)の記録になりつつあるブログですみません。
精神状態の記録ノートは別にあるのだけど、ここに書き込んでしまいます。

重い事ばかり書き込んでいるけど、これは私が「そんなふうに感じる自分を受け入れたのだ」という記録のつもりです。

でも、自分の気持ちを受け止めるのがうまくなってきたら次から次と私の中の人が「あれもこれも受け止めてほしい」と訴えて若干ヒートアップしつつあります。

実家の母からの電話は直接取りません。
留守電だけで十分脅威だからです。
最近母の話題にカチンと来ることが多いので無視したりしてると「どうしてるのか心配だ」と朝の9時から電話してきてました。


中の人が恐怖の悲鳴を上げました。

こういう感じ…母を嫌った後は大激怒されるのがいつものパターン。

声のトーンが変わって、行き場がないほど罵られてわめきたてながら殴るわ蹴るわ首を絞めようとするわ(兄が止めて未遂)…

そう言えば兄には包丁を突きつけていた事もある。
宿題をまだやってないって理由だった。

兄は男の子で普通にやんちゃな事もする。
チューペットを振り回して壁を汚して父に殺されるんじゃないかと思うほどしばかれていた。

母は豪華なダイヤの指輪をしていて殴る時の凶器になる。

我が家では何をしても虐待にはならない。

父はちゃんと仕事をして、母はお金を管理してちゃんとご飯を作って、コッテコテの裁縫をして、行事毎に人より良い服をあつらえて父にプロみたいな写真を撮らせ、人付き合いをしてたくさん人を招いて威張る。
家族に悩んでる人に優しくしたり一刀両断にお悩みを解決したりしながら、いつも周りに気分よく過ごさせてもらっている。

だからうちは虐待はしていない。
って感じになっていた。
人に説教垂れる前にもっと何かあるだろう?


私はピアノを習わせてもらっていた。
ホントは兄が習ってるエレクトーンとか、他の子がやってるエレクトーン教室を見かけてあれがやりたかっただけだけど、うまく伝わらなくてピアノになった。
個人レッスンは想像以上に苦痛だった。
自宅できちんと練習させろと言われたのか、母が練習に付き合いだしてからさらに地獄になった。

母はうまく弾けない私にイライラMAXになって、罵りながら私がよく間違える指を鋭い爪で血が出るまでガンガン叩いた。

小指と薬指。

気がつくと小指が曲がっていた。


私はこの小指を大事にしている。

私の実家には大きなタンスや豪華な着物、卒業証書が残されていて何処にも私の中の人の心が残っているものはない。
(中身のない子育てをしてそんなものだけが家に残っている。
バカな親の証拠だと思うけど、バカは私だそうだ)

でもこの小指は、中の人が恐怖した日々の唯一の証。


自傷行為の跡はちょっと皮膚が変型してる程度になってほとんどわからない。
もし自傷行為の跡が残っていたら恥ずかしかったし自分を責めたと思う…
私はこれで良かった。

世の中にはタンスや着物や卒業証書がなくて惨めな人がたくさんいるかと思うけど、
少なくともうちの旦那はどれもなくてもこんなに私を幸せにしている。




それはそうと、

最近うずらは時々癇癪を起こす。
突然物凄く泣く!

精神科の医者が「お子さんを見習ってください。あなたもこの子もそのままで良いんです」と言っていた。


うずらがひっくり返って泣き喚くのを見守りながら、
自分のために泣いた。


あの母を、家族を、殺せば良かった。
今からでもむちゃくちゃに恥をかかせて社会的に死ねば良い。
私が何度も何度も家族の中で殺されたように、死んだら良い。

小3ぐらいの時「殺してくれ」と言っただけなのに何で怒られたんだろう。
子どものこんな気持ちにさえまともに対応できない糞親。
もっと人に教えを請うてはどうだったんだ。

殺してくれないのはいたぶれるおもちゃがなくなるからだと本気で思った。

どんだけあの親をかばって生きてきただろう。
親は「自分がお前を庇っているのに」と脅してきたけど、ヘドが出る理屈だ。
子育てになってない。


この憎らしさ。


今なお耐えがたい。


そんな気持ちをうずらの癇癪に重ねて泣いた。

今感じている気持ちはそのままで良いんだ。
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