LODO GLOBE *ろどぐろーぶ*

主婦の写メブログです。

楽しいこと その2

2014年08月28日 | 日常
これからやってみたい事なんだけど、魚を飼いたいと思うようになりました。

1年ぐらい前から携帯ゲームの水槽で色んな魚を飼育するってのをしてるんですが、
これがなかなか、イライラしたり気持ちがざわつく時に鎮静作用があって良かったんです。

単純なゲームなので美麗な熱帯魚ってわけではないけど、魚が泳ぐ姿には癒されます。

お盆にうずらを海遊館に連れていって、うずらがお魚に感動してる姿を見るとますます良いなと思いました。

子育て支援センターでもメダカやザリガニを飼っててうずらと夢中になってます。


でも私は生き物はあまりちゃんと飼えない質で…

このブログでも前に飼ってた亀を死なせて泣いてます。

それより前にも高校生ぐらいの時に「コップで飼育できる『コッピー』」なる商品に手を出しては失敗しました。

あの頃は本当に責任感が無かったと反省です。
調べれば調べるほど、メダカの飼育ですら知らなかった事がいっぱいです。
今回こそは大事に飼って家族で癒されたい。。

でも、設備にお金をあまりかけなくて良い、とにかく強い観賞魚を調べたら「アカヒレ」という魚にたどり着きました。

写真を見たらどっかで見たことのある魚…

「コッピー」でした。


メダカとほぼ同じ条件で飼育できて、メダカよりも強い。

しかも可愛い。


今度こそはちゃんと飼いたいです。


現在、水槽はアカヒレを迎える準備中。

図書館に行っても本当に知りたい細かい事ってなかなか書いてなくて不安で仕方ありません。

「本に書いてあること」=「私がやったら違う結果になる」。ですから、より詳しく色々知りたくなる。。

アカヒレはよほどでない限り失敗しないとか言われてるけど、できる限り良い感じに迎えられないものか…。

結局ネットを頼って危うい橋を渡りそうな予感…。



現在、水量10〜12l。
砂利は近くのペット用品店の「南国砂利」。
水草はアンブリア。

ネットのとある情報ではこのまま時々水を替えながら1〜2週間したら最初に入れる魚にも優しいきれいな水になるとか。。

当然ながら微生物で白く濁るしアンブリアはどんどん元気がなくなってる。

絶対嘘な気がしてきたので、明日は子育てセンターでメダカかザリガニの砂利(水をきれいにするバクテリアがたっぷりついてるはず)を少し交換してもらおうと思う。



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心療内科の先生曰く、新しく趣味に目覚めるのは自分のために何かしたいという意欲の高まりらしい。

確かに、今まで感じた事がないほど自分を大切に思っている。
それを実感したら必ずうずらへの愛しさも増す。



このまま良い状態でずっと生きていけたら良いのに。。

けどまだ「何か起こってくる」と思われるらしい。


生きてる限り必ず何かあるけどやっていきましょう、と励まされた。
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楽しいこと

2014年08月28日 | 日常
旦那とうずらと一緒に教会に行く事。
うずらと聖書の工作をする事。

お菓子作る事。

たまに落書きをする事。


趣味と言うか楽しみはこんな感じだったけど最近少し増えた。

まぁ、うずらのための教会グッズだけどお針仕事にわくわくしている。

布とか色々買うのでお財布の紐がゆるい。。


写メは教会につけていくブローチと、教会の子ども達とかがもらって嬉しいであろう「字のない本」。

日本基督教団ではクリスマスにはクリスマスのブローチをしたり、ペンテコステには赤いリボンのブローチをしたりっていうかわいい習慣がある(赤いリボンは別の教団だったかも知れないな…)。

個人的にはあまり好きな教団ではないけど、日基(日本基督教団)はこういう小さなおしゃれがすごく上手だ。

子どもの礼拝にはこういう小さなおしゃれが本当に大切だと感じる。

私の母教会では礼拝の講壇だけは暦に合わせて色を変えてたっけな…?

クリスマスは白。
ペンテコステは赤。
イースターとその後も白。
アドベントとレントは紫。
ペンテコステ後は緑。

うずらにも教会の暦に合わせたブローチを作ってあげたくなって色々試行錯誤している。

今はとりあえず紫系を作ってみていて、明るい方がアドベントで暗い方がレントです。

んー。

ちょっと子どもらしくないな…。

また色々考えて作ってみよう。
クリスマスやペンテコステやイースターは王道すぎて色々迷うので後回しに(^^;)

そして写メの緑色のが「字のない本」。

中には「黒、赤、白、黄」の順番に色だけのページが入っています。

黒は罪に汚れた心。
赤はイエスさまの血潮。
白はイエスさまの血潮で洗われた心。
黄色は天の御国を表します。


昔、私に初めて字のない本をくれたのも、子どもを連れて教会を転々としていたおばさんだった。


寂しくて、信仰にも飢えて、多分精神も多少病んでた。


今回作った字のない本の縫い方は、その人にもらったやつをそのまま真似ている。


私は色々な人の信仰を頂いているんだな。


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うずらは2才1ヶ月。

食べる量が増えた。

人が言った言葉を真似して、正しい言葉を言おうとするようになった。

何を言っても「やいやい!」(イヤイヤ)と言ってこじらせる事多し。

トイレトレーニング中断。

ベネッセから届いたマトリョーシカに狂喜乱舞。
ベネッセが言うには本格的な知育プログラムのおもちゃらしい。

確かに今までよりもごっこ遊びをものすごくしている。
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台風とお盆

2014年08月20日 | 日常
台風の間はうずらとラムネを作って遊びました。

目分量で片栗粉と砂糖を1:1。
クエン酸ひとつまみに少量の水でコネコネ。

固めてカッターで切って乾かしたらラムネの出来上がり。

別に出来上がらなくて良いなら水を増やして片栗粉粘土として遊ぶもよしそのまま食べるもよし。



お盆はパパさんの4連休。
海遊館に遊園地にお買いもの…
大事な連休を親子水入らずで遊び倒しました。

もうヘトヘトなんだけど、家族でお出掛けしてこんなに幸せな気持ちになったのは初めての経験です。


お出掛け先でゴネて大変な時もあるけど、
うずらはどんどん可愛く賢くなっていく気がする。



……お風呂には入ろうとしないけど。
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佐世保の事件とか

2014年07月30日 | 日常
ああいう猟奇的な少年事件の防止のために「命の授業」とかがあるらしいけど、
あんな事件を起こしちゃうレベルの子に、他人の命について考えさせて何になるだろうかと思う。

他人より自分の気持ちを大切にされる経験の方が必要だったに違いない。

サイコパスだったらそれも無駄だったのかも知れないけど。。




写メは全然関係なくて、小保方さんが幼少期に読んだかもしれない絵本。
「おばあちゃんのかっぽうぎ」(こどものせかい)。

こないだのNHKスペシャルは笹井さんの事がよくわかった。
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今日の診察とか

2014年07月27日 | 日常
今日は幸せな一日だった。

義妹の事で旦那を傷つけて惨めだった事とか、

他にも色々お話ししたけど、先生の見解は
「相手と自分の境界線をきちんと引けるようになってきた様子」
だそう。

「パーソナリティ障害だったんでしょうか」と聞くと、
「完全に行動に現れてくるようだとそうなるかな…」と、やんわり認められた感じ。

認知が歪んで相手と自分が分けられない病気だ。
ようやく、相手の気持ちと自分の気持ちを分けて考えられるようになった。
自分の事が大事にできるようになったからなのかな。。

今、実の兄にも激しい憎悪があったりする。
今までは私の人間関係の全てに両親が全部介入してたんだけど、
「親は関係ない。自分達だけで考える。一切介入しないで」
と伝えられた。


清々しい気分だ。
先生も誉めてくれた。


診察後、子育てセンターへ行くと、例の変なお母さんもいた。
あのお母さんとりあえず苦手だ。
前も書いたけど、自分の子どもが人に迷惑かけてもお詫びしない。

今日は関わらずにすみますようにと思っていたけど、ちょっと目を離してたらうずらがギャン泣きをしている。
見ると変なお母さんの足元でおもちゃを抱え泣いていた。
どうやら例のお母さんの娘(妹の方)がうずらの遊びに乱入したらしい。
変なお母さんは「一緒に遊びたかっただけなんだけど」と言い訳しつつも、きちんと状況を説明してくれて、娘の代わりに謝ってくれた。

私の中の心のわだかまりは一気になくなった。

私はあのお母さんが自分の親に重なってイラついていた。

まるであのお母さんが自分の親であるかのように。

でも、あの人はあの人なんだ。

私の親が人に謝れない理由とあの人が娘のために謝れない理由は違う。

私の親が何であんなんなのかは私にも理由はわからない。
あの人は年齢の割に幼い娘(姉の方)に疲れ果てていて、姉のフォローはできないけど妹のフォローは頑張っている感じなんだとわかってきた。


私の親とは全く違う人なんだ。
それに気づいてすごく気持ちが軽くなった。


当たり前の事なのに、こんな事がわからなくなると、こんなにもしんどかった。


なんかわからないけど、自分を縛っていた鎖が解けた感動を味わった。


*******


うずらは15日で2才になった。

旦那の事を「とーとー」と呼び、私の事を「かーたん」と呼ぶ。

「たいたい!」は「〜したい」。
「ちっちーたー!」は「おしっこ(うんち)出た!」。

トイレの意思表示が出始めたのとパンツ部分にあせもがでるので、ゆるくトイトレを開始した。

トイレでのうんちは16日に偶然成功してる。


写メはうずら作「ひつじ」。

礼拝の時間の工作の1つ。

ちょっとうまく出来すぎ。
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変化

2014年06月30日 | 日常
毎日うずらと色々な事をしています。

突然お風呂が嫌いになったうずらのために泡遊びグッズを作ったり、いないいないばぁ!とかを見ながら工作したり。
毎週教会では聖書にちなんだ工作をするようになりました。

写メは梅シロップ作り。
うずらが生まれる前に漬けてたのとさっき漬けたのとです。

梅を洗って竹串とかで穴を開けるんだけど、うずらにはゆで卵の穴あけ機(百均の便利グッズ)を使わせました。




おととい、夫婦間でちょっとトラブルが。。
私は旦那の家族ともうまくいってません。
一瞬で最高に打ち解けて、ちょっと難しい事が起こると徹底的に嫌いになってしまう。
多分パーソナリティ障害です。
母も他人に対して理想化とこけおとしの激しい評価をする人でそういう見方を私に押し付けて同じ感覚を持つように教え込みました。

残念な事に旦那の家族にもパーソナリティ障害くさい人が居て、私の産後に起こった鬱の引き金になってしまいました。

教会でも私はその家族とうまくやっていける理想のお嫁さんを求められて、育ててくれた教会を去りました。

旦那の問題の家族とは、旦那の判断でもう関係を絶ってくれています。

なのに、実家への憎悪が治まってきた矢先、
ちょっとしたことで私が去った教会にその人が出入りしている痕跡を見つけてしまい、たまらなく嫌な気持ちになってしまいました。
その人こそ私が結婚するずっと前からもう別の教会にいる人。
それが私が結婚してからいきなり何だかんだ理由をつけてやって来ては私より上に立とうとマウンティングしていく。
そして私が嫌えば、障害のある別の家族のことを私が嫌っているからだと吹聴して回る。

死ぬほどウザかった。


私はパーソナリティ障害の人に血縁や親族を理由にタゲられるのはもうこりごりなのだ。

教会の私の居場所は、うずらを育む居場所。
良い所も悪いところも色々あるけど、これから私が恩返ししていく場所。
同じ年代の中間がそれぞれ同じ思いで集まっている。
仲間に入りたかった。

邪魔されたくなかった。

旦那の家族は正直、死ぬほど憎い。


何も旦那の家族を嫌いたくて嫌ったのでもないし、
あの教会を去りたくて去ったわけでもない。


私はまだ心をあの教会に残している。。
その大切な場所にアイツはまた悲しそうな顔でお芝居をしながらノコノコやって来ては色んな所に唾をつけ臭いをつけていく。

「キショ!」

憎しみがフラッシュバックして思わず旦那に聞こえるように吐き捨ててしまった。


一応、何とか自分の気持ちをきちんと説明はしたけど、
旦那は珍しくブチギレながら出勤した。



実家では母が家族と全ての親戚の悪口を言うのが当たり前だった。

私には旦那への思いやりが欠如している。
旦那にとってはどんなバカでも自分を育んだ家族。
私とは別物だ。

命の電話でカウンセラーを相手にようやくそれを確認した。


その日、うずらも私も風邪で引きこもりだった。


反省すら一人でうまくできない。
自分の悪いところってこんなにも怖い事なんだ。
大切な人を怒らせた確かな手応え(?)。
旦那の思いが初めて見えてきた。



そう言えば、母の悪口は私の身近な人との関係をメチャクチャにした。
母がさげすんだように私も母がさげすむ人を無条件でさげすんだ。
とても可愛がってくれたおじいちゃんでも…
おじいちゃんの悲しみに私はたださいなまれるばかりだった。

そして同時に母の意に沿わなければ自分じゃないと思わされてきた。

自分の意志で家族を大切にしたことがない。

初めてそれに気づいた。

どうにも埋めがたいこんな私と旦那の重大な違い…


「クソ嫁が!」
と、初めて吐き捨てて行った旦那の思いは…


私はここまでしてくれてる旦那に今になってなお修復できない傷を負わせてしまったのかも知れない…


うずらの世話をしながら晩ごはんを用意して何とか掃除もして(旦那の帰宅時には元通り)少しでもいつもより丁寧に家事をしながら反省した。


旦那は思ったより早く帰ってきた。

どこかで晩ごはんを食べてくるんじゃないかと思ってたから驚いた。


うずらは洗面所で水遊びをしていた。

「思いやりがなかったって反省してる。ごめんなさい」
と謝ると旦那は
「それは否めんな」
と苦笑いしながら続けた。
「居場所っていうのは与えられる以上に作るものや。ちゃんと作ったら余計なものは逃げていく」

そして、「これまで一緒にやってきたんや」
と言いながらうずらと私の手をタオルで包んだ。



世界がまたひとつ変わった気がした。
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あじさい

2014年06月11日 | 日常
うずらと作ったおりがみのあじさい。

この頃工作で色々作れるようになってきた。

お母さん同士にもちょっとずつ恵まれはじめて、うずらもお友だちとのやり取りがうまくなってきた。

自分の気持ちもはっきり表現するようになったし、
何かトラブった後は自分からお友だちにフォローしにいくようになった。

もう私の能力を越えている。


爪かみをしていたら赤ちゃんの頃に使っていた歯がためを渡すと喜んで噛むようになった。
最近は指しゃぶり(?)に移行した様子。


おしゃべりはまだはっきりしない。
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悩み

2014年05月22日 | 日常
うずらが爪かみをはじめてしまった。

辛い。。
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母の日

2014年05月12日 | 日常
旦那が作った冷製パスタと特盛肉じゃが。

料理が趣味だからよく色々作ってくれるんだけど、今回は母の日仕様だと思う。

教会ではラッピングにうずらの手形をつけたトイペとマフィンを頂いた。

うずらが教会の小学生と一緒にプチギフトを配るお手伝いをした。





行事の度に毎回実家の母が朝っぱらからメールをよこすんだけど、今回は何もなかった。

こないだ知人のお嬢さん(私と同年代で母が何かと世話を焼いていた)の近況を知らせてきた時に、「もうやめてほしい」と伝えた。
「教えてくれてありがとう。これからの人生の糧にします云々」との返事が来た。

私としては「ありがとう」ではなく「ごめんなさい」。
「生きていきます」ではなく「いますぐ死にたくなりました」。
と言ってほしかった。

まぁ、「思ったこと」なんてお互い自由だからどうでもいい。
どうせあの人に私の寂しさなんか伝えたところで微塵も理解できない。



今何を考えているかな。
私のことを恐れて憎んでいるんだろう。
今までみたいにかき消すんだろう。
「やめてほしい」なんて今はじめて言うことじゃない。
私が言う度に「覚えてない」と言っていたんだから。





よその不幸なお嬢さんをかわいそうだとうちに招き入れては、私に向かって「お前は気が利かない」と言う。
「りんごちゃんはお嬢様だもの」などと言う子もいた。
口の悪い子は母と一緒になって自分と私の違いを笑った。



母の日は私にとっては残酷な日だ。
母の日に感謝を伝える私は母のお飾りに過ぎない。










こんな汚い私がこんな日にどうしていればいいのかわからない。
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タゲられる

2014年05月10日 | 日常
以前はまっていたネットゲームで戦闘の時によく使っていた言葉「タゲる」。
攻撃する相手を決める―ターゲットにするという意味だけど久しぶりに思い出した。

攻撃と言うのとは少し違うけど。。

最近、子育て支援センターでうずらと遊んでいると3才の女の子に付きまとわれるようになった。
一緒に遊んでもらうのは良いけど、一緒に遊びながらうずらのおもちゃを取り上げたり、無理矢理連れていこうとしたり結構うざい。
全部私がその子にお膳立てをしてやらないといけない。

普通はお母さんが「すみませーん!ちょっとアンタ何してるの!」と、謝りに来て、私が「いいですよ〜。一緒に遊んでくれようとしてたんだよね」と、フォローを入れる。

しかしその子のお母さんはうずらと同じぐらいの子をいつも抱っこしたままネグレクト気味のようだ。
「困っているのでお近くで見ていてください」と伝えると、
お詫びやお礼もなく本当に見ているだけ。放置と言うか自分がこの子のために何をどうすべきか、ツボが全然わかってない。

「ほら、帰るよ〜」と言うばかりで本気で帰らそうともしない。
私とうずらから離されると思うとその子はますます意地になる。
寂しくてたまらないのだ。


かわいそうだけど私はもうこりごりだし、うずらがこれ以上その子になついても困るので、「あとはお母さんにしてもらいなさい!」と言い捨てて、たまたま離れていくうずらを追いかけた。

その親子はそのままいつも通り挨拶もせずに消えていった。



今私は気持ちや「NO」をきちんと伝える訓練をしている。
物凄くエネルギーがいる。

これが2日前の事だけど、今ちょっと過食気味。
過食は寂しい気持ちの現れだと言うけど…



今日は旦那がうずらのお風呂をしてくれたので、珍しく一人でゆっくり入っていた。
湯船に浸かっているとふと何かが頭をよぎった。

私もあんな風にしたかったんだ。

小学1年ぐらいだったか、父と兄と海水浴に行った。

すごくたくさん人がいたんだけど、私はすぐにその親子を見つけた。
仲の良さそうなお母さんと二人の子ども。楽しそうに遊んでいる。
すごく羨ましくなって、私は得意のばた足でひたすら乱入しまくった。

最初は驚きつつも「あら、上手ね」なんて言っていたけど、場所を何度か変えたりしていた。
私はもう夢中で何度場所を変えられても追いかけて行った。

とうとうその家族は帰ってしまった。

家についたら兄と父が「りんごがよその家族の邪魔ばっかりして、その家族が怒って帰って行った」と、母に報告していた。

怒られるでもなく「こいつ何やねん」というさげすんだ目で見られただけだった。


あのときと同じだったんだ。


父はあの家族に謝りもしなかった。
「こっちで遊ぶぞ」と、私を連れていきもしなかった。
いつも何かにつけて叱り飛ばすくせに…一体あれは何だったんだ。


まだまだ賑わう海水浴場を去っていくあのお母さんのきれいな後ろ姿。
子どもの浮き輪をかかえ、疲れてがっかりしていた。
実はずっと脳裏にあったのだ。


「邪魔をしてごめんなさい。寂しかったんです」


でもいくら私がそれを言っても、親がこれを言わなければ報われないのだ。


そして親が私にあわせて遊んでくれないと…
せめて本気で困ってくれないと精神的に死ぬんだ。







多分今のうずらぐらいからだと思う。
広島弁で「行儀」と言えばお仕置きを意味する。多分躾のための体罰を正当化する言葉だ。
気がすむまでシバき倒す事を「大行儀(オオギョウギ)」と言って、母はいつもママ友に「昨日はりんごを大行儀したんよ!」と言っていた。
ママ友達は正直ドン引きしているのを隠して相槌を打っていた。
ママ友は心配そうな目でチラリと私を見ては複雑な顔で目をそらした。
私は命乞いをするような目でよそのお母さんを見ていたと思う。

お願いだから言ってやって。
そんなの間違えてるって。
かわいそうな事をするなって。


でも母は「どうしてやったらいいかわからない」なんて口が裂けても言わない。
自信満々の教育方針がある人の子どもに手を差しのべる人はいない。


寂しかったと言うより、死にそうだった。




写メはうずらの子育てセンターの名札。
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