LODO GLOBE *ろどぐろーぶ*

皆様ありがとうございます。

2人目出産

2016年08月06日 | 


今朝5:10。
2400gの男の子出産しました。
生産期に入ってすぐの出産。
小さめだけど時期も大きさも問題なしとのこと。
元気な赤ちゃんです。

実は先週から妊娠糖尿病が発覚しまして、昨日まで3日ほど入院してました。
で、赤ちゃんが大きめでもう2700近くあるんだと思ってたから(私は小柄だからこのぐらいの普通サイズだとそろそろしんどいし)さっさと産んじゃえって事で、内診で誘発グリグリをしてもらって一時退院。

その晩にもののけ姫を見てたらちょっと陣痛らしきものが始まりました。

でもまだあんまりにも余裕があるのでウトウトしてたらだいぶ痛くなってきて明け方4時頃病院到着。

わずか1時間で「でるぅうぅぅ!!!!!助産師さぁぁぁぁぁあぁぁん!!!!!!」って叫んで産みました。

もうほとんど出ようとしてる赤ちゃんを抑えられるほど苦しいもんはこの世にないわ。

朝到着した主治医(産科)に「結構騒いだらしいな」ってニヤニヤされたけど知るかっつうの。

うずらを旦那に預けてお一人様出産なんだからちょっとぐらい甘えさせていただくぜ。

この病院は出産直後に写真撮るんで眉毛ぐらい描いとこうと思ってたのに描けなかったのが残念だ。

写真は眉毛がないシミだらけのBBAとかわいい赤ちゃんが写っていた。
お婆ちゃんと孫か?




それはそうと、今回は赤ちゃんへの気持ちが全然違う。
自然にかわいいと思える感情が湧く。
琳子が自分になったんだな〜と実感する。

幸せだと感じる気持ちを封印していたなんて不思議だ。

赤ちゃんとうずらをこれから琳子と愛していこうと思う。
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無題

2016年07月31日 | 
きょうだいは親や周囲の愛情を奪い合う敵同士。

兄が家族に教えている事。


小学低学年の息子と2つ年下の娘がいる。


仲の良い3人姉妹で育った奥さんは悲しいような複雑な顔で兄を見つめた。


奥さんの親きょうだいの前でも、子ども達に対して突然粗暴になる兄をかばい続ける。
こんな暴論も庇わなければならないのかという思いを封印したに違いない。


でもそれは、兄自身が親に対して自分が感じている事を伝えたかったり、葛藤を導いて欲しかったという思いであって、

嫁や子どもや妹の私には関係ない事だ。



兄が向き合えずに、勝手にこじらせているだけなのだ。








兄は大きな精神科の病院でアルコール依存の患者と家族のサポートスタッフをしている。

「俺は患者と同じ。あの人たちの気持ちが分かる。人の事は分かるけど自分の事は分からん」


就職したばかりの頃に調子に乗りながらもそんな事を言っていた。



自分の事を知るヒントが欲しくて貪るように仕事に従事するんだろうけれど、多分兄にとって職場は本当の核心が避けられる安全圏でもある。


そんな弱さをかばってもらいながら。




本当は掘り返したくないものが私の中にあるのだろう。




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清太と節子

2016年07月31日 | 
ジブリアニメ「火垂るの墓」。

節子を死なせたのは意地悪なおばさんか、
否、世間知らずだった清太か。

大人になって観たら印象が大きく変わる作品だというけれど、私の中ではそういう一般的な感想ではなく個人的に心臓を捉えて離さないような思いがある。



私は妹思いの兄 清太の姿をずっと自分の兄に置き換えていた。

2つのシーンが特に脳内に張り付いている。


空襲で焼き出された時、節子は恐怖で必死に「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃぁぁぁん!」となりふり構わず叫んで助けを求めた。
あの助けの求め方には覚えがある。
そのためかあの節子の声優さんの演技に強く惹かれた。
そして兄は作中同様、間違いなくすぐに助けてくれる存在だった。
たとえそうしてくれなくても。
感謝の気持ちを踏みにじられても。
兄は清太のようだと確信していた。


「お兄ちゃん、ごはんどうぞ。おから炊いたんもあげましょうね」
どんどん衰弱していく中で、節子は土の塊がごはんに見えている様子。
驚く清太に
「どうしたん?食べへんの?」
と本気で尋ねる節子を清太は抱きしめて声を殺して泣く。
そんな事、自分はされた事がないはずなのに、その姿を兄だと思った。





節子の兄への全幅の信頼感と思いやりは、私自身の兄への思いとまるで同じだった。
兄を助けたい、役立ちたいという思いは、描かれている節子よりも遥かに強かったかも知れない。


そして、幼いながらも自分に報いようとしてくれる節子の思いをかけがえないものとして受け止める清太の姿。


私は自分の思いもあんな風に受け止めてもらいたかった。

そうしてもらいたくて、自分の中では「同じように受け止めてもらっている」という事にしていた…のだろうか。







実際の兄は「仕方がないから関わってやるけど、俺はお前を蔑んでいるんだ。お前は蔑まれて当たり前なんだ」と、言外に叩き込み続けた。
「おまえはそうされるための存在なんだ」と。


なのに、私はのそんなメッセージすらも、清太と同じ思いで自分を見てくれていると信じていた。


兄の中では「りんごには絶対そういう態度をしてはいけない」というルールがあるようだった。

一番厳しく辛い思いをさせなければいけない…と思っているような…



私が「兄を守りたい」「役に立ちたい」と思えば思うほど、その気持ちを無視されたり傷つけられた。

私はそれでも、兄の中に何か響いているものがあると信じて、この気持ちを発し続けていた。



余計に嫌われるのかも知れないと思って、自粛するようにはなってもずっと信じ続けていた。



結構最近までそうだったかも知れない。




兄はなぜ私を絶望させなければいられないのか。


それは分からない。



いくら考えても分からないけど、私が今まで信じてきたのは、

どんなに傷つけられても、

あの清太がまぎれもなく本来の兄の本質の中にある事を「信じている」じゃなくて、「知っている」からなのだ。




そこにある事を知っているから
傷つけられてでも、たとえ演技や嘘や打算で塗り固められていることが見えていても、兄の本質的な優しさを渇望し続けていたのだ。





そのかすかな光で

兄は私を活かしたのだろうか?

それともやはり、殺したのだろうか?




その両方だという事が苦しくてたまらない。




やはりあなたの言う通り、私たち兄妹は互いにいない方が良かったのだろうか?







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開花

2016年07月25日 | 日常


ヘルボラ初開花。

もっと小さいかと思ってたけどうちのミニビオにはちょうど良い大きさ。

ずっと前からやってみたかった夢が叶った。


********


旦那からしたら不思議で仕方がないらしい。

実家には庭も畑もあるのに睡蓮ぐらいなぜできなかったのか?

なんでだろ?

バジルを育ててみたのはこのブログでも書いた事があるけど…


多分お金で気を遣っていたってのがあると思う。

私は社会人になってからも自分のお給料を自分で管理した事がなかった。

「こんだけのお金をおまえが自分で管理して何が残る」と、私にはお金を扱う資格がないと鼻で笑われていた。
こんなはした金を稼いだ程度で偉そうになるのが目に見えているから渡したくないというような事を言われた。

母(専業主婦)が通帳もカードも持っていて何にどう使われたのか未だにわからない。

必要なお金はくれた。

でも自由とは言えない。

母の好みの服を買ってくること。
母の好みの友達と遊ぶこと。
母の好みの趣味を持つこと。

お金というものが、基本的にはそのためのものだった。
本当に好きなことのためにいろいろな面でエネルギーがなかったと思う。


母が嫌いな買い物のひとつに漫画がある。

ものすごく気を使いながら買ってきた。

母を怒らせないために和服の主人公のものをカモフラージュに選んだものだ。
(それが銀魂かよ)
比較的母が気に入っている友達の名前を出しながら〇〇ちゃんのおすすめだと言って買っていたかな。

漫画やアニメを許してもらえなかったから、せめて絵だけでも自分で描けるようになろうと真似するようになった。

本当はそんなに描きたくて描いていたわけじゃないのかも知れない。




あの実家でビオトープってできただろうか?

私が本当に好きなことを冷笑する家で。



できなかったと思う。



この初めて咲いた姫睡蓮は、必要な事を調べるエネルギーがあって、お金の使い方を自分で考えて、何より旦那に温かく見守られて、私自身が新しい生命を得て
初めて咲いた花だと思う。

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投影色々

2016年07月20日 | 



お茶を教えながら、親に恵まれないよその娘を懸命に世話した実家両親。

今私は教会で 産後の手助けをよその婦人方にお願いしようと奔走している。
教会と言えど世間はなかなかに冷たいものだ。
それでも応えてくれるのだから有難いはずなのに、

多分私はどこかで、母の面影を探しているのだ。

よその子にしてあげてたように、実家両親に世話しても傷つけずにいて欲しかったのだ。

実の娘は世話した分相応に傷つけても良いという実家の認識に苦しんだ。


その点は兄も同じ感覚だな。





******



うずらにじっくり向き合ってあげられるのもあと1ヶ月ほど。

赤ちゃんを世話する私の姿をどんな思いで見るのだろうか。
「自分は赤ちゃんの時、じゅうぶん甘えられなかった」
と、いううずら。

自分を見ているようだ。


うずらが赤ちゃんへの複雑な気持ちを表現するたびに胸が痛む。

保育士の先生たちはあまり今まで言わなかったけど園生活では少し不安定な姿を見せていたらしい。

「このところようやく穏かになってきました」
なんて言われてハッとした。



何でうずらが寂しい思いをしなければいけなかったんだろう。
何でうずらはくだらないことで叱られなければいけなかったんだろう。

自分を責めて、うずらに謝る日々。




虐待されている子を助け出す夢を見る。

これはうずらへの気持ちであると同時に、自分への気持ちなんだと思う。



やっと自覚している。
やっと実行できている。



うずらを愛せる日々が続く事を願う。


どうかうずらが自分の気持ちを見失うことがないように。



******


写メは少し前にうずらが作ったバイキンマン。


色が斬新。




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焦らずに

2016年07月13日 | 

この数週間は、兄に傷ついた事を思い出して、旦那に話しながら何度も何度も泣いた。

こんなに辛かったとは知らなかった。

同時にうずらを怒る事は徐々に少なくなっていった。


お腹の赤ちゃんの事も、きっとかわいい子だと思えるようになった。





まだ兄から与えられた影響の全貌に迫るのはしんどい。

「しまっておきましょう」と言われているから言う事を聞いておこうと思う。



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ビオとか

2016年07月13日 | 日常
最近やっていることを色々…



2年ほど前に立ち上げたプラケースのアカヒレ水槽。
今はオス2匹が残って大きくきれいになったみたい。

引っ越した後水の調子が悪くなったので色々手を加えて戻しました。

水草を少し増やそうと思ってライトを導入。

前はアナカリスがグダグダになったけど、今回はきれいに成長しています。

アヌビアスナナももっさもさ。

コケ取り生体としてオトシンクルス導入してます。






前に書いたビオトープ。

黒い発泡スチロールが優秀。
今年の猛暑はこれが良い。

睡蓮はやってみたかったけど、コケとか土とかがあまり好きじゃないので、底砂はアカヒレ水槽と同じろ過砂利。

本当は好みの色の砂利を買ってたんだけど、白っぽいのがかなりの割合で珊瑚由来の石だったので躊躇しています。

もうちょっと考えよう。


生体はまだメダカ6匹。

アカヒレと迷ったけど「上から見て楽しい」メダカに。
色は白と赤とで迷った。
ゆくゆくは明るい底床にしたいので金魚みたいな楊貴妃に。
でも色揚げには暗い色の底砂の方が良いんだよねぇ。
そこも迷うところ。

あとはエビと増えないスネイルを入れていきたい。

多分レッチェリとかカラーサザエとかやると思う。


水草は姫睡蓮(ヘルボラ)の他にアナカリス、ピンクの葉になるルドヴィジア、ミニホテイ、アマゾンチドメグサ。
ミニホテイ以外全部最初は水中に沈めてたんだけど、全部浮いてきちゃった。
全部水面で花が咲くかもしれない品種。
今はどれも子株や脇芽が出てきている。
花が咲く気配はないけど。
ちょっとずつ賑やかになってるのでまた水中に沈めるのも検討しよう。


で、よーく見てみたら最近ヘルボラに初の花芽が上がってきた様子。



購入したての時あんまり良い感じじゃなかったから1番期待してなかったんだけど、毎日直射日光の当たる場所を探して世話しててよかった。

花咲くの楽しみだなぁ。





今1番どうしたものか迷走しているのがこの子



ピンクラムズホーン。

スネイルの中では抜群のかわいさ。
愛好家的には「きちんと管理された水槽では増えすぎる事はない」らしく、増えるスネイルの中では珍しく好感を持たれているカタツムリらしい。

だよね!
かわいいし。

雌雄同体だけど1匹にしてればそんな卵産まないだろう。

と思って2匹購入した。
最初1匹をアカヒレ水槽にドボン。

もう1匹は新規のボトルアクアにドボン。

ろ過砂利とかじゃなくて天然砂利を使ってみる実験も兼ねて、パイロットになってもらった。

そしたら、ボトルのラムズは毎日卵を鬼のように産む。

まだ水が安定してないからかなーと思って、卵を取りながらかわいがってた。

アカヒレ水槽のラムズは水槽内で実に見事なお掃除をしてくれている。
1匹なのにスゲェ。

コケがきれいにとれたアヌビアスと飼い込んだゴールデンアカヒレにピンクラムズは実によく合う。

実はこっちのラムズもアヌビアスナナに産卵しまくっていると知るまでは大満足だった。

アヌビアスナナに大量の卵を見つけたのはドボン後1週間ほどの事。


孵化する前に間に合ったかどうか…

1つづつ取りながら確認したけど、
どうも一つだけ怪しいのがあったのが悔しい。

もし孵化してたらきっと砂利の中で大きくなるんだろう…

ラムズはつまみ出してもう一つの瓶にボトルアクアを立ち上げた。

しばらく飼ってたけど、もうすぐ孵りそうな楊貴妃の卵と一緒にアクアリウムに心得のある人にお譲りした(押しつけた)。
その方も昔レッドラムズホーンを飼って後悔してアベニーに全部食べさせたという経緯を持つ。
でもピンク喜んでもらえてよかった。
「うちの水槽なら小さいのは食うやつもいるんで」とニッコリ。
客商売する人ってさすがだ。
ホントは迷惑かも知んないのに安心させてもらっちゃった。



で、現在うちにいるもう1匹は、卵に注意しながら色々なところで苔取りをさせてます。

上の写真はウィローモス育成ケース。

プラ面がかなり苔ってたけど一晩で見事にクリーンになりました。

ウィローモスって初心者向きのはずだけど、私がやると全然キレイに育たない。

アカヒレ水槽で1つ活着させて育成してみてるけど、やっぱり黒くなるだけでひとつもキレイじゃない。
光も栄養も問題ないはずなのに。

これができなきゃエビが飼える気がしない。

とりあえずエビの代わりにラムズにモスの面倒見させています。





なんかうまいことグリーンウォーターになったボトルアクア。
底砂が新しい珊瑚多めの砂利だからかしらん。
さっきまでこの中でラムズホーンを飼ってました。
良い感じだから楊貴妃の卵を世話させてました。
しかし…
なんか卵が減るなぁ。
と思っていたらどうやらラムズホーンがちょいちょいつまみ食いしていた模様。
アナカリスの元気な葉も結構食害してた時期があるから結構何でも食べるとは分かってたけど、まさか人様の卵まで食うとは。
うちのラムズは1.5センチほど。
口はメダカの卵より大きい。
口に入るか入らないかだけが問題なんだな…

という事で取り出してモスケースに移動したというわけだ。



楊貴妃の稚魚が元気。
こないだまで3匹いたんだけど、減ってる。
まさか稚魚まで食べたわけじゃないだろうな?


写真には撮れてないけど、実はこないだアカヒレ水槽からラムズホーンの稚貝が見つかった。

ラムズホーンの生態ってネットで調べてもちょっとわからない。
1度交尾したことあるやつは向こう半年間卵を生み続ける。とか、
交尾したことなくても自家受精する。とか

ホントはどっちかわからない。

この稚貝を隔離して飼ってみたら分かるよね、と思って、隔離して飼ってみてる。
現在5ミリくらい。

さっきまで別のケースで一部のメダカ卵と一部のモスの世話をさせていた。

とりあえず、この大きさならまだ卵や稚魚は襲えないとわかったので、水草とガラス面の管理でもしてもらおうかと思う。

卵は産むか産まないかちょっと観察し辛くなるけど、ボトルだったらいざとなったらリセットも容易い。

これで増えたらラムズホーンはホントに自家受精するって事だ。

アカヒレ水槽に同じ稚貝が出てきたらまた話は変わるけど。


まぁ、出産を前にこんな感じで現実逃避スイッチが入っています。



うずらも一緒にやってるようなやってないような。


メダカやアカヒレに餌をあげたり、バジルを育てたりしています。




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2016年07月13日 | 
産後、兄は私とどういう付き合いをしようとするのだろうか。


私が結婚してこの方、兄から一度もまともなお返しや内祝いが届いた事がない。
うずらの出産祝いぐらいはしてもらったけど、内祝いを返した後の後味は良い思い出がない。

こちらから送ったお祝いに対して、ものすごい文句を言われた事はあったけど、ふと思い起こせば親とのやり取りの中ですらなかったような異常な反応が返ってくる事が常だ。

「佐○急便で送ってくるな!」

とか

「知り合いに相談してこれか。お前やお前の嫁ぎ先の知り合いでまともな人間なんかおらんから当たり前や。こっちからすれば旦那の恥になるだけやからお前がもっと考えろ」

とか






兄との会話は今度から録音しようと本気で思ってしまった。
やったところで特に何の意味もない。








一応… 今後ともと仲良くさせてもらっている元上司は私が出産する総合病院の院長先生の娘さんだ。
うずらと同級生の娘さんがいて小学校では一緒になる。
ママ友には表千家裏千家両方の先生と縁のある人もいる。
両家のおばあちゃんがそれぞれ裏表の先生らしい。


実家の人間が満足しそうなつながりを言えばこうだ。


逆に兄や兄のお嫁さんのご縁でそこまでの方が結婚後お知り合いになられましたかと聞いてやりたい。


居ようが居まいが興味ないから聞かない。



背伸びはできないけど背伸びしなくてもそれなりに信用されて生きてます。

って言うか、どんな人間関係にももうしがみつくつもりなんかない。











…どうせどんな事を言ってもバカにするネタを探すだけだ。


この兄は、これ以上つながりがあってももう何の意味もない相手だ。



(時々ちょっと良いやり取りをするのは、奥さんに良いカッコをして見せているだけなんだろうと思われる。そうしながらも「あいつ(妹)は蔑んで良い相手」と、巧妙に教え込んでいるのが手に取るようにわかる。奥さんを私の上に立たせる事だけを考えているのだろう)








もう二度と会いたくない。

















けど、たぶんこれを伝えたら最後

兄の反応なんかどうでもいいけど、私は完全に自分の気持ちに負けて泣いてしまうと思う。



「二度と会いたくない」
と言うのは

あの優しかった兄に会いたいという事だから。






この気持ちに向き合うのは、怒りや恨みよりもはるかに辛い。





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真実

2016年07月09日 | 
両親は、私が小学生の時、なぜ私はお友達とうまくできないのかと不思議で仕方なかったようだ。

夫婦で寄ってたかって厳しく育てた兄は勉強はともかく、大人の顔色に敏感になり、人付き合いに関しては理想通りに育ったようだ。


父は私にはそこまで手を上げなかった。
周囲の人間は「溺愛だ」と言いくるめるが、きちんと関わってもらった覚えがない。
父が兄に何を躾けたのかさっぱり分からないが、


母と兄はどうやらそれが気に入らなかったようだ。


特に気に入らなかったのは兄だろう。




兄は子どもの頃からよく言っていた。
「きょうだいは敵同士」
「集団には犠牲者が必要」


最後に会った3年前も相変わらず自分の奥さんや子どもにそれを言い続けていた。










私が幼少期に人間関係の機微が全く理解できなかったのは、母以上に兄の精神的支配が大きかったと今初めて思う。


「何でりんごはこんな馬鹿なんだろう」
と、両親が首をかしげると、兄は
「父さんが甘やかすから」
と言って父をなじりながら母を狂喜させた。


本当は違う。

まだ10歳にも満たなかったであろう兄が、どれぐらい意図していたかは知らないが、
私に信頼と失望を繰り返し与え続け、人とのつながりがまともに持てないようにしたのは兄だ。

それを自分のせいだと言うわけがない。

兄が自分の身を守るためにできる事は

両親に気に入られながら、妹を自分の代わりに両親の檻に閉じ込める事だった。
父に対しては出来損ないの妹を使って言外に父を責めようと、今だにしているようにも思える。


兄は大学進学を機に「こいつこそイチから躾けなければいけない」と、わざわざ声高に宣言して東京での一人暮らしを掴み取った。
「俺に構う余裕があるならりんごを何とかしろ」
この自由を手に入れるために十二指腸潰瘍も患った。
確かに努力はしたし、満足のいく進路に進んだ息子の言う事はもはや両親にとっても絶対だった。



兄の意図が少しづつ見えてきたのはこの時から。

母との関係の辛さを訴えると何とも芝居掛かった慰め方をする。

上っ面の優しい言葉さえかけておけば私は大人しくなる。

どうせ妹に誰も味方なんていないのは自分が1番よくわかっている。



何とでもできる相手だと勝ち誇っているのがありありと感じ取れた。






「俺と話したら1時間5000円」





カウンセリング料金だと。







この時すでにT先生に出会っていて本当に良かった思う。





T先生のカウンセリングを知っているから兄の電話が自分に都合の良い口先だけの慰めだとよく分かった。
















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2016年07月08日 | 
兄は多分、人の気持ちや期待にとても敏感だったと思う。

ー思うーと言うのは、私には兄が何を考えている人間かはわからないからだ。

私には分からないけれど、兄の事は誰もが褒めて、時々妹の世話をする姿は実に頼もしいものがあった。




けれど、兄が本気で私を助けてくれたのは、多分後にも先にも 件の首絞め事件っきりだった。


そのたった一度でも、私は兄にどんな扱いをされても、兄の善良性を信じ、頼り、兄の味方をし続けようと心に決めるには十分な出来事だった。











小学1年生ぐらいの時だったか、
台風が近づいている雨の日に遊びに出かけていて、兄が自転車で迎えに来てくれた事があった。

もしかしたら、初めての友達…例のミホちゃんの家からの帰りだったかと思う。

兄は自転車を漕ぐのが早い。
少し風が強くなってきている中で私は片手で自転車につかまりながら傘をさしていた。

急な坂道を登るために自転車の勢いを増す。

傘は風にあおられて飛んで行ってしまった。

幸い、傘はそんなに遠くへは行かず地面に転がった。

兄はすぐに自転車を止めて言った。


「なんや。傘が落ちたんか」

傘から手を離してしまった事を咎められると思った。

「おまえが落ちれば良かったのに」









私はこの時何を感じたかいまだに分からない。





泣いたところで、兄をたしなめる人間は誰もいなくて、もし泣いても笑われるだけだった。




何より、自分の味方だと信じていたんだと思う。

兄は私にとって、人間関係の規範でもあった。

兄は間違えない。








両親は虐待しながらもこんな兄をとても誇りに思っていたし、いつか兄の真似ができるようになれば両親に認められるのだと思っていた。




私は両親の関心が払われない中でこうして人格が歪んでいった。

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