
少年クンデル(ビョトル・ヤギェルスキ)は、わけあって孤児院にいる。しかし彼は、他の
子供たちと交わろうとせず、そこを抜け出し母のもとへと向かう。ところが、母親は町の
男たちと自由奔放な生活を送っており、クンデルは一人で生きていくことを決意し家を出る。
川べりに捨てられた艀舟に住みつき、集めた空き缶や屑鉄を売って生活する。そんなある日、
艀舟に一人の少女が姿を見せる。少女はなんとお酒で酔っぱらっていた。彼女は近くに住む
裕福な家の子クレツズカ(アグニェシカ・ナゴジツカ)。美しく賢い姉に劣等感を抱き、傷ついた心を
酒で紛らわそうとしていたのだった。そんな2人は次第に絆を深めていく・・。

こんな母親がいるなんて考えたくもないけど、実際いるんですよね〜・・。
本当に悲しい。そして哀れです。
男と一緒にいたいがために子供を捨てる。あり得ないと思っちゃうけど、
やっぱりいる。日本にだっている。寂しいから、誰かと一緒じゃないと
耐えられないから、と母親は言うけど、子供と一緒にいることも、
誰かと一緒にいることなのに・・と思ってしまう。
でも、子供じゃダメ・・・。

この主人公のクンデルも、そういった厳しい、子供にとっては過酷すぎて
とても耐えられないだろうような生活を強いられる。大人は彼を見ても、
誰も知らんぷり。見て見ぬふり。その少年をほんの少し明るくさせたのが、
近所に住む、裕福な家庭の少女クレツズカ。彼女も自分で自分が嫌いと言い、
どうみてもまだ10歳くらいなのに、毎晩のようにお酒を飲んでる。
親は気づかないんだろうか?と不思議に思ったし、毎晩のようにクンデルの
ところへ出かけていく彼女に気づかない親。
一体どうなってるの?と思いました。

でも、彼女の孤独はまだ救われる可能性が大でした。
姉に対するコンプレックスと、自分が自分を好きになれないという孤独を
抱えていたんですが、親もいる、家もある、お金もある、ちゃんと
学校にも通っている・・。彼女はいつかは立ち直れるかもしれないと
思ったし、変われるかもしれないとも思えました。
が、クンデルは環境が絶望的。この二人の疑似恋愛的な友情が、哀しくも、
ちょっと救われるところでした。

このクンデル。大人子供してるんですよね〜。こういう環境にいると、
どうしてもそうなっちゃうんだろうなぁ〜・・と。でも、そのしっかり
してるところにすら悲しさを感じてしまいました。で、まさしくそのクンデル
そのものではないかと思わせてくれた、彼を演じたビョトル・ヤギェルスキ。
ハッとするくらい大人な顔も見せてくれるんですよね〜。
すでに臈長けてるのでは・・というくらい。
主人と、あちら(ポーランド)では、アメリカのカルキンくんとか
オスメントくんみたいな売れっ子子役なんだろうね〜・・と言いつつ
見てたんですが、素人さんだったと知って、本当にビックリしました。

でも、調べてみたら、ビョトル・ヤギェルスキくんは、この映画のあと
(この映画は2005年製作)、3つの映画に出演してるので、この映画後は、
文字通り子役というか俳優さんになられたんでしょうね。
(とはいえ、まだきっと日本で言う中学生とかくらいでしょうから、
学校にも行ってらっしゃるでしょうが)

少年と少女を映し出す映像の色合いとか、光と影とか、いかにもヨーロッパ
映画らしいものでしたし、この映画の内容にぴったりの色合いだったと
思います。マイケル・ナイマンの音楽も良かったんですが(好きですし)、
この映画では、その音楽がじゃまだったかも?と思うシーンもありました。
静かな映画だったんですが、もっと音楽が少なく、さらに静かでも良かったかな、と。

主人公クンデルは勿論のこと、その他、夜になっても(昼間もでしたが)、
シンナーや酒、タバコをやりまくってる少年たちの存在も、かなりショック
でした。まだまだ小学生くらいの子供なのに。10歳にもなってないんじゃ?と
思うくらいのクレツズカの毎晩のお酒にもビックリしましたが、健全という
言葉とはあまりにもかけ離れた子供たちの映像が、本当に心にズキズキくる映画でした。
ラストも哀しい・・。
でも、あのままよりも良かった、二人にとって最悪な事態にならなくて
良かった・・と思いたいです。
個人的お気に入り度


3.5/5
子供たちと交わろうとせず、そこを抜け出し母のもとへと向かう。ところが、母親は町の
男たちと自由奔放な生活を送っており、クンデルは一人で生きていくことを決意し家を出る。
川べりに捨てられた艀舟に住みつき、集めた空き缶や屑鉄を売って生活する。そんなある日、
艀舟に一人の少女が姿を見せる。少女はなんとお酒で酔っぱらっていた。彼女は近くに住む
裕福な家の子クレツズカ(アグニェシカ・ナゴジツカ)。美しく賢い姉に劣等感を抱き、傷ついた心を
酒で紛らわそうとしていたのだった。そんな2人は次第に絆を深めていく・・。

こんな母親がいるなんて考えたくもないけど、実際いるんですよね〜・・。
本当に悲しい。そして哀れです。
男と一緒にいたいがために子供を捨てる。あり得ないと思っちゃうけど、
やっぱりいる。日本にだっている。寂しいから、誰かと一緒じゃないと
耐えられないから、と母親は言うけど、子供と一緒にいることも、
誰かと一緒にいることなのに・・と思ってしまう。
でも、子供じゃダメ・・・。

この主人公のクンデルも、そういった厳しい、子供にとっては過酷すぎて
とても耐えられないだろうような生活を強いられる。大人は彼を見ても、
誰も知らんぷり。見て見ぬふり。その少年をほんの少し明るくさせたのが、
近所に住む、裕福な家庭の少女クレツズカ。彼女も自分で自分が嫌いと言い、
どうみてもまだ10歳くらいなのに、毎晩のようにお酒を飲んでる。
親は気づかないんだろうか?と不思議に思ったし、毎晩のようにクンデルの
ところへ出かけていく彼女に気づかない親。
一体どうなってるの?と思いました。

でも、彼女の孤独はまだ救われる可能性が大でした。
姉に対するコンプレックスと、自分が自分を好きになれないという孤独を
抱えていたんですが、親もいる、家もある、お金もある、ちゃんと
学校にも通っている・・。彼女はいつかは立ち直れるかもしれないと
思ったし、変われるかもしれないとも思えました。
が、クンデルは環境が絶望的。この二人の疑似恋愛的な友情が、哀しくも、
ちょっと救われるところでした。

このクンデル。大人子供してるんですよね〜。こういう環境にいると、
どうしてもそうなっちゃうんだろうなぁ〜・・と。でも、そのしっかり
してるところにすら悲しさを感じてしまいました。で、まさしくそのクンデル
そのものではないかと思わせてくれた、彼を演じたビョトル・ヤギェルスキ。
ハッとするくらい大人な顔も見せてくれるんですよね〜。
すでに臈長けてるのでは・・というくらい。
主人と、あちら(ポーランド)では、アメリカのカルキンくんとか
オスメントくんみたいな売れっ子子役なんだろうね〜・・と言いつつ
見てたんですが、素人さんだったと知って、本当にビックリしました。

でも、調べてみたら、ビョトル・ヤギェルスキくんは、この映画のあと
(この映画は2005年製作)、3つの映画に出演してるので、この映画後は、
文字通り子役というか俳優さんになられたんでしょうね。
(とはいえ、まだきっと日本で言う中学生とかくらいでしょうから、
学校にも行ってらっしゃるでしょうが)

少年と少女を映し出す映像の色合いとか、光と影とか、いかにもヨーロッパ
映画らしいものでしたし、この映画の内容にぴったりの色合いだったと
思います。マイケル・ナイマンの音楽も良かったんですが(好きですし)、
この映画では、その音楽がじゃまだったかも?と思うシーンもありました。
静かな映画だったんですが、もっと音楽が少なく、さらに静かでも良かったかな、と。

主人公クンデルは勿論のこと、その他、夜になっても(昼間もでしたが)、
シンナーや酒、タバコをやりまくってる少年たちの存在も、かなりショック
でした。まだまだ小学生くらいの子供なのに。10歳にもなってないんじゃ?と
思うくらいのクレツズカの毎晩のお酒にもビックリしましたが、健全という
言葉とはあまりにもかけ離れた子供たちの映像が、本当に心にズキズキくる映画でした。
ラストも哀しい・・。
でも、あのままよりも良かった、二人にとって最悪な事態にならなくて
良かった・・と思いたいです。
個人的お気に入り度



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