柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

思い込み

2007-01-20 08:41:48 | Weblog
痴漢冤罪事件を題材にした周防正行監督の映画公開に歩を合わしたように、富山でとんでもない冤罪事件です。婦女暴行未遂で3年喰らって既に出所している人が冤罪だったんですって。記事によると裁判間この人は起訴事実を認めて、いわばおとなしく刑に服していたところ、真犯人が現れたという顛末らしく、富山県警が家族に謝罪、当の本人には連絡がつかないらしいです。検察の決め手が相手の少女16歳の面通しの感想「よく似ている」だけだったそうです。ここは刑事ドラマでよく指摘される曖昧の極みですね、暗がりで火急の時に相手の顔をしっかり見て覚えている方が少なかろうという推測は肯けるところ、しかし被害者当人の証言です、検察は拘束して自由を奪った環境で声高に責め続ける。そういう状況で一貫して反論し続けるのもこれまた並の精神力では難しいでしょうし、例えば日々の暮らしにそれほど望みも思いも乏しい人であれば、働かずとも衣食住足る刑務所も悪くないかと、そういう判断になってもおかしくはないですか。事実、この人は嘘をついて刑に服したのですから、それなりの理由があったに違いありません。冤罪と大騒ぎするのは事態が明らかになってからです、マスコミは一転正義の味方です。でもこの人にとってこの騒ぎは歓迎するものかどうか。もっとも、この冤罪については国家賠償を要求できますから、この人には泡銭がごっそり入るでしょう。さて再び現れましょうかね。そこまでマスコミは追いませんから、私達は忘れ去るばかりですが。
 広島大学病院のくも膜下出血見逃し事件、これは決して特別なことではありません。大学病院に行けばちゃんとしてくれる、なんてのは幻想です。診療科の揃っている大きな病院に行けば間違いなくちゃんとしてくれるなんてのは、あなたの勝手な思い込みです。いくら偉い医者がいる病院でも、あなたを診る医者は誰だか分かりません。その腕の立つ医者があなたの手術してくれるという保障は全くありません。丁度専門の事ですからよくわかりますが、軽症のくも膜下出血例は見慣れぬ者(医者)には診断難しいのです。普段くも膜下出血例を診る機会のない医者にとっては教科書ばかりが頼りです。で、教科書には典型例しか書いてありません、歩いて病院を訪れるくも膜下出血患者など彼の知識の中にはいなかったのです。そしてCT検査にも、典型的な所見がない。ならば風邪、です。この患者さんその後三度も病院を訪れているそうです。前撮ったCT像を脳外科に見せればすぐに分かったことだのに、カルテにはきっと異常なしとでも書いてあったのでしょう、それ以上は気を回しません平凡なセンスのない医者は。私は頭の専門ですから、その人の訴える重篤さをこそ重要視しますが、私とて専門外のことは型通りに流れがちです。そこを指してセンスの問題といっているのですが、この人も運が悪かったのでしょう、センスの悪い医者ばかりに当たっちゃったというわけです。いや、茶化しているのではありません、これが医療現場の実態ですから。どうかセンスのいい、細心な医者を選んでください。検査屋でない、何か言えばすぐに薬を増やすのではない、ちゃんとあなたのことを思って考えてくれる医者を選んでください。大病院を過信されませんように。さりとて夜間は・・こう言いながら私も端くれとして申し訳ない思いでおります。
コメント
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