引退航海者の雑記帳

心に移りゆくよしなし事を徒然なるままに

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笑わせず、笑われる芸人

2014年03月14日 | 思いついたこと
お笑い番組も最近あまり見なくなった。同世代のご同輩たちと比べて、バラエティには寛容なほうだと思うのだが、最近の風潮にはどうもついていけない。

ひとつはひな壇番組である。見るからに製作費をケチりました。手間を惜しみました。時間もかけずにお手軽に作りました。というのがよくわかる。ついでにセンスもないモノが多く、見る価値が感じられない。

内村光良さん(うっちゃん)がやるようなコント番組は、同じ一時間番組を作るとしても、収録時間も手間も金もかかる。だからテレビ局は嫌うのだろう。



ひな壇番組が面白くないというのは、まあ広く言われることだが、もうひとつ嫌な風潮は、人を「笑わせる」力を持った芸人を出すのではなく、芸人を「笑いものにする」ことで笑いを取ろうとすることである。

芸人を過酷な環境においてその反応を楽しむことをリアクション芸と呼ばれるが、多分に天然的な要素があるが、リアクションが芸として成り立っているのは、出川哲郎さんやダチョウ倶楽部さんくらいで、他はただ単に「笑われている」だけだ。



さらに悪いことに、最近は女芸人ブームとか言って、本人の芸がまったく面白くない女芸人にリアクション芸を求める。ケツを出したり、顔が歪んだり、失敗したり、怖がったり、言わば「醜さ」を「笑いものにする」わけで、見ていて非常に気分が悪くなる。前出内村さんのバラエティ「世界の果てまで行って●」は、頑張ってる芸人さんが多く、録画して観るくらい好きなのだが、女芸人を笑いものにするコーナーはスキップ。



よく女性人権活動家が美人コンテストに対して抗議することがあるが、あれは女性の美を称えることは差別を助長するという主張なのだろう。そういう主張をする人は、女性の醜さを笑いものにするこうした番組にもクレームをつけるべきだ。

もしも、美人コンテストがだめで、女芸人を笑いものにするのがOKだというなら、それは『美に嫉妬して、醜さに優越感を感じているだけ』と思われても仕方がない。
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せんぐまき

2014年03月05日 | 思いついたこと
子供のころから馴染みがあって、当然のように使っている言葉が、全国的には使われていないことってありますよね。

「せんぐまき」がそうです。私の住んでいる宮崎や、隣県の大分では使うらしいのですが、全国レベルの言葉ではないようです。大分とは方言「よだきぃ」も共有している東九州文化圏です。

「せんぐまき」とは新築の上棟式の後に行われる餅まきのことで、先日、3/2日にやりました。



「餅は餅屋」という言葉がありますが、一般的にはあまり見かけませんよね。まあそういう餅屋に頼んで、もち米1.2kgの鏡餅、角餅、小さな餅についてもらいました。それぞれ紅白餅になっていて、おひねりにした硬貨を持ち込めば一緒に袋詰めしてくれます。家の四隅にお供えしてから投げる角餅には500円入れるのが普通のようです。小さな餅には50円硬貨×100枚と5円硬貨×60枚を入れて、〆て7300円にしました。うちでは建築会社さんのアドバイスに従って、365の倍数にしましたが、他には施主の年齢の倍数、7777や8888など縁起のいい数字の羅列などが使われるようです。



息子がやっている少年野球の子供たちにも地図付のチラシを配ったので、いっぱい来てくれることを期待して、駄菓子も準備。はじめから詰め合わせセットで売っているものもあるのですが、そういうのは「まずい麩菓子がいっぱい入っていた」などの評価を見たので、一種類一種類自分で食べたいものをセレクトしていく方式に。ネットで卸価格で売ってくれる店を調べて、だいたい7000円前後を目安に買い込みますと、一抱えもある段ボールにぎっしり。これは3個ずつ小分けにして袋詰めにして、紅白の荷紐で口を縛りちょっとでもおめでたさを演出。角張った固めのビニール袋やねじって巻く口止め(食パンなんかの袋の口を止めるやつ)は使わないようにしました。投げるものですからね。


せんぐという言葉の由来は「散供」(=さんぐ、あるいはさんくと読む。)から来ていて、新築(上棟)を祝ったお供えを周りに分け与えることで、災難を避けるという意味があるみたいですね。まかれたお餅は縁起物ということで、拾った人も家の角にお供えしてから食べる風習もあるみたいです。また「せんぐまきのお餅は焼かないで食べる。」と言われます。おそらく火難をさけるためでしょうね。同じ理由で駄菓子も焼き菓子は避けるようですし、飴は雨に通じると何かで見て、それも避けました。


最近は「せんぐまき」をしない人も増えているようですが、建築会社の営業の方に聞くと、宮崎は他県に比べて、せんぐまき(餅まき)の実行率がかなり高いそうです。やはり餅まきという一般的な名前で呼ばれるよりも、固有名詞をつけられた伝統的な風習は残りやすいのかなぁと感じました。



せんぐまき当日は、心配していた雨も上がり、近所の方も、チラシを配った野球の子たちも来てくれて、かなりにぎやかになりました。本来上るべき屋根は太陽光発電パネルが敷き詰められていて、素人は上がれないということで、私と息子は足場に上がり、建築会社の人たちに手伝ってもらってまきました。一生に何度もできる経験じゃありません。かな~り昂ぶりました。



準備した餅やお菓子の分量が足りないんじゃないかとも心配しましたが、みんな結構拾えてて満足してくれたみたいで良かったです。

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知らんがな

2014年02月05日 | 思いついたこと
ネットとはまことに便利なもので、新聞やテレビのニュースを見なくても、ある程度は世の中で起こっていることを知ることができる。
ヤフーやグーのトップページには、トピックスとして無料で読める記事を添付してくれているからだ。

だけど、前述のように新聞やニュースをあまり見ない身としては、「なんでこんなのがニュースになるの?」と理解に苦しむことが多い。

前年、流行語大賞の一角を占めた「お・も・て・な・し」も、周りで口にした人をついぞ見たことがない。五輪誘致のプレゼンテーションで滝川クリステルなる女性が、発した言葉くらいは知っているが、そもそも「『滝クリステル』って誰よ?」って話である。最初に顔と名前が一致した時、まことに失礼ながら、「アダルト関係の女優さんかな?」と思ったのが第一印象である。その後、ニュース番組に出るキャスターなんだって認識はあるけど、一挙手一投足が話題になるほどのカリスマを感じない。未だに日本人は欧風美形ハーフには弱いということなのか。

まあ全国レベルの知名度の滝クリがもてはやされるのはまだ理解できるが、まったく理解不能なのが、ビッグダディに関する一連の報道である。おそらくそういう番組があったんだろうな。くらいの推測はできるが、やれ離婚したとか、引っ越したとか、エールを送っているとか、娘が脱ぐことにコメントしたとか、番組収録中に他の共演者とやりあって泣き出したとか、タトゥを見せるとか見せないとか。

どおぉぉぉぉぉぉでもいい。

ご近所の噂を聞く以上にどうでもいい。くだらない。「知らんがな。」ってサイトに向かって突っ込む日々である。




芸能人に関するトピックスも酷く低レベルである。内容も低レベルだが、取材(と、言っていいのか?)方法もレベルが低い。

例えば、
『○○○激怒』
という見出しが躍っていたとすると、テレビ番組で○○○という芸能人が、怒ったというだけの話である。それも記者が収録時に見聞したわけでなく、オンエアーされたものである。おそらくそれは番組を盛り上げるためのパフォーマンスである可能性が高い(ほぼ100%)ので、普通の知能があれば、それはわざと怒って見せたということがわかるだろうに、わざわざ『激怒』などという見出しをつけるのは、人目を引くため。目立てば何をしてもいいという今はやりの炎上商法の一端がここにもある。

テレビを見るだけの簡単な取材方法のほかに、ツイッターやフェイスブックで有名人をフォローしておくだけの簡単な取材方法もある。失言を待って悪意のある投稿が増えると、『○○○大炎上』という見出しがつくわけである。

私が子供のころ、記者に対しては、知性的、社会正義、働き者といったイメージを持って、尊敬していたが、今はそうではない。低俗、炎上商法、引きこもりでも記事が書けるのだから。



こうした記者がすべてではないともちろんわかっている。中には、知性的かつ働き者で、社会正義を胸に秘めた記者もいることだろう。しかしこのような低俗な現状を問題視せず野放しにしている時点で完全に同罪だ。マスコミがマスゴミと揶揄される所以だ。

こうしたマスコミが、「特定秘密保護法案は言論・報道の自由を侵害するから反対」なんて主張しているんだから、腹で茶が沸かせるって話である。
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クレーマークレーマー

2014年01月25日 | 思いついたこと
クレーマーのニュースが続いている。

●ドラマ「明日、ママがいない」では、赤ちゃんポストをもじったあだ名が「ポスト」が酷いとか、育児施設の描写がありえないとか。

●ANAのCMでは、金髪・つけ鼻が人種差別とか。(さらに民族衣装を着たポスターバージョンにも、モノ言いがついたらしい。)

●キリンの酒類CMに、カエルのキグルミキャラクターが出てくるのを、「子供が興味を持って真似したら困る」とか。

●ファミマのプレミアム弁当には、「製造過程が残酷な食材=フォアグラ」を使うなとか。



ドラマの話はともかく、ANAのCMのようなものを取り締まり始めたら、表現の自由を奪われた「文化」は徐々に死んでいくだろうし、酒に対するクレームは、小学校の学級会レベルの幼稚さであるし、フォアグラに至っては食文化の否定だ。100歩譲って普段からフォアグラにかかわる全て、その製造者から、食べる人、フォアグラを使うフランス料理全般にクレームをつけるならまだわかるけど、ただ単にファミマの弁当にだけクレームをつけているなら、それはクレームのためのクレーム、クレーム自体が目的になっている。いわゆるモンスタークレーマーとしか言いようがない。


モンスタークレイマーが跋扈して困るのは、愉快犯・類似犯的に、増殖していくからだ。少し前に頻発した自分の悪行をツイッターでアップする若者たちを見ればわかるとおり、人は誰かに認められたい欲求を持っている。社会に影響を及ぼしたい欲求も持っている。スポーツで活躍する、会社で昇進する、親から褒められる、など前向きに認められなければ、その欲求は歪んだ発現をする。モンスタークレイマーもそのひとつだろう。



さらにその先には反動的に、正しいクレームも受け入れない社会になっていくかもしれない。オオカミ少年の例のようなものである。文化が死滅し、弱き者の声が封殺される世界・・・・うーん、嫌だなぁ。



ドラマのほうは複雑な問題を孕んでいるので、一概にモンスタークレームにはくくれないけど、私自身は、育児施設が酷く描かれているのが、「現実とかけ離れている」から問題なのか、「リアルすぎる」から問題なのか、それが気になる。一部報道には、このドラマを見て過去の記憶がよみがえり、自殺未遂が起きたということだけど、現実とかけ離れているなら、たかがフィクションにそこまで反応するのは異常なので、リアルすぎる(=一部育児施設では本当に虐待が行われている)のではないか。と考えてしまう。



こんなドラマがなければ、こういう境遇の子供たちに思いをはせることを、私はしなかっただろうから、そういう問題提起をしてくれたという点ではすごく価値のあるドラマだと思う。企業5社が提供を降りたということだが、放送中止という安易で口当たりの良い解決はしてほしくないなぁと個人的には思っている。



なにしろ、今の企業というものは、金髪・つけ鼻は人種差別、カエルのキグルミが青少年の飲酒を促す、フォアグラは残酷食材だから使うな、などという馬鹿げたクレームにコロッと逝ってしまうような脆弱な思想しか持っていないのだから。
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幼児化する成人たち

2014年01月14日 | 思いついたこと
新成人が式典で暴れるといったニュースが、この時期の風物詩となりつつある。

「近頃の若いものは・・・(どうしようもないな)」といった類の繰り言は江戸時代からあったというし、私たちが若い頃もそう思われていたことだろう。だから、心配はいらないのかもしれないけど、やっぱり心配。欠落した知性、低い規範意識、そして火が付いたら留まるところを知らない暴虐性。まるで・・・いや完全に幼児。自分が大人になったつもりで、思い通り好きに振る舞える大きな幼児だから、始末が悪い。

どうやったら、ああいう大きな子供ができるんだろ・・・考えてみた。



レストランで親が幼児(身も心も幼児・本物)に注意する場面を想像してほしい。

『○○ちゃ~ん、だめですよぉ。そんな暴れたら、お店の人に怒られますよ~』

駄目である。0点である。

まず第一に、子供を叱るときに、○○ちゃ~んとか、下手に出ちゃいけない。子供の精神は未熟で、言ってみれば猿や犬など、動物に近い。何かを教えようと思ったら、自分(親)のほうが上だとはっきりわからせないといけないのだ。動物は自分より下と見做した者のいうことは聞かない。君付けやちゃん付け、あるいは愛称で叱っていては、その者のいうことを聞くはずがない。

次に、第三者に怒られるからやめなさいというのも×である。子供を叱ることで、子供から嫌われるかもしれないという恐怖が先に立つかもしれない。でもその覚悟も無い、自分を真剣に思ってくれる気持ちの無い者のいうことには説得力がない。そんな難しいことを子供は考えなくても、無意識に分かってしまうものだ。



ちなみに、「怒る」と、「叱る」は、別物だ。

「怒る」とは、怒り(=感情)の発現であり、「叱る」とは、相手がどう行動すべきなのか指針を与えてあげること。

若いお父さんお母さんたちは、子供の振る舞いに対して、まず「怒ってしまう」ことだろう。聖人君子ではないのだから、それは当たり前だ。でも「怒る」から入っても、必ず「叱る」で終わるようにしよう。「怒る」だけだと子供は委縮し、親に対して敵対心を育てていくけど、「叱る(=指針の提示)」によってともに戦う戦友となりうる。その際、スキンシップが有効なことは言うまでもない。

動物をしつけることと原則同じだと考えると、悪いことをその場で叱ることも大事だ。



そして人間の子供は動物ではないのだから、やがて学習していく。どんなことをして良いのか、悪いのか。より良いのはどうすることなのか。心理学では超自我(スーパーエゴ)とか言うけど、なんというかはともかく、そういう規範意識が心の中に育っていく。



日本人の高い規範意識は、世界に知られ、尊敬されている。私たちはそのことを誇りに思い、受け継いでいかなくてはいけないと思う。


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自炊

2014年01月10日 | 思いついたこと
部屋に大量の本がある。もう一度言う、大量にだ。

「本に囲まれて生きてきた」などと言うと学究の徒のようだが、大半は漫画や娯楽小説である。

いつかは整理しなくちゃなと、スキャナと裁断機を買い込んで、電子書籍化、いわゆる自炊を始めてみた。
それもしばらくさぼり気味だったんだけど、新年になって再開。

数か月後に引っ越しすることになったので、尻に火がついたのだ。この大量の本と一緒に引っ越しするなんて、考えただけで腰が痛い。少しでも多く電書化して量を減らさなきゃ。



操作自体に慣れたことあるけど、作業効率が上がったのは、ふたたび100円ショップのおかげ。
裁断した本をひとまとまりにするのに、10個まとめ買いしたトレイが役立ってます。

本たちは変色してるけど、今では手に入りにくい物も多いと思う。だけど私にとってこいつらが貴重なのは、私の人生を共有してくれてるからかな。漫画にはいろんなこと教わったし、楽しませてもらったなぁ。取り込み作業中、懐かしいページを見つけては、思わず手を止めて次のページを繰ってたりする。

作業は順調だけど、困っているのは、取り込みが終わるごとに、PC画面にポップアップが現れて現行挿入を促してくること。スキャナ君の処理能力の高さには満足してるんだけどね…。パソコンの作業は約1分ごとにぶった切られることになって、何をしても慌ただしい。現にこのブログを書いている間にも、何度も中断し、入力の文字は強制誤変換させられてる。

ブログの更新があまりできないのは、そういうわけなのです。(完全に言い訳 :P)



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百均の功罪

2014年01月01日 | 思いついたこと
新年明けて、最初に見た記事が「百円均一」の店で、買って良かったもの、悪かったものに関する記事だった。「あ~あるある。」って感じでマイベスト3とマイワースト3。

【ベスト3】
★第3位 書籍ケース・ブックスタンド
元記事の方も書いておられたけど、大量に欲しい、どれだけ使うかわからない収納用品は、百均が便利。私は書籍系を山のように(文字通り)持っているので書籍を収納するケースやブックスタンドが大活躍です。ブックケースはホコリを防ぎ、ブックエンドはでっかい本棚を仕切ってダダ倒れになるのを防いでくれます。ケースはもうちょっと透明度が高くて中身を確認しやすければもっといいのに。
難点と言えば、同じものを追加で買おうと思っても、無かったり、微妙に規格が違ってたりすることですね。だから良さそうなものは多めに買うのが鉄則です。ってこれも百均店側の戦略に乗せられてるってことか…(~~;

★第2位 パン切りナイフ
もう10年以上、15年くらいかな?使ってると思う。波打った刃でパンが切りやすい包丁です。ほぼ食パン専用なので、その切れ味はまだ健在。一斤以上のサイズからトースト用に切り出したり、5枚切りサイズの厚みを半分にしてサンドイッチを作るときなんかに重宝します。

★第1位 バット
パン切りナイフと同じくらい長く使っている&毎日のように使っているのが、キッチンで使うバット。金属のお盆みたいなやつ。食パン2枚が乗るサイズなので、朝はトーストを乗せ、夕食では野菜を切って乗せたり、コップを乗せるお盆代わりにしたりと八面ろっぴの大活躍です。もともと3枚だったのを便利なので、もう3枚買い足したのですが、それも規格が合わなくて仕舞うのに重ねられないのがちょっと残念。でもそれを割り引いてもとっても役立ってます。

【番外】 スカーフ
忘年会の余興で踊るために買って、シャツの裾にひだひだに縫いつけてスカートみたいにしました。こんなショーもないことに気軽に使えて生活を楽しくしてくれるから百均って素敵なんですよね。ちなみにその衣装はデビューの機会がなく、まだタンスで眠っています(^^;



「ダンス」で使うはずが、「タンス」に眠っていますから、汚れ(”)がありません・・・・お後が宜しいようで。


【ワースト3】
★第3位 書籍ケース
書籍ケースはベストのほうにもランクインしているんだけど、これは布っぽい(?)やつ。ワンサイドがビニールで視認性も高く、チャックで閉じられてホコリを防ぎ、すごく便利なんだけど、便利だけに、その耐久性の無さがいかにも残念。長く使っていると、ボロボログズグズになってきて、破れてきます。

★第2位 プラスドライバー
ドライバーなら汎用性が高いし、ぜったい無駄にならないだろう。と思って買った手のひらサイズのドライバー。握りの部分が太く作られていて使いやすそうです。



って、持って帰って実際使ってみたら、十字部分が太すぎてねじ頭の切り込みに入らない。工場とかの機械とかのねじを締めるならその大きさでもいいかもしれませんが…
実際使う人のことを全く考えないで、形だけ真似した粗悪品です。

ッとここでワースト番外編(今思い出しちゃった。)
同じく形だけ真似して、まるっきり役に立たないグッズがありました。

分度器です。

三角定規とかとセットで100円だったと思うのですが、なんとこの分度器、色がついているので、頂点に合わす十字のメモリ部分が下から透けない。よって正確に頂点に合わせることができないので、角度が測れない。分度器のレゾンデートル(存在意義)を問う問題商品でした。


さてお待たせしました。栄えあるワーストワンは・・・

でけでけでけでけでん!

★第1位 電池チェッカー
いや、これは全く役に立たなかった。動かなかったんじゃない。動きすぎ

その名の通り、電池から電流が流れるかどうか調べるための器具なんだけど、ある程度使った電池を使ったら、針が振れる。マックス振れる。そしてその電池を小さな時計にセットしてみると、時計は動かない。
つまり「時計の秒針をピクリとも動かせないほどの残量」でも針が振れてしまうってこと。使えねぇ・・・



百均に学ぶことは、自らが物を作るとき、使う人をイメージして作ろうってことですね。分度器とか電池チェッカーみたいにほとんど唯一の機能が否定された例は特に目立ちますが、スマホなんかでは多機能だけど、やっぱ使いにくいって思うことがありますもんね。日本のモノ作りの技術は高いと言われますが、それはやはり使う人を思いやる力「思いやり力」が高いからではないでしょうか。日本再生には思いやり力を高めることが必要だと思います。
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生きてます

2013年12月24日 | 思いついたこと
陸に上がって、MMORPGからも足が遠のいて、お世話になった皆さんとはすっかりご無沙汰ですけど、私は生きてます。

息子も来春から中学生。今年までは少年野球に付き合って、なんだかんだ忙しかったけど、暇になるので、来年からまた徒然に思いついたこと書き始めてみようかな。
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教育者の常識

2012年01月25日 | 思いついたこと

****************** 2012年1月20日5時58分 THE ASAHI SHINBUN DEGITALより ********************

【学生に「マクド禁止」 関西学院大、近くの店の苦情受け】

 関西学院大学(兵庫県西宮市上ケ原一番町)の近くのマクドナルドの店舗に長く居座って迷惑がかかっているとして、大学が学生に、店へ行かないよう求める通知を出していたことが19日、わかった。同社は「学生のマナーの改善をお願いしたが、出入り禁止までは求めていない」と困惑している。

 関学大によると、店長から16日、「学生が試験勉強のため、店内に長居して迷惑だ」「飲食物を持ち込んでいる学生もいる」と苦情があったという。大学はこの日、学生用のネット掲示板に「関学生の出入りを禁止にするとのことですので、同店の指示に従ってください」という通知を掲載。

 ただ翌日、大学は「マクドナルドだけでなく、ほかの店でも同じ注意喚起が必要」と判断し、店名を載せない文章に差し替えた。

****************** 以上 2012年1月20日5時58分 THE ASAHI SHINBUN DEGITALより 引用 ********************

店内のマナーが悪いと、店(マクドナルド)から、学校へ連絡したところ、学校(関西学院大学)側は学生に「マクド禁止令」を発したらしい。店側の対応は常識的で、おそらく、かなり困っていたのだろうなぁと予想される。それに対して学校側の反応は2重の意味で疑問符だ。


そもそも、大学の近くにファーストフード店を出店するということは、学生を顧客と見込んでいるわけだから、出入り禁止など売り上げ減につながる措置を店側が望むわけがない。教育者たる大学関係者はそんな当たり前の常識にも思い当らなかったのだろうか?


また、問題に対して、根本を改善するわけでもなく、出入り禁止というその場しのぎの対策で、目前の問題を回避したことも教育者としてどうなのかと思う。学生に悪いところがあれば、それを改善していくのが、求められるべき教育者の態度ではないのだろうか。


そんな社会的な常識にも、教育者としての良識にも欠けた大学を選んでしまった学生には同情を禁じ得ない。わが子の進学先に、ココだけは止めておこうと、その名を心に刻んでおき、念のためBlogにも書いておく次第。



p.s.

ちなみに...関西ではマクドナルドを略して、マクドと言うのが一般的。関東の人は「マック」って言うから、この記事読んだら違和感があるんだろうなぁ。
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心無き人々

2011年05月20日 | 思いついたこと
「ホラー映画」というジャンルがある。特に洋画のホラーものは、血がどばどば出たり、首がちょんと飛んだり、キモチワルイという感覚はあるけど、別に怖くはない。むしろ滑稽。

それより怖いのは・・・(***以下記事引用

【義援金出さなかった生徒の名前、黒板に貼り出す】 2011年5月20日(金)11:41 YOMIURI ONLINE

秋田県大館市の同市立第一中学2年の2学級で、それぞれの担任教諭が、生徒会が企画した東日本大震災の義援金集めで寄付をしなかった生徒計約20人の名前を教室の黒板に掲示していたことが20日、わかった。

同校では保護者からの苦情で取り外した。

同校によると、義援金集めは被災地を支援しようと生徒会が企画した。全生徒に募金を呼びかけるチラシを配り、11日から17日まで1人200円以上を納めるよう呼びかけた。

受け付けは17日朝までだったが、同日の帰りの会で担任教諭2人が、納めていない生徒計約20人の名前を紙に書いて黒板に貼って寄付を促した。担任は納付した生徒の名前をチェックしており、約15人の生徒が掲示後に寄付したという。

同校の菊地俊策校長は読売新聞の取材に対し、「生徒全員が全会一致で決めたので任意の募金ではないと考えていた。宿題を忘れた人への注意喚起と同じ感覚だったが、保護者や生徒に不安を与えたなら責任を感じる」と話している。

***引用ここまで)

これは、怖い。何が怖いって、ここまで人の気持ちを考えられない人間が教師をやっている事実。強制的に募金させるというのは、子供の発想で一種のファシズム。いい大人が追随して良い思想ではない。こうして名前を貼り出されることが生徒自身の心に傷をつけることを想像できなかったのだろうか。さらに周りの生徒が掲示された生徒を見る目も変わるだろう。虐めの温床を用意しておきました~って感じだ。

さらに怖いのは、教師を統括する立場の校長が「不安を与えたなら責任を感じる」などと、あたかも不安に思うほうが例外だとでも言わんばかりである。「任意の募金ではないと考えていた」って・・・それは募金とは呼ばない。カツアゲだ。

100歩譲ってそもそも、この学校では「宿題を忘れた生徒」の名前を掲示板に貼り出すのだろうか。それも怖い。

そして、もっとも怖いのは、こういう人の心を慮る能力のない教師を罷免させる権利が父兄にないことだ。
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