05年。イタリアなので何となく録画。
盲人の実話で興味深い良い映画だった。
時代、60年代?
ある少年が銃の暴発から(そんな場所においておく父が悪い)
失明する。
彼は、後にイタリア映画界で活躍する音響アレンジメントのミルコ・メンカッチ。
両親は医師に進められ10歳位で、都市部の
カトリック盲学校に入学させる。
規律の多い寮生活になじめず、いろいろあるがラストは
良き教師と少女との出会いにより、音楽への道へ。
ミルコは学校の学芸会でお話をつくり、サントラ風の音楽をテープに
録音し、発表、拍手喝采をあびた。
中途失明の校長は
「盲人に可能性はない」と古い考えの人で、新しいことには否定的だったが
当時はこれが普通なのだろう。
驚いたこと。
ミルコの行動が多分1つの突破口になり75年、
イタリアでは盲学校は廃止された、ということ!
盲人を狭い世界、盲人だけの世界で教育することをやめた、
これ国としてで、凄いな。
イタリアでの今の盲人の教育については出なかったが
ラスト廃止されたとクレジットがある。
この映画では盲人は手に職をつけて地味に生きていればいいのだ〜
という差別感がある。
日本だと、今でもあるだろう。
アートへ興味をもった少年が映画界の仕事につけた、
まあ、そうあることではないだろうが、自由に生きたいと願う思いがある
実話だった。
偶然、日本の盲学校の歴史、盲人の現在の働く姿のガイドを読んだ後見た。
日本では1875年位、筑波に初の盲学校ができ今もある。
労務系の仕事にやっとつけるが現実で、なかなか好きな分野への就職は難しい。
知人、中途失明、50歳位の方の言葉。
例えば、盲人が教師になると親が心配していろいろ言う。
仕事がしっかりできるのか、担任を変えてほしいなど、まだまだ
偏見が多いと〜
そうだろう。
目が見えないというハンディ+偏見。
ミルコ同様、その方は耳がとてもよく、
ホールなどに入ると、人がどのくらいいるのか?
空気の感じでわかると言っていた。
日本の盲学校は昔と変わらず、目が見える人と接触しない事が
多いようだ。
もっと開ければと思う。
イタリアでの、盲学校閉鎖を初めて知った。
同じラテン系カトリック国、
フランスは点字を作った国なので、どうなのだろう?
時間があれば調べたい。
盲人の実話で興味深い良い映画だった。
時代、60年代?
ある少年が銃の暴発から(そんな場所においておく父が悪い)
失明する。
彼は、後にイタリア映画界で活躍する音響アレンジメントのミルコ・メンカッチ。
両親は医師に進められ10歳位で、都市部の
カトリック盲学校に入学させる。
規律の多い寮生活になじめず、いろいろあるがラストは
良き教師と少女との出会いにより、音楽への道へ。
ミルコは学校の学芸会でお話をつくり、サントラ風の音楽をテープに
録音し、発表、拍手喝采をあびた。
中途失明の校長は
「盲人に可能性はない」と古い考えの人で、新しいことには否定的だったが
当時はこれが普通なのだろう。
驚いたこと。
ミルコの行動が多分1つの突破口になり75年、
イタリアでは盲学校は廃止された、ということ!
盲人を狭い世界、盲人だけの世界で教育することをやめた、
これ国としてで、凄いな。
イタリアでの今の盲人の教育については出なかったが
ラスト廃止されたとクレジットがある。
この映画では盲人は手に職をつけて地味に生きていればいいのだ〜
という差別感がある。
日本だと、今でもあるだろう。
アートへ興味をもった少年が映画界の仕事につけた、

まあ、そうあることではないだろうが、自由に生きたいと願う思いがある
実話だった。
偶然、日本の盲学校の歴史、盲人の現在の働く姿のガイドを読んだ後見た。
日本では1875年位、筑波に初の盲学校ができ今もある。
労務系の仕事にやっとつけるが現実で、なかなか好きな分野への就職は難しい。
知人、中途失明、50歳位の方の言葉。
例えば、盲人が教師になると親が心配していろいろ言う。
仕事がしっかりできるのか、担任を変えてほしいなど、まだまだ
偏見が多いと〜
そうだろう。
目が見えないというハンディ+偏見。
ミルコ同様、その方は耳がとてもよく、
ホールなどに入ると、人がどのくらいいるのか?
空気の感じでわかると言っていた。
日本の盲学校は昔と変わらず、目が見える人と接触しない事が
多いようだ。
もっと開ければと思う。
イタリアでの、盲学校閉鎖を初めて知った。
同じラテン系カトリック国、
フランスは点字を作った国なので、どうなのだろう?
時間があれば調べたい。












盲学校の事は何一つ知らないのだけれど日本ではまだマッサージ師の様な職業訓練所のニュアンスが強いのではないでしょうか。
以前、友人と目が見えないのと耳が聞こえないのではどちらを選ぶかとゆう嫌な話をした事があるのですが友人が目が見えない方を選んだのが意外で僕は何として物を見たいのだと意識しました。
精神的な障害を除けば様々な障害を持つ方が普通の人?と教育を受けるのはお互いに多くのものを学ぶ事が出来ると思います。
音楽、日本では大江健三郎の息子がピアニストです。
うまくいくと、アートへの道も開けるでしょうが、運などもあると思います。
とくに中途失明で30以上だと、仕事と言ってもマッサージ系を覚え、パート雇用が現実だと思います。
なかなか正規ではない。
書いた知人は40位で失明。
ずっとバリバリのSEでした。
仕事しすぎも、かんけいがある失明。
休職後、大手だったので小会社へ転籍し
現在も働いています。正職員です。
点字風のPCを使い。
でも、もちろん前のようにはできるわけもなく
労務系以外では、難しいが現実ですね。
見えないので、通勤もネックです。
目が見えないと耳が聞こえない、どちらを?
は、耳を選ぶ人が多いのでは?
失明の方がショックは大きいと思いますし、
日常生活での不便もずっと多いですから。
耳は今はメールもでき、映画も見られます。
中途なら、ことばもわかるので、
ある程度は理解できることもあるはずです。
耳の悪い人も、少し知っているので、はなしを聞くとそう感じます。
誰もが一緒に過ごせる学校が理想でしょうが
まだまだ難しい事も多いと感じました。
日本でも昔より、障害の子供と一緒の学校は増えているはずです。
親が普通の学校で、とお願いすることが増えたからだと感じます。