高嶺深雪の言いたい放題

言いたい放題ですから、言いたい放題なんです…。

私立女子校用語

2011-07-10 21:54:33 | 教育
え?イマドキの「じょしこうせい」が使ってる言葉の話!

っと、かっとんで見に来て下さった方、ごめんなさい。

私立女子校で使われている用語のお話です。

説明会の時から気がついていたのですが、先生方はよく
「お嬢様」
とう言葉を使います。
そして、この「お嬢様」には「ご家庭で大切にお育てになられている」という長ったらしい枕詞が付きます。

娘が通っていた小学校は下町にあったせいかどうか知りませんが、先生方の言葉がざっかけないというかなんというか…、子どもたちは十把一絡げに
「おまえら」
と呼ばれていました。なかには
「てめぇ〜ら」
なんて大胆な方(女性教諭)もおられまして、高嶺はモンスターどころか先っちょに三角形がついた尻尾を生やし、口を耳まで裂けさせて
「先生方にもっときれいな言葉を使ってほしい。特に男の先生。」
と叫んでいました。

それが「お嬢様方」です。
はい、別に高嶺家が由緒あって娘はその総領娘って話ではありません。
単に、「子ども達をどう呼ぶか」って話です。
娘の中身はそうですね…、「てめぇ〜」の域は脱しているとは思いますが
「お嬢様」の境地には達していません。

高嶺の憧れ校に到っては
「ご家庭で大切に育てられているお嬢様をお預かりして
 その成長の一端をお手伝いさせていただく。」

です。
もう、しびれてしまいますよ…。
(娘はちっともしびれなかったわけですが)

この「お嬢様」のいい所は、

その後に続く言葉も丁寧になる

ことです。
もちろん、先生方が生徒に向かって「お嬢様」と呼ぶわけではありません。
でも、「お嬢様」という言葉が頭の片隅にでもあれば、おのずと言葉が丁寧になるわけですよ。
それに伴って身のこなしもたおやかになる。
子どもにとって、学校の先生は親以外で一番身近な大人。
紳士・淑女のお手本を示して欲しいと思います。
そうすれば、子どもたちも自然と丁寧な物言いに、たおやかな身のこなしが…
身に付くと…いい…です…ね。

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そのカバンは私のよ

2011-07-02 16:55:06 | 教育
娘の学校には「制カバン」がありまして、基本のカバンはみんな同じです。
サブバッグは自由ですが。

「制カバン」ってことは見た目はみんな同じなので
お嬢様方は実にいろいろなものをカバンにつけておられます。

たとえば、こんなの



とか、こんなの



またはこんなの



そしてこれ



はたまたこれ



ちなみにこの現象は、「制カバン」のある学校ならどこでも見かけます。
確かに自分のカバンを見分けるのにはかなり有効でしょう。
家に帰ってカバンを開けてみたら、お友達のだった、なんて笑えませんから。
でもねぇ…、中には
「んなかさばるものを…」
なお嬢様や、カバンに人形が付いているのか、人形にカバンが付いているのか、なお嬢様も。

娘によれば

「あれはあれでいいんだよ。特に4月(入学とかクラス替え直後)には。そのキャラ好きなの?私もだよ、とか、それどこ(のゲーセン)でとったの?とか、話をするきっかけになる。」

なるほどね、なかなか役に立つじゃないですか。
しかしね、ゲーセンですよ。ゲームセンター。
クレーンゲームですよね。
好みのものではないにしろ、とりあえず何かは手に入るガチャポンとは違って、「何も」手に入らないことのほうが多いクレーンゲームですよね?

「いや、それは場数を踏んで上達すれば…、そこそこは…」

って、あなた、お小遣いをどれだけつぎ込んだのさ…。

ま、いいでしょう。
それで「友達の輪」が広がるなら。
そういうことだそうですから、
「んなもの、ちゃらちゃら学校へ付けていかないの!」
ってのも野暮な忠告のようです。

でも母は「読んでいる本」で繋がって欲しかったな…。
もう、高2でしょ。
「あ、井上靖、よく読むの?私も好きだよ。何が好き?」
「氷壁かな? しろばんばのシリーズも好きだよ。」
とかさ…。

なんで、井上靖かというと、高嶺のまわりが中3から高校にかけてがそうだったからです。
ハイキング部におりましたので、「氷壁」を読んでいる子が多かったのです。
あとは三島由紀夫かな?
教科書に載ってた関係で夏目漱石とかも。


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何度目?

2011-07-02 15:41:20 | 教育
何度目の仕切りなおしになるのでしょうか?

なんと、1年以上間が空いてしまいました。

再開しようと思います。
いや、もう心機一転、新たに最初から、ですね。

相変わらすここでは教育関係のことを綴っていこうと思っています。

よろしくお願いいたします。
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教育四方山話 第12回 子どもが私立の中学校に入るということは…

2011-02-14 09:51:35 | 教育
中学受験も一段落、みなさん「母校」が決まったことと思います。

タイトルには「私立の学校」と書きましたが、多分「公立」でも「国立」でも一緒だと思います。
ただ、高嶺は「公立中」「国立中」は生徒としても保護者としても経験がないので「私立中」に限定させていただきます。

子どもが「私立中」に入学するということは、親は「私立中の保護者」になるわけです。
お子さんはその学校での日常を「あたりまえ」「ふつう」の事として中学生時代をすごします。
そして、大抵の場合そのままその高校に進学します。

その「あたりまえ」「ふつう」のことを、親もそう思わなければならないのです。
たとえば
「志望大学? とーぜん、とーだい、でしょ?」
な学校に娘を入れたにも関わらず
「そんな、かわいげのない大学にいったら、お嫁の貰い手がなくなるわ。」
じゃだめなんです。
「そう、でもあなた、ちょっと怪我して血を見たらキャーキャー言ってるじゃない。理3は入れてもやっていけないんじゃない?となると、文1かしらね。」
ってノリじゃないと、お子さんがかわいそうなことになります。
そう、そういう学校に入ってしまえば、もはや「東大」は「あこがれ」ではなく
「**先輩が行った大学、自分が行く大学」
という身近なものになってしまうのです。

逆に
「大学を卒業したら、お父様のコネでちょっとお勤めして、幸せな結婚をするの。幸せの条件は相手の方のお家柄ね。就活?何それ、オイシイの??」
なんて学校に娘を入れたにも関わらす
「ちゃんと勉強して、女だってこれからは収入を得る手段を持つべきよ。」
じゃだめなんです。
「お茶でしょ、お花でしょ、お料理もならわなきゃね。卒業の目処がたったらお見合いよ。」
ってノリじゃないと、お子さんがかわいそうなことになります。
そう、そういう学校に入ってしまえば、もはや「専業主婦」は「あこがれ」ではなく
「**先輩もそうでしょ、私もそうするの。」
という身近なものになってしまうのです。

本人さえ幸せであるならば、どっちがどうってことはありません。
ただもう、親の思惑は捨てて下さいってことです。
娘の学校では、合格して進学を決めた最初の保護者会で校長先生から
「子育てには見返りを求めないで下さい。世の中で一番尊い愛である親の愛に応えるために、子どもは夢や希望を捨てますから。」
というお話がありました。その後は
「お子さんの進路は、金銭的にムリである場合以外は反対しないで下さい。」
といわれています。
きっと校長先生は、大学進学に際して子どもの夢と親の思惑がずれた場合に踏みにじられていった子どもの夢を沢山ご覧になっていらしたのだろうと思います。

高嶺の場合、中学受験の時点では
「一番(偏差値的に)いい学校じゃなきゃだめだ。」
と言われたにも関わらず、その後はその学校での「あたりまえ」に振舞うことを許されませんでした。
親の名誉のために言えば金銭的にではなく、ただひたすら
「そんなことをしていたら、結婚できない。」
という理由で…。
もちろん、「あたりまえ」にやって結婚している同窓生、沢山います。
というか、結婚って需要と供給のマッチングの問題だから、「あたりまえ」にやっているかどうかはあまり関係ない気がします。

これからの中高6年間の学校生活で、お子さんの夢が育まれます。
それを応援できる親になりたいものですね。

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教育四方山話 第11回 奨学金に強制労働

2010-12-12 17:54:56 | 教育
もう、元記事が見つからないんだけれど、

「奨学金の貸与の条件に、社会貢献活動を強制する」

って話があった。(読売新聞)
多分記事には「義務付ける」になってたんだろうけれど
「義務」ってことは「強制」ってことだよね。

もちろん、それによって返済を免除とか軽減って話じゃない。
丸々負担が増える。
奨学金もらって、バイトしてなんとか頑張って学生生活をしている若者に、
強制労働をさせようって話だ。
それも、素直に「強制労働」と言えばまだかわいいけれど「社会貢献活動」だとさ。

もはや、「奨学」金ではないだろう。
「奨学」金であるならば、
「とりあえず今はお金の心配をしないで学業に専念しなさい。
 働いてお金をえられるようになったら返してくれればいいから。
 もちろん利子はつけないし、一定の条件を満たせば返済も免除です。」

ってものなはず。
「お金の面倒はみてあげるから、立派な社会人になってね。」
なはず。

これだと、借りるメリットがあまり感じられない。
むしろ
「強制労働にとられる時間分、バイトができず、お金が足りない。
 大学はあきらめなくちゃ…。」
って人もでてきそう。
高嶺の視野が狭いのかもしれないけれど、奨学金をもらっている人て
それでハッピー、万事解決なわけではなく、バイトも頑張ってた。
生活だって地味だった。
「大学で学べるだけでも幸せ」
って言ってた。
友人から聞いた話では、学費から生活費まで奨学金とバイト代でたたき出し
余れば実家へ仕送ってた、なんて猛者もいたらしい。
(弟や妹の小遣い程度には充分なったとか)

日本では、言葉として「奉仕活動」を使ってはいるけれど、
内実は「奉仕活動」ではなく「強制労働」である。
そもそも「奉仕活動」って強制するべきものではないし
「やらされるべき」ものでもない。
無理してやるものでもない。
あくまでも個人の自由意志によって、自分のできる範囲で
自分の時間やお金を社会のために差し出すこと、なはず。

ふぅ…。

どうしても「強制労働」させたいなら、せめて「返済は軽減」でしょう。
学部によっては、なかなか時間をとれないこともあるだろうから
その点への配慮も必要。
もちろん、バイトの時間も生活を保てるだけは確保できなきゃ。
息抜きだって付き合いだって必要だしね。
学生時代の友人つながりって、ホント大切だから。

あれ?それよりも「就活」は?
最近、大変、なんてものではないんでしょ?
「強制労働」に時間をとられて「就活」できなかったら、本末転倒していない??
今だって、「就活」が大変で授業にでるのもままならないって、
何が本業だか?って世界なんじゃないの?

もう、「奨学金」とか「社会貢献活動」とかいうオブラートに包んだ言葉はやめて

「強制労働&返済義務付きローン」

ってあんまり借りたくないなぁって…って名称にしたほうが、
内容をよく表しているってことになるんじゃないだろうか。

高嶺の言ってることはわけわかんないけれど、
奨学金と強制労働の話はおかしいよね、って思われた方は
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教育四方山話 第10回 論理的な思考は大切です

2010-12-03 22:34:40 | 教育
ちょっと前に

「論理的な思考もできるように、大学で文系の学生にも数学を」

ってニュースを見た気がします。

えっと…、あった、あった、これだ。

文系学生も数学必修
数字を暮らしに生かす「数学的素養」が低下している現状を改善しようと、大阪府立大(堺市)は2012年春から、文系の全学生に教養科目で数学の単位取得を義務付け、卒業まで数学力が衰えないよう自己管理させる。

12年春予定の学部再編で現在の経済、人間社会両学部(学生数約2100人)が統合される「現代システム科学域(仮称)」の学生が対象。

だそうで、「微分積分や線形代数」を学び、単位がとれないと卒業できない、とか。

確かに「論理的思考」ってヤツは、生活の中でも必要だけれど、それが「微分積分や線形代数」で養成されるんだろうか…?
「微分積分や線形代数」漬けで生活してきたのでは?という理系出身者の中にも、数式は解けても実生活での「論理的思考」ができない輩は結構いると思う。
思考は出来ているのかもしれないけれど「議論」ができないのはとても多い気がする。(すぐ感情的になったりとか)
高嶺の周りで見ていると、
理系出身でも、性格が「優柔不断」な輩はいくら「微分積分や線形代数」してもだめな気もするなぁ。

私の身近にいる「文系」人間は、確かに
「そんなものは、事務的に処理しちまえばいいだよっ!」
「法的に間違ってなければそれでいいじゃん。」
「医学的(科学的)に見て、そうなるのはしかたないねぇ…」
って場面に、情緒的なものを持ち込んでグダグダ言うからイヤになってしまいます。
決して本人に事務能力がないとか、法律に疎いとか、医学の知識がない、とかでないにも関わらず、現実と情緒を切り離すことが出来ないんですね。
付き合わされるほうは、余計な時間はかかるは、グダグダと何の解決にもならない話を聞かされるは、でたまったものではありません。
相手に言わせれば、高嶺は
「冷たい」
人間なんだそうです。
高嶺が暖かくなることで解決するならいくらでも燃えますし燃え尽きることも辞しませんが、燃えている時間にとっとと処理すれば済んじゃう話なんですよね…。

是非是非、「論理的思考」の育成に力を注いでいただきたいものです。
「夢見る夢子」サンや「夢追う夢男」クンが、現実にテキパキ対応できるようになるためにね。

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教育四方山話 第9回 騒いでいるだけじゃだめなんじゃないですか?(給食費滞納)

2010-12-01 09:18:09 | 教育
給食費滞納、公立小中学校の過半数で 総額推計26億円(朝日新聞) - goo ニュース

『滞納者がいる学校は55.4%で、11.8ポイント悪化。学校現場は「滞納者がいて当たり前」の状況にある』

なんだそうで

『滞納の理由は「保護者の経済的な問題」が約10ポイント上がって43.7%に及んだ。一方で「保護者としての責任感や規範意識の問題」は、前回の60%から53.4%に減った。』

らしいですが、この手の記事って

では、対応策は?

って部分がないのね。

実際に、滞納者に対してどういう対応をしているのか…。
『ひたすらお願いしているけれど』って話は時々聞くけれどなかなか…ってとこまでは、聞いたことがあるけれど、結局それっきりみたいだし…。

少なくとも『保護者の経済的な問題』ってのの、『どうにもこうにも、逆立ちしても払えません』って部分は

『ちゃんと届けを出して免除してもらう』

ってことでゼロにすることはできるはずだから、それをちゃんとやっているのかな?
いや、もちろん『どこ(誰)が、そのちゃんとする仕事をちゃんとするのか?』って突っ込みはあるでしょう。
でも、『どこが、そのちゃんとする仕事をちゃんとするのか?』を考えるほうが、ただ、『こんなに滞納者がいます』って記事が出てるだけ、って状況よりはマシな気がする。

高嶺といたしましては、

『払わなくても子どもに給食が出す以上、滞納者をなくすのは絶対に無理!』
なんだから
『どうなっても子どもに給食を出すと決めて、どうなっても騒がない』

『払わない親に断固たる態度を示す』
かどちらかにはっきり決めろ!!

ですね。

保育園の保育料のように、保護者の収入によって料金を変えるのもいいかもしれない。
三丁目の夕日に出てくるように、払ってないことが他の人にわかるような徴収方法もいいかもしれない。
親が払ってない子は給食は食べられないってのも悪くないかもしれない。
いっそ、完全給食は廃止(仕分けちまうのさ!)して食べたい子だけの前払いの申請制にするとかさ。

いくら義務教育だからと言って、ルールに従わない人にまで恩恵だけを与えることはないのではないでしょうか?
もし、義務教育だから、親がどうかは関係なく子どもは一律に恩恵が受けられる*べき*であるのなら、滞納者がいることは問題にならない(新聞記事にはならない)はずですよね?

給食を提供する側がスタンスをちゃんと決めないから、いつまでたっても中途半端で、『払わないで済ませている人』の存在が許されてしまうのではないでしょうか?

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教育四方山話 第8回 はい?

2010-11-11 14:11:10 | 教育
なんか、すごいニュースを目にしたんですが…

これ↓ね。

三人称・単数・現在形の“s”廃止へ 米・教育局

しっ、仕分けちゃうんですかぁ…。

そりゃ「have」が「has」になる根拠は?って聞きたいと、ずっと思っていましたがね。

こちとら、普段使っている言語ではないですから
とにかく、覚えなければならない。
書いて、唱えて、忘れて、覚えて、忘れて…
はぁはぁ…、ぜぃぜぃ…。
英語なんて、英語なんて、きらいだぁ〜。

でも、だからって…、大胆な…。
ま、日本も「てふてふ」→「ちょうちょ」とかやってますから、よそ様のことは言えませんけれどね。
さらに
「円周率は3で計算してもいいのよ。小数点以下に桁がうざうざある計算はできなくてもいいの。」
なんてやって、今どうなったかって…。

娘の小学校時代にも、
「月の満ち欠けの連続性を教えてないんだがなんだか、クラスで「月はいくつあるか?」を毎晩観察して突き止めようよ、って盛り上がる。」

「江戸時代の将軍は、「家康」、「家光」、「慶喜」しか習わないので(あと習っても綱吉と吉宗?)子ども達は「徳川家」は3代だと素直に信じている。しかし、江戸時代って200年くらいなかったけ?随分長生きな将軍さまだねぇ、と感心する。」

なんて、ありましたねぇ…(遠い目)。
そういう話になった時、正解を知っているくせに大人しく聞いているだけの娘は、「積極的に授業に参加しているかどうか」の評価は低かったですねぇ…(さらに遠い目)。
ええ、ええもう、普段から「KY(但し、空気読まないです)」な娘が精一杯空気を読んで「議論に水をささない」ようにしていたんですが…。

どう考えても
「ま、hasははずしますかね?」
「そうですね、慣れてきたら、本当はhasのはずです、って分かってもらうんでいいんじゃないですか」
「特に、よそからいらした人にはね。」
「そういえば、日本でも「こんにちわ」でも許してくれますよね。われわれよそ者には。」
「ええ、なんでも「こんにちは」だそうですね。」
くらいにしておいたほうがいい、と思いますが…。

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教育四方山話 第7回 漢字って自分で覚えるものでしょ?

2010-10-08 11:41:04 | 教育
追加常用漢字、12年度から指導 中高で、文科省案 (共同通信) - goo ニュース

この話、

「文部科学省の専門家会議は29日、12年度から中学と高校で指導を始め、
 高校・大学入試での出題解禁は15年度入試からとする」


というもので、別のニュースによれば

「難しい漢字もあり、教育現場ではどう教えるか、どこまで教えるかで悩んでいる」

らしい。

記憶をたどってみれば、小学校時代はともかく、中学ましてや高校で

授業で漢字をならったっけ?

覚えてない…。
全然記憶にない。
実を言えば、小学校の高学年の時点えすでに漢字を詳しく説明された記憶がない…。

っていうか、

教科書に出てきた漢字は読めて書けてあたりまえ

じゃなかったっけ?
試験と言えば当然のように出題されてたし。

「どこまで」も「ここまで」も「あそこまで」もなく、
漢字なんて各自で覚えるものなんでは?
大学入試となれば(多分、高校入試も同じだと思う)、何か1冊問題集をやるのって
普通にみんなやらないの?
まさか、
「学校で教わってないから書けない」
なんて理由が通るわけ?

娘たちは、学年の最初に問題集と試験の予定(範囲と日程)を渡されて
自分でやってるよ?
漢検受ける子は自分で受けてるし。
高嶺の時はそういうのすらなかった。(英単語ではあったけれど)

そうそう、漢字で最近目から鱗だったことは、
娘の学校の何かの式典での校長先生のお話で

「柿(カキ)という字と杮(コケラ)という字は違いますよ。」

というのがあって、生徒はみんな

「そうですね。」

って感じでおとなしく聞いているのに、保護者席はザワザワ。

「え…、今の今まで同じ字だと…。」
「え…、どこが違うの?…。」

家に帰って娘に聞いたら
「え?、見ればわかるじゃない。明らかに違うでしょ!」
と…

こういうのは、「事前に授業で教わっていた」と信じたいですけれどね。

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教育四方山話 第6回 環境って恐ろしい

2010-09-14 08:53:58 | 教育
いまでこそ、都内でも8月中に二学期が始まる公立の小中学校も増えたようですが、4年前、
葛飾区が小学生から夏休みを7日も奪う
ことにした時は、本当に泣きました。
二学期の始まりは8月の25日。
他の区にある塾では、講習の最後の追い込みをやっている時期ですよ。
それも、体育会系で全体主義で、管理教育がゆきとどいていた娘の小学校は、短くなった休みにさらに、夏期学習教室と水泳指導を詰め込み、
「小学生から、夏休みはお盆休みのみ!」
な世界。
おまけに、学校が始まって登校させたら最後、
「何時になったら帰ってくるやら、分からない。」
状態。
(校長名で、何時まででも残れるように、習い事を調整しろ=休むのがいやならやめろ、ってお手紙がくる世界)
低学年から頑張って続けていた習い事や通信教育も泣く泣く辞めざるを得ませんでした。
受験のために習い事をやめるとか一時中断するというのは珍しくもなんともありませんが、小学校生活と両立出来ないってどうよ。
世の中には、
「行事の日でも3時半には片付けまで終わる」
なんて小学校もあると聞くと、
(通学に1時間かかっても、帰宅は遅くても4時半。今より早い。なんとか転校できないものか。)
と真面目に考えていたくらいです。
事実、台東区などへの越境がある程度ある地域です。
仕事を早仕舞いした日には、電車の中で小学生を見かけます。
その子たちと一緒に電車を降りて、家に着いて1時間しないと娘は帰ってこないのです。

かたや、今の学校生活。
完全下校の時間がきっちりしているため、通学に1時間かかるにもかかわらず、帰宅は小学校時代より早いくらいです。(部活や委員会なしの場合)
習い事もめでたく復活できました。
家について、一休みしてから出かけても十分間に合います。
それよりも、なによりも感動したのは、
「時間厳守が徹底している」
ことです。
生徒に「5分前行動」を指示するだけあって、終わりの時間も正確なこと!。
例えば、補講が終わった後娘と待ち合わせている場合、ついつい小学校時代のくせで
「どうせ、15時までったって、ちょっとは延びるだろうから」
なんてのんびりしていると、15時3分には携帯が鳴る。
3分は娘が帰り仕度をして教室から公衆電話まで移動するのにかかる時間?。
たまには「早く終わる」こともあるくらいで
「え?もう帰ってきたの?!?」
なんてことも。
人間慣れとは恐ろしいもので、過ごす環境によっては
「時間は正確に。」
という当たり前のことに、感動できる体質になってしまったりするのですね。
だから教育環境って怖いと思います。
(最近では、終わった後友達としゃべっているので、そんなに速攻で電話
が鳴ることはなくなりましたし、帰りも遅い日が多いです。)

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