ピアノの先生の生活

ピアノ講師、ブライダル奏者としての日常と
その都度のはまりものへの情熱を綴るくだらな雑記

初めてのRPG

2012-02-22 00:22:33 | 過去
初めてゲームに触れたのは、生徒だった歌音ちゃんにそそのかされてである。
メガドライブを購入してぷよぷよをやった。
その後スーパーファミコンを購入して、初めてやったRPGが「ファイナルファンタジー4」であった。
これははまった。超はまった。
カインというキャラを寵愛し、持てるお金のすべてをつぎ込み(ゲーム上でですよ)、
最も良い装備をさせていたのに裏切られてどこかに行かれたという苦い過去を忘れられない。
ドラクエもやったが、自分は冒険よりキャラに感情移入できるタイプのFFの方が合っているらしく
その後12までハードを買い換えてはやっていたという次第だ。
シリーズの中で最も好きなのは操作性の悪さで御馴染みのFF8である。
しかし最も楽しんだのはやはりFF4であろう。
なのでスーファミ特有の音であのテーマ曲が鳴ると涙が出ちゃうのである。
ここんとこ携帯ゲームのCMで、まんま流れているのでその度に「ハッ」としちゃぅのである。
ちなみに「クリスタルのテーマ」も聴こえて来たらコンボで確実に泣いちゃうだろう。
ああ青春。いや、青春はとっくに過ぎていたけれどもあの頃の情景が目に浮かぶのである。
たかがゲーム、されどゲーム。
最早我が家にはフーファミもなく、稼動しているのはプレステ2とPSPのみ。
PSPの小さい画面でセコセコFF4やろうかなあ。
なかなか卒業出来ないなあ。
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品川

2012-02-06 00:12:41 | 過去
かつてバブルの頃、ブライダルの仕事でよく品川に行った。
品川には私が所属する事務所の受け持ちの式場がいくつもあったので、駅前の大きな信号を渡るところで
何人もの仕事仲間と会うことも何度もあった。
しかし時は経ち、式場は閉鎖されたり他事務所に取られたりして行く機会は激減した。
行って三ヶ月に一回くらい?今や三つくらいしか担当式場は無いのだ。
で、しばらくぶりに行ったのだが、駅前の風景が一変していて驚いた。
しばらく揉めていた京急ホテルが取り壊されたと思ったら、そこに白く輝く建物が!
何かと思って見たら「Hollywood」だって。場所柄ホテルかレストラン街かと思ったらなんとパチンコ屋だった。
ちょっとショック。
こんな高級な感じの駅前の一等地がパチンコ屋なんだ…。我が家辺りの住民街ならいざ知らず…。
あんなに揉めて、座り込みの元従業員たちを排除してまで建てたのがパチンコ屋かあ。ふーんってカンジだ。
よく見ればその通り、昔入ったレストランも怪しげな喫茶店ももう無くなっていた。
バス停で人の話に耳を澄ませば「そこのウィングに入っているアンナミラーズ、日本で最後の店らしいよ」。
そうか、胸を強調したメイド服風制服で一世を風靡したアンナミラーズもそんなに細々としてしまったのか。
自分の卒業謝恩会の場所であり、ブライダルデビューの式場でもあり、ついでにQUEENが初来日時に泊まり
ティールームで会えた友人さっちゃんが失神しそうになったホテルパシフィックも閉館してしまった。
バス待ちのアラビアの怪人・ザ・シークを見た京急ホテルもすでに無い。
ついでに私がレーシック手術を受けた高輪クリニックも早くももう無いのだ。
高級だった新高輪のイタリアンもバイキングレストランになってしまっていた。

意外にも品川が一番時の移ろいを感じる場所になっていた。
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歴史あり

2011-10-22 00:16:46 | 過去
朝方に注文した本が届いた。
もうQUEEN関係は買わないと決めていたのだが、結成40周年記念のやたら立派な御本を、
あのミュージックライフでお世話になったシンコーミュージックが頑張って訳本を出版してくれたからには
値段が高くても買わなければならないというマニア心からポチッてしまったのだ。
届いてビックリ!まあ厚い。そしてカラー写真満載の図鑑である。百科事典って言うか。
しかし私は読まないだろう。事実本棚に直行した。
それが最早マニアということなのである。

そんな中、エアロスミスがやって来るらしい。
もちろん大好きだ。しかし自分の中では一番になることはないのだ。そういう位置付け。
しかしコンサートには初来日公演の時に行った友人から聞いたミソっぷりがトラウマで行ったことがないのだ。
今回も東京はドームだということで行かないよ。あんな広いとこ。
じゃあクローゼット掃除の景気付けにエアロのCDをかけるぞ!と探したらなんと一番新しいもので
2001年発売の「Just Push Play」だったのであせった。
しかし調べてみたらその後は2005年にもう一枚出ただけのようなので、あながち遅れてはいない(笑)。

で、クローゼット襲撃。
やはり左奥の聖域は普遍。どうしても捨てられない初めて買った高価なワンピースやお気に入りのワンピース。
その代わりと言っちゃなんだが、もう着ないボディコンは一掃することにした。
こちらもかなり好きなものばかり。着ないといったって着れないわけではないだけに悔しい。
しかしヒザ上のスカート丈、電車の中で席が空いていたら座ってしまう現在では無理である。
バブル期のものはモノが良い。捨てるには忍びないものばかり。やたらとゴージャスである。

ほとんどがNOVESPAZIOというショップのもの。
本当にここの好きだったのにある時期から路線が変わってペラッペラのものばかりになってしまったのだ。
あとロイジビブっていうもうないブランド。BIGIから出ていたと思うんだけど大好きだったなあ。
こちらのワンピとコートは救済いたしました。それほど好き。

捨てまくる予定の敵は母だった。
私が涙を飲んで捨てたものを「これまだまだ着られるじゃない、もったいない!」と救済してしまうのだ。
なんかリサイクルショップに持ち込まれるようだぞ。
今更バブルの洋服を着るお嬢さんはいるんでしょうか? 

残った服は黒ばかりになってしまった。
赤いコート買おうかなあ。
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アニメ

2011-07-28 00:00:08 | 過去
図書館に行ったが夏休みとは思えぬいつも通りさ。
子供や学生がいなかったのだ。
毎年この時期は「うるせーなー」とイラつく頃なのに…。
蝉も相変わらずうっすら鳴いてる状態だし、スイカは不作で値段急騰して買えないし、なんか夏休み感がないなあ。

翻って自分が子供の頃の夏休みの午前中、毎年再放送で観ていたのが「花のピュンピュン丸」という忍者アニメ。
つべでOPを観たら、あまりの懐かしさにゲラゲラ笑ってしまった。
「そうそう、弟のチビ丸が泣くと山崩しちゃうんだよなー、アイドル系女忍者はさゆりちゃんって言うんだよなー。
師匠の髭の先が指になってるんだよなー。自分はケメ子に似てるって父にいじめられたよなー」などと
想い出が雪崩となって浮かんで来たもの。話しの内容はさっぱり覚えていないけど。
昔はこんな単純なアニメがいっぱいあって、楽しい子供時代を過ごせてありがたかったなと思うよ。
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アースの戦士達

2011-07-11 00:13:19 | 過去
すっかり真夏の空だった。

今から13年前の1998年、私はスーパー戦隊番組の「星獣戦隊ギンガマン」にはまっていた。
その頃はブライダルの仕事が忙しく朝10時の式なんてしょっちゅうあって、そうすると戦隊物をテレビで観ながら
お化粧する日曜日と言うのが多かったのだ。それでなんとなく観ている内に大ハマリ。
ギンガマンは照英さんがブルーで出ていたんだけど、それより何よりとにかくギンガレッド・リョウマが
かっこよかった。美しいお顔に素晴らしい笑顔。天然風味の純粋さと正義さ。
そしてそのお兄・黒騎士ヒュウガとのいろんな葛藤のストーリー展開がまた
「クーーーッ」と捻れるほどよろしかったのよ。
仕事を休んでK美ちゃんと「後楽園で僕と握手!」のナマショーを観に行ったのも良い想い出だ。
その後レッド役の俳優さんは引退してしまい、私も戦隊物から遠ざかってしまった。
しかし今年のゴーカイジャーは戦隊物35周年記念作品ということで、今までの戦隊を登場させているのだ。
そして本日はギンガマンの回!ヒュウガはもちろん、引退されているリョウマも出ると聞き、録画した。
リョウマ役の方は引退して普通の仕事についている。期間限定のツイッターで良きお父さんであもあり、
自分は芸能界を離れた普通の人という立場を守る常識的な方であることも知った。
だけどカッコ良いまま老けていたのでホッとした。
演技は前からアレだったけどほとんど棒になっていたのはご愛嬌だ。
ヒュウガも髪が健在でホッとした。さすがに現役の俳優さんは立ち居振る舞いから普通にカッコ良い。

それは置いといて、ゴーカイジャー本編自体がちっとも面白くないのに困った。
戦隊物だが勧善懲悪でなく、ヒーローなのに海賊。ワル風っつーかツッパリ風なのだ。目的もお宝ゲットだし。
全開の笑顔で「正義は勝つ」の方が日曜の朝としても気持ちが良いと思うのだが、
もうそれではイマドキの子供の心はゲット出来ないのだろうか?
話しもね、ギンガマンはそりゃあワクワクしたよ。
兄弟の話の展開ももちろん銀河の森の世界観。悪い方にもストーリーがあったりさー。
シェリンダ様超エロいし。ブドーの最後は泣けたし、雑魚のヤートットに至るまで凝っていた。
K林Y子さんの脚本は女子心を大いにくすぐったものである。
今はイケメン揃えてもターゲットは子供心なのかなあ。
まあいい年した女がそんなもの観てる場合じゃないって言うのは正しいが。
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メキシコ観光

2010-10-05 00:26:51 | 過去
どうにもメキシコに行きたくなり、19年前にお世話になったメキシコ観光のHPを覗いてみた。
そしたらビックリ、あの当時の現地ガイドさんたち、まだ向こうでガイドやってるじゃないの!
あの時市内観光をしてくれた若い女性は「そろそろ帰国したい」なんて言っていたくせに
お子さんまでいるようだ。すっかり現地に馴染んでしまったな。
そして「メキシコの見所」というページで「ここに行きたいなあ」などと思ったところは
後でアルバムを見たら、その時にすでに行っていたことがわかった。
いやその場所のことは覚えているけど、そこがそれだということを知らなかったと言うか。
あの時はまだネットもなかったから調べるのも難しかったし、ガイドブックを
持って行った覚えもない。ちゃんと下調べもしないでもったいないことをしたものだ。
そしてアレナ・メヒコも行っていた事が判明〜。
そうか、勘違いしてた。行っていないのはアレナ・コロセオの方だったのだ。
私が行ったあそこがアレナメヒコだったのか。
確かに大きかったけど今テレビ画面で見るほど大きかった気がしないな。
行っているならもういいか(笑)。
しかし当時の写真を見ると化粧と言い髪形と言い、なかなか痛々しい。
いやその頃はそんなものなんだろうがさ。

「5時に夢中」が新コーナーを始めた。それもマツコと若林さんの料理コーナーだ。
初回は「時間がないのにアボガドが熟れていなくて種が取れず大騒ぎ」で終わった。
なかなか普通のテレビ番組では観られない凄まじさだった。
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銀行

2010-05-20 00:05:18 | 過去
今日も年寄り自慢みたいな話ですまぬ。
先日、ブライダルの時一緒になった20代と思われる若い子と銀行の話しをしていたら
彼女、第一勧銀を知らなかった。
きっと彼女が銀行を意識した年代にはもう第一勧業銀行はみずほ銀行となっていたのだろうな。
それでもそんなに昔のことだとは思っていなかったからちょっとショックだった。
その後「昔、大和銀行というのもあって、そこは‘オサムグッズ’のノベルティを
使っていたため、その絵のついたアルミホイールやらティッシュが家にはまだ残っている」って
話をしたんだけど、彼女は大和銀行はもちろん、オサムグッズすら知らなかったので
全く会話が進まなかった。下手したらアルミホイールだって知らないかも。
今までいかに同世代と楽しく仕事をしてきたかを思い知った。
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ロックって…

2010-05-19 00:18:38 | 過去
「野村のよっちゃんが教育テレビでエレキギターを教えている」という情報は
グッバイファンのKヨちゃんよりすでに得ていた。
しかしなかなか目にするチャンスが無かったんだけど、ようやく昨夜観ることが出来た。
そして私は驚愕した。
かつて私が学生の頃はロック、エレキギターは「不良」と見なされていたものだ。
だけど憧れるギターキッズはバイトしてお金を貯めて御茶ノ水の楽器屋に通い
ようやく憧れのギターを手にする。その先にフットコントロールのエフェクターなんかがあったのだ。
昨日の放送では漫才師のますだが生徒として、まずトレモロアームの使い方を習っていた。
おいおい、それだって初級者の技ではないかなりカッコいい行為だぞ。
でもますだは「めんどくさい〜」などと熱の無い応対。
習いたくなんか無いのにお母さんにピアノ教室に入れられちゃった生徒かよ!
そこにはかつてのロックの精神のかけらも無い。
こんな懇切丁寧に教えていただける分野に成り下がってしまったのかと悲しくなって
その先のエフェクターの講座を観ないでテレビのスイッチを切った。
ホント、昔必死に雑誌を読み込んでエフェクターの使い方を覚えたり、
独自にやり方を編み出したり、そんなことがバンドの楽しみだったのに…。
今って情報は簡単にゲットできるから、そういう楽しみは一切なくなったな。

そんな夜にロニー・ジェイムス・ディオの訃報を聞いた。
彼が亡くなった事より、享年の68歳というのにビックリした。
そうか、そうだよな。それだけの年は経っているんだよな…。
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県知事

2009-03-30 00:04:46 | 過去
そうか、千葉県知事に森田健作氏が当選か…。
千葉県はお隣だから何かと縁がある。そんなところの知事が森田氏に…。
実は私が生まれて初めてファンレターというのを書いたのが森田健作氏だった。
「俺は男だ」の再放送にはまってい小学生の頃だ。
何を書いたのかなど全く覚えていないが、それに対して返事が来たのだ。
ブロマイド状のハガキに文面印刷。しかしわざわざ一行だけ万年筆で手書きの文があって
「これって本人の直筆?それともマネージャーとか?」と今でも疑問に思っているのだが。
でもパソコンなど無い当時にわざわざ印刷屋で印刷して、本人かわからないけど直筆文も
書くって、手間も経費もかかってるよな。返事をもらった子供も嬉しかったよ。
きっと探せばまだ持っていると思う。
今の殺伐としたとも言えるジャニ・アイドルの在り様から見ると、なんとも牧歌的な時代だった。
残念ながらモリケン熱はその時期の一過性だったけど、遊説なんかで出会ったら
ときめいちゃうのかな、私(笑)?
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青春時代

2008-11-28 00:25:40 | 過去
朝起きたらまぶたは腫れていて頭痛も少し。
泣くと言うのはかなり消耗する行為なのだと知った。
おかけでマスカラが上まぶたにくっついて困った。

「ミュージックライフ」「編集長・東郷かおる子」
7、80年代ロック少女だった私にはなんとも馴染みのある名前だ。
硬派を気取っていたので「ロッキンオン」「渋谷陽一」派だったけど(笑)。
でもQUEENの情報は一番持っていたのがMLだったし、グラビアも多くて
特に来日後なんかは買わないわけにはいかなかったもんだ。
そう、外国のバンドが「洋楽」と呼ばれていた当時は外タレの情報は
このような雑誌かコアなラジオ番組でしたか得られなかったのだ。
だから新譜が出ると読めば店頭で予約し、来日すると知れば徹夜で並んでチケットを
取るしか方法はなかった。
今のようにネットで簡単に情報を得てクリック一発でチケットが取れる時代とは違うのだ。
今から考えれば大変だと思いがちだが、それが楽しかったのだ。
苦労して得る少ない情報、苦労して取ったチケット。
そして滅多に来日しないロックバンドをこの目で見て得る感激。
便利になったことで失ってしまった楽しさというのもあるとわかる。
この本はまさにそんな自分の心境と重なる部分が多い。
東郷さんは自分より上の世代だからこんな経験が出来てすごく羨ましく感じるし、
自分がその時代に生まれていたら確実に同じことをやっていたと思う。
懐かしいあのバンド、あの曲を聴きたくなる、そしてあの頃の友人達を思い出す、
そんな本だった。
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