鉄道廃線敷き探訪

役目を終えて消え去った鉄道の在りし日を廃線敷きを探訪しながら偲びます。

脳梅豚痴気鉄道 製作開始

2017-08-10 16:51:56 | 日記

脳梅豚痴気鉄道 製作開始

 親子二代続くNゲージ模型レイアウトのとんでもない復元レイアウトの始末記を日記的に記録したものです。

 父の死後、屋根裏から引っ張り出したNゲージレイアウト、40年近く前のレールからストラクチャー(構造物)、車輌、コントローラーを修理可能なものから自前で修理し、さらに最新のストラクチャーから車輌、レール、コントローラーまで買い足しながら復元にこぎつけたものです。修理部品の無いものはプラ板から作り出したり、よく似た手に入りやすい部品を改造したりしています。補修車輌の塗装は極力購入した当時の塗装に近づけるようにしていますが、完ぺきとは言えない物も混じっています。

 復元途中に我が家の財務大臣より緊縮財政を厳しく言い渡され、レールの購入できないものは、手持ちのTOMIXのファイントラックに同じく手持ちのKATOのユニトラックを改造して強引に接続するなどしてその復元ぶりはNゲージャーの仲間内から「脳梅豚痴気」的と言われ、これを復元Nゲージ鉄道名「脳梅豚痴気鉄道」といたしました。

 

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画像A)仮置きしたレールやストラクチャー類です。饋電箇所やリモコンポイントの配線も終わってません。レイアウトはTOMIXのレイアウトボード600mm×900mmを三枚つなげて1,800mm×900mmの所謂、畳一畳レイアウトで内外周複線レイアウトです。レイアウトボードは大昔の発売されたばかりの当時のボードで、屋根裏にホコリをかぶり、カビの生えたボード数枚から使えそうなものを選んで清掃の上、新規購入したレイアウトマットを貼ったものです。路盤が茶色のものは昔のファイントラック、路盤が鼠色のものは所謂(F)トラックで最近買い足したものです。大半はTOMIXのファイントラックですが、一部KATOのユニトラックを強引な改造接続で使用しています。

画像B)TOMIXのファイントラックにKATOのユニトラックを強引に改造接続した箇所。内周線の饋電コードが出ているのがKATOのユニトラックでその前後がTOMIXのファイントラックです。レールの仮止めに架線柱の基盤を使用しています。まあ何とつぎはぎだらけで、鼠色や茶色のレールが混在する脳梅的なすさまじいレイアウトになってしまいました。饋電コードはボードに穴をあけて下に這わせる予定です。

画像C)TOMIXの電源ボックスと外周線に用いる発売されたころの初期T字型ワンハンドル式コントローラー(右端)です。定速機能と自動加減速機能を持つ点は、最新のものと変わりないようです。自前修理して何とか使用できるようにしました。左端は内周線に用いるKATOユニトラックのコントローラーです。コントローラーもTOMIXとKATOの混在仕様です。

画像D)お寺と農家のプラスチック製ストラクチャー(共にTOMYTEC)に無料でダウンロードしたペーパーキットのお寺を塔頭(境内の中にあるもう一つのお寺)にしてKATOの樹木で囲ったもの。お墓のセットも売ってましたが、どうもこればかりは買う気がしなかった。何かリアルすぎたので…。

画像E)修理完了した登場当初の箱根登山線ベルニナ1000形二輌編成(TOMIX製)。レイアウトから転落大破していたものを何とかここまで修理。ただし下枠交差型パンタグラフはオリジナルが手に入らず、集電舟が違う形状のもので代用。塗装も出場当時の写真を参考に塗りなおしたものの、細部が分からず完全復元ではない。集電車輪は適当なまがい物に交換。

修理完了した名古屋鉄道7000形白帯車(TOMIX製)。中間車輌に破損が大きくなおせなかったので、手持ちの一般7000形中間車を再塗装して7000形白帯車に編入。ただし、台車がミンデンであったので、使えそうなグリーンマックス(?と思う。)のペデスタル台車(西武鉄道のNゲージ車輌のものと思われる。)を部品箱から探して履き替え対応した車輌。相当強引な改造修理であった。

修理完了したパノラマデラックス8000形(TOMIX製)。出場当時の二輌編成。パンタグラフの破損が大きく、オリジナルが手に入らなかったので代用品で間に合わせた。正面ガラスも破損していたので、比較的柔らかい加工可能な透明プラ板から適当に切り出して取り付けた。塗装も当時の写真をもとに塗装しなおしたが、細部が不明で適当に妥協してある。集電車輪も適当なまがい物に交換。


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画像F)TOMIX DD51です。前照灯が切れる不具合該当の品番だったようですが、中を開けてみると建物照明用の麦球が無造作にハンダ付されてました。死んだ親父が生前に自分で修理したようです。走らせてみると、正常に点灯しました。逆転時も正常に点灯します。最期に走らせてから二十年以上過ぎていたと思います。

画像G)TOMIX DF50です。寝台特急「富士」の編成(大分回転編成を除いた宮崎ゆき基本編成)を走らせるつもりで親父が買い込んだようですが、寝台客車が見当たりません。母が大病を患い、入院した頃のことなので、さすがに親父もNゲージどころではなかったのだろうと思います。結局、当座の母の療養費捻出のため、寝台客車が買えなかったようです。50系客車を牽引させて所謂「レッドトレイン」で満足していたようです。

画像H)TOMIX DE10です。DF50同様50系客車を牽引させて「レッドトレイン」で走らせていたようです。

画像I)TOMIX DCです。特に特定のモデルがあるわけでなく、専用線牽引機をイメージして製作したとTOMIXの説明書きにありました。三十年近く前の発売当時は朱に白いラインの入ったモデルだけのようでしたが、その後カラフルなモデルがDC機として発売されています。
レイアウトから転落し、アーノルドカプラーとステップが破損していたため、カプラーは手持ちの予備部品と交換し、ステップはプラ板から適当に切り出して、それらしく成形して取り付けました。前の二軸に動力が伝わり、後ろの一軸は走軸になっています。
ディーゼル機関車はDC機以外保存状態が良く、車輪にCRCスプレーをして綿棒で拭き取ることで良好な集電状態を回復できました。ボディーの痛みも少なく、僅かな傷修理と補修箇所の再塗装で済みましたが、DC機は破損したまま放置されていたため、保存状態が悪く、車輪はオリジナルではなく、まがい物に交換して復旧しました。塗装は全面的にやり直し、できる限り、オリジナルの塗装に近づけはしましたが、細部が分からず、適当に妥協してあります。


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画像J)DF50の走行画像。二十数年ぶりのレイアウト走行に、最初はぎこちなかった走りでしたが、駆動部にCRC注入を行うと、モーター等駆動系もやがて順調となり、心配された集電状態も案外良く、フライホイールを装備しない分、分岐器通過に不安定さは残りますが、やむなしと割り切れば…「まあ、こんなもんやな。」という親父のつぶやきが聞こえてきそうです。

画像K)レイアウト走行中のDE10。本物は軸配置A+A+A-Bですが、さすがに所詮はNゲージ。三軸は独立軸ではなく、C+Bの模型軸配置。R250のNゲージ曲線でも滑らかに走ります。ディテールは親父に言わせるとすれば、たぶん「まあ、こんなもんやな。」

画像L)レイアウト走行中のDD51。フライホイールがなくても、どっしりとした安定感のある走りっぷりです。ヨの次位に連結してあるのが、日通のシキ1000形。ダブルボギーの大物車で、このモデルは変圧器輸送をイメージして作られており、変圧器2基が付属しています。ダブルボギーの軌条追随性も良好です。電気技術者であった親父がこのモデルTOMIX品番2735国鉄貨車シキ1000形を見つけて、親近感を抱いたのか、買ったようです。化粧箱には1200円の値札が付いていました。お袋は親父の鉄道趣味に半ば呆れて見ていました。「鉄道模型は男のロマンよ。女にはわからねえよ。」…が親父の口癖でした。ただ、大規模で派手なレイアウトは病弱な母が入退院を繰り返すようになったので作れませんでした。女房質に入れてまで…はさすがの親父もできなかったようです。

画像M)動輪に試しにゴム帯を巻いてみたら意外と力の出たDC機。チビ凸的なDC機ですが、転落破損修理機ながら動輪にゴム帯を試しに巻いてみたら意外と牽引力がありました。貨車の2、3輌も牽ければいいや…と思っていたら、意外や意外…結構すいすいと長編成を牽引してしまったのです。ゴム帯の粘着力強化効果でしょうか。奥で12系客車を牽引しているのはKATOのED16です。

画像N)DF50とチビ凸DC。チビ凸DCを待避させてDF50が追い抜いてゆきます。奥の建物はTOMIXの「デジタルカタログNゲージワールド」のCDに含まれていた付録的ペーパーキットを組み立てたものです。
経費削減を我が家の財務大臣より仰せつかっているため、ストラクチャーの半分は無償ペーパーキットです。


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画像O)これで制御してます(拡大)。左端は外周線制御用のTOMIXのT字型ワンハンドル・コントローラー。初期型ですが、自動加減速制御機能と定速制御機能を有しています。制御系統もディレクション1と2の2系統を有していますが、このレイアウトでは1系統だけを使用しています。ワンハンドル・コントローラーは下に引いて自動加速し、自動加速度は3段階のアナログ切替式です。上に押すと自動減速し、自動減速度は3段階のアナログ切替式です。定速度はコントローラーを中央の位置にします。電源は中央のTOMIX電源ボックスを使用します。右端は内周線制御用のKATOのコントローラーで、左が逆転機、逆転機に停止機能があります。右がコントローラー・ハンドルです。電源は中央のTOMIX電源ボックス背面にあるサービス電源コンセントから得ています。

画像P)脳梅的レール接続。外周線のTOMIXファイントラックR315が1本不足しましたが、我が家の財務大臣の緊縮財政により購入予算がいただけず、仕方なく手持ちのKATOユニトラックR317の接続部を取り外して、手持ちのTOMIXファイントラックの接続部を強引に移植して、TOMIXファイントラックに接続するという脳梅的な手法を内周線の饋電レール同様の手法で行いました。

画像Q)KATOキハ85の5輌増結セット(動力なし)に動力ユニットを取り付けて自走化したものとDF50の走行画像。レールはTOMIXファイントラックの旧型(茶色)と新型(グレー)の混在です。分岐器もTOMIXの旧型分岐器をつなぎ合わせています。電磁石で動作する分岐器の遠隔操作型作動ユニットは分解修理点検中のため取り外してあります。旧型ユニットは分岐器に外付け式ですが、最新型は内蔵式の作動ユニットに進化しています。(最新式のTOMIX三叉分岐器を購入できましたので、後ほど紹介します。)

画像R)KATOキハ85とKATO・D51とD51が牽引する旧型客車オハ47。オハ47はKATOとTOMIXの両方を使用。客車の出来栄えはKATO、TOMIXとも甲乙つけがたい良い出来栄えです。

画像S)画像奥からKATOのEF15、同じくKATOのED16、TOMIXの50系客車です。50系客車にはJRのシールを貼付してあります。


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画像T)TOMIX三叉分岐器。まだ配線してありません。動作ユニットは内蔵式ですが、手動で動作させられる小型のレバーも有しています。分岐の複雑さからくるのか、小型車輌の通過時は車輌にガタ揺れがきます。画像はワールドの川崎20t凸型電気機関車(イージーキット。動力部配線取付済み。)。軸配置はBBですが、それぞれの台車内に直角カルダン的に配置されたマイクロモーター2基から外側軸にのみ動力が伝達されており、実質B型機です。内側軸は車軸レスで台車に取り付けられており、マイクロモーターに設置スペースを譲っています。オリジナルのウエイトでは軽過ぎて粘着不足が起き、集電状態も良好とはいえず、二軸貨車の2、3輌程度の牽引力しかありません。TOMIXのR250では横圧により牽引力低下、速度低下が発生しました。ウエイトの増設で粘着強化と集電の改善を図るべく改造中です。

画像U)KATOのD51牽引のオハ47系旧型客車です。客車はKATOとTOMIXのオハ47系を使用しています。D51牽引でもピッタリの編成ですが、EF15やED16の牽引でもはまってます。

画像V)手前からKATOのキハ85、ワールドの川崎20t凸型機、KATOのキハユニ17(モーター故障取外し。自走不可。なぜかJRのシールが貼られている。JRには引き継がれなかったと思うが…)、貨車牽引のKATOキハ20。ローカル線では気動車が貨車を牽引することがあった。

画像W)左TOMIXのDF50正面。右TOMIXのDE10正面。「ディテールはまあ…こんなもんやろうな。」高望みせず。

画像X)KATOのEF15。デッキ部のディテール表現がすごい。Nゲージでここまで詳細に再現できるなんて…さすがKATOです。奥はKATOの383系「しなの」基本6輌セット。親父が蒸気機関車、気動車、ディーゼル機関車といった自走車派なのに対し、私は外部から走行エネルギーをもらう電車、電気機関車派です。


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画像Y・Z)おぞましい脳梅編成の485系雷鳥です。TOMIXの編成からピックアップしました。6輌のうち、3輌はボンネット・クハの国鉄塗装。もう3輌はJR西日本のリニューアル雷鳥で、スラントノーズ・クハです。一時期JR西日本の雷鳥編成にこのような混色編成が走ったらしいのですが、クハに片方がボンネット、もう片方がスラントノーズという編成は…あったのかなあ…?。6輌編成の雷鳥はもちろんありません。フル編成は畳一畳レイアウトでの再現はとても無理。まだまだ脳梅的豚痴気は続きます。


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画像001)親父が残していったKATOのEF58。ディーゼル派にしては珍しくKATOのEF58、TOMIXのEF81、TOMIXのEF66、TOMIXのED75改造のED79を残していました。(ED75改造のED79は親父の手作業)いずれも30年以上前のモデルです。電気技術者だった父も電気機関車に全く関心がなかったわけではなく、サイリスタ位相制御の技術や、インバーター技術を理数系の血を引かなかった私に図を描くなど、わかりやすく説明してくれました。「無接点制御。これからはメンテナンスに手間暇かける時代じゃあない。接点がなくなれば故障も少ないし、端子磨きだしを行い、端子に付着したカーボンに苦しめられることもない。何よりもインバーター制御で無接点化が進み、主電動機が整流子、整流板のない誘導電動機に変わることは保守メンテナンスからも大きな進歩だ。」と晩年にもかかわらず、あつく語っていた電気技術者出身の親父が忘れられません。
壊れたEF58を修理中に親父は脳卒中で他界しました。Nゲージの趣味の最中に死んだことは親父にとって幸せなことだったかもしれない。先だった母さんの元に旅立ってゆきました。一番大好きだったDELのDD50二次車を棺の中に入れて送り出しました。火葬時の障害となるので、金属類は入れてはいけないと言われていたので、電気部品等は予め取り除きました。享年79歳。

EF58は私が引き継いで修理しました。構内係が誘導時に使用する手すりがすべて折れていたので、プラ部品のランナーをろうそくであぶって引き延ばし、細い棒状にして取り付けました。屋上のホイッスルも失われていたので、それらしくまがい物を自作して取り付けました。パンタグラフは交換部品が手に入らなっかったので、よく似たまがい物を入手して載せてあります。側構えも痛みが激しいままで修理途中だったので、すべて最初からプラ板切り出しでそれらしく作り直し、パテで補正するなどしました。塗装はオリジナルは茶色だったのですが、修理を機に近代色に改めました。モーターも交換しましたが、やはりまがい物だけあって、走りはどことなく変です。

写真002・003)ED79はED75からの改造を晩年にも拘わらず親父は楽しんでいました。作りもなかなかの改造ぶりです。ED79の銘板はお仲間から分けてもらったようです。このころ妻(=私の母)に先立たれた親父は70過ぎの老齢にも拘わらずED75からED79の改造に打ち込んでいました。連れ合いを失った悲しみをNゲージいじりで少しでも忘れたかったのでしょう。「でっかいレイアウトを作るぞお。」と言い残して、先立たった妻(=私の母)の跡を追うように亡くなってしまいました。改造ED79を見ると細部におかしな点が多少あったので、私が手を加えました。
傍らの機はKATOのEF15です。TOMIXの50系客車を牽かせてレッドトレインに仕立てました。

写真004)TOMIXのEF66です。レイアウトからの転落事故でパンタグラフ2基とも破損したため、なんと手持ちの115系電車のパンタグラフを転用してあります。台車も破損していたので、何とか手に入れた台車に交換しました。側構えが転落時にひび割れ破損しており、もう片方も歪みが激しいので、左右の側構えはプラ板から切り出して全面修理しました。パテがうまく載らず、相当いい加減な側の姿になっています。
客車は24系24形の寝台客車です。親父の死後、知人から譲り受けたもので、どうもTOMIXのスターターセットの寝台客車のようで、フル編成版ではありません。「寝台特急さくら」をイメージしてみました。

写真005)TOMIXのEF81が牽引する上記の寝台客車です。EF81は保存状態が良く、車輪の清掃と車体の僅かなキズの補修で済みました。「寝台特急つるぎ」をイメージしました。

まだこのほかにも、30年以上前のTOMIXの103系やTOMIXの115系、KATOの165系が補修待ちですので、レイアウトで走行可能状態になったらアップします。103系と115系はアーノルドカプラー装着モデルのままで補修。165系は破損したアーノルドカプラーを密着連結器に交換して修復する予定です。

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