福島正伸の「夢しか実現しない」

一人でも多くの方に、夢と勇気と笑顔を与えたい

馬のダイちゃん

2007年09月30日 | Weblog
岩手県の宮古市にいます。

今日の講演が終わってホテルに着いたところです
昨日は、大船渡市で講演でした。
明日は、久慈市で講演です。

岩手県の町をめぐりながら、毎日たくさんの新しい出会いと、たくさんの夢に出会っています!
本当に、こういう旅は、楽しくて仕方がありません。
このような機会を10年以上に渡ってつくってくださった岩手県の方々には、感謝!感謝!以外、何もありません。

私が講師をつとめた「いわて起業家大学」は、全国に先駆けて始まり、10年間に渡って開催されました。
約半年間の及ぶ講座にもかかわらず、参加者は約1000名におよび、最後の一年間だけでも200名以上が参加されました。
その中から、100名以上が創業しています。

その伝説の「いわて起業家大学」が、なんと・・・・
来年、4年ぶりにいわて起業家大学OB会が中心となって復活!の話があります。

これはもう、本当に感動です!!!

「いわて起業家大学」の特徴の一つに、最終回のプレゼンテーション大会があります。
事業プランの発表会であるにもかかわらず、会場は感動の嵐となり、司会を務める私はいつも涙を流してしまいます。

その理由は、そこに人生のドラマがあるからです。

その中から、今回は一つのドラマを紹介したいと思います。

文字数の関係で、二回に分けてお送りいたします。


<><><><><><><><><><><><><><><><>

【馬のダイちゃん】<第一話>


ある高原の乗馬クラブが閉鎖されることになりました。20頭以上いた馬は、次々と売却されていきました。
その中に買い手の見つからないダイちゃんという馬がいました。
ダイちゃんは唯一の馬車馬(ばしゃうま)でした。馬車を引くことだけがダイちゃんにできることで、他に何の役にも立ちません。引き取り手が見つからないのも当然です。
どうしても買い手が見つからなければ、処分されてしまうかもしれない。
そんな時、馬の面倒を見てきた八丸さんは、自分が馬を買いたい、と会社に申し出ました。はじめは断っていた会社も、その熱意に打たれ、破格の値段で売ることにしました。
しかし一方で、八丸さんにとっては、全財産を失うことになりました。
その後のダイちゃんの飼育費や自分自身の生活費などを考えると、どうしていいかわかりません。ダイちゃんをどこかの牧場に預け飼育管理を委託しても、飼育費だけで年間100万円以上かかります。
会う人、会う人に相談しました。必死になって、ダイちゃんの生活場所を探しました。

たまたまそんな時、以前から付き合いのあった獣医さんから、ある農場で馬車を引く若い馬を探しているようだ、という情報を得ることができました。
すぐさま連絡を入れると、すぐに牧場の方がダイちゃんを見に来てくれました。
「一円も要らないから、飼ってほしいんです。ダイちゃんが元気でいてくれたら、それだけでいいんです」
なんと、その農場でダイちゃんに仕事をしてもらうかわりに、面倒をみていただけることになりました。
さらに、たまたま人材が不足していたため、八丸さんも同じく農場で働くことができることになりました。馬の仕事ではありませんでしたが(ダイちゃんの世話をすることはできませんでしたが)、同じ敷地にいるというだけで、とても幸せでした。
そして約二年間、そんな生活が続いた頃、たまたま以前の会社でお世話になっていた先輩が、乗馬クラブを作るという知らせを聞きました。お会いしたところ、次のようなお話をいただくことができました。
「立ち上げスタッフになってくれないだろうか?ダイちゃんも連れてきたらいい」
八丸さんは、飛び上がるほど喜びました。
 八丸さんは、ダイちゃんのためにと、がむしゃらになって働きました。
しかし、ダイちゃんには仕事がありませんでした。馬車を引くという仕事が、立ち上げたばかりの牧場にあるはずもありません。

「何とかしたい・・・」
とにかく会う人、会う人に相談しました。
すると、たまたまある友人から、県が地域を支援するために作った産業振興センターという、ところがあると聞き、とにかく行ってみることにしました。
そこで、勧められたのが起業家大学でした。
八丸さんはここでさらに、人生の転機となる人と出会うことになるとは、その時はまったく思っていませんでした。

八丸さんの事業は「ウエディング馬車」でした。とにかく、ダイちゃんにできることを事業にしようとしているだけです。事業の見込みなどまったくあるはずもありませんでした。

八丸さんは意を決して、勤めていた牧場を辞めることにしました。自分のすべての時間をダイちゃんのために使うためです。まずは中古で売りに出ている馬車を探したり、どこかに使っていない馬車がないか問合せをしたりしました。
 八丸さんの意を決した行動を、批判する人もいましたが、“そこまで本気なら”と、応援してくれる人もいました。
ところ、たまたま遠く離れた山梨県で一台使っていない馬車がある、という情報を得ることができ、以前勤めていた牧場の社長から八丸さんに連絡がありました。
「山梨にボロボロの馬車があるようだ、破格の値段で売ってくれると言っているよ。興味あるかい?」
「あります!どんなにボロボロでも構いません。本当にありがとうございます」
八丸さんは、喜び勇んで購入を決めました。そして、以前勤めていた牧場の社長が修理に力を貸してくれました。

 同時に、八丸さんは自分達の念願の牧場作りをスタートさせるべく、まずは理想に近い近隣の休耕農地をあちこち探し始めました。
また、ウエディング馬車の仕事をするために、会社を作ってはみたものの、受注はまったくありません。
“早くなんかとしないと・・・”
気ばかりが焦ります。
こうなったら、できることは何でもやろう、と思いました。 

東北地方にあるすべてのホテルに、電話をかけました。
「ウエディング馬車は、いかがですか?」
「ウエディング馬車・・・?」
「これからやりたいんです。どこまでも行きます」
「興味がないね・・・」
冷たく言われて、切られてしまうことも何度もありました。それでも、すべてのホテルに電話をかけ終わったころには、パンフレットを送ってもいい、というホテルを20社ほど見つけることができました。

八丸さんは、一生懸命に作った手作りのパンフレットを送りました。
しかし、一社も反応がありません。
「どうしたらいいんだろう・・・やっぱり、事業にはならない・・・」

日増しに、そんな思いが強くなってきましたころ、先に申し込んでいた起業家大学が始まり、八丸さんは藁をも掴む思いで参加しました。

起業家大学に参加した彼女は、まわりの参加者に言いました。
「ウェディング馬車のパレードをやりたんです。町の中をパレードしたいんです」
「何のために?そんなことして、何の役に立つの?ビジネスになるの?」
彼女は、はっきりした答えもないまま、ただ必死に答えました。
「馬のダイちゃんのためなんです・・・ダイちゃんは、馬車を引くことしかできないんです・・・ウェディング馬車しか、思いつかなかったんです・・・」

彼女は、提出した事業計画書のはじめに、思いをつづった長い手紙をつけました。
起業家大学の講師は、その手紙を読んで、彼女の強い思いに感動しました。そして、何とか彼女を応援したいと思い、最終回に行われるプレゼンテーション大会の発表者に選びました。

発表会でプレゼンテーションするためには、他の参加者の前で練習をしなければなりません。彼女が始めて、その発表の練習をした時のことです。

八丸さんは、ダイちゃんの写真を持ってきて、みんなに見せました。
発表の練習には、他の受講生もみんなで、どうしたら事業になるか、一緒に考えます。
受講生の中に、中本さんという現職の警察官がいました。中本さんは、冷ややかに言いました。
「そんなこと、まず警察が許可しないよ」
冷静で、太い声でした。見た目もちょっと迫力のある中本さんの、この一言は、彼女に大きなショックを与えました。
「ウエディングだろうが、なんだろうが、町の中を馬車が走ることなど、警察が許さない。何か問題が起きたら、誰が責任を取るんですか!?あなたに責任が取れますか?・・・考えが甘い!」
 彼女の目から涙が溢れ出し、みんなの前で嗚咽して泣き出しました。

しかし一方で、彼女の純粋な思いに共感した人たちもいました。
「なんとかなるよ・・・」
「あきらめないでがんばろうよ・・・」

そして、本番のプレゼンテーションでは、ダイちゃんの写真を何枚も見せながら、彼女は精一杯訴えました。
講師の助言で、事業計画書の内容を説明するのではなく、事業計画書に添えた手紙の内容を、そのまま発表することにしました。

その手紙===================
〜たった一人の戦い〜
何が何でも成し遂げると決めた私のある決断

 私は当時、ある高原の乗馬クラブのスタッフとして勤務しておりました。銀座のOLから転身して、大好きな馬連に囲まれ、四季の移り変わりを味わいながら、自然の中で楽しく仕事しておりました。
 そんな私には、ちょっとした夢がありました。乗馬クラブには、二十頭の乗馬用の馬と、ただ一頭の馬車馬がいました。
 その馬車馬の名前は「ダイちゃん」。八百kgもある大きな体と、力強さ、迫力とは反対に、愛卿たっぷりの大きな目、強い好奇心、いたずら好きな性格は私を魅了してやみませんでした。
 馬車に乗った子供達や家族連れは、あっという間に「ダイちゃん」のフアンになってしまいます。
 当時、馬車営業はGWや夏休みのシーズン、祝日をからめた連休などに行われ、観光客に喜ばれました。
 時にはTVの撮影に応じたり、安比のペンション街を、花嫁花婿を乗せてパレードしたり、そんな仕事も担っていました。
 当時、六十代の専門職のおじさんが、「ダイちゃん」のボス(調教師)でした。おじさんがひと声、合図を出すと「これから仕事だな」とわかるらしく、何だかダイちゃんもピシッと引き締まります。それまでは放牧場で勝手気ままにしていたのに、おじさんが近寄ると、ダイちゃんの気持ちが切り替わるのです。
 そのおじさんが、当時の私の「師」でした。見よう見まねで、私も馬車に関する知識と経験を体得していきました。
 「いつか御者(馬車を操縦する人)になって、ダイちゃんと−緒にこうやって安比高原を馬車遊覧して、お客様に喜んでもらいたい!」そう強く思うようになっていました。
 おじさんも、事あるごとに、「オレはそろそろ引退しようと思っているから、後はお前に頼むぞ。」と言っていました。
 今の馬車アシスタントから「御者になる」ということ、そしてダイちゃんと、ずっと一緒に仕事をしていくんだ、ということが私の夢となり、大きく膨らんでいきました。
 ダイちゃんは仔馬のときに会社が購入し、安比にやってきた馬でした。私がずっと世話をしてきました。
 私が26歳のときでした。本当にそれは突然でした。
 今思えば、とてもその出来事が、自分の人生に大きく影響を与えたなと思います。
会社からある発表がありました。
 来期から乗馬クラブを廃止する、という正式決定を受けて、今後の対策を来期に向けて早めてくれとのこと。
 いわゆるリストラです。よくあるリストラです。
 私たち自身の衝撃もはかりしれませんでしたが、すぐスタッフの頭をかすめたのは馬達をどうするのかということ、でした。誰か買い手を探さなくては、貰い手を探さなくてはと、それはそれは必死でした。いくらかでも馬たちにとって、幸せな将来が約束されている条件で行く先を決めるのは、私たちスタッフの最大の責務でした。
 とてもとても悲しい仕事でした。馬たちに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
 車が来て馬を積んでいきます。来る日も来る日も、別れの日が続きました。どの馬にも色々な思い出がありますから、それが一気に頭の中に沸き起こるわけです。スタッフの中で私が一番、年齢が若かったのですが、毎回胸を割かれる思いで、涙をおさえるのがやっとでした。
 こうして、馬がどんどん減っていきました。
 そんな中、ダイちゃんだけが行く先も決まらず、会社にとっては悩みのタネでした。乗馬用の馬は、あちらこちらの乗馬団体に移っていきましたが、ダイちゃんだけは貰い手も買い手も決まらず、中に浮いた状態でした。
 そりゃそうです。
 馬車をひく馬が欲しい、なんて人にめぐり合うのは万に一つの確率です。何も馬車をひくだけではなく、人が乗ることも出来るのですが、今度は乗馬用としては「大きすぎるねえ」と言われてしまう始末です。
 いよいよ馬の行き先を決定するという、締め切りの日が間近に迫ってきました。
 こうなると会社は、「いよいよとなったら処分場行きかな・・・。」とにおわしてくる訳です。
 私の中では、マグマのようなものが確かに動き始めているのがわかりました。
 「絶対殺させない、殺させるもんか」と。
 それならいっそ、私が会社から購入して、私が引き取る、私がなんとかする、細かいことも具体的なことも、何ひとつ決まってないし、わからないけど、絶対他人には渡さないと、強い決断をしたのです。
 それまでただ悶々として、自分の非力さ、何もしてやれないことへの苛立ちでグチャグチャでしたが、
 「ダイちゃんを守る人は、私しかいない。」と使命感を感じました。
 何があっても、誰に何を言われても、されても、私は成し遂げると決めたのです。
 そして上司に思いを告げました。
 案の定、思った通りの反応をしてきました。「嫁入り前の娘が、八百kgの馬なんか所有したら、これからどうしていくんだ?」「一時的に気持ちが高ぶっているだけだろう」馬を手に入れたところで、どこで飼って、誰が毎日世話をするんだ?」「どこかの牧場に預けたとしても、一ケ月の管理代なんて、お前に払えないだろう」もう、それは予想通りでした。そしてまた、その通りでした。そもそも会社は、ダイちゃんにはまだまだ残存簿価が結構あるので、売るとなっても金額的にも「値がはる」と言ってきました。
 それはちょっとした、中古車が購入できるぐらいの金額でした。当時の私にはそれが最大の問題でした。
 会社が提示しているお金を持ち合わせていないのです。
 これじゃ話になりません。でも私が何とかしなかったら、処分場行きはほぼ決定です。
 どうにもこうにも他の選択肢がありません。随分追い詰められていました。全て頭打ちで、お金も無ければアイデアも無く、八方ふさがりでした。
 勇気を振り絞り、親にも相談しましたが、言わずと知れた予想通りの返事でした。
 今になってみると、彼らの心情も理解できますが、その時の私には、他の皆が鬼に見えました。きっと感情的になっている私に、頭を冷やして欲しくて、良かれと思って言ってきたのだと思います。
 私は表しようの無い、孤独感と怒りとやるせなさを感じていました。
 ダイちゃんを救いたい、助けたいという気持ちだけだと、だめなのかなあ、使命感だけじゃダメなのかなあ、でもこの戦いから降りるわけにはいかない?!私の最大の武器は何だろう、考え続けました。

<第一話>終了


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■10月20日12:30より、岩手県立大学講堂にて、
「感動と共感のプレゼンテーション・いわて大会」
を開催します。

お問い合わせ090-2957-5516(オフィス朝比奈・朝比奈)

そして、さらに全国大会を12月15日(土)に東京で開催します

感動と共感のビジネスプラン発表会
【夢(ドリーム)プラン・プレゼンテーション2007】
(アントレプレナーセンター、HPにて、詳報)
http://www.entre.co.jp/dreamplan/index.html

感動の涙を拭くタオルをご持参ください!


福島正伸






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宮崎シーガイア

2007年09月25日 | Weblog

宮崎シーガイアに来ています!

ゴルフとサーフィンと懇親会と講演会と・・もう、なんでもありのショート・スティです。 そもそもは、宮崎シーガイアを支援してきた香取貴信くんから、休日を満喫しながら、皆でより元気に盛り上げて欲しい、と言われて来たのですが、なんと全国から20名以上が応援に駆けつけていました。
加賀屋克己さん、鬼沢慎人さん、大嶋啓介さん、篭池哲也さん、中澤清一さん、大原光秦さん・・・
他にも素晴らしい方々ばかり。
忙しい人たちばかりなのに・・・
みんなの熱い気持ちに、まずは感動!

そして、ホテルの部屋からの景色は、今まで見たことのない絶景です。
施設の充実ぶりも、ちょっと想像を超えたものでした。
さらに、スタッフの方々の温かいおもてなしの心に、また感動!

ゴルフは世界のトップスターが集まるダンロップフェニックストーナメントの開催地でやりました。
3ヶ月ぶりでしたが、やはりスコアは・・・でも、天気が良く、コースも最高でした。
特に、楽しかったのは、「前向きなこと以外、発言禁止」のルールでした。
とにかく、なんでも前向きな表現だけで話します。
こういう会話は楽しくてやめられません。

そして、何より印象的だったのは、このゴルフ場の施設の中に過去の優勝者やタイガーウッズなどの世界トッププレーヤーの写真、使ったボールや道具などが展示されていることでした。
毎年、新たな伝説が作られていることを、強烈に感じることができました。
限界を超えながら、挑戦し続ける人間の活動が、伝説として語り継がれているということは、本当に素晴らしいことだと思いました。

そしてサーフィンは、波の出るプールがあるオーシャンドームで挑戦。
ゴルフ終了後、すぐに着替えて、ボードを抱えてサーフィン会場へ直行。
いよいよ、挑戦です。
目標は、「立つこと」。
とにかく大きなプールで、波も意外なほど大きく、迫力がありました。
パドリングをして、波の発つポイントにいきます。
2分間隔で波が起こるのですが、突然、真後ろに大きな波が現れます。
ちょっと、あわてながらスタート・・・
そして、な、なんと、一本目から目標であった「立つこと」ができました!
しかも、その後も連続して立つことができて、自分でも本当にびっくりしました。
もちろん、やっと立っているだけですが・・・

その時、また忘れられないような感動体験をしました。
うっかり、メガネをしたままプールに入ってしまいした。
そのままサーフィンをして、気がつくとメガネがありません。
「最後にプールの水をすべて抜くので、必ず見つかりますよ」
と言われましたが、とにかく大きなプールですし、激しい波の中で果たして壊れずに見つかるのだろうか、ちょっとだけ気になっていました。

サーフィンの参加者は、20名ほどいるので、一つの波ごとに交代します。
波に乗れても乗れなくても、一度は岸に上がらなくてはなりません。
私の番の時、波に乗り切れないことがありました。波打ち際まで引き上げてくると、何気なく見た水面下に何かが転がっているのが見えました。
なんと!それが私のメガネだったのです。
さっとすくい上げて取ったのですが、こんな偶然があるのでしょうか!!

波に乗れなかったからこそ・・・
何気なく水面下を見たからこそ・・・
こんな大きなプールの中で、見つかった。
浜に上がると、皆も、拍手して喜んでくれました!
私にとっては、「奇跡のシーガイア」となりました。

今、懇親会から帰ってきたところですが、二次会では、「感動体験発表」をしました。
一人ずつ交代で、最近感動したことを順番に発表します。
本当に心が温かくなるお話をたくさん聞くことができました!
何度も涙が出そうになりました・・・
もっともっと、やるべきことがあることに気がつきました。
こういう飲み会は、毎日でもやりたいと思いました。

そして、明日は宮崎シーガイアの皆さんに、夢と勇気を与える講演会とパネルディスカッションです。
最高のおもてなしで私たちを迎えてくださったスタッフの皆さんのために、今度は私たちが、感動のウェーブを起こせるようにがんばります!


★★★★★【新イベント情報】★★★★★
不可能を可能にする!アントレプレナーシップフェスタ2007  
~ビジョンを達成し、人生を充実させる感動と共感の輪 ~  
アタッカーズビジネススクール主催、受講生の夢のビジネスプランの
  プレゼンテーションと、福島正伸の講演の2部構成です。  
日時:2007年10月5日(金) 18:30 ~21:45   
詳細:http://www.attackers-school.com/site/entrefesta2007.html


■逆転の発想で、境地を飛躍のチャンスに変える、福島正伸の本!
「小さな会社の社長のための問題解決マニュアル」(PHP研究所) http://www.entre.co.jp/book/newbook0706.html

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感動が人を動かす

2007年09月15日 | Weblog

人を動かすということは、人の心を動かすということです。
そして、最も人を動かすのが「感動」です。
感動は、新たな行動の動機となり、また感動で動く人は本気で行動します。

どのように感動を創造するか・・・

感動を生み出すために大切なことは、「創造力(意外性)」、「オリジナリティ(独自性)」、「本気」です。
そして、これらは、価値を高めようとするすべての企業に当てはまるものだと思います。

そこに行けば、すぐに最高の感動を味わうことができるところもあります。

「本気の朝礼」や「居酒屋甲子園」などで、時代のヒーローとなった大島社長率いる居酒屋「てっぺん」
http://www.teppen.info/
「てっぺん」主催のセミナー(私も講師をつとめています)
http://teppen.info/seminar.shtml

顧客満足度日本一と言われる、高橋社長率いる「愛と感動のレストラン・カシータ」 →●http://www.casita.jp/
「カシータ」高橋社長の特別講座(知人の久保ひろしさんが主催しています) http://dreamintelligence.com/modules/semi00/index.php?id=8

それぞれがまったく違ったコンセプトながら、最高の感動を生み出し続けているところが、本当にすごい!


今日はこれから、アタッカーズスクールの受講生らによるプレゼンテーション大会に行ってきます。

プレゼンテーションが成功したか、失敗したかはその後のまわりの反応ですぐにわかります。
たとえば、プレゼンテーション後、相手から次のようなことを言われたとすれば、そのプレゼンテーションは失敗したことになります。

「君ね、営業したことないでしょ。営業の難しさがまったくわかっていないようだね。いくら君が、良い商品だ、と言っても、そんなに簡単には売れないよ・・・」

一方、プレゼンテーションに成功すると、相手の反応は次のようになります。

「君ね、営業したことないでしょ。実は、私は営業には自信があるんだ!任せてくれないか。私が売り方を教えよう!いやいや、君は売らなくてもいい、私が売ってあげよう!是非、協力させてもらえないだろうか・・・」

プレゼンテーションとは自分に足りないものを、まわりから集めることです。
説得や説明で他人は動いてくれません。

感動と共感でしか、他人を動かすことはできないのです。

私がセミナーを開催している、東京、岩手、島根の受講生の方々を中心に、感動のプレゼンテーション大会を開催します。
 →●夢(ドリーム)プラン・プレゼンテーション2007年
   ―感動と共感のビジネスプラン発表会―
【近日、アントレプレナーセンターHPにて、詳細発表!】
・開催日 2007年12月15日(土)
・会場 墨田リバーサイドホール

どれだけ感動をあたえ、そして自分自身も感動できるかが、人生の価値なのではないかと思います。

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サーフィンをはじめよう!

2007年09月13日 | Weblog
もうすぐ50歳。

何か新たなことをはじめようと考えて、今年の春頃、サーフィンをしようと思い立ちました。もともと、学生時代から十年以上、やってきたこともあって、まあ何とかなるだろうと思った・・勘違いしただけかもしれません。
ボードとウェットスーツを手に入れ、毎日のように自宅やホテルで腕立て伏せをして、ちょっとだけ体力をつけてきました。とにかく、サーフィンは、体力が必要なスポーツですから。

たまたま、毎年研修の依頼をいただくある企業様の、研修センターの目の前の海が有名なサーフポイントであることを知っていました。
そして昨夜、その研修センターに、サーフボードを積んでやってきました。
私の頭の中の計画は、次のようなものでした。
明朝、研修のスタートは午前8時30分ですから、5時半に起きて、6時から海に入り、7時30ごろにあがって、着替え、シャワーを浴びよう。
そうすれば、研修までには十分、間に合います。
いよいよ明日、挑戦です!

いてもたってもいられず、わくわくしながら、真っ暗な海を見に行くことにしました。
す、すると・・・
道端にはいくつもの立て看板があります。
なんだろうと思って、よく見てみると・・
「世界プロサーフィン大会」
すごい・・・なぜ僕が来ることを、知っていたんだろう・・・
とは、思えず、
そうか、それなら、もっと早くから練習しておけばよかった・・・
とも、思えず、
そうか、まずは始める前に、世界一のサーフィンを見て、学びなさいということなんだ!
と思ったら、とても納得することができました。

今、海から帰ってきたところです。
世界一のサーファーたちが練習をしているところを見てきました。
波の高さはオーバーヘッド(2m)くらいで、すごい技を連発していました。
ただ、見とれて、学ぶというよりも、感動しました。

もちろん、私の目標はまず立つことです。

次は、月末に宮崎で挑戦です!
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出会いに感謝!

2007年09月03日 | Weblog
先日の公開講座も、おかげさまで満員御礼でした!
はじめての方々もたくさんいらっしゃいましたが、名古屋や富山など全国各地からご参加しただき、本当にありがとうございました。
モチベーションがとても高い方々ばかりで、講師の私もとてもやる気にさせられました。
短い時間でしたが、少しでもお役に立つことができたとすれば、それほどうれしいことはありません。資料はどうぞ、ご自由にお使いください。
とにかく、新しい出会いがたくさんあって、とても素晴らしい一日でした。

それから、大島社長率いる話題の居酒屋「てっぺん」主催の研修も、はじめから盛り上げ役の講師である私がびっくりするくらいの熱気でした!
とにかくみんな、声が大きい!ビルが揺れていたと思います。
大島社長は、あの五千人を集めて開催された「居酒屋甲子園」の主催者でもあります。明確なビジョンとポリシーを持った30代のカリスマです。すべての人に夢と勇気を与える、その影響力は本当にすごい!と思いました。
日本は新しいリーダーによってどんどん変わっていることを、これほど実感したことはありませんでした。
半日の研修も、「てっぺん」の勢いそのままのペースで、最後まで走りぬいて終わることができました。
とにかく、あっという間で、とても楽しかったです。
次回以降も、とても楽しみです!

そして、先週土曜日に開催された笑顔クラブ主宰の半日研修も、会場いっぱい、たくさんの方々に集まっていただいて、とてもうれしく思いました。
なにより会場との一体感があって、冗談を言えば皆わっと笑ってくださるし、真剣な話の時はシーンと静まり返って聞いてくださいます。
終了後も、たくさんの方が名刺交換にならんでくださって、本当にありがとうございました。1時間もお待たせした最後の方々には、申し訳ありませんでした。
皆さんへのサプライズで、世界一売れたおもちゃ「たまごっち」を発案したウィズの横井社長に、ヒット商品の発案方法をお話していただいたのですが、最後は主催者の皆さんから私のために「夢」の文字が入ったオリジナルのネクタイをいただいて、私がサプライズされてしまいました。
さらに、その日一日の写真と関係者全員からのメッセージカードには、目が潤みました。

そのほか、毎日の講演、研修で、素晴らしい方々との出会いがあって、感動の日々を送っています。

昔から、他人を支援することが自分の使命であると思って、これまで人材の育成に取り組んできました。
他人を支援するということは、他人の夢を自分の夢に置き換え、他人と同じ気持ちになることなんだと思います。そうすると、一緒に感動を味わうことができるんですよね。これは本当に素晴らしいことです。一人では味わえないことが、他人を支援することで、たくさん体験できるんですから。
自分で言うのもなんですが、支援者というのは、感動に満ちた本当に素晴らしい役割だと思います。

私にできることはわずかかもしれませんが、そのわずかなことが私の使命と思ってこれからも全力で取り組んでいきたいと思います。

たくさんの出会いに、心より感謝いたします。
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