広島カープでは大半を2軍でくすぶっていたソリアーノ。
退団してドミニカに帰国。ヤンキースが素質に目を付けてメジャーに引っ張ってきた選手。
1998年、球団は4万5000ドルを提示するもソリアーノは16万5000ドルを要求。調停を申し立て球団と揉め広島東洋カープを任意引退選手扱いとして退団。ドミニカに戻り野球に興じていたソリアーノの素質をニューヨーク・ヤンキースが見抜き1998年の9月、広島に310万ドルを支払い契約した。
メジャーで素質を開花させ、今季は46本塁打、41盗塁で史上4人目の「シーズン40本塁打・40盗塁」を達成した。02、03、05年は30本塁打・30盗塁を記録。
今季のFAの目玉として注目されていたが、8年契約で年俸総額1億3600万ドル(約160億4800万円)とはビッグな契約だね。
広島カープのドミニカ・アカデミーで育て、日本に連れて来たが才能を見出せずに帰国させてしまったのは失敗だったね。
まだ、30歳のソリアーノ。もっとゆっくりと育てるべきだったかもね。逃がした魚は大きい。鯉ではなく黒マグロだったね。
それにしても鈍足でロバと言われたソリアーノが、どうして足が速くなったのか不思議だよ。
<カープ時代>
9試合17打数2安打、打率118
<メジャー成績>
961試合3902打数1091安打、打率280、208HR、560打点、210盗塁。
99〜03ヤンキース
04〜05レンジャーズ
06 ナショナルズ
退団してドミニカに帰国。ヤンキースが素質に目を付けてメジャーに引っ張ってきた選手。
1998年、球団は4万5000ドルを提示するもソリアーノは16万5000ドルを要求。調停を申し立て球団と揉め広島東洋カープを任意引退選手扱いとして退団。ドミニカに戻り野球に興じていたソリアーノの素質をニューヨーク・ヤンキースが見抜き1998年の9月、広島に310万ドルを支払い契約した。
メジャーで素質を開花させ、今季は46本塁打、41盗塁で史上4人目の「シーズン40本塁打・40盗塁」を達成した。02、03、05年は30本塁打・30盗塁を記録。
今季のFAの目玉として注目されていたが、8年契約で年俸総額1億3600万ドル(約160億4800万円)とはビッグな契約だね。
広島カープのドミニカ・アカデミーで育て、日本に連れて来たが才能を見出せずに帰国させてしまったのは失敗だったね。
まだ、30歳のソリアーノ。もっとゆっくりと育てるべきだったかもね。逃がした魚は大きい。鯉ではなく黒マグロだったね。
それにしても鈍足でロバと言われたソリアーノが、どうして足が速くなったのか不思議だよ。
<カープ時代>
9試合17打数2安打、打率118
<メジャー成績>
961試合3902打数1091安打、打率280、208HR、560打点、210盗塁。
99〜03ヤンキース
04〜05レンジャーズ
06 ナショナルズ










随分若い時に見切ったものですね。
しかしカープアカデミー、ここの所イマイチかなあ?
当時の監督やフロントに見る目が無かったということですよ。
ズッカムさん>もったいないですね。8年前ですから22歳くらいでしょう。もう少し使っても良かったかな。
カープのHPを見るとドミニカ・アカデミーは今でもあるようですね。その割にはパッとしないようです。
ドミニカ出身のメジャーリーガーは多くいるのに不思議です。
もったいないと書きましたが、この成績で16万ドルとはどうでしょうかね?
その値段だと、今期の中日だと新井や藤井よりも上。
う〜んって思えてきました。
ブレイクが五年後ぐらいですし、資金のあるヤンキースでは待つことが出来たでしょうが、広島では・・・
そもそもメジャーに行きたいが為の無茶だったような気もしてきました。
あまりにも開きが大きかったのが交渉決裂の理由でしょう。
わずか1年足らずでヤンキースが310万ドルもカープに支払っても獲得したということは、大物になる片鱗があったのでしょうね。
土井監督時代に2軍でくすぶっていたイチローと同じですかね。
ソリアーノはチャンスに恵まれた面が大きいですが、レンジャーズにトレードされたのが良かったようです。外野を守ることで負担が減りバッティングに集中できたかも。
毎年、ダイヤモンドの原石がプロ入りします。それを生かすも殺すも指導者。ドラゴンズもダイヤの原石が多くいます。開花してくれることを願っていますよ。
あはは!上手い!
彼はカープではレギュラーじゃなかったんですよね?じゃあカープって、メジャー球団以上の戦力が整っているってことでしょうか???(笑)
・来日1年目のオフにウエートトレーニングに励んでいた
というのが大きいようです。
週刊ベースボールで目にした、当時の2軍選手のコメントは
「身体が一回り大きくなっていた。」とのことです。
契約更改については、あの額でも基本的にアップ提示でした。
(400万円→500万円)
当時の他のドミニカ選手(および2軍の日本人選手)とのバランスを考えると、
妥当な線だったと思います。(ペレス:1900万円、ペルドモ:900万円)
もとより、日本では、
あのまま残っていても攻守の荒さを指摘されて
開花しなかったのではないか、と個人的には見ています。
日本にいた頃は素晴らしい選手には見えなかったとように覚えています。
何かの切欠でコツを覚えたのかもしれませんね。
M・Kさん>ウェイトトレーニングで飛距離が伸びたということでしょうね。
ヤンキースではレギュラーの故障もあり、守備はある程度は目をつぶって使ってもらったような感じでした。それで完全にバッターとして開花したようですね。
当時のソリアーノには要求した金額は支払えませんね。
カープとしては310万ドルをもらって儲けた形でしょう。
日本にいても使ってもらえずに選手として終わっていた可能性はありますしね。
なんて思って、コメント入れようとしたら、皆さんのコメントがおもしろい!
感動しました。
私もカープのこと勉強するぞ〜。(笑)
でも、カープで育った選手がメジャーで活躍して高い評価を受けたということですね。
カープが育成が上手いということでしょう。