memories on the sea 海の記録

海、船、港、魚、人々、食・・・などなんでもありを前提に、想い出すこと思いつくこと自由に載せます。

台湾とイカ…そしてイカ漁業(3)

2010-06-30 00:05:46 | 水産・海洋
***暗い空と烈風***

1977年初頭、日本、ソビエト、NZは200海里宣言を宣言した。しかし台湾はそれらの国々との公式的な連携を失っていたため漁業権取得について交渉できる立場にはなく、あたらしく誕生したイカ漁業という産業は深刻な状況下にあった。
新しい漁場を切り開くべく、1983年数隻の船がイカを求めて南西大西洋のフォークランド諸島に向かった。そこで彼らは今までに目にしたことも無い大漁を体験、それ以降この産業は急速に発展した。

産業振興のため台湾政府は700排水トン以上の漁船の建造を許可した。民間企業によって建造された船の最大のものは2500トンであった。遠洋航海のできる漁船はいまや100隻をこえている。「現在、およそ20隻がNZ沖で操業、およそ30隻が南西太平洋に、残る全体の半数にあたる数の船がアルゼンチン海域で操業している」と台湾最大の漁業会社FCF社のイカ部門のアシスタント・マネジャーのヘンリー・ホン氏はいう。

同氏は全漁業のなかで最も骨の折れる仕事だという。イカ操業は毎年2月に始まり8月の末に終わる。イカ操業は常に夜に行われる。したがってこの仕事に従事するものは半年間にわたって昼夜逆転の生活となる。漁獲が好調であると、一晩中寝る暇が無い。強烈な光が肌を痛め、光を見つめてはならず、みんなサングラスをかける。「中国大陸のイカ釣り船の船員が、節約のため普通の眼鏡にイカ墨を塗っているのをみた。そうしてサングラスの役目をさせるのだ」

アルゼンチンの国内でイカ釣り漁船に好適な港は南緯30度から55度の間に分布している。南部アルゼンチンでは一年中烈風が吹き募るので1インチの草も生えない。5月には秋となり、雪が降り始める。サンタ・クルス地方では人口密度が平方キロメートル当たり1人に満たない。中華民国(台湾)のアルゼンチン駐在貿易文化事務所の漁業担当のロバート・S・C・フウ氏は頭を振りながら言う「寒冷気候の下では、生活は退屈で厳しいものだ。乗組員は追い詰められて仲間内で問題を起こすものも出てくる。アルゼンチンのメデイアに取り上げられることも有る」

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台湾とイカ…そしてイカ漁業(2)

2010-06-29 00:00:10 | 水産・海洋
***たくさんのイカ*** 


イカのはなしをすると台湾のほとんどの人は街角のスタンドや夜市で売られている焼きイカやイカ入りの粥を想像する。クンパオは四川料理店で頼むことが出来る。干したサキイカが、そこここにぶら下がっている。台湾の料理文化にイカは不可欠である。台湾海域では商業的に十分な量のイカを漁獲することは出来ない。かつては干したイカを日本や韓国から輸入していた。「ほとんどの人々は買っても自らは食べず、みやげ物にしたり、先祖崇拝の儀式の際の供物としていた」と、台湾イカ釣り漁業協会専務理事のチャン・シュウ・ピン氏は言う。

1950年代、現在は台湾漁業界で技術コンサルタントをしているチュエ・チュアン・テイ氏は漁業振興のための国家経済委員会で統計の仕事に従事していた。その彼は輸入の第一位はいつも韓国であったと記憶している。「自分は迪化街に行き、市場調査をした。誰もが、もっと多くのイカを輸入できるかの話しをしていた」と彼は記憶している。

今日、台湾のイカ釣り漁船の数は100隻を超える。その投資額累計は100億台湾ドルであり年間生産額は50億台湾ドルになる。台湾はイカ漁業に関しては韓国と同等である。この2カ国はこの分野において日本の次の位置にある。さらに、日本や韓国の場合その漁獲は母国の近くでなされるのに対して、台湾のそれは遠距離操業を行うことでは首位に有る。台湾は自前のイカ資源を持たない。したがってその達成は容易ではない。台湾のイカ漁業の歴史はわずか20年にすぎない。

1972年地方復興合同委員会が一定の資金を日本海操業のイカ漁船につぎ込んだ。この実験は大成功であった、一航海でこの船は60トン以上の漁獲を持ち帰ってきた。翌年民間船主が投資をはじめ、漁船は南太平洋と国NZ沖に向かった。その時代台湾のイカの値段は世界中で一番高かった。それゆえに迪化街のイカ商売は、大きな利益を上げることができた。建設会社や医者までもが競って投資した。

>>>イカの話は長く続くので、時折別の話題を挟むことをあらかじめ了解ください。

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台湾とイカ…そしてイカ漁業(1)

2010-06-28 00:21:36 | 水産・海洋
1950年代、干したイカは高価な輸入品のひとつとして台湾の迪化街(Tihua St.)で売られていたがそれを目にすることは特別な時期だけにかぎられていた。
この現在、卸業者らはそれを一尾10台湾元(30日円)で販売、いまや身近な品となったイカを買うために動き回る必要も無い。

この違いは台湾が自前の長距離航海可能なイカ漁船団を建造したことによる。実際のところ世界の遠洋イカ漁船の数では世界第一となっている。

***物語はアルゼンチンの漁場から始まる***

視界には緑青色の南大西洋の海原が広がっている。母国から2万海里はなれて一隻のイカ漁船がカモメの案内で、静かに夜になるのを待っている。
夕暮れ、船に装備された何十台のイカ釣り機械の点検が行われ、回転する機械は疑似餌のついた糸の上げ下ろしを絶え間なく行っている。

乗組員は暮れ行く空の下で夕食を済ませ、次の仕事の準備をする。イカを引き寄せるためのひとつ2キロワットの漁灯200個が点灯される。たちまち、40万カンデラの明かりが船の周り海面をあたかも真昼のように照らし出す。

回転するイカ釣り機一台あたり20~30の針がついている。機械が動き始めると釣り糸がおろされる。光を受けて海中の人工の疑似餌があたかも数千の発光する小魚のように輝く。産卵期にはイカはそれらを自らの相手の性別と捕らえるらしい。そこでイカは自から近づいてきて釣り針にとらえられる。

釣り機が糸を引き上げる。イカは遠心力によって毎秒一尾の割合で釣り針からはずれる。そのあとイカは操作タンクへ導管を滑ってゆく。墨を吹いているイカを凍結の棚に並べる。急速凍結された後のイカは冷凍庫に収納される。

一晩中忙しく、手袋、ブーツ、帽子をかぶっていても冷凍作業にかかわる乗組員の眉や髪の毛、あごひげは真っ白になり、彼らは疲労し空腹でもある。あわただしい朝食の後、彼らは服を着たまま、深い紫色の夜がオレンジ色の夜明けに変わるまで眠りにつく。

>>>英語版台湾光華雑誌1998年記事より翻訳しました。台湾とイカの関係、その歴史がよくわかる内容なので、やや古い資料ですが連載しようと考えています。

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監視活動がIUU操業を抑止    ニュージーランド

2010-06-27 00:58:03 | 海事
Tui Moana作戦と呼ばれる監視活動が月曜日に完了、FFAの地区漁業監視センターのメンバーによる違法操業抑止の典型的な効果が確認された。この作戦にはクック諸島、サモア、NZとFFA地区漁業監視センターの共同によるもの。(6月14日FIS)

10日間以上にわたりクック諸島太平洋パトロールボートはNZの2名の漁業担当官とともに監視活動と乗船検問をサモア、クック諸島の経済水域内で実施した。この監視活動はNZ空軍のP3Kオライオン偵察機の支援も受けた。

クック諸島の太平洋パトロールボートPresident Te KukupaはNZ空軍P3C による支援を受けて違法操業の摘発のパトロールを行った。FFA地区本部のJCCセンターは30隻以上の漁船の活動を捕捉監視した。しかしながら乗船査察は行わず、漁船に対して常時監視が行われていることを通報し、違法行為があれば直ちに察知される。60人以上のスタッフが2百万平方キロの海洋を探査し11隻の外国籍漁船をJCCに通報した。

「この活動の期間、各国は船舶モニタリングシステムVMSからの情報、操業許可リスト、監視飛行の概要、その他の漁業情報など監視活動海域で何が行われているかの情報を共有した。 TUI MOANA作戦の担当官でありコーデイネーターであるMartin Campbellは「FFAにより持続的に地区監視活動の図絵が提供され、関係諸国は違法操業が行われていると思われる先に、それぞれのパトロールと太平洋パトロールボートや航空機の向け先について優先順位をつけることが出来た。この活動はホニアラにあるFFA地区本部が情報集約した。(後略)

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エストニアのフェリー

2010-06-26 00:36:22 | 我愛船艇
エストニアはペテルスブルグ近くの小国である(これはロシアの書き手から見た見方だからだろう)ソビエト連邦の一部であったものが1990年に独立をした。それはよいとして、多くの人々はロシア語を話す、だからそこでおこることにわれわれロシア人は興味がある。エストニアには島が多い。そのほとんどがバルチック海の島である。市内での生活は快適である。誰かがトヨタLEXUSで移動しようとなると漁船をチャーターして車を運ぶことが必要となるのだ。(FISHKI.NET)
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サケ養殖は環境に脅威である 

2010-06-25 13:02:04 | 水産・海洋
チリーのサケ養殖の環境に与える影響が当初考えられていたよりもはるかに大きい、という予期せぬ結果がチリーのパタゴニアの太平洋側の鯨類の交信について研究中のドイツの科学者チームから発表された。(6月18日 メルコプレス)

ドイツ、ハノーバーの著名なマックス・プランク研究所が“ネイチャー誌”にこのほど発表したレポートによると「チリーのサケ養殖の海域にはほとんどほかの生物がいない」という。チリーは世界でも有数のサケの生産国であり年間産出額は20億ドルにおよぶ。

Heike Vesterがリーダーを務めるプランク研究所のチームはサケ養殖が環境上の大きな問題であるが「じっさいには低く見積もられている」という。このことが明らかになったのは太平洋の鯨類の音波による交信を研究中のことであり、サケ養殖に関連していた。チリー南部のサケ養殖場は陸上部は衛生上の理由からの保護がなされている。しかし、これはすべてではなくフィヨルドや陸からのアクセスが困難な場所ではそうではない。

養殖のサケは薬品類を必要とするばかりではなく、魚は糞便や残餌を産み出すことになりこれらが海水中に浮遊する。またアトランテック・サーモンは新しい魚病ももたらし本来の魚種にとっては脅威となる。ドイツの研究者によれば養殖場に接続する海水のサンプルは完全に死んでいて生命体の痕跡が認められない。「これに沿ってあるのは塩素臭のみである」とVester氏。

しかしながら、アシカやその他の海産哺乳類が防御網に絡んだりしていることも認められ科学者らはこの地方における目に見えない脅威のあることを報じている。音波による調査ではサケに餌を与える際の餌補給船のエンジン音や発電機の雑音が鯨やイルカかなどの相互通信の邪魔をし、彼らを威嚇し逃避させているという。

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死んだ鯨を発見  メキシコ湾

2010-06-24 10:24:17 | 海事
メキシコ湾の油漏れ事故の現場の南77海里で死んだマッコウクジラが発見された。米国のNOAAは海産哺乳類の生態情報収集と死亡原因と環境要因についての研究を進めているところであった。(FUD6月18日)

4月20日にBPのオイルリグが爆発して以来始めての死んだクジラの発見であった。しかし鯨は油で汚染された海水の中にあったのではないが、どこで死んだものかは不明である。コノクジラは6月15日、火曜日に発見された。

NOAAの調査船PISCESによってこの鯨が発見されると直ちに現場チームの主任 Paul Felts は海産哺乳類のホットラインを通じNOAA海産哺乳類専門家の野生生物部局の統一指令に連絡を取った。鯨の推測寸法からすると科学者らは成体になる前のものであるとされる。その鯨の状態からは数日あるいは一週間程度前に死亡したものと推測されている。しかしながらその鯨は油に汚れた海水の中で見つかったものではない。NOAAの専門からは鯨は漂流してきたものと推定している。

油漏れが死亡原因であると認定することは困難であり、NOAAは船との衝突やからまりなどを検討している。おのクジラからの標本も採取されPISCES号は7月2日に帰港予定であるがそれ以前にほかの船がサンプルを受け取りに行くことも考えられる。標本の完全な分析のためには数週間が必要と見られている。
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ソ連情報組織の支援があった   フォークランド紛争の内幕

2010-06-23 09:38:50 | 海事
フォークランド紛争に関連したソビエトの情報組織のアルゼンチン支援の実態がこのほど書籍となって発表された。(5月31日メルコプレス)

著者はロシアのジャーナリストであり研究者で、この人物は当時ソビエトの外交官の息子として青春時代をラテンアメリカ、キューバ、エクアドル、ウルグアイで過ごした人物である。その人物Sergey Brilev氏は現在RTRロシアTVの役員でもあるが、ラテンアメリカでの体験を“フィデル、フットボールそしてマルビナス”という題名で出版。この中で依然あまり知られていないロシア指導者のミステリー的な内容を明らかにしている。
紛争勃発の1982年当時ウルグアイにいた彼はわずか10歳であったが、ソビエト連邦がいかに紛争に関与したかに興味を寄せている。「自己の敵の敵は自己の友人である」という古い諺に自然に動機つけられてであった。とくにアルゼンチン(およびウルグアイ)は米国のソビエトに対する穀物禁輸政策には追従しなかった。この禁輸はソビエトの1979年のアフガン侵攻に対する報復策であった。

著者Brilev は述べている。ソビエトがNATOメンバーの関与する紛争にかかわるリスクがあるにもかかわらず、モスクワはアルゼンチンのもっとも反共的指導者であるはLeopolodo Galtieri将軍に対して英国海軍艦艇撃沈のためにとして重要な衛星情報を与えていたという。 あきらかに、1982年5月15日ソビエトはコスモス衛星1365を南大西洋の上空に打ち上げたがこれは英国機動部隊とその位置情報をアルゼンチンに与えるためのものであった。 Brilev はタイム誌によって紛争勃発を知り、紛争地区の上空に衛星が打ち上げられたことに興味を持った。そしてその後1.5ヶ月にわたりアルゼンチンはフォークランド諸島に上陸した。

Brilevはモスクワの文書庫に当たったが、本件は“機密情報“ であるとされた。そこで彼はソビエト軍の上級将校に80年代から接触を始めた。BrilevによればNikolai Leonov将軍は当時の KGBの分析部門のチーフであり、 Valentin Varennikov将軍は当時のモスクワのソビエト軍の第1主席司令官の副官であった。この二人の将軍がアルゼンチンに対する定期的情報提供を認めている。

Brilevはその著作のなかで、南大西洋上ですでに軌道に乗っていたソビエト衛星からの位置情報によって、海軍おミラージュ戦闘機とエクゾセ(EXOCET)ミサイルにより英国海軍のHMS SHEFFIELD撃沈は確実であったのに、と述べている。英国フリゲート艦の探索にネプチューン航空機のアルゼンチン仕様を用いたのはあまりにも“愛国主義的”であったとこのロシア人著者はいう。このアルゼンチンの海軍索敵機は当時すでに旧式であり、メインテナンス上の問題を多く抱えていたと。「自分はロシア情報によってSHEFFIELDの撃沈という戦略的情報を革新していた」
5月25日、ほかのアルゼンチン部隊がHMS COVENTRYと15,000トンの重要機材を搭載したATLANTIC CONVEYORが撃沈された、Brilev氏はコスモス1365からの戦略情報による結果であるとしている。 ソビエトの支援は衛星情報のみにとどまらなかった。ソビエトは南下する英国機動部隊がビスケイ湾から赤道に到る海域でTU-95情報収集機で追尾させた。この機は時には英国艦艇の30~40メートル上空という至近距離まで接近した。ソ連軍のGeorguiy Bulbenkov大佐は彼の役務はパイロットとして低空飛行による侵入であったことをみとめた。
ソビエト体制崩壊後を生きるロシア人としてのBrilev氏は1991年の体制崩壊に至るまでのソビエトの超権力の分析であった。フォークランド奪還のために英軍艦艇の上空で諜報活動をするという、どう猛な反共体制の支援というデリケートな決定を当時のクレムリンで誰が行ったのか、についての関心があった。彼の調査結果は常にゴルバチョフMikhail Gorbachov であった。ゴルバチョフは80年代共産党の政治局員であり、ほとんどすべての重要な戦略決定を行っていた。しかしゴルバチョフそのものは単純明快であった。「アルゼンチン軍事政権に対する党中央委員会からの決定はなかった」
Brilevは80年代初頭にはソビエトの権力構造がすでに歪み始めていたと結論付けている。 戦略的支援は“自己の敵の敵”論理によって支えられ軍司令部の将軍レベルの決断になっていた。1979年の米国の対ソ穀物禁輸措置に組しないアルゼンチンとウルグアイを軍部は非常に評価したのだ。

学童として南米にいたBrilevはつねにアルゼンチンとチリーの公式地図の下部にある銀色の部分(南極大陸)に興味を持っていた。そこはこれら2カ国の領土として記されている土地である。彼にとっては1820年いロシア人によって発見された大陸がこれら2カ国のものとは信じがたかったという。Brilevはこの後歴史の中でフォークランド紛争は“南極地方における初めての武力紛争である”ととらえている。この結論を研究者としての彼は」アルゼンチン、チリー、英国とロシアの南極研究所への訪問を通じてみいだした。
「この後数十年後には、これまでの鉱物資源やエネルギーが消費されつくして南極大陸の資源が非常に重要なものとなるだろう」だから自分はフォークランドに着目した。フォークランドは自然条件的にも、南極への特権的な扉になるだろう」

( 写真:英国艦HMS Sheffieldはフランス製ミサイルエクゾセの攻撃を受けた)
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違法操業は解消   ソマリア

2010-06-22 11:47:33 | 海事
ソマリアの漁業及び海洋資源大臣のAbdurahman Haji Ibrahim Aden alias Ibbi教授は国営放送のモガジシュ・ラジオを通じてソマリア周辺では違法操業は解消したと発表。(6月13日 Daily Nation, Kenya)

Ibbi教授は暫定内閣の副首相の役職にあるが、この状況については確たる証拠があると強調。国際的な海軍艦艇によるインド洋とアデン湾の警戒で多くの違法操業を阻止したという。

海賊活動の増殖が違法操業漁船がソマリア水域で違法操業を行う際の脅威となっていると。「漁船は海賊とハイジャックをおびえている」と教授は言う。また最近の同国大統領Sheikh Sharif Sheikh Ahmed のロンドン訪問の際に見せられた衛星写真でもソマリア周辺海域での違法操業が無いことが認められたという。まt、同教授はTFGは外国の会社に対する漁業ライセンスの付与を中止したという。「漁業当局は外国企業に対するソマリア経済水域内での新規の漁業許可は発行しない」とIbbi教授。「この政策は資源枯渇に対抗しての措置である」と付言した。

<写真はソマリア海域(BASASSOの1.5海里沖合)で違法操業するイエメンのトロール漁船
1998年2月28日:記事とは別の参考資料>
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違反操業で740万ドルの罰金      スペイン漁船が米国水域で

2010-06-21 13:50:01 | 水産・海洋
スペイン国籍の漁船が米国水域で許可無く67回の操業をしたかどで740万米ドルの罰金を求められたことがNOAAの太平洋地区の訴訟実行担当部門の発表で判った。この罰金はNOAAによるものとしてはこれまでの最高額という。(6月14日TFSN)

NOAAはNOVAとして知られる違反通知をスペインの漁業会社で漁船ALBACORA UNOのオーナーであるALBACORA SA社に対して発行した。この事案は過去2年間にわたって西部及び中部太平洋海区の米国の経済水域EEZのなかでまき網操業を行ったことに対するものである。
この措置はNOAAの法施行部門(OLE)と調査エージェントとの調査の結果に得られたもので、2010年3月にアメリカンサモアのパゴパゴに本船が入港した際にエージェントが乗船、ALBACORA UNO 号が米国水域の中で操業した証拠をつかんだもの。

マグナソン・スチブンス漁業保護管理法案によれば、外国漁船は漁獲や、魚の収容あるいはそれらを支援する好意を米国の許可無く行うことは許されていないが、この船の場合は米国の許可を所有してはいなかった。米国のNOVA法は当該漁船であるALBACORA UNOが2007年11月から2009年10月の間に米国200海里水域内のHowland/Baker島およびJarvis島数編で67回にわたり魚を集める道具を使用したことを理由に罰金を求めたもの。

魚を集める道具とは海の表面または海中に魚の避難場所のような状態を形成するもの(パヤオ漁法と呼ばれる)この方法は事情に有効であるため各漁船はこの装置にGPS装置を取り付けている。漁船がその場を去ったあとでも長期間にわたり漂流し、魚を集め、又利用される。漁船は肴の集まったこの道具の周囲に網を入れて魚を漁獲する。
ALBACORA社はNOVA通告から30日以内に罰金支払をするか、その内容についての否認あるいは係争のためのヒアリングを求めることが出来る。また罰金は西部太平洋資源維持可能漁業協会が徴収し海洋資源の保護に使われることになる。

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飢える海    餌がなくなったら…

2010-06-20 11:16:34 | 水産・海洋
従来の知識では小型の成長の速い魚は群れの規模が大きく成長迅速のために乱獲で消滅することは無いとされてきた。しかしいまやわれわれは不穏な兆候を眼にし、従来の常識が間違いであったのではと示唆されている(6月4日OCEANA)

最も重要なことは、餌の欠乏や、病気に対しての脆弱性、最生産力の低下などによって捕食者側がやつれてきたと科学者らが報告している。やせこけた捕食者としてのイルカ、ストライプ・バス、そして鯨までもが世界中の海岸線で報告されている。釣り人たちはその対象の魚とともにその餌魚までも失いつつある。漁業村落は生活の糧を失いつつある。

なぜならばわれわれは腹をすかした捕食者側を見過ごしてきた、またわれわれはその餌となる魚の乱獲を許してきた、これらが海洋における食物補給の欠如となった。加えて、産卵時期のその場所での漁業が行われ、餌魚の資源を破滅の方向へとしむけ、いくつかの事例ではそれ以上の状況になっている。

同時に、サケ、マグロ、その他の大型捕食魚に対する人類の持続的な需要は、これらの養殖の爆発的成長を促した。天然魚への圧力を和らげることより、これら大型肉食動物は持続的な餌の供給を必要とし、それらは魚油と魚粉にされる。産業の成長によって、餌となる魚の供給にひずみが生まれ、資源に対する更なる圧力となって需要を満たすことが出来なくなる。多くの小型の餌となる魚は温度変化やエルニーニョのような海流の変化に敏感であり、彼らは特に気候変動帰国変動にたいして脆弱である。大型の捕食側にとってはイカやその他の餌魚の産卵期の気候要因による変化は養魚の栄養不足や廃棄をもたらす。

多くの餌魚については人類はそれらの捕食者である魚類や鳥類、海産哺乳類に代わるものとなった。餌となる資源を漁獲する漁師は自らの網の中の漁獲を無いものにしているのと同じである。現在のこの傾向が反転しない限り、将来の海洋は飢餓の海となるであろう。
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淡水魚の回遊についての研究  英国

2010-06-19 11:01:04 | 水産・海洋
欧州では最大規模となる淡水魚の回遊についての研究が英国のLincolnshire川で始まった。(6月2日TSFN)

リンカーン大学との共同で環境局による魚類行動の記録とWitham 川下流での生態についての研究が始まった。この成果は魚の生息環境の改善に役立てられる。環境局の漁業データ解析調査チームのChris Gardnerがこの研究を主導している。彼によれば「Witham川下流の流れは2000年以上にわたって何度もその流程を変化してきた。現在の流れは蛇行や自由洪水氾濫原をともなっていない。この状態は1830年からのもので魚にとってはまったく無愛想な様相といえる」

「最大の魚にとっての問題は氾濫原が無いことである。川の水位が上昇すると川岸の土手は川水が流れ込もうとするのをさえぎり、川の主流が激しい流れとなっていることから魚は逃げ場を見つけることが難しい。この理由から川の両側の側溝が川魚のために設けられているのである。この研究の目的はその確証をつかみ重要な生息場所のメンテナンスと効用を高めるためのものである。

Witham川のコイ(bream)のプロジェクトは7尾の地元産のコイを捕獲し標識と超音波発信機を取り付けたときから始まった。以降3.5年の間に80尾以上のコイの成魚で体重4~7ポンドの魚に標識がつけられた。調査はLincoln近くのBardney閘門からBostonのWitham 川口の潮汐域までの40kmにおよぶ。このデータは2010年の11月まで収集される。

標識は20ヶ月間にわたって超音波のピンがーと年発信を続ける。川沿いの27箇所の受信機や側溝の受信機が一日24時間、毎日魚の動きを補足する。受信機は日付、時間、魚が通過した際のタグ番号を記録する。こうしたデータは2ヶ月ごとにダウンロードされここの魚の動きの観察が可能となる。これまでにおよそ3百万に及ぶ魚の運動のデータが記録され、これによってコイはおよそ20kmの距離を数日で移動することが判明した。
Lincoln大学生科学部門の行動生態学のリーダーである Paul Eady 博士と同大学の生物保存学の主任講師であるCharles Deeming博士は本件プロジェクトに関してGardner氏と共同している。

E博士は「この研究は低地の川の魚の生態の秘密に関する画期的な研究である。魚の標識と観測ということから離れても、3百万以上のデータの解析と実用が大きな挑戦である。又。われわれはこれらのデータから魅惑的なコイの行動と生態の内側を知ることが出来、低地での河川生息地の管理に役立てることが出来るのだ。又この研究からは活動がもっとも盛んなのは春であり、冬の間魚たちは川の中の一定の場所に群れていることも判明した。Gardner氏は「研究結果からは淡水魚の移動性と、側溝の重要性が産卵のために重要であることが読み取れた。また、魚が川の側溝の深い部分を冬場の洪水の際の避難場所として利用していることもわかった」。
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絶望の漁業者    ルイジアナ

2010-06-18 11:33:43 | 海事
Roy Vanderhoffの眼が絶望のすべてを語っている。彼はルイジアナの漁師であり彼の仕事はBPの油漏れ事故によって閉ざされてしまった。(BBC 6月8日)

「将来のめどがつかないことが自分を苦しめている」と彼はいう。まさにこの状態は家族の死と同じで今どうすればよいのかも判らない、恐ろしいことだ」 Royの妻Ladonnaは彼の脇に座り泣きながらいう。「漁は彼の人生そのもの、それがなくて何をすればよいのか」と彼女は言う。 「彼は意気消沈し、興るときもあり、今までの彼ではない。こんな彼を見るのはつらい」

Roy とLadonnaはルイジアナの小さな町のChalmetteで行われるSt Bernard計画と呼ばれる活動に参加するためにやってきた。ここでは油事故被害にあった漁業者の家族のために無償のカウンセリング活動が行われている。 この活動はZack RosenburgとそのパートナーのLiz McCartneyによって5年前に始まった。ハリケーン・カトリーナによる荒廃の様をTVで見知った彼らはワシントンDC での職を投げ捨てルイジアナに移り住んだ。

「カトーリナ被害にあった人々の家屋の再建を支援』することが当初の目的だった」とLIZはいう。「しかし、いったん家の仕事を始めてみると、人々は活きてはいるが、生活しているという状態に無いことが、われわれはわかってきた」 「彼らはその生活の豊かさを失っていた。底でわれわれは彼らの家の再建に取り組むならば、彼らの生活再建に取り組まねばならないと決めたのだ」 そこで精神的健康センターの創設のアイデアが生まれた。今からちょうど1年前、ハリケーンの絶望に対処しようとしている家族のための療法がSt Bernard計画によって始まった。「そうしたとことに今度は油汚染被害が発生、多くの家族がその対処を迫られている」

たいていの場合、漁師の妻が助けを求めてやってくる。その機会に女性と子供に対処するグループがクリニックにはいて、油被害と家族に対するその影響などについての話を行う。Yvonne Landry は了して結婚している。彼女の夫は意気消沈している。しかし心理療法の専門家と話しをしようとしない。 「彼は誰とも話をしない」という。われわれの目標は 男女をカウンセラーとして雇用し、共同体に溶け込ませることである。

「多くの漁業者がやってくるとは自分は思わない。彼らの妻たちは来るが夫は来ないと思う」「もし彼らが来るとすれば、それは隠れてのこと。彼らは誰にも知られたくは無いのだ」こうした理由からLIZはプロジェクト活動を遠隔の漁業集落にも拡大しようとしている。 「自分たちのゴールは男女のカウンセラーを雇用し人々の集まるセンターを立ち上げることだ」と彼女は言う。「われわれは、自分は一人ではないと理解しようともがく人々に助けをさしのべること、それに人々が正常な感覚と尊厳を取り戻すことである。また、彼らが自立し集落の一員としてふたたび貢献することである」漁師ROYはこのプロジェクトの助けによって心を開き始めた。「もともとあまり自分はしゃべるほうではない、しかし家でははなすようになった」

<写真:自分自身どうすればよいのか、他人と話しをすることが助けになっている>
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女性はもっと魚を食べなさい    英国

2010-06-17 09:13:14 | 
栄養学者のグループは妊娠中の女性は子供の将来にわたる脳障害の予防のためにさらに多くの魚を食べることを勧めている(6月1日FUD)

ロンドン・メトロポリタン大学の栄養学政策のJack Winkler教授はロンドンでの王立医学会で, 魚油による利得はいかなるリスクをもはるかに上回るものであることを発表した。2年前には、女性は油の多い魚の摂取を控えるように食品基準局が勧告したことが有る。しかし、このことにより脳障害の増加や幼児の言語障害が起きることが証明された。研究者らは食品基準局と政府の栄養に関する科学助言機構に対してその勧告を訂正するように求める予定。

Winkler教授は「食品基準局の女性と妊娠中の女性に対する2004年の勧告は超保守的なもの。それ以降、勧告に従わずに多くの魚を食べた女性にも何の問題も表れず、子供の脳の機能の改善が見られている」と。また教授は、当初の勧告によって女性が一切魚を食べなくなったことは誤りであるという。同大学の栄養学及び脳化学研究所の主任Michael Crawford教授は脳は主に脂質で構成されていて、このことは脳の発達には脂肪酸が必要という。
最新の栄養学的アドバイスはサケ、イワシ、ニシン、サバといった脂の多い魚は深刻な脳障害を予防する。加えて、これらの魚は心臓病予防にもよいとして受け容れられている。
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コククジラの出現    イスラエル沖に

2010-06-16 11:40:41 | 水産・海洋
イスラエルのHerzliya沖合にコククジラが現れ保護主義者らを驚かした(BBC)
コククジラは大西洋の全域からすでに消滅したと思われていたが、一個体が地中海に出現、大きな驚きとなっている。このクジラはその自然の習性により太平洋から数千キロを遊弋してきたものと思われる。ともあれ、コククジラが従来の遊弋海域である西半球に戻ってきた可能性が高い。

写真認証
かつてはコククジラ生息地として西部及び東部太平洋、北大西洋の3つの海域があった。しかしながら、17~18世紀には北大西洋群は消滅してしまったがその理由は定かではない。その後大西洋でのこの鯨の発見事例は無い。5月9日イスラエルのHerzliya Marinaの沖に現れ、イスラエル海洋哺乳類研究保護センターIMMRACが確認を行った。この巨大な動物の確認は写真でも行われコククジラと査定された。

「この発見は驚くべき事実だ。今日、コククジラは北太平洋にしか生息しない。ところが北太平洋の地中海で単独で発見されたことは実に奇妙なことである」と英国Wiltshireの鯨イルカ保護協会(WDCS)のNicola Hodgins はいう。

科学者の困惑
WDCSはこのクジラの出現によって専門家たちが困惑しているという。「コククジラの長距離回遊は知られるところであり年間に15,000-20,000kmを泳ぐ」とHodgins.「一生にコククジラは月往復と同じ距離を回遊する」「しかしながらこの新たな事実は従来の距離の記録を覆すものだ」地中海に到るには遠回りのルートを取ることになり、たぶん津上の回遊とは違う太平洋につながるルートをたどったのであろう。鯨が単独で地中海に入り込むことは無くしたがって、大西洋のいずこかに移動した群れがいるのではという可能性を示唆する。「このイスラエル沖への出現は科学界にさまざまな疑問を投げかけるものとなった」とHodginsはいう。
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