言語空間+備忘録

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表現の自由と、個人情報保護・名誉毀損について

2010-08-28 | 日記
佐高信・編 『城山三郎と久野収の「平和論」』 ( p.44 )

佐高  城山さんはそういう時代を経験されて、個人情報保護法案の時に、猛烈に反対されました。

城山  個人情報保護法案は言論の自由を奪うわけですから。言論の自由があればチェックは効くんですね。これは、われわれ国民が抵抗できる唯一のものなんです。「個人情報保護」という名前はいいんだけれども、取材をして文章を書こうとする作者は「あなたのことを書きますが、いいですか」と許可を得なくちゃいけないんですね。「あなたのお友達の、こういう人のところへ訊きに行きますが、いいですか」と許可を得なくちゃいけない。そんなことをしたら、何も書けないんですよ。それが、最初に小泉内閣が出した個人情報保護法案です。そういう法律を作って、いっさい黙らせようということをやり出したわけです。とにかく向こうもいろんなことを考えるもんですね。

(中略)

佐高  いま、空気としてあの時代と似てきていますか。

城山  どうしてああいう時代に入っていったかということを考えると、やはり言論の自由を失ったからだということは、明らかですからね。まだまだ日本に言論の自由はあるわけですから、相当神経質になってチェックする必要がありますね。


 日本が戦争 (戦時中の異常な状態) に突入していったのは、言論の自由がなかったからである。いまの日本には言論の自由があるのだから、それがなくなってしまう前に、相当神経質になってチェックしなければならない、と述べられています。



 説かれているのは、要するに、

   日本 (国民) を守るためには、国家 (軍部) の独善を阻止しなければならない。
   国家 (自衛隊) の独善を阻止するには、国民によるチェックが不可欠である。

   国民によるチェックを行うには、言論の自由が確保されていなければならない。

   言論の自由を、個人情報保護の美名のもとに制限することは断じて許されない。
   言論の自由が制限されてしまう前に、
   言論の自由を駆使して、言論の自由を守らなければならない、

ということだと思います。ここには、国家 (または軍部) に対する不信感が現れている、といってよいと思います。



 言論の自由が重要であることはあきらかだとは思いますが、同時に、個人情報の保護が重要であることも、たしかだと思います。そこでどうバランスをとるか、が重要になってくるのですが、ここで問題になってくるのは、公権力が、

   個人情報保護を口実にして、言論の自由を制限しようとする

ことです。いかに公権力でも、さすがに、「言論の自由が存在すると都合が悪いので、言論の自由を制限する」とは言えません。そこで、個人情報保護という口実を持ち出し、「個人情報を保護するために、言論の自由を制限する」と言う。その動きを阻止しなければならない、というのですが、



 じつは、同様の事情は、名誉毀損についても、存在しています。「「名誉等毀損情報」 該当性判断基準が必要」に書きましたが、

 自分に都合の悪い事実を隠したい者は、自分に都合の悪い事実が表に出そうになったときに、「自分に都合が悪い事実を表に出すことは許さない」とは言えません。そこで、歴史上、名誉毀損を口実にすることが行われてきた、とされています。つまり、「名誉毀損行為であり、許されない」と主張して、「自分に都合の悪い事実が表に出ることを阻止しようとする」ことが行われてきた、ということです。

 現に、名誉毀損罪は、「事実を公表した場合であっても、犯罪として成立する」とされています。事実を公表した場合であっても、名誉毀損になるというのは、「自分に都合の悪い事実を隠したい」人にとっては、きわめて都合のよい法律です。



法令データ提供システム」の「刑法(明治四十年四月二十四日法律第四十五号)

   第三十四章 名誉に対する罪

(名誉毀損)
第二百三十条  公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
2  死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。

(公共の利害に関する場合の特例)
第二百三十条の二  前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2  前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
3  前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

(侮辱)
第二百三十一条  事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。


 「事実の有無にかかわらず」(つまり、事実であっても) 名誉毀損が成立する、と規定されています。もっとも、「例外」的に、事実であれば名誉毀損にならない場合もある、と規定が追加 (修正) されてはいます。



 このように考えると、言論の自由 (表現の自由) は制約されやすい自由 (権利) であることがわかります。したがって、個人情報保護を口実とした、言論の自由の制限を許してはならない、という城山さんの主張には、説得力があると思います。



 城山さんは、個人情報保護法が成立すれば、

取材をして文章を書こうとする作者は「あなたのことを書きますが、いいですか」と許可を得なくちゃいけないんですね。「あなたのお友達の、こういう人のところへ訊きに行きますが、いいですか」と許可を得なくちゃいけない。そんなことをしたら、何も書けないんですよ。


という状況になってしまい、事実上、「何も書けない」状態になってしまう、と述べられています。



 じつは私は、同じような経験を「実際に」しています。

 詳細は、「弁護士による「詭弁・とぼけ」かもしれない実例」をご覧いただきたいのですが、

一弁の湯山孝弘弁護士から、私が、「絶対、絶対、絶対、絶対、絶対に許されないことをした」と非難されたが、湯山弁護士は、「私のどういう行為が、どういう意味で」許されないのか、「具体的に教えてくれない」うえに、

こちらがアドバイスを求めてもいないにもかかわらず、湯山弁護士から、「誰にも言わないほうがいいと思う」とアドバイス(?)され、

「それでは警察に行って自首しようと思いますが、警察に行ってもかまいませんか?」と尋ねると、湯山弁護士の答えは、「あれはたいしたことない」、「警察に行く必要はない」の一点張り

という状況を経験したことがあります。「絶対、絶対、絶対、絶対、絶対に許されないこと」がなぜ、「たいしたことない」のか、私にはわかりませんが、湯山弁護士は、「いままで築き上げてきたものを失いたくないんだ!!」と怒鳴ったりしていたことから、

湯山孝弘弁護士は、「いままで築き上げてきたものを失いたくないために」、事実が表に出ることを望んでおらず、「誰にも言うな」と言いたかったが、

まさか、「自分にとって都合が悪いので、誰にも言うな」とは言えないので、アドバイスを装って、「誰にも言うな」と私を脅した、

とも考えられるのですが、そうであるとすれば、

私が何度、「警察に行ってもかまいませんか?」と尋ねても、湯山弁護士の答えが、「あれはたいしたことない」、「警察に行く必要はない」の一点張り

だったのも、わかる気がします。



 この経験からも、あきらかだと思いますが、城山さんが暗に述べられているとおり、

   「あなたのことを書きますが、いいですか」
   「あなたのお友達の、こういう人のところへ訊きに行きますが、いいですか」

と許可を得ようとしても、「いいですよ」と答える人は、まずいないわけです。これでは、言論の自由 (表現の自由) がないに等しい、といってよいと思います。したがって、個人情報保護も重要だとは思いますが、

   事実上、「何も書けない」状態になってしまうのであれば、
   言論の自由が優先する、

と考えなければならないのではないかと思います。



 もっとも、これは難しい問題なので、さらに考えたいと思います。
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