言語空間+備忘録

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為替介入とのバランス

2009-09-27 | 日記
 次に引用する部分は、株価の PKO をせよ、という主張の根拠として書かれています。したがって、「株価 PKO の是非」 で引用した部分とあわせてお読みください。



紺谷典子 『平成経済20年史』 ( p.51 )

 株価への介入を批判する人々が、為替への介入を批判しないことも、矛盾である。為替市場への政府の介入、しかも公的資金での介入は、日常的に行われているが、それを禁じ手とする批判は、ほとんど聞いたことがない。
 株価の暴落が、急激な円高と同じように、国の経済、ひいては国民生活に重大な影響を与えると予想されるとき、介入して、それを未然に防ごうとするのは、当然の試みではないだろうか。もちろん、有効とは限らない。しかし、やってみる価値はある。


 為替への介入が行われているなら、株価への介入も当然、認められてしかるべきである、と書かれています。



 最初に一点、指摘しておきたいのは、「為替市場への政府の介入、しかも公的資金での介入は、日常的に行われている」 というのは、すくなくとも日本については、あてはまらない、ということです。日本ではここ数年、為替介入は行われていません。おそらく著者は、( 日本では為替介入は行われていないが ) 海外では行われている、という趣旨で書かれたのではないと思いますので、この部分、著者の誤解ではないかと思います。



 さて、一般的に為替介入は許容されているにもかかわらず、株式市場への介入は認められていない。これは不均衡ではないか、という指摘には、説得力があります。

 けれども現在、日本では為替介入は行われていませんし、米国も為替介入には否定的ではないかと思います。すなわち、株式市場への介入を否定的に捉えるのと同様に、外国為替市場への介入も否定的に捉える、というのが、現在の流れになっており、株式・為替ともに、介入をしない方向で、不均衡が解消されつつあるのではないかと思います。

 著者の、株式・為替ともに介入せよ、という発想とは、正反対の方向になっているのはなぜか、を考えてみますと、やはり、介入によって強引に価格を操作するのは不自然である、好ましくない、ということなのだと思います。



 また、著者は、「株価の暴落が、急激な円高と同じように、国の経済、ひいては国民生活に重大な影響を与えると予想されるとき、介入して、それを未然に防ごうとするのは、当然の試みではないだろうか」 と書かれていますが、

 そうであるなら、株価が 「急激に変動したときにかぎり、変動を緩やかにするためにのみ」 株式市場への介入を認める、ということになります。この主張は、「株価を維持するために ( 景気対策として ) 」 介入せよ、という著者の主張とは、相容れないと思います。



 したがって、( 引用部分の ) 著者の主張は全体として、説得力がありません。株式市場への介入は好ましくない、と考えるべきだと思います。
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