言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

弁護士増員論の再検討

2010-10-18 | 日記
 新しい記事を書きたいところですが、

 お前のブログの記事は「一から十まで間違った議論」であり「むちゃくちゃ」である、という批判 (というか見下し) がありましたので、この際、当該記事「弁護士増員の 「受け皿」 はあるらしい」の内容を再検討してみたいと思います。



一、合格者数減に対する坂野弁護士の推測と、それに対する私見

 坂野弁護士の推測は、

   受験者の成績がよくなかったので、司法試験の合格者が少なかったとされている。
   しかし、本当は 「受け皿」 に配慮して合格者を減らしたのではないか

であり、これに対する私見は、

   この推測が本当だとすれば、とんでもない話である。
   政府の法曹増員計画を前提に、
     数年間、授業料を払って法科大学院に通った人にしてみれば、
     「ふざけるな!!」 といったところでしょう。

   そもそも、「受け皿」 に配慮して合格者を減らすことには、
     「配慮された受験者」 にとって、なんの利点もありません。
     「合格したけど働き場所がない」状況と「合格しなかった」状況を比べれば、
     「資格だけはある」ほうが、よほど良いと考えるのが普通である。

です。

 この私の意見に対し、「間違った議論」であり「むちゃくちゃ」だと主張するためには、

   「合格しても働き場所がないなら、俺を不合格にしてくれ!」と
     司法試験の受験者が主張している、と証明する必要がある

と思います。

 現実問題として、受験者が、「合格しても働き場所がないなら、俺を不合格にしてくれ! 合格させないでくれ!」と主張するとは考え難いところです。現に、「新司法試験合格者数に関する嘆願書」が出されており、受験者は「合格しても働き場所がないなら、俺を不合格にしてくれ! 合格させないでくれ!」などと主張するどころか、私の推測通り「予定通りの人数を合格させてくれ!」と主張しています。したがって、受験者に配慮するなら (=受験者の意志を考慮するなら) 、「予定通りの人数を合格させるべきである」と考えることになります。



二、合格者数を減らすべきだとする坂野弁護士の主張と、私の批判

 坂野弁護士の主張は、

   受験者一人一人の人生がかかっているのだから、
   弁護士増員は直ちに見直すべきである、

であり、私の批判は、

   受験者は、「一人あたりの収入が減るかもしれない」 ことや、
        「一人あたりの仕事が減るかもしれない」 ことは、
     「わかったうえで、法科大学院に通い、受験している」 のであり、
   受験者のために、増員政策はやめるべきだという主張は、筋が通らない。

   本当に、受験者の人生を考えていれば、
     「一人一人の人生がかかっているのだから、
      予定通り、増員を継続すべきである。
      既存の弁護士の利益のために、増員を中止してはならない」
   と主張するのが当然である。

です。

 この私の意見に対し、「間違った議論」であり「むちゃくちゃ」だと主張するためには、

   司法試験の受験者がどう考えているかは、関係がない。なぜなら、
   受験者にとって何がよいかは、受験者本人にはわからないのであり、
   受験者にとって何がよいのか、本当にわかるのは、
     (坂野弁護士などの) 既存の弁護士だからである。

と主張する必要があると思います。

 このような主張は、「未成年者に対して」主張する場合などでは、認められる余地があります。しかし、司法試験の受験者は法科大学院を出ており、「どうみても、全員が大人」です。子供に対してならばともかく、大人に対して、「本人にとって何がよいかは、本人の意志・判断を考慮せずに決定すべきである」といった主張は認められる余地がないと思います。



三、弁護士自治についての坂野弁護士の主張と、私の意見

 坂野弁護士の主張は、

   司法改革を主張している日弁連は世迷い事を言っている。
   次の会長選挙でも司法改革論者が会長になりそうだが、
     強制加入はやめて任意加入にした方がよいのではないか、

であり、私の意見は、

   世迷い事を言っているのは、坂野弁護士のほうである。
     既存の弁護士の都合に配慮して、政府の方針を変えよ、
     受験者の人生計画を狂わせろ、と主張しているからである。

   日弁連の方針が気に入らないからといって、
     強制加入はやめて任意加入にした方がよい、などと書いては、
     「弁護士」に対する社会の信頼を失わせる。書かないほうがよい。

です。

 この私の意見に対し、「間違った議論」であり「むちゃくちゃ」だと主張するためには、

   弁護士増員 (法曹増員) は「間違っている」と主張する必要がある、

と思います。

 しかし、ここまでみてきたように、議論の流れをみるかぎりでは、坂野弁護士の「増員は間違っている」という主張に対する (私の) 批判は有効に成立しています。したがって、私の主張が「間違った議論」であり「むちゃくちゃ」だとはいえない、と思います。



四、弁護士業界の現状についての坂野弁護士の実感と、私の意見

 坂野弁護士の主張は、

   未だ過当競争になっているとは言えない現時点でも
   「金もうけにまい進する一部の人たち」はいる

であり、私の意見は、

   「未だ過当競争になっているとは言えない」とすれば、
   合格者の「受け皿」はあるはずであり、「働き場所」もあるはずである

です。

 この私の意見に対し、「間違った議論」であり「むちゃくちゃ」だと主張するためには、

   弁護士業界は未だ過当競争になっているとは言えないが、
   合格者の「受け皿」はない。
     または「受け皿」はあるが「働き場所」がない。

と主張する必要があります。

 過当競争になっていないのなら「受け皿」はある、という主張は、自然なものだと思います。また、「働き場所」もある、という主張も、自然なものだと思います。私の主張のどこが「むちゃくちゃ」なのか、私にはさっぱりわかりません。



五、 中坊さんに対する評価・呼称について

 坂野弁護士の主張は、

   中坊の大馬鹿者が2割司法などと言って自らを卑下して以来、
     弁護士はマスコミや世論(と称するもの)から、
     特権意識だなんだとバッシングを受け続けてきた。

であり、私の主張は、

   ( 弁護士増員を推し進めた ) 中坊さんが気に入らないからといって、
   「中坊の大馬鹿者」などと書くのも、やめたほうがよいのではないか。

   名誉毀損になりかねません。
   このような発言は、弁護士として、慎むべきではないかと思います。

です。

 これについては、すでに「批判の際には根拠を書いてください」に書いていますが、これについても

   私の主張は、「間違った議論」であり「むちゃくちゃ」だとは「いえない」

と思います。



 以上、再検討してみましたが、私には、

   なぜ、私の主張が「間違った議論」であり「むちゃくちゃ」なのか、わからない

わけです。当該コメント者によって、「間違った議論」であり「むちゃくちゃ」だという根拠が提示され、議論に深みが出ることを期待しますが、根拠の提示がなければ、私の主張には問題がないものと判断したいと思います。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 批判の際には根拠を書いてく... | トップ | 弁護士の質 »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。