言語空間+備忘録

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鳩山由紀夫首相の選挙区決定経緯

2009-12-02 | 日記
森省歩 『鳩山由紀夫と鳩山家四代』 ( p.109 )

 三枝三郎は、一九八三年十二月十八日に投開票が行われた第三七回衆議院議員選挙で、落選した。
 三枝の落選から間もなく、すなわちその年の暮れ、鳩山威一郎は相沢英之 ( あいざわひでゆき ) とともに三枝を東京・赤坂の料亭に呼び、選挙の慰労会を兼ねて三枝落選の残念会を開いた。
 威一郎と三枝は、官僚時代からの旧知の間柄。同様に、威一郎と相沢も、大蔵官僚時代からの旧知の間柄だった。相沢は威一郎と同じ大蔵事務次官を務め、その後、政界に転じて経済企画庁長官、金融再生委員会委員長などを歴任した人物で、威一郎の一年後輩にあたっていた。
 三人は、威一郎のことを 「ポッポちゃん」 、三枝のことを 「サンちゃん」 、相沢のことを 「アイちゃん」 と、互いに "ちゃん付けの愛称" で呼び合うほど新しい仲だった。
 三人が料亭に顔を揃え、座の雰囲気も緩みかけた頃、突然、威一郎が次のように切り出した。
「実は、長男の由紀夫が 『選挙に出たい』 と言い出して困ってるんだ……」
 三枝落選の直後、それも残念会の席上だっただけに、三枝と相沢は思わず息を呑んだ。
 二人の盟友のそんな内心の困惑を知ってか知らずか、威一郎は何かにすがるような口調で言葉を続けた。
「ウチは学者の家系で、長男の由紀夫は学者になるものとばかり思っていたんだが、二男の邦夫が政治家になったのを見て、『オレも弟のように政治家になりたい。選挙に出たい』 と言い出したんだ」
 そこで、威一郎はいったん言葉を切り、
「どうしたらいいだろう」
 と言って、二人の盟友の顔を見た。
 三人の間に、しばし重苦しい沈黙の時が流れた。
 と、しばらくして、三枝がその場の空気に押し出されるように、こう言った。
「オレのところでやったらどうだ……」

 この一言で、すべてが決まった。
 三枝が絞り出すようにして吐いた 「オレのところ」 とは、むろん 「旧北海道四区」 のことである。まさに、由紀夫の旧北海道四区からの初出馬が決した瞬間だった。
 三枝はこれまで何度か落選しており、年齢もすでに七十歳に達していた。しかも、またもや落選した直後である。この状況で威一郎から 「どうしたらいいだろう」 と言われれば、三枝は威一郎が何を言わんとしているかピンと来たはずである。
「これは事実上の引退勧告ですね」
 筆者がそう水を向けると、桜井は、
「そこが実に微妙なんだな」
 と、言って笑った。
「ハッキリ言えば、威一郎氏の 『どうしたらいいだろう』 は、『倅 ( せがれ ) の由紀夫にジバン ( 地盤 ) を譲れ』 という意味ですね」
 筆者がなおもこう粘ると、桜井はしばらく間を置いて、
「三枝氏が 『次は出ない』 と腹をくくったということでしょう」
 と、答えた。
 桜井としては 「そこは明言を避けたい」 ということのようだったが、要するに 「盟友の威一郎から由紀夫の出馬を相談され、三枝がその場で自分のジバン提供を決断した」 ということである。
 前述したように、かつて南条が引退した際、後継候補に三枝を推薦したのは威一郎だった。三枝としては、この時の恩もあって、威一郎の打診を断り切れなかったのかもしれない。

(中略)

 ところが、その後、三枝から由紀夫へのジバン禅譲の一件について、落選当時の三枝の消息を知ると思われる複数の地元政界関係者に話を聞くと、出来事の因果関係がことごとく逆になっていた。
 前述したように、真実は 「盟友の威一郎から由紀夫の出馬を相談され、三枝がその場で自分のジバン提供を決断した」 という時系列である。
 事実、桜井によれば、落選した直後は、当の三枝自身も次の選挙へ向け、対策をあれこれ考えていたという。同時に、自民党室蘭支部にも自民党北海道支部連合会などから電話があり、「次の選挙では三枝に党の役職を付けて送り出す」 などの、気の早い話までが検討されていたというのだ。
 にもかかわらず、話を聞くことのできた地元政界関係者は、口を揃えて 「三枝がまず政界引退を決意し、然る後に由紀夫の出馬が決まった」 と説明していたのである。
 これはいったいどういうことなのか。
 この点について、桜井は 「敵を欺く ( あざむく ) にはまず味方から」 と言って、ニヤリと笑った。


 鳩山由紀夫首相が政界に進出する際に、選挙区が決められた経緯が書かれています。



 上記内容を簡潔に表現することは難しく、引用部を全文、お読みいただくほうが早いと思いますが、要は、

   現首相 ( 鳩山由紀夫 ) の父、鳩山威一郎が、衆院選落選直後の三枝三郎に対して、
  「息子の選挙区について相談する形をとりながら」 、暗に、「地盤を譲れ」 と要求した

ために、

   三枝三郎は、鳩山由紀夫に地盤を禅譲した

という内容です。



 これを、
  • 私が要約したように、「暗に要求した」 と表現するか、
  • 「たんに相談しただけ」 だが、相手が 「自発的に」 地盤の禅譲を決意したと表現するか

は微妙なところです。しかし、これは 「暗に要求した」 と取るのが普通ではないかと思います。だからこそ、

 「にもかかわらず、話を聞くことのできた地元政界関係者は、口を揃えて 『三枝がまず政界引退を決意し、然る後に由紀夫の出馬が決まった』 と説明していたのである。
 これはいったいどういうことなのか。
 この点について、桜井は 『敵を欺く ( あざむく ) にはまず味方から』 と言って、ニヤリと笑った。」

と書かれているように、「ニヤリと笑った」 のであり、地元政界関係者に対しては、「三枝がまず政界引退を決意し、然る後に由紀夫の出馬が決まった」 と説明していた、と考えられます。



 この経緯をどう考えるべきかは、表現しづらいです。政治について考える際に、国民ひとりひとりが判断すべきだと思います。

 状況は異なりますが、私も、似たような状況を経験しており ( 「行政指導は明確でなければならない」 ・ 「適切な催告期間とは、どの程度なのか」 参照 ) 、これは、実感として 「わかる」 気がします。

 この種の 「やりとり」 は、「日本社会では、あちこちでみられる」 ような気もしますが、逆に、私は 「滅多にできない」 経験をしたのかもしれません。
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