言語空間+備忘録

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「失われた一〇年」の原因

2010-03-04 | 日記
池尾和人|池田信夫 『なぜ世界は不況に陥ったのか』 ( p.240 )

池田 九〇年代の長期不況を考えるとき、基本的な考え方の違いとして、それを景気循環と考えるか、潜在成長率の低下と考えるかという問題があります。どっちをとるかによって、取るべき政策もまったく違ってきます。

池尾 その問題を整理するために、簡単な図を描きます。横軸が時間、縦軸は対数目盛りで測ったGDPを示すものとします。林=プレスコットの議論(文献12)によると、日本経済は当初ある均衡成長経路(図5(a)の左側の太線)の上にいたのが、新しい均衡成長経路(図5(a)の右側の太線)に移らなきゃいけないような変化が起きた。新しい均衡成長経路が下に落ちている原因は、時短をしたからだと説明されます。

(中略)

池田 池尾さんも、林=プレスコットとまったく同意見ですか。

池尾 実は私個人は、林=プレスコットと少し違う見方をしています。日本経済の均衡成長経路は一九八〇年ぐらいからずっと傾きの緩やかなものであった。それが、何かの間違いで一九八〇年代後半に、現実の経済の動きがその均衡成長経路から上方に乖離した。そして、乖離したことに、突然、気が付くわけです(笑い)。高成長率の経路を想定して資本蓄積をやってきたけれども、それは実力とは違うということに気が付いて、そこから元の本来の水準に戻る調整過程をたどるようになった。その調整過程がロストディケードだというのが私の理解です(図5(b)を参照)。

(中略)

 しかし、ここではより権威である林=プレスコット説に基づいて考えることにしましょう。労働投入量の減少とTFP(全要素生産性)上昇率の低下を与件とすれば、標準的な新古典派成長モデルを使って、日本経済の九〇年代の「失われた一〇年」――ほとんどゼロ%成長の経路をたどったこと――の説明がつくというわけです。ただし、「失われた一〇年」の原因が時短とTFP上昇率の低下だとすると、時短は政策によるものだとしても、TFP上昇率の低下をもたらしたのは何かという議論が必要になります。何が生産性上昇率を低下させたのかが、より本質的に問われるべき問題だということになります。
 それで、生産性上昇率の低下が起きた原因については、いろいろと研究がありますが、個々の産業ごとの生産性上昇率には顕著な変化は起きていないという議論があります。どうも個別産業については、一九九〇年を境にしてTFP上昇率の低下が起きているわけではないらしい。にもかかわらず、マクロで見ると一九九〇年を境にTFPの上昇率が下方に屈折している。すると、論理的には、産業構成、産業のウエイトが変わり、しかもTFPの伸び率の低い産業のウエイトが増大したという変化が起きたということになります。
 生産性上昇率の低い産業がウエイトを増大させるというのは、本来の市場メカニズムでは起こらないことのはずです。本来の市場メカニズムでは効率のいいものが生き残って、効率の悪いものは規模を縮小するはずです。ところが、九〇年代の日本においては、効率の悪いものが規模を拡大し、効率のいいものが規模を縮小したということが起きたのではないかという話になるわけです。
 そういうことを引き起こしたのは、総合経済対策という名前で行われた一九九〇年代の裁量的な景気刺激策、財政出動が大きな原因の一つとして考えられます。要するに、公共事業を積み増し、建設業を雇用の受け皿にしたわけです。建設業というのは、TFPの上昇率の低い方の産業なわけです。建設業のウエイトが経済対策の結果として高まったことが、マクロで見たTFPの下落を招いた一つの原因だと思われます。
 もう一つの原因は、銀行の追い貸しです。一九九〇年代に銀行貸し出しは全体として絞られ、貸し渋りが起きていると言われました。ところが、その中で九〇年代終わりまで、貸し出し額が増えている産業があります。不動産、建設、ノンバンクといった業種です。これはたぶん、追い貸しをしたのだろうと思われます。
 追い貸しの結果、本当は淘汰されるべき産業が生き延びた。全体として非効率な産業のウエイトが高まって、効率的な産業のウエイトが低下するという、本来の市場メカニズムとは逆の結果がもたらされた。追い貸しによって、いわゆるゾンビ企業を生き延びさせるようなことをしたから、日本経済全体としてのマクロでみた生産性上昇率というのが、伸び悩むことになったのだという話です。


 「失われた一〇年」の原因について、林=プレスコット説のほか、池尾先生の説が紹介されています。



 上記引用によれば、
  • 林=プレスコット説とは、「時短をしたために、成長率が低下した」ので、「失われた一〇年が発生した」、という説です。
  • 池尾先生の説は、「経済成長率は低いまま、変わっていない」が、「何かの間違いで一九八〇年代後半に、現実の経済の動きがその均衡成長経路から上方に乖離した」という説

です。

 ここでは、どちらの説が「正しい」かは論じられていないので、ここでは立ち入らないことにします。私がここで取り上げたいのは、TFP(全要素生産性)伸び率の低い産業のウエイトが増大した、という記述です。

 その原因として、建設業を雇用の受け皿にしようとした総合経済対策と、銀行の追い貸しが挙げられています。



 私としては、雇用の確保は重要であると思います。また、会社を倒産させるよりも、たとえゾンビ企業であっても延命させたほうが、トータルな社会的コストが低くなる場合もあると思います。したがって、上記指摘によってただちに、総合経済対策や追い貸しが問題である、とは考えません。

 構造改革は必要だと思いますし、生産性の高い産業のウエイトを高めるべきではありますが、新しい産業が立ち上がってこなければ、政府としては、雇用の確保をも考えざるを得ないのではないかと思います。労働者は人間であり、現金・食料を必要とする以上、政府は、雇用の問題を考慮しないわけにはいかないと思います。

 そして、雇用の確保、という観点でみた場合、「生産性の低い」分野は、実に魅力的だと思います。なぜなら、「生産性が低い」ために、「雇用の受け皿として、適している」からです。これが、生産性の高い分野であれば、さほど、雇用は生まれないことになりますが、生産性が低い分野であるからこそ、雇用が大量に確保されることになります。

 ゾンビ企業の延命についても、同じようなことがいえるのではないかと思います。たとえゾンビ企業であっても、破綻しないかぎりは、「雇用の受け皿としての機能をはたしている」のであり、「備品等の購入によって、消費の維持にも一役買っている」と考えられます。したがって、生産性向上の観点から、銀行の追い貸しを問題視することは筋が通ってはいるものの、「やむを得なかった」面もあるのではないかと思います。

 つまり、私は、財政赤字の拡大や、生産性の低い産業のウエイトが高まったことは、「国民を飢えさせないため」であり、「やむを得なかった」のではないか、と考えます(「公共事業における 「ムダ」」参照。なお、リチャード・クー氏はこれらを「積極的に」評価しておられますが、私は「やむを得なかった」と考えます。リチャード・クーの見解については、「日本の財政出動の評価」・「バランスシート不況対策 ( リチャード・クー経済学 )」を参照してください)。



 このように考えた場合、財政赤字の解消や、生産性向上のために必要なのは、「新たな産業・市場の創造」である、ということになると思います。「失われた一〇年」の原因は、「新たな産業・市場が立ち上がってこなかった」ことに求められるべきではないか、と思います(「規制緩和の第一次的効果」参照)。
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