言語空間+備忘録

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自由貿易の是非

2011-06-23 | 日記
N・グレゴリー・マンキュー 『マンキュー入門経済学』 ( p.81 )

 牛飼と農夫の例のように、人は特化と交換によって利益を得ることができる。異なる国どうしの国民も同様である。アメリカ人が享受している多くの財は外国製品であり、また多くのアメリカ製品が海外で販売されている。外国で生産されて国内で販売される財のことを輸入品と呼び、国内で生産されて外国で販売される財のことを輸出品と呼ぶ。
 国々が交易(貿易)によって利益を得られることを理解するために、日本とアメリカの2国と、食糧と自動車の2財だけがある世界を考えよう。自動車生産に関して、両国の技量は同じだとしよう。日本の労働者もアメリカの労働者も、1人当たり1ヵ月に1台の自動車を生産することができる。一方、食糧の生産には、広くて肥沃な土地をもつアメリカのほうが適しているとしよう。アメリカの労働者は1人当たり1ヵ月に2トンの食糧を生産できるが、日本の労働者は1人当たり1ヵ月に1トンの食糧しか生産できない。
 比較優位の原理によれば、ある財の生産に関して機会費用が低いほうの国が、その財を生産すべきである。アメリカにおける自動車の機会費用は食糧2トンであり、日本における自動車の機会費用は食糧1トンなので、日本は自動車の生産において比較優位をもっている。日本は国内で必要とする以上に自動車を生産し、その一部をアメリカに輸出すべきである。同様に、日本における食糧の機会費用は自動車1台であり、アメリカにおける食糧の機会費用は1/2台なので、アメリカは食糧の生産において比較優位をもっている。アメリカは国内で消費する量以上に食糧を生産し、その一部を日本へ輸出すべきである。特化と貿易を通じて、両国ともにより多くの食糧と自動車を得ることができるのである。
 もちろん、現実においては、国際貿易に関わる問題はこの例で示されたよりも複雑である。国際貿易の問題のなかで最も重要なのは、どの国も異なる利益関係をもつ多様な国民から構成されているということである。国際貿易は、一国全体をより豊かにすると同様に、国民の一部分を貧しくすることがある。アメリカが食糧を輸出して自動車を輸入する場合、アメリカの農家への影響とアメリカの自動車産業の労働者への影響は違うものになる。しかしながら、政治家や政治評論家がしばしば述べる意見に反して、国際貿易は戦争ではない。戦争は勝利する国と敗北する国を生み出すが、国際貿易はすべての国々をより繁栄させるのである。


 「経済学の十大原理」の一つ、「交易 (取引) はすべての人々をより豊かにする」は、異なる国どうしの国民についても成り立つ。比較優位の原理に基づいて貿易を行えば、すべての国々がより繁栄する、と書かれています。



 たしかに著者の述べるように、貿易はすべての国々をより繁栄させる、とはいえます。

 しかしこれには問題があります。今日は、その問題に焦点を当てたいと思います。



 著者は
国際貿易の問題のなかで最も重要なのは、どの国も異なる利益関係をもつ多様な国民から構成されているということである。国際貿易は、一国全体をより豊かにすると同様に、国民の一部分を貧しくすることがある。アメリカが食糧を輸出して自動車を輸入する場合、アメリカの農家への影響とアメリカの自動車産業の労働者への影響は違うものになる。
と述べ、「損をする」国民もいることが最重要の問題であるとしています。

 しかし「損をする」国民がいることは、それほど重要な問題ではありません。

 なぜなら貿易によって、(貿易をしない場合に比べ)利益を得られるのであれば、

   貿易によって得られた利益の「一部分」を
   貿易によって「損をする」国民に配分すればよい

からです。貿易によって「損をする」国民にその損失を補償して、なお余りある「利益」が得られるというのが、比較優位の原理が示す「貿易」の効果です。したがって貿易によって「損をする」国民がいることは、たいした問題ではありません。まったく問題にならない、といってもよいくらいです。



 問題なのは、相手がいつまでも貿易を続けてくれるのか、ということです。たしかに理論上は、貿易を続ければ双方ともに利益を得られます。しかし、

   一方の国が他方を侵略すれば、
   もっと大きな利益が手に入る

ことが問題です。上記の例でいえば、アメリカが日本を侵略すれば、アメリカは

   代価として(アメリカの)食糧を払わずに
   (日本の)自動車が手に入る

わけです。わざわざ貿易をする必要はありません(相手が約束の期日に代金を支払わないというケースもあり得ます)。

 とすれば、相手に侵略を思いとどまらせるだけの軍事力、あるいは「貿易を続ける」ことを選択させる軍事力の裏づけがなければ、貿易には「一定の限度がある」と考えざるを得ないのではないかと思います。

 アメリカの場合には世界を圧倒する軍事力がありますので、「アメリカが」自由貿易を推進するのは問題ありません。しかし日本の場合には、「一定の枠内で」貿易を行うほかないのではないかと思います。

 わかりやすく例をあげれば、日本が中国と自由貿易を大々的に行って日中双方が繁栄すれば、中国はますます軍拡を進める余裕ができてしまうので、(長期的にみれば)日本にとってマイナスになる。しかし貿易の利益は捨てがたいので「一定の枠内で」貿易を行うほかない、ということです。



 なお、侵略までいかなくとも、食糧安全保障上の問題もあります。食糧については、

   「コメ」は「一定の枠内で」自由化してよい、
   「コメ以外」は「完全に」自由化してよい、

というのが(現在の)私の意見です。これについては、「日本の食糧自給率」や「飼料用穀物の自給について」に書いています。よろしければ併せ(あわせ)ご覧ください。



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