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一国の生活水準は、生産性によってほぼ決定される

2011-06-13 | 日記
N・グレゴリー・マンキュー 『マンキュー入門経済学』 ( p.18 )

 第8原理:一国の生活水準は、財・サービスの生産能力に依存している

 世界全体を見渡したとき、生活水準の格差には圧倒されるものがある。2000年のアメリカ人の平均所得は約3万4100ドルであった。同じ年、メキシコ人の平均所得は8790ドルで、ナイジェリア人の平均所得は800ドルであった。平均所得に表れたこの大きな格差が、生活の質を測るさまざまな尺度に反映されているといっても驚くにはあたらないだろう。高所得国の国民は、低所得国の国民よりもたくさんのテレビや車を所有し、栄養状態もよく、よい医療を受けていて、寿命も長い。
 生活水準の歴史的な変化も大きい。アメリカでは、歴史的にみて、(生計費の変化を調整した)所得の成長率はほぼ2%であった。この成長率の下では、平均所得は35年ごとに2倍になる。過去1世紀で、平均所得は約8倍になったのである。
 国や時代の違いによって生活水準に大きな格差や変化があるのはなぜだろうか。その答えは驚くほど簡単である。生活水準の格差や変化のほとんどは、各国の生産性の相違によって説明できる。生産性とは、1人の労働者が1時間当たりに生産する財・サービスの量である。労働者の1時間当たりの生産量が多い国では、ほとんどの人々が高い生活水準を享受している。労働者の生産性が低い国では、ほとんどの人がもっと低い生活水準を甘受しなければならない。同様に、一国の生産性の成長率は、平均所得の成長率を決定する。
 生産性と生活水準との間の基本的な関係は単純であるが、その意味するところは深いものがある。生産性が生活水準の基本的決定要因であるのであれば、他の要因は二義的な重要性しかもたないはずである。たとえば、過去1世紀のアメリカにおける労働者の生活水準の向上を、労働組合や最低賃金法の功績であると考える人もいるだろう。しかしながら、アメリカ人労働者の本当の英雄は、彼ら自身の生産性の上昇なのである。もう一つ例をあげれば、アメリカの所得が1970年代と1980年代に低成長だったのは、日本をはじめとする外国との競争のせいであると主張する評論家たちがいる。しかし、本当の悪者は海外との競争ではなく、アメリカ国内における生産性の成長率の低下なのである。
 生産性と生活水準との関係は、公共政策にとっても重要な意味合いがある。政策が生活水準にどのような影響を与えるかを考えるときには、その政策が財・サービスの生産能力にどのように影響するかを考えることが大事である。生活水準を向上させるには、労働者がよく教育されていること、財・サービスを生産するのに必要な道具をもっていること、最高の生産技術を利用することができること、などを政策立案者が保証し、生産性を向上させなければならない。


 一国の生活水準は、生産性によってほぼ決定される。生産性とは、1人の労働者が1時間当たりに生産する財・サービスの量である。(ほとんどの)労働者の生活水準も同様であり、他の要因、労働組合や最低賃金法などは大きな影響を及ぼさない、と書かれています。



 ここでは「なぜ、生産性(財・サービスの生産能力)によって生活水準がほぼ決まるのか」が説明されていないので、これだけでは「本当かどうかわからない」わけですが、

 「国全体の」生活水準であればいかにもありそうな話なので、ここでは追及しないことにします。この原理はあとで(ページが進むにつれて)詳しく説明されると思われるので、そのときに詳しく検討します。



 また、著者は
労働者の1時間当たりの生産量が多い国では、ほとんどの人々が高い生活水準を享受している。労働者の生産性が低い国では、ほとんどの人がもっと低い生活水準を甘受しなければならない。
と主張していますが、これには「やや」疑問があります。しかしこれについても、あとで検討することにします。



 今回の記事は(引用せずに)要約すれば、わずか数行ですみます。それにもかかわらず、私が「引用」したうえで「独立した記事」にしているのは、
  1. 著者がこの教科書で最初に「経済学の十大原理」を述べ、その後で詳細を論じるスタイルをとっていること、
  2. 労働組合や最低賃金法などの「生産性以外の要因」は生活水準に大きな影響を及ぼさない、という部分がきわめて重要だと思われること、
  3. 私が「証拠」となる記述を引用しつつブログを書いていること
が原因です。やむなくこのような引用をしていることをご理解ください。
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2 コメント

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生産性と年金制度 (四葉のクローバー)
2011-06-14 11:16:29
これは、年金制度にも当てはまる。

よく、まことしやかに言われるのが
「以前は、一人の年金生活者を、6人の勤労者が支えたが、将来は2人の勤労者が支えなければならなくなるので、勤労者の負担は3倍になる」
というロジックである。

しかし、これはあくまで、生産性がずっと同じであることが前提の話であって、技術の進歩による生産性向上、という要素を無視してはいないだろうか。
Unknown (memo26)
2011-06-15 12:03:11
 そうです。だから現実は複雑なのですが。。。

 なお、「誰が消費するのか」も重要ですね。人口が減れば消費者も減るわけで。。。 生産性が上昇し続けても売れなければ話になりません。

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