言語空間+備忘録

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中国の 「外貨準備高」 の定義

2009-12-16 | 日記
田代秀敏 『中国に人民元はない』 ( p.114 )

 北京の外資系運用会社の中国人ファンド・マネージャーは、次のように説明した。
「対米ドル為替レートの継続的な上昇は、銀行株にとって好材料のひとつ。銀行は自国通貨建ての膨大な資産を抱えているので、通貨高はプラスとなる」
 中国の銀行の資産の大半は人民幣建てである。だから、人民幣高・ドル安になると、資産のドル建てでの金額は大きくなる。
 もちろん、このとき、負債のドル建てでの金額も、同じ割合で大きくなる。「だったら何も変わらないじゃないか」 というのは、日本人の思考である。中国人はそうは考えない。
 お金を資産と負債とに分解して考えるのは複式簿記である。
 複式簿記は、ひとりの個人ないし法人の経済的な行動を、仮想的な貨し手と借り手とに分解して記述する仕組みである。
 自分の金庫に入っている現金のうち、どれだけが自分のもので、どれだけが他人のものかは、複式簿記を使わなければ計算できない。だから、複式簿記は、資本主義の最も根本的な文明的基礎のひとつとされるのである。
 ところが、中国では、いまだに複式簿記の考え方がない。だから、自分の金庫や財布に入っているお金は、すべて自分のものになってしまう。
 たとえば、中国の外貨準備高は、二〇〇六年に日本を抜いて、一兆ドルの大台を超えた。ところが、中国の外貨準備高は、外国企業の中国現地法人のドル建ての資本金を含んでいるのである。
 外国企業の資本金は、中国の国有銀行に振り込まれたまま、その企業が中国での事業をたたんで撤退するまで、引き出すことはできない。言わば、資本金は中国の国有銀行に預けっぱなしで、「塩漬け」 状態になってしまう。
 複式簿記の考えがなければ、中国の国有銀行に 「塩漬け」 になっている資本金は中国のものであると思考してしまう。こうして、外国企業の資本金が中国の外貨準備高に計上されてしまう。
 人民幣高・ドル安になって、資産も負債も、それぞれのドル建てでの金額が増えるが、複式簿記の考え方がないので、資産の方だけを見てしまう。


 中国には、複式簿記の考え方がない。だから中国人は、他人のお金であっても、自分のところにあれば、自分のお金だと考える。中国の外貨準備高には、( 中国の国有銀行に振り込まれた、外国企業の ) 中国現地法人の資本金も含めて計上されている、と書かれています。



 中国人は、他人のお金であっても、自分のところにあれば、自分のお金だと考える。ここには、「中国は 「借りた金を返さなくてもよい」 文化」 であるという事情が、影響しているものと思われます。

 したがって、文化的背景を抜きにして考えることはできず、中国で複式簿記の考え方が普及するには、時間がかかるのかもしれません。



 しかし、中国には複式簿記の考え方がない、中国は遅れている、と言ったところで、何にもならないので、現実的に考える必要があります。

 具体的には、中国側の発表する 「資産」 を割り引いて考えればよいと思います。

 中国の外貨準備高は、すでに 2 兆ドルを超えていると思います。そこに、中国現地法人の資本金も含めて計上されているなら、2 兆ドルという数字を、割り引いて評価すれば足りると思います。



 中国が急激な経済成長を続けているのはたしかだと思いますが、数字は、大き目に出ているわけです。数字を鵜呑みにすれば、過大な評価をすることになります。もちろん、過小な評価も行きすぎだとは思いますが、「適切」 な評価をすべく、努力しなければならないと思います ( どの程度割り引けば、「適切」 なのかは、難しいところですが ) 。

 なお、同様の事情を示すデータとして、「中国の失業率」 があります。
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