言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

対等な日米関係

2011-12-20 | 日記
リチャード・L・アーミテージ ジョセフ・S・ナイJr 春原剛 『日米同盟 vs. 中国・北朝鮮』 ( p.34 )

春原 冒頭から機微に触れる質問で行きますが、鳩山由紀夫前首相が掲げた「対等な日米関係」について、どう思われますか?

アーミテージ 最初に感じたのは、鳩山氏は日米同盟というものをきちんと理解していないのだということです。米国が維持している国防費の規模や軍事力、そして世界最大の経済力ということを考えれば、日米関係は対等ではないのです。
 一方で、双方の考えに耳を傾け、相談するという観点に立てば、それは対等であるとも言えます。身近な例で言えば、私が国務副長官の時、外務省の竹内行夫次官とは日米戦略対話を重ね、竹内次官は当時、米国が何を考えているかを完全に理解していたはずです。もし、これを「対等」と呼ばないのであれば、我々は誰にも「対等な関係」など与えることはできない。もちろん、中国に対しても、です(笑)。だから、「対等な日米関係」という鳩山氏の言葉はとてもナイーブなものだと私は思います。

ナイ 真に対等な関係を築くためには、日本は核兵器を独自に開発し、独自の外交を実現するという決断をくださなければなりません。しかしながら、私は日本が独自の核を開発し、防衛政策において完全な自主・自立を求めているとは思いません。
 もちろん、そういった意味において、このパートナーシップにはある種の不平等があるというのは事実です。なぜなら、米国は核を保有する超大国であり、日本はそうならないことを決めたからです。
 一方、この関係は別の意味ではもちろん、平等なパートナーシップでもあります。たとえば、法的(国際法上)には、双方は完全に平等な立場にあります。仮に日本が明日にでも在日米軍兵力の国外退去を求めるのであれば、日本はそうできるのです。でも、実際には軍事的な不均衡、非対称性があり、不平等でもあります。それは単純に表現上の問題と言えるでしょう。

春原 それは二国間同盟という文脈においてですね。

ナイ そうです。言い換えるとすれば、日本は現在のようにGDPの一%ではなく、四%を防衛費に充てなければならないでしょう。そして、核兵器も開発する。そうすることで、事実上も「平等」を手に入れるわけです。しかし、実際にはすでに(日米が)平等であるとも言いました。つまるところ、それは一体、「平等」という言葉で何を意味しようとしているか、という点に尽きるわけです。

(中略)

春原 鳩山氏の祖父、鳩山一郎元首相は政治家としてはナショナリストのカテゴリーに分類されています。その孫である鳩山氏にもその血が流れているとすれば、一見するとリベラルなイメージを持たれますが、芯の部分ではナショナリストの側面も持っているのかもしれません。つまり、「対等な日米関係」の意味するところは、もっと自立した日本という国家を確立したい、ということなのではないかと思うのです。

アーミテージ 私は日本人ではないので、あなたほど深く理解はしていないのかもしれない。しかし、私から見て、鳩山氏は「ドリーマー(夢見る人)」のようです。もし、鳩山氏が独立・日本(Independent Japan)を目指しているのであれば、それが引き起こす結果も考えないといけません。独立・日本はそのまま(アジア太平洋地域における)主題となり、まず多大な圧力が中国によってかけられるでしょう。実際、米国と同盟関係にある日本に対しても中国は「いじめ」のような行為を続けているではないですか。沖縄の周辺海域に中国海軍の艦船が出没したり、ヘリコプターを飛ばして海上自衛隊を悩ませている。ああした迷惑行為に同盟国・日本が晒されている事実には不快感を禁じ得ません。

春原 中国は日米同盟の「質」を試しているのでしょう。そして、鳩山・民主党政権の登場によって、日米同盟は弱体化しつつあると踏んでいる……。

アーミテージ そう、まさしく、その通りです!


 日米関係は「法的には」対等である。しかし、「事実上は」対等ではない。なぜなら米国の軍事力・経済力は圧倒的だからである。中国を含め、どんな国も米国と「事実上」対等ではあり得ない、と書かれています。



 これはまさにその通りでしょう。

 ( と、ここで話を打ち切ってもつまらないので、話をふくらませます。)



 米国と「事実上も」対等な関係になろうとすれば、米国と同様の軍事力・経済力が必要となります。現実には、米国と同規模の軍事力・経済力をもっている国など、ひとつもないのですから、中国を含め、どんな国も米国と「事実上」対等ではあり得ない、ということになります。

 とすれば、日本には2通りの道があります。
  1. 「法的に」対等な関係で満足し、「事実上」対等であることは放棄する道と、
  2. 「事実上も」対等な関係になろうとする道
です。

 ここでの問題は、日本はどちらの道を歩むべきか、です。



 現在、日本は前者の道を歩んでおり、(日本)政府には、後者の道に切り替える意図はないように見受けられます。これに対し、自称「愛国保守」の人々は、後者の道を歩むべきだと考えているように思われます。

 前者の道を歩む場合、「米国との関係が悪化するリスク」がつねに問題となります。米国は本当に日本を守ってくれるのか、米国は日本を裏切るのではないか、といった疑心暗鬼は、どうしても残ります。自称「愛国保守」の人々が後者の道を歩むべきだと考える理由も、十分に説得的です。

 しかしながら、後者の道を歩もうとする場合、その歩みそのものが、米国との関係を悪化させることになりかねません。とすれば、自称「愛国保守」の人々の主張は、「国を守ろうとして、かえって国を危険にさらす」主張だと考えざるを得ない、ということになります。

 ある意味、自称「愛国保守」の人々が主張する後者の道は、「自分たちで自分たちの国を守る」という「素直な考えかた」です。しかしそれは「単純=幼稚な考えかた」だということでもあります。現実には、世界一の軍事力・経済力をもつ米国と(日本が)同レベルになることは難しいと思います。それを承知で、あえてその道を突っ走れというなら、それは「なんでも一番でなければ気がすまない」幼児的思考だといえるでしょう。



 このように書くと、「それならお前は(日本は)米国に依存するのがよいというのか」などという批判が出かねないのですが、

 私としても、日本が自力で日本を守るに越したことはないと思います。日本は、もっと軍事力(=防衛力)を高めるべきだとは思います。しかしそれは、日本が米国と「事実上も」対等になるべきだということではありません。日本は(日本の)国力にふさわしい軍事力(=防衛力)をもつべきだ、という考えかたがベースになっています。

 わかりやすくいえば、お金持ちの家には防犯カメラやボディガードが必要かもしれないけれども、貧乏人ならそんなものは必要ない、ということです。それぞれの家がそれぞれの状況に合わせて、それ相応の防犯対策・安全対策を施すことが現実的です。

 それと同様に、「国を守る」国防についても、それぞれの国がそれぞれの経済力・技術力にあわせて、それ相応の軍事力(=防衛力)をもつべきだ、と私は考えるのです。国防を語る際の「自主自立・自主防衛」とは、このような意味ではないでしょうか? 「自主自立・自主防衛」とは、かならずしも「トップレベルになる」という意味ではないはずです。



 もっとも日本の場合、米国には及ばないものの、経済力・技術力は「ほぼトップレベル」だといってよいでしょう。したがって日本の軍事力(=防衛力)も、「ほぼトップレベル」でなければなりません。

 このように考えたとき、日本はもっと防衛費を増額し、防衛力を高めるべきだ、ということになると思います。日本は国力にふさわしい防衛力を手にしていないと思うからです。上述の譬え(たとえ)を用いれば、日本は「防犯設備のほとんどない、無防備に近いお金持ち」だと思うのです。

 上記引用には、次のような言葉があります。
ナイ そうです。言い換えるとすれば、日本は現在のようにGDPの一%ではなく、四%を防衛費に充てなければならないでしょう。そして、核兵器も開発する。そうすることで、事実上も「平等」を手に入れるわけです。しかし、実際にはすでに(日米が)平等であるとも言いました。つまるところ、それは一体、「平等」という言葉で何を意味しようとしているか、という点に尽きるわけです。
 この主張は、すこし間違っています。なぜなら、日本が「GDPの一%ではなく、四%を防衛費に充て」て、「核兵器も開発」したところで、米国と「事実上も対等」にはなれないからです。

 しかし、私は上記の理由から、日本はもっと防衛費を増額し、核も保有すべきだと思います。それはなにも、米国と「事実上も対等」になるためではなく、「国力にふさわしい防衛力」をもつべきだと考えるからです。そしてこれこそが、現実的な意味での「対等な日米関係」ではないでしょうか。

 そしてそのために、日本は米国と協調し、米国の理解・同意を得つつ、防衛費の増額・核保有への道を歩むべきだと思います。「米国との関係が悪化するリスク」を避けつつ、日本は「日本の国力にふさわしい防衛力」をもつべきだと考えるからです。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 金正日総書記が死去 | トップ | 「横暴に振る舞うな」という... »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。