言語空間+備忘録

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郵政改革 ( 橋本改革 )

2009-09-28 | 日記
紺谷典子 『平成経済20年史』 ( p.107 )

 橋本改革においては結局、「郵政民営化」でなく「公社化」と決まったが、郵便貯金が財投(財政投融資)の資金として流れるルートは断ち切った。橋本首相が「郵政民営化」をめざしたのは、それが財投の非効率を正すひとつの手段と考えたからである。
「財投が非効率なのは、事業のいかんにかかわらず資金が確保されているからだ。したがって、資金源を断てば財投は効率化されるはず、そのためには郵便局の民営化」という論法だった。
 これは、小泉氏の郵政民営化論でも使われた論法だが、乱暴で非論理的な主張であったにもかかわらず、多くのマスコミや識者が共感し、賛同してきた。財投の非効率は、かねてから、国民の共通認識となっており、財投改革という大義名分が、疑問を拒否し、いつのまにか郵政民営化それ自体が改革の目標と化してしまったのである。

(中略)

 さて、「財政投融資」とは、国が行う投資や融資のことである。たとえば、民間金融機関がリスクやコストが高すぎるとして融資を行わない住宅資金や事業資金を貸し付けたり、あるいは、あまりに巨額の資金が必要で民間では負担しきれない、高速道路やダムなどの公共施設に投資を行うのである。
 公共性の強い事業であるため、必要とあれば採算を度外視して行うが、それを口実に、きわめて非効率な運営がなされている。

(中略)

 財投改革のために「資金源を断つべき」という話は、論理が飛躍している。そもそも、財投に問題があるなら、なぜ財投を直接改革しないのか。なぜ資金源なのか。
 財投改革を行うなら、まずは、個々の財投事業の必要性を議論すべきである。それぞれの事業が、公的に行う必要性があるかどうかを見定めねばならない。公的に行う必要がないなら、その事業は廃止か、民営化すれば良いだろう。
 公的に行う必要性があるとなったら、次に行うのは、それを効率的に行っているかどうかのチェックである。非効率というなら、どこがどのように非効率なのか、それが許されてきた原因はどこにあるのか、などを明らかにすべきだろう。原因分析もなしに、対策など決められるはずがない。
 問題が明らかになって、はじめて、その解決のための手段を論じることができる。必要な事業かもしれないのに、いきなり資金源を断てば、事業そのものの存続が危うくなる。必要性と効率性は、分けて考えるべき問題だ。資金源を断てば、効率化されるという保証もない。


 財政投融資 ( 財投 ) の効率化を目的として、郵政改革が行われたが、この 「改革」 は筋が通らない。財投の効率化を目指すなら、財投そのものの必要性・効率性を論じ、効率化を図るべきである、と書かれています。



 この記述、説得力があります。とくにつけ足すことは、なにもありません。



 …ですが、せっかくなので、なぜ、資金源を断とうとしたのか、を推測してみます。

 おそらく、論議を重ねて 「計画」 を練っていても始まらない、実際に 「困る状況」 を作ることで、現場は ( 真剣に ) 知恵を絞って効率化するはずだ、という発想だったのではないかと思います。

 この考えかたにも合理性があり ( 私なりに、合理性のある理由を考えたので当然ですが ) 、橋本改革も、( ある程度 ) 評価されてもよいのではないか、とも思います。

 もっとも、資金源を断つことと、民営化、あるいは公社化とは、かならずしも結びつかないと思います。したがって、この考えかたをとった場合でも、橋本改革に問題があった、という著者の考えかたを覆すことにはならないこと、もちろんです。
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