言語空間+備忘録

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政治が世代間負担を論じるとき

2009-05-28 | 日記
野田毅 『消費税が日本を救う』 (p.20)

 そういう意味で、行革の話はちょっと横に置いておいて、消費税については、それとは切り離して、その使い道を基礎年金、老人医療、介護の三分野、そして、少子化対策に限定しよう、その代わり、現在のレベルの基礎年金の支給と老人医療及び介護のサーヒスは断固として保障する。保険料はいま以上に上げない、自己負担もいま以上に増やさない、だから、老後のために貯金することはしなくてよろしいということを制度としてカチッと据える。そして、名前も「社会保障税」と変えるのです。
 そのときは食料品等についての軽減税率だとか内税にするとか、さまざまなことをやるのは当然のことだと思いますが、そのことによって老後の不安をなくしていくということのほうが、はるかにいいのではないでしょうか。
 そうでないと、年金の額を減らしますという話に毎年なってきます。あるいは老人医療の自己負担をまた引き上げるとか、給付をギリギリまで絞っていくということになっていきます。


( 註: 引用文冒頭の 「そういう意味」 とは、「行革を徹底的にやって、徹底的に無駄遣いをなくして、役人の数も政治家の数も、国も地方も徹底的にスリム化して、それでなおかつ財政が足りないというなら、消費税の増税も仕方がない」 などと言っていたら、いつまでたってもキリがない。行革をしている間に、どんどん少子高齢化は進み、赤字国債は増えていって、財政破綻になる、という意味です )


 消費税を増税しなければ、日本の財政赤字はなくならない、年金・老人医療・介護のために、消費税を増税すれば、国民のためになります、と書かれています。


 気のせいかもしれないのですが、この文章、国民のなかでも、とくに、お年寄りに向けて書かれているのでしょうか。高齢者の利益を守ります、と言っているように受け取れます。
 もちろん、若い人も、いつかは高齢者になるのですから、すべての国民の利益になる、といえなくもないのですが、この種の話は、費用の 「世代間負担」 の話だともいえるので、高齢者の受け取る利益を (さらに) 減らす可能性を、排除しないほうがよいと思います。
 もともと、年金・老人医療・介護などの費用が不足している、国債の発行も限界に近い、という話なのですから、その費用を削らなければ、どう転んでも、若い世代の負担を増やす話になってしまいます。高齢者も含めた、すべての世代が負担する消費税に財源を求めることは、負担が偏ることを避けるうえで、有益だとは思いますが、同時に、高齢者の受ける利益を削減する可能性も、残しておいたほうがよいでしょう。「年金給付減額の論理」 は、その方向での論理構成のひとつです。


 高齢化社会が進展すると、お年寄りの人数は、若年世代に比べて、どんどん多くなります。したがって、選挙で当選しなければならない政治家は、どうしても、票の多い高齢者世代に有利な政策をとろうとする傾向があるのではないか、と思われてなりません。


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