言語空間+備忘録

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経済学の使命

2009-06-28 | 日記
伊東光晴 『ケインズ』 ( p.49 )

 マーシャルの本たとえばかれの主著『経済学原理』をひもどくならば、貧乏の問題の解決をかれが強調していることがわかる。イギリスが発展に発展をとげたヴィクトリア時代になぜ貧乏があるのか。これがかれの問題であった。そしてマーシャルは、これから経済学を学ぼうとするケンブリッジの学生たちに、経済学を学ぼうとする者はまず、イースト・エンド(ロンドンの貧民街)へ行ってこい、といったといわれている。それは冷静な頭脳だけでなく、温い心をやしなうことが経済学の勉強には必要だと考えたためであった。
 そのマーシャルの経済学の結論は何であったか。レッセ・フェール、自由放任、自由競争、これによって社会は進歩する。自由放任、それは何もしないことではないか。イースト・エンドに行くことの結論が何もしないことであるとは! ここにケインズがヴィクトリア時代の道徳の偽善的一面を見出したのは不思議ではない。


 経済学とはなにか、が、ここには示されています。



 「経済学を学ぼうとする者はまず、イースト・エンド(ロンドンの貧民街)へ行ってこい」 と言ったマーシャル。

 そして、そのマーシャルの経済学が、自由放任・自由競争を説いていることに対して、

 「自由放任、それは何もしないことではないか。イースト・エンドに行くことの結論が何もしないことであるとは!」 と反撥するケインズ。



 私も、経済学の使命は、したがって経済学でもっとも大切なのは、貧しい人々を貧困から救うこと ( 貧困の解消 ) である、そうでなければならない、と思います ( すくなくとも私は、この目的で経済学に関心をもっています ) 。

 問題は、ケインズの反撥、「自由放任、それは何もしないことではないか。イースト・エンドに行くことの結論が何もしないことであるとは!」 に示されており、「本当に、これでよいのか」 にあります。

 現在、新自由主義に対する風当たりが強くなってきています。「自由」 よりも優れた対策はあるのか。それを検討すべく、次は、ケインズ経済学とケインズの人となりを紹介する、この本を引用します。
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