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「核廃絶無理」発言に対する広島の反応はおかしい

2012-11-14 | 日記
YOMIURI ONLINE」の「「核廃絶は無理」橋下氏に広島知事「勉強不足」」( 2012年11月13日21時29分 )

 日本維新の会代表の橋下徹大阪市長が核兵器廃絶について「現実的には無理」などと発言したことを受け、広島県の湯崎英彦知事は13日、定例記者会見で「そうじゃないという議論もたくさんある。よく勉強してほしい」などと苦言を呈した。

 橋下氏は10日、遊説先の広島市で記者団に対し、核兵器廃絶について「理想としては(廃絶)。でも、それは全部が(核を)持たないことができて初めて成り立つ。現実的には無理ですよ」などと答えた。

 これに対し、湯崎知事は「国会議員も所属する公党の党首なら認識を改めてほしい」とし、「安全保障には、核抑止(力)が不可欠という議論がある一方、地域的にはなくせるという議論もある」と反論した。


 橋下代表の「核廃絶は無理」発言に対する、広島県知事の反応が報じられています。



 広島県知事は、「安全保障には、核抑止(力)が不可欠という議論がある一方、地域的にはなくせるという議論もある」と述べていますが、これは橋下代表に対する批判または反論にはなりません。

 なぜなら、広島県知事が批判または反論をするためには、
  1. 地域的にはなくせるという主張が正しいこと、
  2. 当該地域に日本が含まれること、
の2つを主張する必要があるにもかかわらず、(報道によれば) 知事はたんに「地域的にはなくせるという議論もある」と述べているにすぎないからです。

 知事は要するに、「私は議論の内容を詳しく知っている」と言っているにすぎません。

 これが批判・反論とはいえないことは、あきらかです。



 もっともこれは、知事が「反論」をしていないにもかかわらず、たんに読売新聞が「反論」と書いただけかもしれません。その場合には、読売新聞の報道姿勢に問題があることになります。



YOMIURI ONLINE」の「橋下氏の「核廃絶無理」発言、広島市長が批判」( 2012年11月14日12時22分 )

 日本維新の会代表の橋下徹大阪市長が核兵器廃絶について「現実的には無理」などと発言したことに対し、広島市の松井一実市長は14日、定例記者会見で、「被爆の実相を理解していない方の発言」と批判した。

 松井市長は「広島平和記念資料館を訪れて被爆者の話を聞いてもらえば、広島の心を深く理解してもらえるのでは」と不快感を示した。さらに、再選したオバマ米大統領を引き合いに出し、「(核廃絶の)理想を求め、難しいかもしれないがやっていこうという方もおられる」と指摘した。


 こちらは広島市長の反応です。



 広島市長は、「被爆の実相を理解」すれば「核廃絶は可能だ」と主張するはずだとでも考えているのでしょうか?

 おそらく広島市長が言いたいのは、「被曝の実相を理解」すれば、「二度と被爆者を出してはならない」という「広島の心」「被爆者の気持ち」がわかるはずだ。そうすれば、「核廃絶は無理」だなどとは言えないはずだ、ということだろうと思いますが、

 このような広島市長の態度・考えかたは、とんでもない誤りだと思います。



 冷静に考えれば、

 核廃絶は理想でありますが、どう考えても、「現実的には無理」ではないでしょうか?

 もちろん遠い未来を考えれば、まったく可能性がないとまではいえないものの、すくなくとも現段階では、「現実的には無理」だと言わざるを得ないでしょう。いまの中国が核武装を放棄するとは、とても考えられません。



 とすれば、

 広島市長の発言は、要するに「被爆者の気持ちに配慮して、本当のことを言ってはならない」ということではないでしょうか?

 あるいは「被爆者の気持ちに配慮して、(核廃絶は無理だと考える者は)自分の意見を述べてはならない」ということかもしれませんが、

 このような市長の態度は、民主主義の精神に反していると言わざるを得ないと思います。



 もちろん私も、「広島の心」「被爆者の気持ち」をまったく無視してよいと考えているわけではありません。

 たとえば以前、(広島の) 平和記念式典の時期に、(広島市で) 田母神俊雄前航空幕僚長が核武装を主張しましたが、そのような行為には、私も疑問を感じます。

 しかし、今の時期であれば、報道されたような主張がなされることに問題はないと思います。



 広島市長は、
「広島という場所では」「いついかなる時期であっても」核武装を主張してはならない、核廃絶は無理だなどと主張してはならない
とでも考えているのでしょうか?

 だとすれば、そのような広島市長の発言こそが、問題視されるべきだと思います。



 なお、私は、
「二度と被爆者を出してはならない」という「広島の心」「被爆者の気持ち」を現実のものにするために、日本は核武装すべきである
と考えています。



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