言語空間+備忘録

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ルーズベルトの政策 ( バンク・ホリデー )

2009-11-01 | 日記
安達誠司 『恐慌脱出』 ( p.108 )

 ルーズベルトが大統領に就任した直後に、アメリカは金融危機に見舞われたとされている。そこでルーズベルトは、就任早々「バンク・ホリデー」を宣言、1週間の一斉休業の間に銀行の統廃合を進め、存続を選択された銀行に対し、RFC(復興金融公庫)を通じて資本注入を行った。金融危機では約2500の銀行が姿を消したが、そのほとんどがルーズベルトのイニシアティブの下、意図的に統廃合の対象とされたものだった。
 この「バンク・ホリデー」のタイミングが1933年3月だったため、この銀行整理の政策が大恐慌克服の鍵であったと指摘する経済学者も、日本には多い。しかしこれは適切ではない。1つの例を挙げて説明しよう。
 読者の皆さんが、世界大恐慌期に生きていた株式投資家であったと仮定してみよう。もし、バンク・ホリデーによる頑強な銀行システムの構築が大恐慌克服の決定打であったならば、あなたはどのような投資行動をとるだろうか。すかさず銀行株を購入するのではないだろうか。それ以前の銀行株が、経営破綻リスクで暴落に次ぐ暴落という状況であれば、なおさらである。
 しかし、この局面での銀行株の上昇は、他のセクターに比べれば小幅にとどまった。また、これをきっかけに銀行による貸し出し等の資金仲介機能、および信用創造機能が回復したわけではなかった(図表4-5)。銀行の経済的機能の回復は、主要な経済指標の底打ちの後のことであった。


 ルーズベルトの行った 「バンク・ホリデー」 期間の銀行統廃合は、じつは大恐慌克服には効果がなかった、と書かれています。



 著者がこのように考える根拠は、銀行株が、バンク・ホリデー後に小幅上昇にとどまったことです。

 しかし、これは根拠たりえないと思います。

 いま、バンク・ホリデーが大恐慌克服に重要な役割を果たしたと仮定します。しかし、その場合であっても、当時の株式投資家にとっては、銀行の統廃合によって大恐慌が克服されるとは 「わからなかった」 ので、銀行株は小幅上昇にとどまった、と考えられます。

 したがって、バンク・ホリデーが大恐慌克服の鍵であったか否かを論じるにあたって、当時、その前後で株価がどう動いたかを根拠にするのは、不適切だと考えられます。



 銀行の整理・統廃合が大恐慌克服に有効だったか否かは、他の要素によって判断すべきではないかと思います。
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