言語空間+備忘録

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金融危機防止に向けた規制

2010-01-28 | 日記
竹森俊平 『資本主義は嫌いですか』 ( p.180 )

 繰り返しになるが、問題の根本は金融機関の報酬体系がアップサイドに感応的である一方で、ダウンサイドに対して非感応な点にある。そのために、リスク・テーキングが過剰になされるのである。そうであるなら、報酬体系をアップサイドに対しても、ダウンサイドに対しても、同じように感応的なものに改めればよい。金融機関が自発的にそうするというなら、それが一番望ましいが、もし、金融機関が自らの意思では報酬体系を改めることを望まないというのであれば、政府が規制して、報酬体系をそのように改めさせればよい。
 具体的な方法としてはこういうふうにする。ある金融機関のファンドマネージャーが 「基準利率」 を上回る利益を上げた場合には、その成果に対する報酬をすぐに現金で渡す代わりに、その金融機関の株式の形で渡し、さらにその株式は金融機関が設ける基金に委託させて、一定期間はファンドマネージャー本人による株式の売却が不可能なようにする。そうすれば、もしそのファンドマネージャーの取った 「テール・リスク」 が実現して、金融機関が損失を被った場合、その金融機関の株価は下落し、ファンドマネージャーが自動的に制裁を受ける。完全とはいえないが、このような方法によって、「リスク・テーキング」 のダウンサイドを報酬に反映させることができる。そうラジャンは提案する。
 もし、金融機関のインセンティブ体系を規制するという提案が過激すぎるならば、従来の金融機関に対する安全規制を強化する選択もある。たとえば、何人かの経済学者が提案しているように、従来の 「自己資本規制」 を景気感応型に改める選択がある。住宅ローンの供与に対する自己資本率の規制基準は、住宅価格の上昇率に応じて引き上げ、また、不動産業や建設業に対する貸し出しについては、不動産価格の上昇率に応じて自己資本率の規制基準を引き上げるように規制するのである。このようにすれば、高くつく資金調達の手段である 「増資」 を嫌う金融機関は、住宅ローンや不動産投資への貸し出しに対してより慎重になるはずだ。


 金融危機の根本には、過剰なリスク・テーキングがある。過剰なリスク・テーキングがなされるのは、ファンド・マネージャーの報酬体系に原因がある。報酬体系を改めるべきである。それが難しいならば、金融機関に対する自己資本規制を、景気感応型に改めればよい、と書かれています。



 ファンド・マネージャーの報酬体系に原因がある、というのは、その通りだと思います。過剰なリスクをとり、収益があがれば、ファンド・マネージャーは ( 個人的に ) 巨額の利益を手にしますし、逆に、リスクをとったために損失を蒙れば、その損失は会社 ( 金融機関 ) の損失となり、ファンド・マネージャー自身は、金銭的な損失を蒙らないからです。ファンド・マネージャーの損失といえば、せいぜい、会社をクビになるくらいのものでしょう。

 クビになったところで、当該ファンド・マネージャーが巨額の貯蓄を持っていれば、なんら困りません。

 これでは、過剰にリスクをとることを、制度として、推奨している、と考えることも不可能ではないでしょう。ファンド・マネージャーの立場に立って考えれば、リスクを過剰にとろうとするのが、自然ではないかと思います。



 しかし、それでは今回のような金融危機が、また発生する。そこで、報酬体系を変えるべきである、と考えられるのですが、

 ファンド・マネージャーは、民間企業の従業員ですから、民間の契約に、( 労働者にとって不利な ) 規制を設けてよいのか、という疑問は、当然、発生します。契約は自由であるのが原則であり、規制を設ける場合にも、通常は、労働者保護の見地から、労働者に有利になる方向での規制に限られます。

 しかし、いったん金融危機が発生すると、公的資金が注入されることにもなりますし、社会に対する影響は破壊的なレベルに達します。したがって、規制を設けてもかまわないのではないか、と思います。



 次に、金融機関に対する自己資本規制を 「動的に」 変更する、という方法ですが、これは名案だと思います。というか、ぜひとも必要なのではないでしょうか。

 金融危機が拡大した背景には、「金融システムの健全性を確保するための規制が、金融システムを破壊している」 面があります ( 「規制について、再考すべき時期にきている」 参照 ) 。したがって、その原因となった要素、すなわち、「硬直的な」 自己資本規制を変更し、「柔軟な」 規制に変えることは、状況をよくすることはあっても、悪くすることはないと思います。

 もっとも、「柔軟」 といっても、「融通無碍」 では困りますから、一定の規則性 ( 厳格さ ) が必要だとは思います。

 「景気感応型」 にする際に問題になるのは、「景気」 をどうやって判定するのか、です。これは結構、難しいのではないかと思いますが、規制 ( 変更 ) の方向は間違っていないと思います。
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