言語空間+備忘録

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米ドルの軍票性

2010-08-29 | 日記
佐高信・編 『城山三郎と久野収の「平和論」』 ( p.54 )

 軍票とは、軍事力を背景にして、ある国や地域だけに通用させたお札のことである。戦争中の満州においては、日本が必要なだけ印刷して、軍事力を背景にして通用させていった。ドルもアメリカの軍事力を背景にしているのだが、あたかも軍事力がなくても通用するかのような誤魔化しの装飾を施していった。だからドルの本質は軍票と一緒であるということだ。
 私は経済雑誌の編集長をやっていたとき、鈴木秀雄という大蔵省の国際派といわれ、官僚としては良心的な人にインタビューしたことがある。
 そのときに鈴木は「アメリカは、為替がわからない国だ」と言った。外国為替市場では、ドルと円の交換の比率などを見て、円はどれくらい力があるか測らなければいけないのだが、アメリカは測る必要がない、と。自分の国が主だから、比較する鏡がないのである。鏡がないということは、相対感覚がもてないということだ。鈴木から「アメリカは、為替がわからない国だ」といわれたとき、私は目から鱗が落ちた。アメリカの基軸通貨であるドルが圧倒的な強さで通用している限り、ますます為替がわからなくなる。ドルがどのくらい強いのかわからなくなるのである。
 軍票は、軍事力を背景にして勝手に発行することができるから、ドルの相対性がますますわからなくなる。このように二重のわからなさの中で、使ってしまうのが軍票の特徴といえよう。ベトナム戦争では大量に発行されたが、そのツケが溜まって、いつ崩れてもおかしくない状況が続いてきている。
 「サブプライムローンがアメリカで破綻したのに、なぜ日本に影響するのか」
 という質問を受けることがある。それはこういうことだ。ドルを軍票だとすると、アメリカの力が衰えたときには通用しない。そして、その軍票を残念ながら日本は持っている。そういう側面も原因の一つである。
 また、アメリカはドルのほかに国債を発行しており、日本は大量に買っているが、その発行残高は公表されていない。経済危機をまねく恐れがあるから、絶対に公表しないのである。日本の国債も危ないが、アメリカの国債はもっと危ないことを知っていながら、日本政府と民間は買ってしまっている。石原慎太郎がある講演で言っていたのだが、アメリカの国債発行残高は三〇〇兆円と言われている。私も経済評論家であるから、だいたいの見当はつけていたが確証がなかった。向こうにとっては不幸なことに、私がたまたま「産経新聞」を見たときに慎太郎の講演が載っていたのである。たまには「産経新聞」も読まなければいけない。
 日本の国家予算は約八〇兆円だから、その四倍にあたる。ドルが衰えてきて、さらにアメリカの国債を三〇〇兆円も買っている。米軍再編で沖縄の米軍基地がグアムへ移転するに際し、三兆円の費用を負担するというが、皮肉に言えば、それはアメリカ国債で払えばいいだろう。
 しかし、日本とアメリカの関係では、日本はアメリカの国債を売ることができない。橋本龍太郎が大蔵大臣だったときに「売りたい誘惑に駆られる」と言ったが、小泉純一郎は何も言えなかった。橋本のほうがマシだった、ということになる。
 また、「アメリカが日本を支えている。アメリカが日本の製品を買ってくれなければ困る」と言われているが、それは逆ではないのか。つまり、三〇〇兆円の国債を日本が買っていたから、アメリカはイラク戦争をできたのではないか。このように話を展開すべきなのだ。
 日本は、アメリカの国債を売ることはできないが、「売るぞ」と言うことくらいはできる。難しい駆け引きだが、「売るかもしれない!」「売ってはいけないと思っているが、間違って売るかもしれない!」など、外交上いろいろな言い方ができるというのに、それがまったくできていない。ドルという軍票に、いつまでも癒着しているばかりで、外交・政治とは別に、経済の問題として日米関係がまったくできていないのである。
 ドルは、もはや軍票としての有効性を失って、基軸通貨のままではいられないだろうというのが世界の共通認識となってきた。だから、財務官僚はドルの勢力圏からいつ抜け出すことができるかを考えなければならない。しかし、彼らは本当に頭が硬い。今までの延長線上でしかものを考えられないから、彼らに求めるのは無理だ。では政治家はどうか。政治家はもっと頼りない。


 「ドルもアメリカの軍事力を背景にしている」ので、「ドルの本質は軍票と一緒である」。その「ドルは、もはや軍票としての有効性を失って、基軸通貨のままではいられないだろうというのが世界の共通認識となってきた」。それにもかかわらず、「財務官僚はドルの勢力圏からいつ抜け出すことができるか」を考えようとしていない、と書かれています。



 引用部分は、『城山三郎と久野収の「平和論」』に収録されている「世界金融恐慌の読み方」(佐高信・著) の冒頭部分です。



 米ドルがアメリカの軍事力を背景にしており、ドルの本質は軍票と一緒であるというのは、おそらくその通りだろうと思います。

 しかし、そうだとすれば、なぜ、「ドルは、もはや軍票としての有効性を失って、基軸通貨のままではいられないだろうというのが世界の共通認識となってきた」といえるのでしょうか。それがわかりません。



 現在、一般に、(著者のいう)「世界金融恐慌」によってアメリカの経済力に陰りがみえてきた、と説かれています。したがって、

   アメリカの経済力が落ちるので、米ドルは基軸通貨のままではいられない

と説くのであれば、話はわかります。



 しかし、著者は、「ドルもアメリカの軍事力を背景にしている」ので、「ドルの本質は軍票と一緒である」と述べています。「ドルを軍票だとすると、アメリカの力が衰えたときには通用しない」と書かれていますが、

   ここにいう「アメリカの力」とは、アメリカの「軍事力」を指す

と考えるのが、論理の筋からいって、当然だと思われます。したがって、

   アメリカの「経済力」が多少、衰えたとしても、
   アメリカの「軍事力」が衰えないかぎり、米ドルは基軸通貨のままである、

という話になるはずです。



 そこで、アメリカの「軍事力」について考えると、

 いまなお、アメリカの軍事力は圧倒的であり、アメリカに対抗しうる国は現れていないと思います。世界中の海に空母を含む艦隊を展開し、宇宙にも偵察衛星を多数、配置している国は、アメリカのほかには、ひとつもありません (もっとも近年、中国の軍事力は急ピッチで増強されているようですが、アメリカに対抗しうるというには程遠いと思います ) 。

 したがって、

   アメリカの「経済力」は、「世界金融恐慌」によって落ち込むとみられるが、
   アメリカの「軍事力」が圧倒的である以上、米ドルは基軸通貨のままである

と考えなければなりません。



 私は、 (著者同様) ドルの軍票性を肯定するので、(著者とは異なり) ドルは基軸通貨の地位を維持し続ける、と思います。



 著者は「日本の国債も危ないが、アメリカの国債はもっと危ない」と書かれています。しかし、米ドルが軍票であるとするなら、アメリカの軍事力が圧倒的であるかぎり、米国債は暴落しないと予想されます。というか、「簡単には」暴落しないと予想されます。米国債は危なそうに見えて、じつは危なくない、と思います。

 したがって、日本の「財務官僚はドルの勢力圏からいつ抜け出すことができるか」を考えようとしないので優秀である、と考えるべきではないかと思います。



 なお、

 (1) 上記はあくまでも、私の個人的な意見であり、米ドルが基軸通貨たる地位を喪失したり、米国債が暴落したり、といったことが現実に起きるかもしれません。

 (2) 「アメリカの国債発行残高は三〇〇兆円と言われている」が、日本は「アメリカの国債を三〇〇兆円も買っている」というのは、あきらかに変ですが、原文をそのまま引用しています。

 (3) 私は米国債は安全だと思いますが、一般には米国債の危険性が説かれていますので、(著者の説く)「売るかもしれない!」「売ってはいけないと思っているが、間違って売るかもしれない!」などの駆け引きは、有効であり、一考の価値があると思われます。
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