言語空間+備忘録

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武器輸出三原則「固執」は平和国家にそぐわない

2010-12-12 | 日記
YOMIURI ONLINE」の「武器輸出なら日本は「死の商人」…福島氏先鋭化」( 2010年12月8日15時44分 )

 菅首相から政権運営への協力を求められた社民党の福島党首が安全保障政策に関する主張を先鋭化させている。

 政府・民主党内では、社民党に政権運営を再び振り回されることに警戒感が広がる一方、「社民党の協力がなければ菅政権は持たない。しばらくは我慢だ」(政府筋)といった声も出ている。

 福島氏は7日昼、国会内で、政府が来週決定予定の「防衛計画の大綱(防衛大綱)」に関する市民団体の集会に出席。約100人の参加者を前に「日本製の武器が世界中の子どもたちを殺すことを望むのか。日本が『死の商人』になるのは、平和国家にそぐわない」などとあいさつし、武器輸出3原則の堅持を政府に求める考えを強調した。自らの発言に興奮したのか、途中で「熱弁ふるってすみません」と苦笑する場面もあった。


 社民党の福島党首が「日本製の武器が世界中の子どもたちを殺すことを望むのか。日本が『死の商人』になるのは、平和国家にそぐわない」などと述べた、と報じられています。



 たしかに福島党首の考えかたは、ひとつの考えかたではあります。

 しかし、この考えかたには、大きな問題が含まれていると思います。次のように考えれば、どうなるでしょうか?

 「外国製の武器で世界中の子どもたちが殺されるのを見殺しにするのか。それを望むのか。日本が『命を守る』役割を果たさなければ、平和国家にそぐわない」



 日本が武器を輸出しなくとも、ほかの国が武器を輸出します。なぜ、福島党首は、「武器」イコール「人を殺す道具」と考えるのでしょうか? 「武器」には「命を守る道具」という役割もあります。

 武器が「人を殺す道具」たり得るのは、「人を殺し、他国を侵略しようとする者 (国家)」に輸出する場合です。しかし、「他国による侵略から自国を防衛し、国民の命を守ろうとする者 (国家)」に武器を輸出するなら、武器は「人を殺す道具」ではなく、「命を守る道具」になります。

 要は、武器を輸出する相手を選べばよいのです。相手によって、武器を輸出するかどうかを決めればよいのです。



 社民党の福島党首は、「外国製の武器で世界中の子どもたちが殺されることに平気」なのでしょうか? そうではないなら、なぜ、世界中の子どもたちの命を守るために、武器の輸出を認めようとしないのでしょうか?

 福島党首の発言、どこか変だと思いませんか?



 福島党首の意見を「正しい」と認める余地があるとするなら、次のような場合にかぎられると思います。

 「他国を侵略しない。防衛のために武器が必要なのだ」と言っている国家に武器を輸出するとは言っても、実際には、その約束が守られるかどうかわからないではないか。その国が、他国を侵略し、世界中の子どもたちを殺し始めたらどうなるのか。

 この考えかたであれば、福島党首の発言は「筋が通っており、正しい」と言えるでしょう。

 しかし、一見「筋が通っており、正しい」かに思われるこの考えかたにも、じつは問題があります。

 そこまで他国を信頼しないというなら、「ほかの国はずるくて卑劣な国ばかりだ」ということですか? 信頼に値する国があるなら、「防衛のために」武器の輸出を認めてもよいのではありませんか? 信頼に値する国はない、どの国もずるくて卑劣な国ばかりだというなら、どこかの国が侵略戦争を始める可能性も当然、認めるのですよね? それならあなたは、侵略され始めた国の子どもたちを見殺しにするのですか? 侵略を防ぐためには、防衛用の武器が必要なのではありませんか?

 福島党首はこの問いに、どう答えるのでしょうか?



 私が考えるに、おそらく、これは程度問題ではないかと思います。

 たしかに相手国が約束を破り、日本が輸出した武器で侵略を始める可能性はある。しかし、世界には専守防衛の範囲を超えて、どんどん軍拡を続けている国がある。そしてまた、次々に武器を輸出している国もある。このような現実をふまえたうえで、武器輸出の可否を判断しなければならないと思います。

 そしてこの現実をふまえて考えれば、比較的信頼に値する国、「かなり」信頼に値する国にかぎって武器を輸出することこそが、「平和国家」としての日本にふさわしいのではないでしょうか?

 「命を守る」ための手段、すなわち「命を守る」ための武器を輸出しなければ、日本は、外国製の武器が「世界中の子どもたちを殺すことを望む (見殺しにすることを望む)」ことになってしまいます。



 したがって、日本は友好国・同盟国に対しては、(信頼の程度に応じて) 武器の輸出を認めてよいし、認めるべきではないかと思います。

 つまり私は、「武器輸出三原則の見直し」で述べた意見を変更します。
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