言語空間+備忘録

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政友会政権の昭和恐慌対策

2009-11-03 | 日記
安達誠司 『恐慌脱出』 ( p.149 )

 このような経済政策の失敗から、結局、1931年12月に、政権は民政党から政友会にかわった。そして、政権を奪取した政友会内閣は、民政党とはまったく逆の経済政策を実施した。すなわち、

  1.  変動相場制への復帰と円安誘導(金輸出再禁止)
  2.  金融緩和(国債の日銀引き受けによる事実上の量的緩和政策)
  3.  財政支出拡大(主にデフレによって深刻な打撃を受けていた農村部の救済)

の3つの経済転換が実現した。この経済政策パッケージの最大の特徴は、第5章で指摘した恐慌型の不況に際してとるべき最適な経済政策のメニューを、ほとんどすべて実行したという点である。
 この経済政策を主導した当時の大蔵大臣である高橋是清は「日本のケインズ」と呼ばれることがあるが、彼の採用した経済政策は、オールド・ケインジアンが主張するような財政出動による有効需要の創出というよりも、バーナンキらが主張した Fiscal Monetization であったと考えられる。これは、政策を総動員し、財政出動の資金を中央銀行による国債の購入によってファイナンスすることで、長期金利の上昇を抑え、その効果を高める政策である。
 これらの政策によって、日本経済は他の欧米諸国に先駆け、しかもきわめて短期間にデフレを脱し、景気回復局面に入った。株価の反発も政策転換同様、各国に比べて最も早かった(図表5-5)。その後の株価パフォーマンスも、ほぼ一貫して他国を上回った。


 政友会政権では、民政党政権とは正反対の政策を実施したところ、急速にデフレを脱し、景気回復局面入りした。株価の反発も早かった、と書かれています。



 「民政党政権下の昭和恐慌」 に対して、その逆の政策を行った、というのですが、

 民政党政権時代に、海外投資家は資金調達に応じており、すでに資金面の手当ては完了していたのかが、気になります。



 それはともかく、これを読むと、円安・金融緩和・財政支出拡大の 3 つ ( …のうち、すくなくとも 1 つ ) が、デフレ脱却に有効であったと考えられます。

 うち、円安と金融緩和については、「民政党政権下の昭和恐慌」 のところで、効果あり、と判定しています。

 そこで問題にすべきは、財政支出拡大の効果、ですが、「ルーズベルトの政策 ( 公共投資 )」 と同様、効果あり、と考えてよいと思います。



 問題は、構造改革の是非ですが、それについては、「わからない」 と考えるほかないと思います。
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