司法修習生の給費制・貸与制問題について、いまだに「給費制復活」を求める活動が一部で行われているようです。
以前、このブログにいただいたコメントのなかには、修習生の給費(給与)を日弁連(日本弁護士連合会)が負担する、という話もあったのですが、日弁連のホームページを見るかぎりでは、「日弁連が負担する」という方向性ではなく、「あくまでも国が負担しろ」という主張がなされているようです。
結局、「日弁連(弁護士)には負担する意志がない」ということなのでしょうか?
私としては、「修習生を採用する弁護士が負担すべき」である、つまり「日弁連が負担すべきである」と考えています。なぜなら、「司法修習生の修習」は一般企業における「OJT」等に相当すると主張されるところ、だったら企業がOJT期間の給与を負担するのと同様に、司法修習生を採用する弁護士が司法修習生の給与を負担すべきだと考えるからです。
国が給与を負担する給費制を復活したのでは、弁護士は国費で養成された司法修習生を採用することになります。それは、一般の企業が新人社員の養成費用を自己負担していることに比べ、弁護士に有利な、不当な制度だと考えます。
日弁連・弁護士が司法修習生の経済的困窮を訴えるならば、まずは日弁連・弁護士がみずから、給費を負担しよう、という姿勢を示すべきではないでしょうか? なぜなら、もともと日弁連・弁護士が負担すべき費用だからであり、本来、国が負担すべき費用ではないからです。
なお、「司法修習生を採用する弁護士が司法修習生の給与を負担すべき」であるにもかかわらず、なぜ、「日弁連(日本弁護士連合会)が負担すべき」だと私が主張しているのかといえば、多くの法律事務所は小さな組織であり、毎年、司法修習生を採用しているわけではないからです。
たとえば、ほぼ5年おきに司法修習生を採用する法律事務所を考えた場合、司法修習生を採用する年にのみ、採用した司法修習生の給費を負担することは、毎年、その金額の5分の1を負担することと同じである、といえます。そしてこの理は、ほぼ10年おきに司法修習生を採用する法律事務所においても成り立ちますし、毎年、司法修習生を採用する法律事務所においても成り立ちます。
さらに、弁護士の人数が多い法律事務所ほど、司法修習生を採用する人数も多い、といえます。
とすれば、上記(司法修習生への給費)金額相当分を弁護士会が負担してもよい、ということになります。具体的には、弁護士会の会費の一部に、司法修習生の給費相当分を含むことにすればよいと思います。
私の考えかたをより正確に述べれば、
■関連記事
「司法修習生の給費制問題の解決策」
「司法修習生の給費制維持論は根拠が弱すぎる」
「私が司法修習生の給費制に反対する理由」
以前、このブログにいただいたコメントのなかには、修習生の給費(給与)を日弁連(日本弁護士連合会)が負担する、という話もあったのですが、日弁連のホームページを見るかぎりでは、「日弁連が負担する」という方向性ではなく、「あくまでも国が負担しろ」という主張がなされているようです。
結局、「日弁連(弁護士)には負担する意志がない」ということなのでしょうか?
私としては、「修習生を採用する弁護士が負担すべき」である、つまり「日弁連が負担すべきである」と考えています。なぜなら、「司法修習生の修習」は一般企業における「OJT」等に相当すると主張されるところ、だったら企業がOJT期間の給与を負担するのと同様に、司法修習生を採用する弁護士が司法修習生の給与を負担すべきだと考えるからです。
国が給与を負担する給費制を復活したのでは、弁護士は国費で養成された司法修習生を採用することになります。それは、一般の企業が新人社員の養成費用を自己負担していることに比べ、弁護士に有利な、不当な制度だと考えます。
日弁連・弁護士が司法修習生の経済的困窮を訴えるならば、まずは日弁連・弁護士がみずから、給費を負担しよう、という姿勢を示すべきではないでしょうか? なぜなら、もともと日弁連・弁護士が負担すべき費用だからであり、本来、国が負担すべき費用ではないからです。
なお、「司法修習生を採用する弁護士が司法修習生の給与を負担すべき」であるにもかかわらず、なぜ、「日弁連(日本弁護士連合会)が負担すべき」だと私が主張しているのかといえば、多くの法律事務所は小さな組織であり、毎年、司法修習生を採用しているわけではないからです。
たとえば、ほぼ5年おきに司法修習生を採用する法律事務所を考えた場合、司法修習生を採用する年にのみ、採用した司法修習生の給費を負担することは、毎年、その金額の5分の1を負担することと同じである、といえます。そしてこの理は、ほぼ10年おきに司法修習生を採用する法律事務所においても成り立ちますし、毎年、司法修習生を採用する法律事務所においても成り立ちます。
さらに、弁護士の人数が多い法律事務所ほど、司法修習生を採用する人数も多い、といえます。
とすれば、上記(司法修習生への給費)金額相当分を弁護士会が負担してもよい、ということになります。具体的には、弁護士会の会費の一部に、司法修習生の給費相当分を含むことにすればよいと思います。
私の考えかたをより正確に述べれば、
「司法修習生のうち、裁判官または検察官になる人々の割合」と、「弁護士になる人々の割合」に応じ、国と弁護士会とが、費用(給与)を分担して負担するです。私の主張の趣旨等、より正確に知りたい、というかたは、ぜひ、文末の関連記事をお読みください。
■関連記事
「司法修習生の給費制問題の解決策」
「司法修習生の給費制維持論は根拠が弱すぎる」
「私が司法修習生の給費制に反対する理由」
確かに、他の士業ではそのようなことはない。
しかし、司法修習は、裁判官、検察官、弁護士という法曹三者になるための育成機関であり、法曹三者は日本の三権の一つである司法権を担う存在であるから、統治機構の維持の観点から、国費負担することは、全くありえないというわけではない。
このとき、裁判官だけが司法権を担う、という理解であれば、それは誤りであると指摘したい。
日本における司法権は、確かに中立な審判官は裁判官が担っているが、当事者主義の司法構造から、民事・刑事ともに、二当事者対立によって主張立証が行われることで、真実発見、妥当な解決を見出す仕組みをとっている。
ゆえに、その当事者となる弁護士(民事では原告、被告両方に関わるし、刑事では被告人に関わる)、検察官(刑事の訴追者)は、その役割として司法権の一端を担っていることは間違いない。
但し、だからと言って、それを所与のものとして既得権益化されるのは問題であり、その弊害防止としての無利子貸与制は、バランスが取れた仕組みであると考えている。
結論として無利子貸与制を賛成するが、ブログ氏とは前提において異なる意見を持つものである。
私としては、この問題を考えるにあたって、三権分立を(あまり)考えなくてよいのでないかと思います。その理由は、
(1) 私人間の訴訟の場合、権力を分立させて国家権力の暴走を阻止しようとした三権分立の意義は、ほぼない、といってよい。
(2) 弁護士の仕事のほぼ全部が、私人間のトラブルであり、国家権力を相手にするような刑事事件・行政事件など、弁護士の仕事の1割にも満たない。
です。
前後しましたが、初めてコメントさせていただきました。
これまでもRomしていましたが、よろしくお願いします。
さて、ご意見のうち、(1)はともかく、(2)は直ちに首肯しかねるかと思います。
すなわち、重要度を計るに仕事の数をもってのみ判断するのは妥当ではなく、仕事の質の検討をするべきであるためです。
特に刑事事件における弁護士の仕事は、民事事件に比して数が少ないとしても、その影響度は民事の比にならない重要度を秘めていると考えられます。
民事と刑事で法曹資格を二分するのであれば、格別、そのような議論が無いままに、民事と刑事を徒に等分対比するのは乱暴かと思います。
こんなに早く常連さんが戻ってこられるとは思っていませんでした。よろしくお願いいたします。
> 特に刑事事件における弁護士の仕事は、民事事件に比して数が少ないとしても、その影響度は民事の比にならない重要度を秘めていると考えられます。
私は、弁護士の仕事の(事実上)ほぼすべてが私人間トラブルなので、司法修習生に対する「経済的支援」の是非は「弁護士は民間(個人)事業者である」という点を重視するのが適切だと思います。したがって「費用分担制」がよい、と思っていますが、
たしかにあなたの考えかたにも一理ありますね。
ただ、ひとつ気になるのは、あなたの主張(無利子貸与制)に比べれば、私の主張(国と弁護士会の給費分担制)のほうが、部分的に国家支出を認めている分、あなたの主張の趣旨に沿っているのではないかと思われることです。
それぞれの主張の根拠を考えれば、あなたのほうが国家支出を多めに認めることになりそうなのですが、最終的な結論(主張)は逆になっていることが気になります。
主張と結論の不一致を感じるとのことですが、それは金銭に対する「利息」の負担というものを過小評価しているように思います。
また、民事が業務ボリュームとして多いことも、また事実であるので、国家負担をするにしても、最小限度にとどめることが重要であるかと思います。
これは、日弁連等の主張を考えると、実は当然の結論になると思いますが、国家と対峙する可能性のある弁護士という職性を鑑みると、国家が給費を負担することは心理的な面では利益相反しているともいえるため、最小限度にとどめるべき、とも思っています。
日弁連はその意味で主張を良いとこ取りしていると、私は評価しています。
また、弁護士会での負担というのは、確かに集金装置として意味がありますが、弁護士会入会をしないこともできます(=開業しなければ登録不要)。よって、企業内弁護士有資格者としてであれば、負担が全く無くなる点で問題があると思います。また、才覚なく、廃業に至る者が増えると残存する者に負担が増す点でも、不合理かと思います。
経済的負担は、なるべく可能な限り、個人帰属で処理できる方が望ましいと思います。
たしかに「利息」の負担は大きいです。したがって「無利子」貸与で十分である、と考えることもできます。現に私は以前、そのように主張していました。
しかし、「現金」を給付するほうが、司法修習生にとって有利でしょう。
私が言っているのは、そのことなのです。
なお、司法修習修了後、弁護士として活動しない者については、「国と弁護士会の費用分担制」では問題があります。それはその通りです。
しかし、それは「細かい話」であり、かつ、現段階では私の主張が現実的な検討項目として採用されていないために、(私が)話を単純化して「大筋」を主張いるからにすぎません。
細かい点については、現実的な検討項目として政治の場で採用された際に検討・主張すればよいと思っています。(たとえば国と弁護士会が費用を分担しつつ、一部は修習生が自己負担する等の形に修正すればそれですみます)
最後に、すこし話は変わりますが、いつも読んでくださっているのであれば、「とおりすがり」というハンドルは変な感じがします。何か適当な名前に変えてくださったほうがわかりやすいのではないかと思います。
法曹養成の国費負担ですが、程度問題なので正答があるものではないと思いますが、私は現金支給するほど司法修習生を優遇する必要が無いかと思っています。実際、無利息、10年据え置きの条件は、借り入れに比べたら、実質上譲与したのと同じぐらいに有利です。
ま、いずれにしても、程度問題の話であるので、この話は最終的には多数決問題で十分な話かと思っています。