言語空間+備忘録

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資本主義社会における被用者の地位

2010-02-05 | 日記
la_causette」 の 「どこかに就職しなければならないという考え方は古くはない

 とりあえずどこかに就職しなければならないという考え方は、少なくとも農地を離れた都市住民が存在するようになってからは存在している考え方であって、その歴史は100年なんてものではききません。元手も経験・知識もない中でいきなり事業を興すというのは、成功の確率が更に低いからです。

 そして、他人に雇われるという生き方が市民権を得るということは、資本主義が発達する上で必然的な要素です。なぜなら多くの事業において、相当数の人数が継続的にこれに従事するということが必要不可欠だからです。他人に雇われて生きるという選択をする人々が相当数いないと、せっかく事業を興しても、事業主が自分自身でこなせる範囲内でしか事業規模を拡大できないということになるからです。

 だからこそ、資本主義を健全に発展させるためには、他人に雇われるという生き方をすることが特別不利に働かないような仕組みづくりをしていくことが必要となります。自分で事業を興さなければろくな生活ができないという社会制度の元では、質の高い人材が人に雇われるという生き方を選択しなくなり、質の高い従業員を大量に必要とする高度に組織化された事業が成立しなくなってしまうからです。


 資本主義を健全に発展させるためには、他人に雇われるという生き方をすることが特別不利に働かないような仕組みづくりをしていくことが必要である、と書かれています。



 この主張そのものは、その通りだと思います。したがって、以下は批判ではありませんが、



 他人に雇われている人々には、( 他人に雇われていない人々に比べて ) 決定的に有利な点があります。

   毎月、一定額の収入が 「保証されている」 という点

です。毎月、という部分は、契約によっては毎週、毎日 という場合もありえますが、定期的に一定額の収入が得られることが 「保証されている」 ことには変わりありません。



 「さき ( 先 ) のことはわからない」 以上、定期的に一定額の収入が 「確実に」 得られるということは、本来、あり得ないことだと思います。そのあり得ないことが 「保証されている」 というのは、他人に雇われている人々にとって、きわめて有利な事柄であり、彼らは優遇されている、と考えなければなりません。

 他人を雇っている人々 ( 資本家 ) は、「将来の収入が保証されておらず、場合によっては、収入がゼロになるかもしれない」 立場にありながら、他人に対して、「一定額の収入を保証している」 わけです。収入が不確実でありながら、支出は確実、というのが、資本家の立場ではないかと思います。

 この観点からみれば、「搾取されているのは、じつは、資本家かもしれない」 と考えられます。すくなくとも、このように考える余地があります。



 したがって、資本主義を健全に発展させるためには、他人に雇われるという生き方をすることが

   特別 「不利に」 働かないような仕組みづくりが必要であると同時に、
   特別 「有利に」 働かないような仕組みづくりも必要ではないか、

と思います。

 要はバランス、ということになりますが、現実に適用するにあたっては、そのバランス ( さじ加減 ) がきわめて難しいとは思います。
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