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ジョンソンの社会福祉国家構想「偉大な社会」

2011-04-10 | 日記
アーサー・B・ラッファー、ステファン・ムーア、ピーター・タナウス 『増税が国を滅ぼす』 ( p.91 )

 暗殺されたケネディの当然の後継者として選挙で地滑り的な勝利を収めたジョンソンは、ベトナム戦争を泥沼化させた大統領として知られる。これがアメリカの歴史の中で最も疎まれた戦争だったことは、改めて言うまでもあるまい。一九六七年には、一八~二六歳のすべての男子を対象に徴兵制が敷かれた。戦時予算は一九六五年に五一〇億ドル、六九年には八二〇億ドルに膨れ上がっている(*7)。学生たちは学内で、あるいはワシントンで大規模な反戦運動を繰り広げ、「地獄へ行くのはごめんだ」「誰のための戦いか」と訴えた(*8)。
 だがアメリカ経済を何よりも蝕んだのは、巨額の軍事費が注ぎ込まれるのと並行して、大型福祉予算が組まれたことである。これほど大規模な福祉プログラムは、アメリカでは初めてだった。ジョンソンは「アメリカから貧困を駆逐する」ために、「偉大な社会」すなわち社会福祉国家をめざすことを決意したのである。福祉国家構想の失敗は、以後三〇年にわたってアメリカを苦しめることになる。そのために五兆四〇〇〇億ドルもの予算が使われた(ヘリテージ財団の推定による)だけではない。福祉プログラムは設計がまずく、労働の価値を貶め、家族の絆を弱め、生活保護に恒久的に依存する貧困層を生み出す結果となった。貧しい人々は、下手に働けば賃金以上の生活保護を失いかねないのだから、実質的に一〇〇%以上の税金をかけられたようなものである(*9)。
 ジョージ・メイソン大学の経済学教授ウォルター・ウィリアムズは、これについて次のような鋭い考察をしている。「アメリカの黒人世帯は、奴隷制度の中を生き抜いてきた。ク・クラックス・クランやジム・クロウ法や、〈分離すれども平等〉政策にもめげなかった。だが福祉国家構想にだけは負けてしまったのである」。一九八〇年には、父親のいない家庭で生まれる子供の数が、両親そろった家庭で生まれる数を上回り、デトロイトのような都市では黒人の子供の三人に二人が非嫡出子という事態になった。福祉プログラムがアメリカの都市に社会不安をはびこらせる原因となったことは、火を見るよりも明らかである。そしてこの社会不安は、その後四半世紀にわたって続いた(*10)。
 サプライサイド経済学では、経済活動はインセンティブによって左右されると考える。人間は、プラスのインセンティブにもマイナスのインセンティブにも反応する。福祉国家構想がもたらした悲劇は、このことを明確に証明してくれたと言えよう。この構想はアメリカのティーンエイジャーに、学校をやめて妊娠し父親を家から追い出せば、お金がもらえると教えた。働いて所得があっても、政府には隠すように教えた。大量の生活保護世帯が出現したが、彼らはインセンティブに従って行動したに過ぎない。
 ハーバード大学教授のマーティン・フェルドシュタインは一九七六年に、福祉国家構想と労働意欲に関する研究を発表した。それによると、福祉給付は、受給者が働いて得られる所得に比して多すぎるという。たとえば失業給付は無税のうえ、低所得労働者の賃金とほとんど変わらない。フェルドシュタインは福祉プログラムの隠れた影響を数値化し、週四〇時間の賃金と同じだけ失業給付を支払う場合、失業率は一・二五%ポイント上昇すると結論づけた。さらに、国内総生産は労働者一〇〇万人の生産量の分だけ縮小し、課税ベースもそれだけ減ることになるという(*11)。
 そうなるだろうということは、常識で考えればすぐわかることだ。だが六〇年代、七〇年代の社会事業の設計者には、それがわかっていなかったらしい。


 ジョンソン大統領の社会福祉国家構想「偉大な社会」は失敗したと述べ、この構想がどんな結果をもたらしたかが書かれています。



 ジョンソンは「アメリカから貧困を駆逐する」ために、「偉大な社会」すなわち社会福祉国家をめざすことを決意し、大型福祉予算を組んだが、

 その結果、貧困層は「働かないほうが得」になり、
  • 生活保護に恒久的に依存する貧困層を生み出し、
  • 父親のいない家庭で生まれる子供の数が、両親そろった家庭で生まれる数を上回り、
  • 国内総生産は縮小した
と著者は述べています。



 しかし、「働かないほうが得」である以上、「生活保護に恒久的に依存する貧困層」という表現は(やや)ミスリードだと思います。「働かないほうが得」だということは、

  「生活保護に依存せず、
    恒久的に低賃金労働を続ける『超』貧困層」が、

  「生活保護に恒久的に依存する貧困層」に変わった

ということです。「彼らの生活レベルは高くなった」のです。生活レベルが高くなったとはいっても、「貧困層」であることには変わりないわけで、裕福な暮らしとはほど遠く、やっと「健康で文化的な(最低限度の?)生活」が送れるようになったというにすぎないと思います。



 問題は、「働けば貧困を抜け出すチャンスがあるか否か」です。つまり、「恒久的に低賃金労働を続ける『超』貧困層」にとって、働くことで貧困から抜け出せる余地があるかないか、です。働くことで貧困から抜け出せるなら、生活保護制度があろうとなかろうと、「超」貧困層の人々も働いて貧困から抜け出すでしょう。けれども、働いても働いても、貧困から抜け出すチャンスがないなら、生活保護制度があろうとなかろうと、彼らは貧困から抜け出せないでしょう。

 著者は、働けば貧困から抜け出すチャンスがあることを「当然の前提」としています。しかし、たとえば貧困のために学校に行けず、学歴をもたないまま働き始めれば、仕事といっても単純作業しかない、という人が多いのではないでしょうか。その場合、仕事でキャリアを積もうにも積めないわけで、なかなか収入アップのチャンスがないわけです。つまり、世の中には、「恒久的に低賃金労働を続けざるを得ない人々」が存在しているのではないでしょうか。

 生活保護制度については、(働き始めれば、つまり収入があれば給付を打ち切るのではなく、段階的に給付額を減らすなど) 工夫の余地があるとは思いますが、もっと重要なことは、

   どんな立場の人でも、
     キャリアを積み、収入が増える可能性があること

ではないでしょうか。このような社会になってこそ、人々の「働く意欲」も高まるのではないかと思います。



 また、
「父親のいない家庭で生まれる子供の数が、両親そろった家庭で生まれる数を上回り、デトロイトのような都市では黒人の子供の三人に二人が非嫡出子という事態になった。…(中略)…福祉国家構想…(中略)…はアメリカのティーンエイジャーに、学校をやめて妊娠し父親を家から追い出せば、お金がもらえると教えた」
という部分も、

   わが子に、「教育を受ける機会」を与えようとしたもの

だとも考えられます。著者は、いかにもモラルが崩壊したかのような書きかたをしていますが、
貧困のために学校に行けず、学歴をもたないまま働き始めれば、仕事といっても単純作業しかない。わが子には、「恒久的に低賃金労働を続けざるを得ない人々」になってほしくない、という親心
だとも考えられます。



 以上により、私は、著者とは異なり、
  • ジョンソンの「偉大な社会」構想が失敗したとはただちにいえない、
  • 福祉国家を目指すことは (正しいとは言わないものの) 間違っているとはいえない、
と考えます。
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