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「絶対に安全」はありえない

2011-04-18 | 日記
武田邦彦 (中部大学)」の「原発深層流003 危険な原発・登場の瞬間

私はかつて原子力エネルギーに夢を持っていました。

日本は資源が少ない国でしたが、技術は世界一ですから、何とかして技術力で日本人が豊かな生活ができるようにと思ったのです.

(中略)

そんな私の夢が大きく崩れたのが平成18年でした。この年の9月、原子力安全委員会は次のような耐震設計の審査基準を出しました。

この指針は旧指針と呼ばれた昭和56年の指針を改定するのですから、全体としては優れたものだったのですが、一つ、大きな欠点がありました。

それは、それまで「原発は絶対に安全に作る」というのが基本だったのですが、どうも大きな地震が来ることもあって、「想定外」のことが起こる場合、それを「残余のリスク」という言葉で処理しようという事になりました。

「安全な原発を作る事ができるのに、不安全な原発を作れる言葉」を役人が発見したのです。

つまり、「残余のリスク」という聞き慣れない言葉の登場です。

それまでの考え方=「絶対に安全」、というのもやや矛盾するところがあるのですが、かといって、電力会社が「災害の想定」を行って、それより大きな場合は、「仕方が無い」ということで「大量の放射性物質が漏れ」、その結果「付近住民が著しい被ばくをする(説明書にある)」というのは到底、納得できません。

(中略)

こんな奇妙な指針ができたのは、推定ですが経産省が原発の安全性の責任を持ち、安全院なるものを作ったからと思います.

1)
原発は推進したい、

2)
でも事故が起こったときには責任はとりたくない、

3)
自分の任期の間には地震は起こらないだろう、

というのが役人の考えだからです.

(中略)

福島原発は「方針どうりの結果」で、「想定外だから、大量の放射線がでて何が悪い」というのが保安院の態度に出ています.また、知事さんも市長さんもこのことはご存じです.

もし、電力会社の社長さん、知事さんが自ら「自分のところの原発は不安全だ」と宣言して、情報を出し、地元に説明をしたら、これからの日本は繁栄し、安全な社会になるでしょう。

その点で、今は正念場です.


 原発は、「絶対に安全に作る」こととされ、「(原発は) 絶対に安全」とされていた。しかしその後、「残余のリスク」という言葉が「発見」され、「不安全な原発」を作れることになった。このことは役人も電力会社社長も知事も知っている、と書かれています。



 原文 (リンク先) には本や書類の「文字画像」があり、文書の重要な一部分となっています。私は、文字画像 (…の部分) は引用していませんので、リンク先を直接お読みになられることをお薦めします。



 そもそも、世の中に「絶対」ということはありえないと思います。もともと「絶対に安全」などということはありえないのであり、それにもかかわらず、なぜ、「絶対に」安全だと強調したのか、が問われなければなりません。

 その答えは、すでに上記引用のなかに書かれています。つまり、「不安全」だからです。

   原発は「安全ではない」ので、
     地域住民の反対運動が起こる。

   しかし、それでは「原発を作れなくなる」ので、
    「絶対に」安全です、と主張する。

こういう構図です。



 要は、リスク評価の問題だと思います。

 「絶対に」安全ではないが、「ほぼ確実に」安全である。「ほぼ確実」のレベルを高くすればするほど、安全度は高くなる。しかし、それにはコスト (費用) がかかる。「めったに起きない」状況に備えて「安全対策」をとることも可能だが、それにはコスト (費用) がかかる。そしてまた、どんなにコストをかけて「安全対策」を行ったところで、「絶対に安全」にはならない。たんに、「ほぼ確実」のレベルが高くなるだけである。

 上に述べたことを「もっとわかりやすく」書くと、

   安全度90%の原発に安全対策をすれば、
   安全度99%の原発になる。
   しかし、「絶対に安全」ではない。
      ( =安全度100%ではない )

   安全度99%の原発に安全対策をすれば、
   安全度99・99%の原発になる。
   しかし、「絶対に安全」ではない。
      ( =安全度100%ではない )

   安全度99・99%の原発に安全対策をすれば、
   安全度99・9999%の原発になる。
   しかし、「絶対に安全」ではない。
      ( =安全度100%ではない )

となります。



 どんなにがんばっても、「絶対に安全」にはならない。たんに「安全度」が上がるだけである。「安全度」を上げるに越したことはないが、それには「費用」がかかる。費用をかければかけるほど、電気料金が高くなる。したがって、「ある程度の安全度」で「妥協」せざるを得ない。

 こういったことを地域住民に言ったところで、おそらく「わかってくれない」。したがって、「絶対に」安全です、と言わざるを得ない。けれども、「万一の場合」は論理的にあり得るわけで、そのとき、つまり事故が起こったときには、「残余のリスク」つまり「想定外のリスク」として処理する。

 こういうことではないかと思います。



 武田先生は
電力会社が「災害の想定」を行って、それより大きな場合は、「仕方が無い」ということで「大量の放射性物質が漏れ」、その結果「付近住民が著しい被ばくをする(説明書にある)」というのは到底、納得できません。
と書かれていますので、おそらく、「絶対に安全」はありうる、とお考えなのでしょう。だからこそ、
福島原発は「方針どうりの結果」で、「想定外だから、大量の放射線がでて何が悪い」というのが保安院の態度に出ています.また、知事さんも市長さんもこのことはご存じです.

もし、電力会社の社長さん、知事さんが自ら「自分のところの原発は不安全だ」と宣言して、情報を出し、地元に説明をしたら、これからの日本は繁栄し、安全な社会になるでしょう。

その点で、今は正念場です.
と主張され、
知事さんが自ら「自分のところの原発は不安全だ」と宣言して、情報を出し、地元に説明
することを求めておられるのでしょう。



 しかし、「絶対に安全」はありえないと私は思いますし、電力会社社長・自治体首長(知事)が自ら「自分のところの原発は不安全だ」と宣言することも、

   現実問題として、難しい

でしょう。電力会社社長・自治体首長(知事)・原発推進派にしてみれば、「何を言っているんだ」といったところではないでしょうか。



 「絶対に安全」はありえない、と考える私の立場 (視点) でいえば、

 問題は、地域住民が「わかってくれるか」です。

 現実問題として、誰もが「難しい」「わかってくれない」と考えるからこそ、「絶対に」安全です、と言ってきたはずです。

 社会 (国民) のために、行政や電力会社を告発されている武田先生は立派だと思いますが、その主張は、「やや」偏っているのではないかと思われてなりません。



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原発放射線被曝者の最後の姿 (井上信三)
2011-09-17 14:03:56
 行き着くところはこういった姿でしょうね。

 下記は原発の放射線を浴びた人の死亡直前の悲惨な写真です。

 このまま原発運転を続けると、こういった悲惨な被曝患者が日本中にいっぱいでます。

 貴方もそうなる可能性が大いにあります。


>>http://blog-imgs-46.fc2.com/c/h/e/cherio1222/231108456747-up41591.jpg

この画像のURLを他の掲示板やブログに拡散してください。
Unknown (memo26)
2011-09-17 15:03:50
 しかし、原発を完全に放棄するのも現実的ではないと思います。

 古い原発は廃棄、新しい原発は再稼働を認める、というのが、現実的な落としどころではないかと思います。
間違えました。 (井上信三)
2011-09-21 22:25:15
 私の最初の投稿での写真の説明は間違っていました。

 あの写真はJCO臨界事故の作業員の写真ではなくて、おそらく外国での被曝者の写真だろうということだそうです。

 調べましたら他に2種類の写真を見つけました。下記の3つのURLのうちのはじめの2つがそれで、最後は最初の私の投稿で示した写真を示すものです。た

 下記のURLをクリックすると写真を見ることができます。

 
>>http://livedoor.2.blogimg.jp/ecoslim29kw/imgs/c/8/c8639735.jpg

>>http://blog-imgs-46.fc2.com/c/h/e/cherio1222/012058449830-wwwdotuporg1127765.jpg

>>http://blog-imgs-46.fc2.com/c/h/e/cherio1222/231108456747-up41591.jpg
Unknown (memo26)
2011-09-22 08:41:17
 たしかに痛ましい写真ですが、人類の歴史をみると、最初は問題だらけだった技術が次第に「安全な」技術へと変わってきていますよね。もちろん「完全に」安全な技術などありえないという前提で言っています。

 同様に、(1) 原発も次第に「安全な」技術になっていくと考えられること、(2) エネルギー価格は今後も上昇し続ける可能性が高いと考えられること、などを考えれば、「技術的に旧式」=「危険性が相対的に高い」原発は廃棄するが、「最新式の」=「危険性が相対的に低い」原発は継続する(さらには原発の新設をも認める)というのが、適切ではないかと思います。

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