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金利低下による社会制度激変の可能性

2011-11-10 | 日記
水野和夫・萱野稔人 『超マクロ展望 世界経済の真実』 ( p.130 )

水野 さきほどもジェノヴァの金利低下について少し説明しましたが、利子率革命とは、中世になってつづいていた高金利が、一六世紀末から一七世紀にかけてヨーロッパ全域で急落した現象のことをいいます。なかでもイタリアのジェノヴァでは、一六一九年に一・一二五%と、それまでのローマ帝政の五賢帝の時代に記録した最低金利の四・〇%を一六〇〇年ぶりに更新しました。
 なぜこの利子率革命が萱野さんのお話とつながるのかといえば、利子率革命によってまさに中世の封建制・荘園制が崩壊し、資本主義経済への転換が起きたからなんですね。

萱野 ひじょうに興味深いです。順にお話をうかがわせてください。そもそも一六世紀半ばから利子率が下がってきていますが、これはなぜなのでしょうか。

水野 まず、一三世紀から資本主義経済が誕生する直前の一五世紀までの中世では、歴史学者のブローデルが「労働者の黄金時代」とよんでいるように、農業の技術革新によって農民の実質賃金が伸びていきました。農民の実質賃金が上がるということは、封建貴族の取り分は少なくなるということです。そうなると、支配者は投下した元手の回収が危うくなります。

萱野 その場合、農業の生産性が上がったぶん、年貢を重くすることはできなかったのですか?

水野 一四世紀にはヨーロッパの人口が減少するんです。人口が減ると、労働者も希少になりますよね。だからあまり労働者を酷使できない。たくさん年貢を取ると、みんな逃げてしまうから。

萱野 なるほど。だから租税を重くすることはできずに、農民の実質賃金は上昇していくんですね。

水野 そうです。だから封建制は、労働者の生活水準を高めるという意味では成功したシステムだったのです。実際、イギリスでは一四世紀初めから一四七七年まで、一六〇年にわたって労働者の実質賃金はずっと上がりつづけます(図8)。仮に一四世紀初めの時点で、農民と地主が付加価値を半分ずつ分け合ったとしましょう。そう仮定すると、一五世紀末の段階では、地主の取り分はほぼゼロになってしまう計算なのです。

(中略)

 こうなると封建制は危機に陥ります。領主の側からすると、封建制のもとでは利益を得ることができなくなるわけですから。

萱野 かといって領主たちは重い賦課にすることもできない。

水野 そんなことをしたら、農民は土地をすてて封建領主から逃げていきますからね。結局、封建制から新しいシステムへと移行するしかなくなっていく。

(中略)

萱野 つまり、近代の資本制というのは封建制に対立するものというよりは、封建制が機能不全になったのを乗り越えようとすることで生まれてきたものだということですね。ドゥルーズもいっています。ブルジョワジーは封建制に敵対したのではなく、封建制では扱い切れなくなったものに対処しようとしたのだ、と(『無人島1969-1974』)。

(中略)

水野 もうひとつ、イタリアで起きた利子率革命が興味深いのは、日本でいままさに二一世紀の利子率革命が起きているからです。
 日本の一〇年国債の利回りが二%以下で推移して一四年目に突入しています。最低利回りは一%を大幅に下回って、ジェノヴァ以来の人類史上最低を記録しました。イタリアがそうだったように、日本の超低金利は、近代主権国家にもとづく近代資本主義世界システムが転換期に入っていることを示唆しているように思うのです。実際この超低金利は日本に固有の問題ではありません。アメリカやドイツの一〇年国債利回りも早晩、日本と同じように二・〇%を下回る可能性が高いと思います。
 さきほど説明したように、一六世紀末からの利子率革命では、領主の利益が薄くなっていくと同時に、労働者の生活水準が年々上がっていきました。じつは同じことが一九世紀から二〇世紀にかけてもあてはまるんです。産業革命がはじまって一九世紀に入り、ビスマルクが国民皆保険を実施し、二〇世紀になる。一九世紀後半、ビスマルクの国民皆保険制度導入を契機にして、実質労働賃金は二〇世紀末にいたるまでずっと上がりつづけるんですよ。しかも、一四世紀から一五世紀の「労働者の黄金時代」を上回る勢いで、一九世紀から二〇世紀になると労働者の生活水準が向上しました。中世封建制・荘園制社会がそうであったように、資本主義も働く人の生活水準を持続的に上昇させるシステムとして成功し、その帰結として経済の成熟化が起きていると理解することができます。成功したがゆえの長期停滞なのです。そうだとすると、先進国はゼロ成長社会を前提としてシステムを持続させることを考えていく必要があると思います。
 リーマン・ショック後、資本の分配率はマイナスになり、労働分配率は一〇〇%を超えてしまう。「一〇〇年に一度」の大不況下という特殊要因はあるにせよ、資本の側がまったくリターンを手にできないというのは、一六世紀末からの利子率革命とまったく同じなんです。そして日本の国債の利回りがリーマン・ショックから二年たって、二〇一〇年八月にふたたび一・〇%を下回るようになりました。これはたんなる不況のせいではなく、構造的に資本のリターンが上がらないということを反映したものだと考えたほうがいいと思います。

萱野 なるほど。つまり現在の資本主義もまた、中世封建制が近代資本制へと転換していったのと同じぐらいの大きな転換期にあるということですね。

水野 そうなんです。封建社会と資本主義社会ではしくみがちがうのですが、それが転換していくきっかけは一緒なのではないかなと。そして、これらのシステムの転換というのはどちらもグローバル化という現象としてとらえられると思います。
 たとえば中世の封建制から近代の資本制への移行がなされたとき、ヨーロッパの小さな封建領主からみればそれはグローバル化として実感されたはずです。数百人という封建領主がそれぞれ独立して競争していたのでは、利益も薄いし、農民との力関係が逆転してしまうという危険もあった。そこで数百人の封建領主がひとつの国をつくって、大航海時代に乗り出していくのもひとつのグローバル化ですね。
 だから私たちがいまグローバル化を体験しているように、一六世紀のイタリアのジェノヴァに住んでいた人たちからみると、スペイン帝国やイギリスが主導した大航海時代は大変なグローバル化として体験されたはずです。利子率革命を経て、かつて都市国家が国民国家へと再編成されていったように、現在のグローバル化においては国民国家より大きな政治単位にまとまっていくのではないでしょうか。たとえば、EUにおいて複数の国家がまとまって共同体をつくったように。


 金利の低下(利潤の低下)は、中世封建制の終焉をもたらした。同様に、現在の金利低下(利潤低下)は、資本主義の終焉(あるいは大変革)をもたらすのではないか、と論じられています。



 たしかに、そのような可能性もあるでしょう。著者らの指摘が重要であることは、論じるまでもありません。

 しかし、ギリシアの債務危機が大きく報道され、(先進国である)イタリア等、ヨーロッパ諸国の国債利回りも急上昇している現在、著者らの主張には、「やや」違和感があるのもたしかです。

 また、働いても働いても収入が増えないワーキングプアの問題が大きく報道されているいま、「リーマン・ショック後、資本の分配率はマイナスになり、労働分配率は一〇〇%を超えてしまう」という点にも、「やや」違和感があります。



 まず、前者(ヨーロッパの国債利回り上昇)については、おそらくこれは「変革期の一時的現象」であって、「長期的にみれば」利子率は低下を続けるということなのでしょう。

 次に、後者(ワーキングプアの問題)については、「労働分配率は一〇〇%を超えて」いるので、正社員ではない人々の労働条件が極端に悪化しているということなのかもしれません。これについては、さらに資料・情報を集めなければなんとも言えませんが、そうであるとすれば、法律による労働者保護が「いきすぎている」ということになると思います。これについては、今後、資料・情報を集めたうえで、考えたいと思います。



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