言語空間+備忘録

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不況時における生産性向上の是非

2010-03-03 | 日記
池尾和人|池田信夫 『なぜ世界は不況に陥ったのか』 ( p.233 )

池尾 昔リフレ派の某氏に、お前は需要不足を認めないのかと言われて、とっさに何のことか分からなかったことがあります。後でよく考えると、需要不足を認めること、イコール、財政出動や金融緩和による需要喚起策の採用に賛成することだというのが、その某氏の前提になっていたようです。それで、私が需要喚起策(とくにインフレ目標政策)の採用に賛成していなかったので、そのような質問をしたようでした。
 しかし、その某氏の前提は、喩えて言えば、発熱の症状があったら常に解熱剤を与えて処方するのが正しいと言っているようなもので、正しくはありません。単なる風邪で発熱しているのなら、解熱剤を飲めばいいでしょうが、もっと別の原因で発熱しているのであれば、別の処方をしなければならない可能性があります。
 不況は、現象的には常に需要不足です。そんなことは当たり前だと思っていたから、逆に質問の趣旨が私には分からなかった(笑い)。病気になると熱が出るのが当然のように、あらゆる不況は現象的には需要不足です。だからといって解熱剤を処方するのが常に正しい政策だというのは、短絡的なものの見方にすぎません。むしろ、何か大きな疾患を抱えていて、それゆえ熱が出ている人間に解熱剤だけを処方するのは、正しいどころじゃなくて、間違った政策になってしまう危険が大きい。
 私は、日本経済は風邪をひいているだけではなくて、もっと深刻な体質改善を必要とするような疾患を抱えているという見方をしています。その疾患というのは、要するに投資機会不足病とでも言うべきものです。国内の貯蓄を国内での投資に使い切るだけの投資機会が不足しているために、貯蓄超過になって経常収支が黒字になっています。
 それゆえ、今回の需要不足を解決するためにも、財政出動や金融緩和による需要喚起といった解熱剤を処方するのではなくて、投資機会をいかにして増やすかを考えることの方が重要だと思っています。必ずしも国内に限定するわけではなく、北米市場への依存を下げるという意味ではアジアとかでもいいですけれども、とにかく日本の貯蓄を投資に向けるための投資機会をいかに拡大するか、創出するかを優先的に考える必要があります。
 それに成功すれば、結果として投資は増えるはずです。したがって、需要も確かに増えて、それで需要不足が解消されて景気はよくなるということになります。しかし、これは、投資機会の拡大につながるような構造改革を進めるべきだというタイプの話になりますから、需要不足だからマクロ経済政策で需要を付けるのが解決策だという類の議論とはずいぶん違うわけです。
 例えば、不況で需要不足のはずの日本で、供給の不足が問題になっている分野があります。その典型は、医療の分野です。日本の医療においては医師や看護師、そして病床の不足が問題となっており、そのために適切な医療サービスが迅速に受けられずに、人命が失われるといった事故も起きています。財やサービスの供給が不足し、人々がそれらを求めて行列をつくっているというのは、社会主義、計画経済の下での話のはずで、資本主義、市場経済の下での出来事とは思えません。
 実際、日本の医療分野は、その大方が計画経済下にあるということです。こうした医療分野にもう少し市場原理を導入するような構造改革は、潜在的な需要を顕在化させることにつながる需要喚起的な構造改革だと言えます。
 経済を実力通りの姿にもっていく(振れの縮小)のが、金融政策とかの役割です。しかし、経済の実力そのもの(水準)を向上させるのは、構造改革の課題です。水準の向上を金融政策に期待するのは、政策の割り当てとして間違っています。


 「需要不足を認めること、イコール、財政出動や金融緩和による需要喚起策の採用に賛成すること」ではない。不況は、現象的には常に需要不足である。日本の問題は、投資機会が不足していることであり、構造改革を行って投資機会を創出しなければならない。例えば、医療分野には潜在的な需要があり、市場原理の導入によって需要を顕在化させれば、経済の実力そのもの(水準)が向上する、と説かれています。



 経済活動の効率化に、反対する見解があります。その根拠は、「モノ余り」の状況下であるにもかかわらず、生産性を高めれば、ますます「モノ」が生産されて、「モノ余り」がひどくなる、というものです。



la_causette」 の 「「迷信」なんかではない。

普通に考えれば、需給ギャップを放置したまま労働生産性を向上させれば、(生産量が増えるため)過剰在庫が生ずるか、または(生産量を維持するのであれば労働力が削減されますから)失業率が上昇します。




 上記、「la_causette」の記事にみられるように、効率化は不況を悪化させる、と考えれば、不況の時期には効率化を試みてはならず、需要の追加か、生産設備の廃棄を行うべきである、ということになると思います。企業に対して、生産設備の廃棄を強制するわけにはいかないと思いますので、政府としては、需要の追加のほかにはすることがなく、(需要の追加を図るために)バラマキを行うことになると思います。

 しかし、この方法が限界にきていることは、あきらかではないかと思います。



 そこで、残るは構造改革、ということになるのですが、構造改革に対しては、上記のように、生産性を高めれば状況が悪化するという批判があり、どうしたものか、と思っていました。

 しかし、上記引用部(本を引用した部分)を読んで、(私の)考えが固まってきました。たしかに、すべての「不況は、現象的には常に需要不足」であり、不況・需要不足を認めることは、財政出動や金融緩和による需要喚起策の必要性を認めることと、イコールではありません。

 潜在的な需要があり、規制が需要の顕在化を阻んでいるのであれば、構造改革を行い、需要を顕在化させることが、有効な景気対策であり、日本経済の強化にもつながるのではないかと思います。



 医療分野については、競争原理を導入することに、反対意見もみられます。「医療分野」について、競争原理を導入してもよいのか、については、別途、考慮しなければならないとは思いますが、(医療分野をどうするか、ではなく)一般論として述べれば、構造改革こそが、必要とされているのではないかと思います。
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