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ゆめと心理と占いのはなし
Por donde, amor, he de ir?
 Rosalia de Castro

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「痛み」と自己効力感の低下

2012-06-07 12:54:33 | 日記
痛みがあると、それがもう治らないのではないかという恐怖というか、無力感にとらわれることがある。松坂がメジャーに昇格したというニュースがあったけど、彼も靭帯修復手術を受けたあとの痛みの中で、果たしてまたあのマウンドに上がれるのかといった不安があったはずだ。150kmの速球を投げる腕はものすごい負担がかかるわけで、またお箸を持てるかとかいうレベルと違ったところに戻ろうとしているわけで、それってものすごい距離を駆け抜けなきゃならない仕事であって、その不安を振りきる力はどこからきたのだろうか。あの賢妻の支えが大きかったのは想像できるけど、そのほかには何があったのだろうか、正直なところを彼にはいつか本に書いてほしいと思う。

ぼくは、彼とは全然レベルが違うけど、やはりケガをしたり、痛みが出ると、果たしていつもとに戻れるのか、戻るためには何をしたらいいのかと、大きな不安に襲われる。とくに加齢に伴っていろんな意味で‘自信’が低下しているからなおさらである。先日のぎっくり腰のあとの痛みは、確かに少しずつ軽くなっているけど、まだまだ治りきっておらず、朝、ベッドから起き上がるときの緊張はすごい。それに、昨夜は仕事の依頼人がついに夢に出てきた。別にせっつかれるわけではないけど、どこかのレストランで一緒に食事をしようとすると、入ったところがなぜかレストランじゃなかったりして、とても強烈な暗示を感じた。

夢は本来ストーリーがないという人がいる。REM状態のときにイメージがいろいろと浮き上がってきて、目覚めの瞬間、またはREM状態から覚醒にいたるほんのわずかな時間に前意識が出てきて、それを意識の記憶に基づいてストーリー化するというわけだ。だから、夢は深層心理だけの産物ではないという理屈が生まれる。それを前提に話せば、ぼくの今の意識状態はかなりうつ傾向が強い。実際、仕事効率はめちゃ低下して、行動を起こす気力が消えかかっているといえる。ネガティブなことが重なって、支えが見つからず、ぎっくり腰の痛みがなかなか引いていかない。またあの格闘技が、あのダンスができるなんて、いまのところ全くイメージできない。もともと口唇的なところがあるからだろうか。救いは、それをある程度自覚できているということ…
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