染谷芽依の日々

アンハッピーグラウンド

気持ちを整理したいだけの

2017-07-15 00:22:57 | 日記


今年に入って毎月9本、今月に至っては10本、ライブをやらせてもらうけど、客観的にみてわたしの生活は忙しい。そりゃみんな忙しいのはわかる。暇だって忙しいのだ。

それでも思う、わたしの生活だって忙しい。この自覚は大切。大学に行く、バイトする、ライブする、就職活動する、人と会う。挙げ句の果てに体調を崩す。そんな中でまさかとは思っていたけれど疎かになり始めていたのがライブだったんだな。自分のキャパの広さを過大評価しすぎていたんだな。いつも、限界を超えてから限界だったことに気がつく。



疎かになっていることが顕著に出始めてたのが5月の後半からで、生活の中で上質な息継ぎの役割を担っていた故にありがたすぎて奇跡のようだと感じていたライブ活動が、気がつけばこなすためのライブ活動になっていた気がします。演奏させてもらう時、全力は全力だけど、どんなに全力で歌っても丁寧に歌っても達成感みたいなものが何処かで霞んでしまうようで、ここ最近はずっとその違和感に悩んでいた。


今日はいいライブができた気がする、いろんな人が褒めてくれたしCD買ってくれたし、とか思ったことに対してさえ後ろめたさが残るといか。


この「慣れ」という現象、見方を変えれば、或いは人によっては「成長」というふうにと受け取れるものだと思うから難しいのだけど、わたしが主観的に、たしかに欠落した何かがあることを自覚しているから、やっぱりそこは取り戻したいと思うのです。

幡ヶ谷36°5の水野さんが、わたしから見出してくれていた「奇跡」がまるっきり欠けてしまったんだよな。





どうしたものか。

どうすればいいのか。
どうにかしたいなら、歌うしかないことはわかっている。



来年の4月から休みが変動しがちな企業で働くので、ライブはできなくなると思います。辞めるつもりも休止するつもりも一切ありませんが、少なくとも3ヶ月、それでも分からなければ、半年、1年、或いはその職場で働いている間は最悪の場合、歌えなくなるかもしれません。

普通に月何本か歌わせてもらえるかもしれない。要するに本当にどうなるかわからんのです。



歌うのが大好きなのに、音楽で出会えた人たちがすごく大切なのに、なんでこういう選択をしてしまうのか自分でも分からない。でも音楽はやっぱりわたしには贅沢すぎるし、いまの境遇はわたしには幸福すぎる。


学生のうちはやらせてもらえるだけやらせてもらいます。


わたしが歌う意味も意義も価値もなんもわからん、歌わせてくれる聴いてくれるあなたに見出してほしい、そして見出したもの全て、批評でもなんでもいいから全部教えてください、わたしのことをわたしの唄たちとともに救ってください。なんやもうこんな気持ちです。すみません。

情けないですけど。



13.14.15と風邪ひきながらのライブ3連チャン、めちゃめちゃ疲れた。満足もしてるし充実もしてるし絶望もしてます。

昨日と今日のライブのことはまた後日改めて書かせてくださいね。



ともあれみなさんいつもありがとうございます。



















ふふふ、写真綺麗でしょう。

全部そめやがiPhone7で撮りました。ふふふ




ありがとうございました。


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