わ! かった陶芸 (明窓窯)

 作陶や技術的方法、疑問、質問など陶芸全般 
 特に電動轆轤技法、各種装飾方法、釉薬などについてお話します。

国宝の焼き物 (秋草文壺)

2010-10-03 21:31:55 | 国宝の焼き物
国宝  秋草文壺 (あきくさもんこ)

 平安時代末(11〜12世紀) 渥美窯  慶應義塾所蔵 (国立博物館寄託)

 1) 発見の経過

    ‐赦17(1942)年、神奈川県、川崎市の白山古墳から、骨蔵器(骨壺)として発掘されました。
 
     古墳の後円部下方から、粘土の土台に、河原石を敷き詰め、その上に、骨壺が置かれた、遺構が

     発見されます。

   ◆〜環87mの、前方後円墳の、古墳であり、この地区の、豪族の墳墓だったと、考えられています。

     日本住宅営団の、土地造成の為の、トロッコの路床を作る際の、工事中に偶然発見されました。

      (現在は、市街地に取り込まれ、跡形も、残っておりません。)     

     但し、古墳時代(5世紀)と、壺が作られた時代には、約700年の開きが有りますので、

      この壷の主は、古墳に埋葬された人物とは、別人に成ります。

   ぁ ―佚擇気譴尽笋涼罎砲蓮⊃郵がありました。 この壺は、地主に引き取られますが、

      後に東京の慶應義塾大学に、譲り渡されます。

     (中に入っていた人骨の供養料として、5円(今の数万円相当)を受けとっただけとの事です。)

 2)  秋草文壺の特徴

    ‖腓さ: 高 41,5cm 胴径 29cm 口径 17.6cm 底径 14cm。

     かなり、大型の壺です。
    
   ◆〃舛蓮口部が高く立ち上がり、ラッパ形に開き、肩がやや張った、豪壮な感じのする壺です。

    素地は全体に、褐色を帯びた、灰色の土(灰白色半磁質)で、表面は黒く焦げ、口部及び肩に

     黄緑色の、灰釉が一面に掛かり、一部は数条の、釉垂れとなって、胴部に流れています。

   ぁ〆遒衒は、紐を巻上げて、成型した様です。

     窖窯(あながま)で焼成され、粘土は耐火性に弱く、「くすべ焼」に近い作品です。

   ァ《笋砲蓮⇒トな、秋の情景が、刻画文で、描かれており、秋草文壺と名付けられました。

    顱貌垢了以に、風になびく、「芒(すすき)の穂」を、鋭い刻線で、奔放に描き

    髻妨の部分は二段に区切て、うり、芒、柳などを刻し、ロの立上がりには、蜻蛉(とんぼ)と

      芒や、草花を、伸びやかに、直線的な方法で、表現しています。

      この描き方から、本職の、絵描きの手になるものと、見なされます。

    鵝縫蹐瞭眤上部には、「上」の文字を、彫り付けていて、何らかの意味が有ると、思われます。

 3) 壺の産地

    ヾ鏃舛篋酩から、かつては、知多半島、常滑生産説がありましたが、現在は渥美半島、渥美窯

     説が有力です。

   ◆\什酣代は、平安時代後期とされています。

     この時代は、唐風の文様から、襖(たもと)を別ち、和風の文様が、出てくる時期に当り、

     日本を代表する、秋草文様が、描かれたと、思われます

     (中国陶磁の影響を、一歩踏み越えて、日本人独自の、表現手法の、登場と成ります。)


次回、国宝の焼き物は、「仁清の香炉と、茶壺」の話しと、なります。

 国宝 秋草文壺 
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慶應義塾大学 国立博物館
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