静岡と言えばわさび漬け。
わさび漬けと言えば静岡ということで、個人的には馴染みの深いものなのですけれど。
先日、わさび味噌というのを見つけまして、飯の友になるかと期待して買ってまいりました。
しかしこれが何しろ辛くて...
通常のわさび漬けと同じ感覚だと思っていれば、あらかじめそのつもりだったわけなのですが、今朝本当に飯の友にしてみたところ、今でも胃の中にわさびが入っているような気がして、思い出すだけで汗が出てきて、今のところ大変です。
ちなみに、普通のわさび漬けについては、私が一番お気に入りの食し方は、かまぼこに少しわさび漬けをつけて、しょうゆでいただくというもの。
普通にわさびを付けるよりも風味が豊かで、実においしいのです。
が、今回はわさび味噌ですから、どうしようかと。
おでんに付けてもおいしいようですが、もう今日は25℃にもなろうかという日差し。
はてさて...
このまま飯の友かなぁ...。
わさび漬けと言えば静岡ということで、個人的には馴染みの深いものなのですけれど。
先日、わさび味噌というのを見つけまして、飯の友になるかと期待して買ってまいりました。
しかしこれが何しろ辛くて...
通常のわさび漬けと同じ感覚だと思っていれば、あらかじめそのつもりだったわけなのですが、今朝本当に飯の友にしてみたところ、今でも胃の中にわさびが入っているような気がして、思い出すだけで汗が出てきて、今のところ大変です。
ちなみに、普通のわさび漬けについては、私が一番お気に入りの食し方は、かまぼこに少しわさび漬けをつけて、しょうゆでいただくというもの。
普通にわさびを付けるよりも風味が豊かで、実においしいのです。
が、今回はわさび味噌ですから、どうしようかと。
おでんに付けてもおいしいようですが、もう今日は25℃にもなろうかという日差し。
はてさて...
このまま飯の友かなぁ...。
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最近思うのですが、「問題を発見する」ことはできても、「問題を解決する」ことが出来ないっていうのが増えてる気がします。
「の」でごまかしましたが、出来ない人、出来ないケース、色々です。
国レベルでもそうです。
あれが問題、これが問題。問題を上げることはできるのだけれど、「じゃあどうすればいいの」と言われると、途端に口を閉ざしてしまう。
結局、どんな方法にも一長一短あるのです。あちらが立てばこちらが立たず。その中でどれを選択して、「今よりもより良くしてゆくのか」それがポイントだと思います。
問題を解決するということは、その場から一歩前に進むということです。
1つ解決するごとに、解決するためのノウハウが自分に蓄積されてゆきます。
壁を乗り越えることは大変なことだけれど、一個ずつ乗り越えていかないと、前に進めない。
壁の大きさに圧倒されて、その場で立ちすくんでしまっては、思考停止に陥ってしまっては、永遠に壁を乗り越えられません。
これに対する方法はいくつかあります。
ひとつは、すでに壁を乗り越えた人の知恵を借りるということです。どちらかと言うと知恵はシャワーで浴びるものではなくて自分から取りに行くものですから、与えられるのを待っていても無理です。
もうひとつは、過去の経験値をもとに自分で試行錯誤するということです。この場合、乗り越えるのはより困難になりますが、乗り越えた後に自分に蓄積されるノウハウはさらに強力なものになります。
ビジネスにおいて、人生において、困ったと思うことは沢山出てくるのですが、そこから逃げずに、時間が解決してくれるのばかりに頼らずに、積極的に自分から攻め込んで、解決してゆくこと。
仕事は逃げようとすると追ってくるけど、自分から攻めると案外大したことがないものだ、と教わったものです。
というわけで、自戒の意を込めて。
そう。問題は解決しなければならないのです。
「の」でごまかしましたが、出来ない人、出来ないケース、色々です。
国レベルでもそうです。
あれが問題、これが問題。問題を上げることはできるのだけれど、「じゃあどうすればいいの」と言われると、途端に口を閉ざしてしまう。
結局、どんな方法にも一長一短あるのです。あちらが立てばこちらが立たず。その中でどれを選択して、「今よりもより良くしてゆくのか」それがポイントだと思います。
問題を解決するということは、その場から一歩前に進むということです。
1つ解決するごとに、解決するためのノウハウが自分に蓄積されてゆきます。
壁を乗り越えることは大変なことだけれど、一個ずつ乗り越えていかないと、前に進めない。
壁の大きさに圧倒されて、その場で立ちすくんでしまっては、思考停止に陥ってしまっては、永遠に壁を乗り越えられません。
これに対する方法はいくつかあります。
ひとつは、すでに壁を乗り越えた人の知恵を借りるということです。どちらかと言うと知恵はシャワーで浴びるものではなくて自分から取りに行くものですから、与えられるのを待っていても無理です。
もうひとつは、過去の経験値をもとに自分で試行錯誤するということです。この場合、乗り越えるのはより困難になりますが、乗り越えた後に自分に蓄積されるノウハウはさらに強力なものになります。
ビジネスにおいて、人生において、困ったと思うことは沢山出てくるのですが、そこから逃げずに、時間が解決してくれるのばかりに頼らずに、積極的に自分から攻め込んで、解決してゆくこと。
仕事は逃げようとすると追ってくるけど、自分から攻めると案外大したことがないものだ、と教わったものです。
というわけで、自戒の意を込めて。
そう。問題は解決しなければならないのです。
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当ブログの検索ランキングが、日増しに下がってゆきます。
例えば私の名前で検索したとき、以前は1ページ目に必ずヒットしていたのが、今では...(泣)
これではまずいのです。どうにかしなければ、やる気がなくなってしまいます!!
筆が進むように、マニアックなネタでも書いてみましょうか...
あれ、今でも十分マニアックでしたか??
例えば私の名前で検索したとき、以前は1ページ目に必ずヒットしていたのが、今では...(泣)
これではまずいのです。どうにかしなければ、やる気がなくなってしまいます!!
筆が進むように、マニアックなネタでも書いてみましょうか...
あれ、今でも十分マニアックでしたか??
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今年も引き続き節電の夏というわけで、早い時期からクールビズになるようです。
五月からという話も聞こえてきて、当社はどうなるかなと。
昨年のスーパークールビズの動き、今年はどうなるのでしょうか。
原発再稼働問題もありますからね。
こういうときこそ、夏の供給量はこうなるから、みんなで自衛しろ、とか、国には(必要なら)早めにアナウンスしてほしいですよね。
やっぱり、物事には準備が必要ですから…
五月からという話も聞こえてきて、当社はどうなるかなと。
昨年のスーパークールビズの動き、今年はどうなるのでしょうか。
原発再稼働問題もありますからね。
こういうときこそ、夏の供給量はこうなるから、みんなで自衛しろ、とか、国には(必要なら)早めにアナウンスしてほしいですよね。
やっぱり、物事には準備が必要ですから…
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先ほど、社内で雑談をしていたときに、大いに勉強をさせていただきました。
それは、自分自身でレールを敷くということの重要性と、難しさについてです。
もともと完成された業務や、優秀な指導者のもとでは、そもそも日常的に自分自身の進む道に対してレールを敷く必要はありません。
すでに敷かれたレールの上を走ることが重要で、それから逸れることはむしろ望まれていないからです。
ところが、前人未踏の業務にチャレンジしていたり、幸か不幸か優秀な指導者に恵まれなかった場合は、自分でレールを敷くところから始めなければならないわけです。
でも、大抵の人は小学校から始まって既定のレールの上を走ることに慣れてしまっているから、自分自身で必要なことを考え、全体を俯瞰し、自分の進むべき道を定めることになれていない。
考えてみれば、例えばサラリーマンの場合、企業の中で出世してゆくことだけが成功ではありません。能力を高めて他社にヘッドハンティングされてゆくことも、新たな生きがいを発見して脱サラすることも、別に自由なのです。会社辞める系の例えばかりが並んでしまったけれども、仕事の仕方だって同じです。誰もチャレンジしていないところに企業の中でチャレンジしてゆくことも、誰だってやる自由があります。でも、自由だけれども、そういうレールは敷かれていないから、そこに進もうとする人は少ない。自分でレールを敷いて邁進してゆく人は相対的には人数が少ないから、希有な存在と見られる。排他意識の強い組織では、異端児扱いされることもある。
但し、応援してくれる人が居ないというならそれは間違いで、自分のやろうとしていることに賛同してくれる仲間を作る努力をしていないだけ。本当に意味があることであれば自然と賛同者は増えるし、最初は異端であっても、ちゃんと後押ししてくれる人が現れる。そういう環境を日頃から作っておけるかどうかも、また本人の努力次第。そこも自由。
本当に強い会社って何なのだろうかというと、強い人が揃っている会社だと思います。
強さのポイントの一つには、そんな「レールを自分で敷くことができること」もあるのではないか、と。
既定路線の延長に疑問符をつけ、全体を冷静に見渡して、必要なことに気付き、そして改善策を打つ。
PDCAを繰り返してゆくことで、「解決力」を身につけることができます。
そして、そんなスパイラルに入ることは本当に難しい。
結論、みんなで応援しながら、全員が上昇気流に乗っていけるような、そんな風土を作れたらいいなと思うのです。
それは、自分自身でレールを敷くということの重要性と、難しさについてです。
もともと完成された業務や、優秀な指導者のもとでは、そもそも日常的に自分自身の進む道に対してレールを敷く必要はありません。
すでに敷かれたレールの上を走ることが重要で、それから逸れることはむしろ望まれていないからです。
ところが、前人未踏の業務にチャレンジしていたり、幸か不幸か優秀な指導者に恵まれなかった場合は、自分でレールを敷くところから始めなければならないわけです。
でも、大抵の人は小学校から始まって既定のレールの上を走ることに慣れてしまっているから、自分自身で必要なことを考え、全体を俯瞰し、自分の進むべき道を定めることになれていない。
考えてみれば、例えばサラリーマンの場合、企業の中で出世してゆくことだけが成功ではありません。能力を高めて他社にヘッドハンティングされてゆくことも、新たな生きがいを発見して脱サラすることも、別に自由なのです。会社辞める系の例えばかりが並んでしまったけれども、仕事の仕方だって同じです。誰もチャレンジしていないところに企業の中でチャレンジしてゆくことも、誰だってやる自由があります。でも、自由だけれども、そういうレールは敷かれていないから、そこに進もうとする人は少ない。自分でレールを敷いて邁進してゆく人は相対的には人数が少ないから、希有な存在と見られる。排他意識の強い組織では、異端児扱いされることもある。
但し、応援してくれる人が居ないというならそれは間違いで、自分のやろうとしていることに賛同してくれる仲間を作る努力をしていないだけ。本当に意味があることであれば自然と賛同者は増えるし、最初は異端であっても、ちゃんと後押ししてくれる人が現れる。そういう環境を日頃から作っておけるかどうかも、また本人の努力次第。そこも自由。
本当に強い会社って何なのだろうかというと、強い人が揃っている会社だと思います。
強さのポイントの一つには、そんな「レールを自分で敷くことができること」もあるのではないか、と。
既定路線の延長に疑問符をつけ、全体を冷静に見渡して、必要なことに気付き、そして改善策を打つ。
PDCAを繰り返してゆくことで、「解決力」を身につけることができます。
そして、そんなスパイラルに入ることは本当に難しい。
結論、みんなで応援しながら、全員が上昇気流に乗っていけるような、そんな風土を作れたらいいなと思うのです。
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