まがりかどの先に

まがりかどの先にはきっと良いことがあると信じ、目の前の人生の小路をてくてく歩き続ける日々の雑記です。

日本一の豪雪地帯 六十里越を走る(只見の旅3)

2016年10月22日 | 旅行

六十里越、国道252号線は、日本一の豪雪地帯で、11月中旬から5月中旬までは、積雪と雪崩のため閉鎖になるのだそうです。

数年に一度くらい、降雪があっても、翌日には消えてしまう温暖な房総に住んでいると、想像もできません。

只見駅前を通り、山のほうに走ると只見ダム、しばらく進むと田子倉ダムが見えてきました。




田子倉ダム周辺は、展望スポットになっており、ここの食堂でお昼。
旅にでたのだから、地元の美味しいものを、との気持ちはあったのですが、けっきょくいつものジャンクフード、ラーメンでした(笑)。でも、味噌ラーメンの味噌がとても美味しかったぁ。


ここでも、”クサムシ”がたくさんいました。河合継之助記念館で服についてきた虫がいたようで、狭い軽の車内はあの独特の臭いで充満。田舎人なので、なれたはいるものの、ちょっと困りました(笑)。
毎年こんなに発生するのかな?だとしたら、これはこれで、地元の人たちは対策が大変そうです。

あとひと月もすれば雪が積もりだすであろう山々の紅葉はどんどん進んでいました。

峠の展望スポットに六十里越峠開通記念碑がありました。

     越後の窓開く
     
六十里越峠開道記念碑
     
昭和48年9月
     
内閣総理大臣 田中角栄

とあります。

今は道路網、鉄道網が整備され、新潟もぐっと近くになりましたが、昭和の中ごろまでは、新潟と関東の距離は、物理的な距離以上に遠かったのかもしれないなぁ。連なる山並みと角栄さんの顕彰碑を見ながら、そんなふうに感じました。

今、便利さを享受している高速道路網、新幹線網など、角栄さんが活躍された時代に構想されたものが多いのではないでしょうか。田中角栄さんとその人脈というのは、功罪がありますが、ものすごく大きな仕事をしたのだと思います。

福島・新潟県境を越え、魚沼市におり、R352で、奥只見ダムに向かいまいました。

 



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