村上原基、滋賀県安曇川の山中20年~麓の町の田中2年、一人暮らし人生

山中で20年一人暮し後71歳から麓の田舎町で暮している、断捨離し自然な生き様と山暮らし体験に基づく人生論及び写真を紹介

436.どちらでも良い、どうなっても平気でいることが出来る

2017-07-05 19:42:28 | 会話
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テーマ
どちらでも良い、どうなっても平気でいることが出来る
どちらでも、良い結果を出す、むしろ上手く活用する

よくお聴きする悩みは、何かをやると結果が気になって心配でたまらない
面倒なことはやらないほうが心が休まるので、不安になるならば止めてしまう
そういう人の場合「○○じゃなければ駄目」というような考え方の人が多い

私に言わせると、そういう考え方には、大きな勘違いや弊害がある
「ピンチはチャンス」だと言ってあげても、「ピンチは全てピンチ」だと思うようなタイプ
自分勝手に、どちらかが良い、他方が悪いと決めつける癖が原因だ
「誰がそう決めたか?」そうです「自分が勝手に決めて、そう思い込んでいるだけ」
この癖をきちんと是正しないと何事も上手く行かず、苦しみ悩み続けることになる

そこらへんで、私が実際にやっている考え方・やり方を紹介してみよう
そうすると万事上手く行くし、どうなってもそんなに心配しない、悩まなくなるはずだ
まあ簡単に言ったら「どっちでもよい、どうなってもよい方式」なんです
普通の人は「自分の思う方にならないと困る」から、大丈夫かと心配が絶えない

まず話をやや高尚なことからはじめよう
禅宗の僧侶などを観ていると、厳しい修行をした後に、山中で淡々と寺を守り
世間の何が、どう転ぼうと平常心で、淡々と、かつ悠々と修行を続けている
事態がどちらにどう転ぼうと気にする気配は感じられない、凡人とは真逆だ
「偉い坊主にしか出来ない、自分達には出来っこない」と思っていないか?
凡人は悩まなくてもよいことを敢えて悩む、しかも喜んでそうしてしまう
「雉も泣かずば撃たれまい」「人も無用なことを考えす・やらずば悩むまい」

凡人は一喜一憂・周章狼狽・慌てふためき・ドキマギ・取り乱す・・・・
僧侶の落ち着きは、厳しい修行・禅の教え・暮らす環境のせいなのだろうが
凡人や都会に長く暮した者は、あーだこーだと言っては一喜一憂する

凡人は一喜するから一憂するのだ、つまらんことに一々喜ばないことだ
小ぽけなことを喜ばないことだ、そうすれば小ぽけなことで悩まなくなる
それから「俺がやった」「俺のおかげだ」なんてみみちい考えも捨てたほうがよい
・心配というのは、あーなったら、こーなったらと悪い結果ばかり想像するから
・心配というのは、あーなっても、こーなっても、良い結果が出るようにしてないから
・心配をするのは何ら意味がないどころかマイナスでしかない、
 心配とは結果が良く出るように心を配ること、創意工夫・備えることでなくては

巷の人は、心配し悔やみ、そわそわと落ち着きがない
心がざわつき、オドオドし、自信がなく、何となく暗く、付き合うのも気を使う
更に、小心な割に、頑固で強情な人や、文句ばかり言う人や、偏屈もいる
世の中には困った君や困った嬢が沢山いるから、付き合い切れん
いろいろな負の症状や表情が身体や顔や話しに否応なく現れれてしまう

人の世の中は、特に都会ほど二元対立のるつぼである
物事は右があれば左、表があれば裏、上があれば下のように対立で成り立っ
ところがその二元対立のもののどちらか一方を自分にとって良いと思い込む
わざわざ阪神タイガースのファンなんてことを世間に表明したがるのだ
私はこれが好き、私はこれが良いと思う、私はこれを選ぶ、私はこれをやる・・・・
というように自分にとって都合の良いもの・心地良いもの・有利なものを選択する
しかし、にもかかわらず、その結果、苦しみや悩みも生じるからおかしいのだ

二元対立で苦しむのでなく、むしろそれを上手く活用するのが得策なのであるが

領土・資源・金は皆が欲しがるから争いや詐欺や収奪が絶えない
中国が人口と経済力にまかせて収奪を始めているが、将来の大きな火種だ
二元対立を好む国家も会社も人も絶対に成功・繁栄や平和には辿り着かない

二元対立を受け入れて、巧みに対処していくのは、頭で理解するだけでは難しい
いろいろな二元対立に、むしろ率先して入り込み二元融合させる体験が大事だ
都会暮らしが絶対だと、あまりに強く思い、生涯絶対に田舎暮らしは考えない
思い切って変えてみる、その積み上げが人間対立から自由に解き放たれる道だ

私は故郷を捨て・都会を捨て・家族を捨て・贅沢を捨て・便利を捨て・・・・・
山に20年暮らして結果的に過去のしがらみを、あれもこれも捨て
55~70歳で村上和隆は、結果的に、巧まずして生まれ変わった
他人を指導したり、教えを垂れるほどではないが、自分ぐらいはどうにか出来る
20年の山暮らしは、二元対立という束縛からの離脱だった
多くの変化・多くの経験・多くの新たな出会い・多くの別れ(徹底して捨てる)
地域の人、会社の人と上手く行かない人の多くは二元対立にハマっている人だ

「あいつとは絶対に付き合わない」とか「陰で悪口を言う」なんて人が多いが
私の場合、どんな嫌な人や苦手なタイプの人とも付き合うようにしている
付き合わない、仲良くしないから、喧嘩や揉め事で、どんどんややこしくなる

どちらでも良い、どうなっても平気でいることが出来る
どちらでも、良い結果を出す、むしろ、どちらかと言うと上手く活用してまう
自分にとって嫌なことも平然と受け入れ、活用してしまう癖をつけることだ

・ピンチはチャンスと言うではないか
・苦は楽の種、苦あれば楽ありと言うではないか
競技や勝負では、攻めだけでは安定的に勝ち続けられない、守りも大事だ
むしろ守りのほうが、大事かもしれない、守りあっての攻めなのだ
東京など大都会も攻めばかりの姿勢が目立つが、そろそろ守りが大事だ
高齢化では守りばかりでなく、最近、むしろ攻めの老後が大事と考えている

積極的生き方とは、ガンガン飛ばすことではない、むしろ冷静かつ合理的だ
かつ円満・余裕があり、一喜一憂せず、いつも平然としている、大仁の風格だ

世の中の人には、多くの雑多な経験をした人と、経験が少なかった人がいる
世の中の人には、多くの変化をした人と、変化が少なかった人がいる
世の中の人には、多くの自立・自律をした人と、自立・自律がしない人がいる

当初入社の大企業M社では、定年まで他社に転職したことのない友人が多い
少なくとも日本では、多くの人は、経験や変化や自立は避けて生きようとするが

私などはむしろ、あえて世間とは正反対に、変化や経験や自立を多くしてきた
だから若い頃は不幸・不遇だった、変化・新体験・自立は楽でなく、つらいことだ
関東から関西へ・故郷を離れ一人暮らし・都会から田舎へ・大企業から小企業へ
そういうことは苦労が多いために、私の世代でそういうことをする人は少ない

欧米ではむしろ、
多くの会社・多くの国や土地・多くの人・多くの体験・多くの状況を好む
日本の文化や技術を学びに来る外人も多い、この点が日本人に欠けている
長尾の山のログハウスを安く売り出しているがなかなか買い手がつかない
しかたがないので、今必死に自分でリフォームや整理をしている始末だ
外国なら、都会に近い山の良質の安いログハウスはすぐに売れるはずだ
世の中が元気なくなって、こんな良質な物件が売れないのが日本なんだろう
生き方が大きく変わる日本人が出てくるにはあと10年はかかるね

日本人は例えば「何にしますか?」「なんでも結構です」という答えが一般的だ
これはこれで日本的であり、日本人の私には当たり前かつそれで良いと感じる
しかし、あまりにも主体性のない無責任な答えであり、よい結果にはならない

欧米人が、自己主張が強いのはある意味、彼らの扱い難さにもつながる
日本のように「まあまあ空気を読んで、適当にやりましょう」と無難にはいかない
しかし現代の日本人は、日本人の一面を僅かに残しながら、他の多くの部分で
二元対立を強く出し、自己中心的な主張をしてしまう、昔の日本人とは大きく違う

昔の日本人は二元対立を敢えて否定し、二元融合を実践してきたのだ
唯一の間違いは太平洋戦争突入だったが
あれは二元融合の国だからこそのやむにやまれずの苦い結果だったんだろう
そして現代では世界からは、地震や災害後の行動などで評価されているが
日本人としての良さも減り、かつ悪い事だけ欧米化しているのが現実だ

東京オリンピック招致は大反対だったが、結果的に惨憺たる状況になっている
ああいう争い事には日本はあまり積極的に関与しないほうが無難だ
争って、勝ち誇るなんてのは野蛮人のやること、国民栄誉賞なんかもっての外

世の中には専門馬鹿の人も多い、こういう人は頑固で威張りちらす
立派なようで立派でない、自立しているようで自立していない、狭い人間だ
すなわち専門外では役立たずだ、専門以外のことは何をやらせても出来ない
定年後の亭主みたいに、文句が多いし役立たずと言われてもしかたがない
一般的に専門家やその道の第一人者という人とは付き合わないのが無難だ
面白くも楽しくもない人が多い、自分中心でやたらに自慢だけが多い
こんな人は10~20年、山に一人で暮しことを是非お勧めする

人生で大事なことは、自分にとって都合の良いことや楽なことより、
よりつらい面倒なこと、挑戦的なことを貪欲に経験すべきなのだが、
現代人は便利に慣れてしまい、面倒を拒絶する若者や老人が多くなっている
その結果、日本人の美点である我慢とか相手を立てるなんてことも出来ない
最近の日本の若者は相手を立てない、我儘だ、世渡りが下手

どちらか一方を良しとし、他を悪いと決めつけてしまう
そして自分の考え方や暮らし方・生き方や行動が片寄って行く
二元対立の片側に大きく傾いたまま、むしろ更に傾いて行くのだ
好き嫌い、良し悪し、苦楽、美醜、多少、・・・・・とにかく片寄る
食べるものは肉、何でもスマホ、歩かず作業せず、毎日酒飲む、美人を追い回す
思い込み・信じ込み・固執・偏愛・偏執・こだわり・自分なりの常識・癖
現代の病気はほとんどが、生活・暮らし方が一方に片寄るのが原因なのだ
片寄るには相当に深く、広い経験や見識が必要だが、なかなかそうはいかない

・現代は =  便利+豊+楽
・昔は =   不便+貧しい+つらい
一番良いのはこの融合型で、幸いに私などはその路線を進んで来たように思う

不便も・貧しさも・つらいも・やり方次第で人生にプラスで、良い結果ももたらす
現代の暮らしを私が観ていて、可笑しなことしているという例が沢山あり過ぎる
幾つか例を挙げてみよう

●例1:チーム・選手・俳優などをひいきする
野球やサッカーを、ヒイキのチームを、やたら必死に応援する人がいる
試合内容は関係なく、とにかくタイガースが勝てばすごく幸福というわけ
会社の仕事を終え、帰宅せずに競技場に出かけ応援する、「お疲れさま」
まあ、かつての私もそうであったから、理解はできるが、それでも
冷静に見ていると一体何のためにあれ迄必死に応援するのか不思議でならない
彼らなりに何らかの理由はあるのだろうが、私には無駄なことにしか思えない
選手の家族とか縁故とか友人ならば少しは納得するが、実は、赤の他人なのだ

・阪神タイガースの選手は赤の他人
・一生懸命稼いだお金を無駄に使う
・仕事で疲れ、応援で更に疲れる
・勝てばいいが、負けると落ちこむ
・応援というより、勝つことに拘る、精神的ストレス
・打つべき時に打たない、エラーは腹がたつ
・よく考えると無駄で、何ら有益な価値を生まない
・だいたい、他人にあんなに入れ込む値打ちはない
・やってる選手も体調不良だのスランプだのろくでもない
・競技場でテロや事故もあり得る
・夜遅くまで飲み食いしながらストレス、身体に悪い
それでも、なぜかどんどんのめり込む
「万年優勝しないチームなんか見放せ」と思うがそうはしない
駄目チームでも、いや、駄目チームこそ、永遠に応援し続ける
優勝するチームをひいきすればよいがそんなことはしない

・同様に自己愛とか家族愛とか仲間意識なんてのも熱烈なファンである点では
阪神タイガースと同様であって、自分に密着したあらゆるヒイキ目も害がある
自己愛の強い人がいるが、こういうものも年齢とともに減らすなり無くすとよい
自己愛が阪神タイガース同様に自分を苦しめていることも多い
苦しむくらいなら自己愛や家族愛や仲間意識も百害あって一利無しだ
女性が高い化粧や美容室通いで必死に美顔しているが一利あるかなしかだ

●例2:値上がりばかりに拘る株式投資
株式に投資する値上りばかり追及する人がいる
そうではない、値上り半分、値下り半分だから
・「今日も株が値上りしました」「良かったですね」は、おかしい
・「今日も株が値下りしました」「残念でした」も、おかしい
値下りも追及しないと儲からないし、大損することが多い
値上りだけしか儲からない・儲けてはいけないと信じ切っている
値上りと値下りは半々なのだから、一喜一憂しては、毎日疲れて仕方がない

でも、ひたすら値上りばかりで一喜一憂する、やがて大損で離脱する
資産運用や株取引を嫌う人の多くがこのような誤解が原因なのだ
日本人が株式投資をしないのは、
値下がりするのが心配でおちおち夜も眠れないというのが原因のようだ
もし、株式会社取引がそんな心配なことであれば、私は当の昔に止めているはず
株式投資などは、欲張らないことです、利益は少しで良いのだ
まあ何事も欲張るから失敗するし、心配ばかりするのではありませんか
心配より日々のちょっとした地道な努力の積み重ねが大事なんですがね

おかしなことに「自分で自分を追い詰める・苦るしめる」のが実態だ

従ってまずは
1)相場がすでにかなり上がった後には原則買わない
2)株価低迷、暴落している時に買う
3)銘柄によって値が安い物を物色する
4)値上がりして利益が出たら半分売る
5)その後値上りしたら待つ、値下がりしたら売った分買い戻す
6)そこそこ満足する利益が出たら残りを売る、まだいけるなどと欲張らない
・将来性はあるが価格が低迷しているものを物色する
・株式は安く買い、高くなれば半分売って、様子を見る
・高い相場の時には買わない
・一度に沢山まとめて買わない、少しづつ時間をあけて買う
・儲かったらとりあえず一部または全部を売る

人生においても同様の誤解が人を苦しめているのだ
幸福だけが幸福だと信じきっている、「人生は楽ありゃ苦もあるさ」である
楽だけを追究せず面倒や不便や苦難も活かす努力が大事なことを忘れているのだ

資産運用は原則分散投資をお勧めする
分散投資は勝ち負け五分五分を目指す、「それじゃ利益が出ないじゃないか」
危険な投資というイメージが多いが、欲張り過ぎ、儲けようとする人ほど損する
私の経験上もそういうことが言える、儲けようと欲張って大損していた
ところが分散投資を貫くと
・あまり怖くなくなる
・大損しなくなる
・その代わり、むしろ少額ながら毎年安定的な利益が出る

人生でもそうなのだ、欲張り過ぎると大損、大失敗するのだ
私は、資産運用の経験から次の教訓を得た
どちらでも良い、どうなっても平気であること、どちらかに片寄るのは止めよう
良い/悪い、儲かる/損だ、速い/遅い、楽/しんどい、便利/不便・・・・
どちらでもいいのだ、それを上手く仕組むことポートフォリオが大事だ

●例3:自分の欠点に拘る(それほど誰も観てませんが)
自分は顔悪い・頭悪い・金ない・性格暗い・なにやっても下手・・・なんて
悩む人が多い
私もかつてぴったり当てはまって、長年悩み続けてきた
・何でこんなに頭が悪いのだ、特に記憶力は遺伝しかなり劣悪
・何で人付き合いが下手なのか?友達いない
・なんでお金儲けが下手なのか、預金も資産も増えない
・顔も今一つ恰好よくない、女の子にもさほどもてない
・性格もどちらかというと真面目で暗い、悲観的に考える
・相手に対して意見を主張できない、喧嘩もできない
・人生に対して明るい将来や夢や目標がない

それやこれやで、55歳までは駄目人間そのものだった
「いい学校、いい会社に行ってらして」なんて他人から言われても
「わかってない、俺はひどい、最悪なんだ」とますます、かえって落ちこむのだ
しかし当時を振返ると、私自身によるより、思い違いによるものだったのだ
簡単に言えば考え過ぎ、固定観念による束縛、自分不在などであったろう

過剰に卑下し、コンプレックスになり、行動が消極的になるのは良いことではない

●その他、いろいろ拘る、片寄る、捕らわれる
・円安だろうが円高だろうがどちらでも良い、資産をきちんと運用できる
・株が上がろうが下がろうがどちらでも良い、資産をきちんと運用できる
・阪神タイガースが勝とうが負けようがどちらでも良い、自分にとっては何もない
・美人だろうがブスだろうが、どちらでも良い、美人もブスも生き方次第
・体力があるとか、金持ちとかどちらでも良い、必しも良い結果になるとは限らない
・・・大切なことはどんな状況も受け入れて的確に向き合えば、結果はついてくる

人は苦しむ生き物である、人は苦しむために生きる、
人は苦しみから逃れようとして、かえって苦しむことになってしまう
動物は無駄・無用に苦しまない、彼らは自然で単純に生きているからだろう
人間の場合、苦しみの原因は多岐にわたっており、ややっこしい
しょっちゅう、苦しみに追いかけられ、無駄に悩み過ぎてしまう

苦しみを受け入れる、苦しみが平気だという人は別だが、そんな人は少ない
私も安曇川の山で20年暮らす以前は苦しみ悩み多き人だったと思うが
55歳以降、山に暮らし経営コンサルタントをして今74歳、私はすっかり変わった
55歳までが嘘のゆように、不思議と今は、やたらに苦しむことは激減した
苦も楽もバランスさせることだ、どちらか一方に片寄るのは得策ではない
むしろ片寄ることは苦や悩みを増やすだけだ
まあ歳の功なんだろうが、私の最近の生き方や心構えを紹介しよう

私が山に20年暮らして自分なりに決めた生き方は中庸、片寄らないということ

①諦めない、でもいよいよ駄目なら潔く諦める、逃げ出す
②予防に万全を期す、その上で被災したらその場で最善をつくすのみ
③争わない、どうしても必要な場合だけ意見を主張する
④自然をモットーにする、自然流・自然主義、不自然は排除する
⑤広々、のんびりした田舎に暮らす、狭苦しいところに近寄らない
⑥一日動く、作業する、働かずば喰わず(働くとは単純に動く事)
⑦暮しの一つ一つをルール化し、きちんと守る、でも時によって頑固ではない
⑧明るく誰とも気さくに付き合う
⑨ひいきを作らない
⑩何かに我を忘れのめり込まない、いつも冷静で冷めている
⑪マイナス・駄目・負け等を深刻に悩まない、そのまま受け止める
⑫相反することをむしろ、うまく利用する

このうち⑫の項目を中心に具体的にお話をしたい

普通人間は自分にとって一見良いことを追い求めてしまう
例えば
・阪神が勝つことだけを喜ぶ
・株式が上がる事だけを喜ぶ
・自分の意見を曲げないで相手の意見を受け入れない
・美人・美男が良いと思う
・身体が強いことを求める
・便利なことが良いと思い込む
・都会が暮らし易いと思い込む
以上のことを冷静に深く考え直すと、必しも良いとばかりは言えない

何しろ安易に勝手に良い・悪いを決め、強く思い込んでしまう

さあ今日から阪神タイガースを熱狂的に応援するのは止めましょう
実に愚かしい・あさましい・みっともない・くだらない・無駄・意味ない・・・
もし止められなかったら
それは貴方自身の弱さ・甘さ・お粗末さを示すだけのことなのだ
そういうことから卒業した私に言わせれば
「勝手にやってなさい」「何の利益も、人間成長もありません」
「他人のフンドシで相撲をとる」なんて何の意味もない
他人ではなく、せめて自分で勝て喜びなさい!!

しかし私などは自分が勝っても、敢えて喜ぼうとはしない
即ち勝負けなんて、どうでもよい、勝ち負けが一体なんなのだ?
そうならないと、人間は悩み、苦しみ続けるだけなのだから
そうだったら、一切何事も喜びも悲しみもしないことが大事だ
こうしたい・こうなりたい・しかもそうなたら喜び、ならなかったら落ち込む
そういうことは、無意味・無価値・無駄なだけなのだ
そうでもあるにかかわらず、人間は他人のことさえ一喜一憂したがる愚かしい
必死に応援している人達を観ていると「頭がおかしいんじゃないか?」と思う

私が野球を観戦する場合、もし阪神タイガースがひいきであっても、
阪神が点数入れようが、相手が点数入れようが平然としている
というより、むしろどちらでも面白いなーと冷ややかに観ている
勝つか負けるかとか順位は、そのままを受け入れる、
一位のチームも最下位のチームも「そうなんや」程度
一位のチームは称賛し、最下位のチームは駄目、その原因を考える、それだけ

客観性がない、衝動的、ヒステリック、冷静さを失う、エイヤーでやってしまう
ヒイキのチームや選手が勝つことだけを考え過ぎるのは、太平洋戦争の日本軍や
ドイツのヒットラー、現代では北朝鮮や中国共産党がその典型ではなかろうか?

最近の私にとってはオリンピックでメダルなんかとってもとらなくてもどっちでもいい
メダル獲得を国の目標なんかにするのはバカバカしくてお話しにもならない

山暮しをしてから、グルメを求めなくなった、食事にそんなに手をかけなくなった
食べ物を必要以上に美味しくすることの虚しさを実感したから
素材に近いものを食べる、正直そんなに美味しくないが続けていると苦ではない
もともと自然の生き物は調理などしない、味など加えないのだ
そういうベースにもどって、やたらに過度に美味しいものを求めなくなった

逆に時々美味しいものを食べると、美味しさが身体に浸みわたってくる
美味しいラーメン・美味しい寿司・美味しい洋菓子・・・・私は全く興味がない
偶然にそういうものに出合う以外、私には感心も必死に行列に並ぼうともしない
求めない、偶然にたまたま出会うこと、一期一会みたいなことが好きだ
人生はそんなもので良い、そんなものが良い結果をもたらすことを知って欲しい

・旅行もしなくなった、自分の住みたい場所に引っ越し、安曇川に根を生やしています
 (数日の旅行より、一定期間引っ越すことだ)
・都会と違い、大病院がない田舎には住めないなんてことも考えもしない
・衣服も質素にしている、華美に飾るのは、自分を偽っているように思っている
・大工仕事も野菜作りも自分でする、買うのが当たり前なんて考えない
・男・女・老人・若者・子供・都会の人・田舎の人誰とも気軽に付き合う
・田舎や山に暮らして「来る者は拒まず・去る者は追わなく」なった
・付近の清掃や整備や町の役も、他人のためにやってあげているなんて思わなくなった

しかし、たかだか、このような簡単なことが普通の人は、すんなり出来ない
  『どちらでも良い、どうなっても平気であること
  どうでも良い、どちらでも良い、どうなっても良い、片寄らない
  むしろ、どちらでも、良い結果にする、良い結果になるものだ
  良かれと、どちらかに片寄ることは、悩み・苦しみを生む元だ』

”阪神タイガースが勝っても負けてもどちらでもよい”とは、なかなかならない
美人・秀才・屈強・金持ち・・・から離れられない
株式は値上がりばかり求める、株式以外に分散投資しない
都会でなくて田舎でも山奥でもどこでも住もうとはしない
・・・・・・・・
どう説得しても、どんだけ説得しても、絶対に応援を諦めない
「もうお手上げ、一体何がこの人をそうさせているのか?」回答は絶対に出てこない

中庸という言葉があるが、まさに中庸という言葉に尽くされるのだろう
私は、目立つ人、偉い人、華やかな人、金持ち、美人、勝者を羨むことはない、
むしろ、私は、あえて、悩み多い人だ、可哀そうな人だと思うのだ

人がごく普通に「良い・悪い」「応援する・しない」「美味しい・まずい」を鵜のみにしない
一度全て疑ってみる、しかし注意すべきは、他人批判しろとは言っていない
あくまで自分の生き方を見直し、生き方や行動を自ら正していくことだ

おさらい
1.良い悪いを決めつけない
2.偏らない
3.二者選択において、結果がどちらになっても事前に適合するようにしておく
4.どっちでも良い、どうなっても良いを常にモット―にする
5.一喜一憂しない、喜び過ぎない、悲しまない
6.既成概念を一度綺麗さっぱり捨て去る(現実には難しいことだが)
7.偏った暮らしを長年続けない
8.自分の既存の価値観を一度疑ってみる
9.他人と同じ考えであることに拘らない
10.「他人のためにやってあげる」などといった植え付けられている価値観を捨てる
11.どちらでも良い結果がでるようにする工夫や努力をしてみる
12.まあ、あとは私のように山で20年くらい長年の垢を落とすことでしょうか


簡単そうで実は、時間+努力+修養が必要です

長尾のログハウスをリフォームしている、私としては必要を感じないが
購入する人には、安い上に、建物や庭がすっきりしていないといかんみたい
・無用なものを除去 ・小ぎれいにする ・片づける ・破損個所を修理
玄関もすっきり整理しました


裏も目隠しし、すっきりさせました。無用な物を撤去しました




土間の仕切りも和風に直しました


隣との囲いの部分の垣根・扉も直し土に苔がはえないように石を敷きました


庭の草花もほとんど抜きました、木も伐りました


水場も小綺麗にしました


7月2日日曜日川の土手の竹や雑草を2m分刈りました。草刈り機と町内総出
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