めご の ひとりごと

ほぼ ひとりごと と おぼえがき

阿古屋の松

2017-05-19 | よむ


阿古屋の松
著 津村淙庵
訳 細川純子
無明舎出版


福島・宮城・山形・秋田観光旅行本のようで興味深かった(笑)。

筆者が久保田藩の用事で秋田でかける道中のこと。

東京出発→埼玉→栃木→福島(二本松・福島・桑折など)へ。

同行者はまっすぐ山形に向かうが
著者は松島に寄り道(笑)。

仙台へ  越河→白石→宮→金ヶ瀬→槻木→岩沼(武隈)→増田→中田→名取川を渡る(あの名取川と感激している)→長町(田舎・・・)
松島へ  宮城野原→多賀城(壷の碑)→塩釜(塩釜神社)→松島(雄島・富山など)
宮城が誇る観光地巡り(笑)。
松島から戻って山形へ  国分町→落合→白沢→馬場→(大瀧は秋保大滝だよね)→二口峠

山形(山寺・尾花沢など)
当時の一般常識で富士山(99丈)より湯殿山(100丈)が高いことになっていた・・・。
秋田(男鹿・院内など) 
久保田藩の決裁待ちの間また観光。 

久保田藩の決裁が下りず雪が降ってくるのに帰れないって・・・松島に寄り道してるからでは(笑)。

秋田からの帰り道
山形県上山温泉→楢下→金山峠→宮城県七ヶ宿町・湯の原→材木岩 を通って福島県・桑折へ。 


★★★★★
内容説明

天明元年(1781)、江戸の商人(歌人)津村淙庵は、奥州街道、羽州街道を通って出羽の国を往復、初めて東北の風景、風俗に接した。本書はその新鮮な驚きと感動を綴った紀行文である。淙庵の見た江戸中期の東北地方が、瑞々しい現代語訳と詳細な注解でよみがえる。

著者紹介
細川純子[ホソカワスミコ]
1942年宮城県仙台市生まれ。1975年宮城学院女子大学卒業。1977年日本女子大学文学研究科修士課程修了。同年宮城学院中学校高等学校勤務。1987年から宮城学院女子大学日本文学科非常勤講師を兼務。2001年東北芸術工科大学大学院芸術工学研究科入学。2003年修了

津村淙庵[ツムラソウアン]
元文元年(1736)に生まれ、文化3年(1806)に71歳で亡くなっている。久保田藩御用達商人で、天明8年、奥州、羽州街道を通り久保田(秋田)に一年四ヶ月滞在し、『雪のふる道』を著した(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

★★★★★
山形市観光協会

あこやの松(千歳山)
山形市の東部にある千歳山は、標高471mで、全山が緑の待つにおおわれている円錐形の優雅な山容である。また、阿古耶の松と阿古耶姫の伝説で有名である。
阿古耶姫は、信夫群司の中納言藤原豊充の娘と伝え、千歳山の古松の精と契を結んだが、その古松は名取川の橋材として伐されてしまったので、姫は嘆き悲しみ、仏門に入り、山の頂上に松を植えて弔ったのが、後に阿古耶の松と称されたという。『夫木集』に、「陸奥のあこやの松に木がくれて、出ずべき月の出やらぬかな」と詠まれている。
阿古耶の松については、『平家物語』の一項にもあり、実方中将が阿古耶の松を尋ねんとする一文がある。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 花盛り | トップ | 3,000,000PV »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。