めご の ひとりごと

ほぼ ひとりごと と おぼえがき

ブラタモリ 富士山麓

2016-10-29 | ぶらたもり
#52 富士山麓
~富士山最大の玄関口はどうできた?~
放送日:2016年10月29日(土)

◆上吉田は雪代によって耕作地ができ、雪代によって移転をしなくてはならなくなったのか。

★★★★★
NHK公式ホームページより

ブラタモリ、世界遺産の富士山麓に広がる町へ!
江戸時代以降、富士山に登る人が最も多いのは山梨県側の「吉田ルート」。その起点にあたる富士吉田市は、その登山者を長年にわたって迎えてきた町。そしてそれは、昔から脈々とつながる富士山信仰と密接に結びついていました。タモリさんが、富士山最大の玄関口に秘められた謎を、ブラブラ歩いて解き明かします。
まずは富士山の澄んだ名水があふれる「忍野八海」を訪ねたタモリさん。湧水と富士登山の意外な関係とは?江戸時代、富士山に登る人は、御師(おし)と呼ばれる案内人の導きで、霊峰へと挑みました。当時の富士吉田は、その御師によって栄えた町。そしてなんといまも、この町には現役の御師が!御師のお宅を訪ねたタモリさん、続々と登場するお宝に大興奮!さらに町はずれにある謎のトンネルへ潜入!溶岩がひろがる富士の麓に町をつくるための、江戸時代の工夫とは!?

オープニング  

01:富士山最大の玄関口はどうできた?
富士登山者の6割を占める「吉田ルート」。450年前からの麓の町づくりに迫ります。
02:忍野八海
富士山を信仰し登山をするグループ“富士講(こう)”の人々が禊をした神聖な池です。

御師の住む町

01:金鳥居
吉田ルートの起点の町・上吉田に建つ、別名“富士山一の鳥居”です。
02:御師の家が立ち並ぶ通り
御師は富士山を登る人を受け入れる旅のコンシェルジュであり神職。現職の御師の家も!<御師の家は個人宅のため立ち入りはできません>

上吉田の町づくり  

01:雪代がつくった谷
富士山の雪解けでつくられた谷が、上吉田の町の境界です。
02:滝
忍野八海から流れ込むこの水が上吉田を潤した水源です。
03:溶岩の壁
水源から上吉田に水を運ぶには、この溶岩の壁を乗り越えなければなりませんでした。
04:江戸時代の用水トンネル
溶岩の下にトンネルを通して、町に水を引きました。<一般には公開していません>
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