めご の ひとりごと

ほぼ ひとりごと と おぼえがき

ブラタモリ 富士の樹海

2016-10-15 | ぶらたもり
#50 富士の樹海
~日本を支えた?樹海の正体とは!?~
放送日:2016年10月15日(土)

側火山や溶岩の流れが、赤色立体地図だとよくわかる。
航空測量と言えばアジア航測だよな~と思って調べていたら、赤色立体地図の父(byブラタモリ)は宮城県出身だった。

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NHK公式ホームページより

日本一の山・富士山の、山梨県側の麓に広がる“青木ヶ原樹海”。
その面積は、なんと山手線の内側に匹敵する30平方㎞。鬱蒼と生い茂る森のために昼なお暗く、「方位磁石が狂う」「方角がわからなくなる」など、とかく怪しい噂がある樹海。そんな樹海が、実は“日本を支えた”…って一体どういう事?人生で初めて樹海に足を踏み入れたタモリさんが、知られざるその正体と驚くべき真実を、2回にわたって徹底的に探ります。
まずは、樹海の正体を探るべく、登山道を奥へと進むタモリさん。足元にゴロゴロ落ちている石に注目すると…これって、溶岩?? 実は、青木ヶ原樹海の正体は、富士山最大級の大噴火・平安時代の「貞観噴火」で流れ出た溶岩の上に、1000年以上かけて再生した森でした。「方位磁石が狂う」「方角がわからなくなる」という怪しい噂は、この溶岩の仕業だったのですが…どういう事? そのまま奥に進んでいくと、登山道のすぐそばに何やら不思議なくぼみを発見! 貞観噴火の噴火口にタモリさん大興奮!

オープニング

01:紅葉台
ブラタモリ「富士の樹海」。富士山と青木ヶ原樹海を見渡せる展望台からスタート
02:“日本を支えた!?樹海の正体とは?”
青木ヶ原樹海。その成り立ちと、日本を支えた知られざる真の姿に迫ります。

樹海の正体
  
01:樹海の中へ
02:樹海の噂を確かめる①
「磁石をくるわせる」正体は、磁気を帯びている磁鉄鉱。しかしその磁力はわずかです。
03:樹海の噂を確かめる②
「方角がわからなくなる」正体は、凸凹で見通しの悪い地形をつくる森の下の溶岩です。

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Wikipedia 貞観大噴火より

貞観大噴火(じょうがんだいふんか)とは、平安時代初期の864年(貞観6年)から866年(貞観8年)にかけて発生した、富士山の大規模な噴火活動である。
この噴火は、山頂から北西に約10km離れた斜面で発生した大規模な割れ目噴火である。長尾山ほか2、3のスコリア丘を形成し、膨大な量の溶岩を噴出させた。噴出物の総量は約14億m³にも及び、溶岩流は北西山麓を広く覆い尽くした末に、北麓にあった広大な湖・剗の海(せのうみ)の大半を埋没させた。江戸時代中期の1707年(宝永4年)に起きた宝永大噴火とともに、富士山の噴火災害の特異例として数え上げられ、文献記録に残る富士山噴火のうちで最大規模とも言われている[1]。
なお、この噴火で埋没した剗の海の残片が現在の富士五湖のうちの2つ、西湖と精進湖であり、溶岩流の上に1100年の時を経て再生した森林地帯が青木ヶ原樹海である。

貞観噴火の推移

以下は、当時の歴史書『日本三代実録』の記述による。

貞観6年5月25日(864年7月2日)、駿河国の報告
富士郡正三位浅間大神大山火、其勢甚熾、焼山方一二許里。
光炎高二十許丈、大有声如雷、地震三度。歴十余日、火猶不滅。焦岩崩嶺、沙石如雨、煙雲鬱蒸、人不得近。大山西北、有本栖水海(みずうみ)、所焼岩石、流埋海中、遠三十許里、広三四許里、高二三許丈。火焔遂属甲斐国堺。
(※ここでいう1里は6町=約650m。「〜許里」は「〜里ばかり」の意)

現代語訳
「富士郡の正三位浅間大神大山が噴火した。その勢いは甚だ激しく、1、2里四方の山を焼き尽くした。火炎は20丈の高さに及び、大音響は雷のようで、大地震が3回あった。10日以上経過しても、火の勢いは未だ衰えない。岩を焦がし峰を崩し、砂や石が雨のように降る。煙や雲が鬱々と立ち込め、人は近づくことができない。富士山の西北にある本栖湖という湖に焼け石が流れ込んだ。焼け石の流れは長さ約30里、広さ3、4里、高さ2、3丈に及ぶ。やがて火は甲斐国との境に達した」
約2ヶ月後の7月17日(8月22日)、甲斐国の報告
駿河国富士大山、忽有暴火、焼砕崗巒、草木焦殺。土鑠石流、埋八代郡本栖并剗両水海。水熱如湯、魚鼈皆死。百姓居宅、与海共埋、或有宅無人、其数難記。両海以東、亦有水海、名曰河口海;火焔赴向河口海、本栖、剗等海。未焼埋之前、地大震動、雷電暴雨、雲霧晦冥、山野難弁、然後有此災異焉。
現代語訳
「駿河国の富士山が大噴火した。峰を焼き砕き、草木は焦がれ死ぬ。土や石くれが流れて、八代郡の本栖湖と剗の海を共に埋めた。湖水は熱湯になり、魚や亀の類は全滅してしまった。民家は湖と共に埋まり、残った家にも人影は無く、そのような例は数え上げることもできない。ふたつの湖の東には河口湖という湖があり、火はこの方角にも向かっている。湖が焼け埋まる前に大地震があり、雷と豪雨があり、雲や霧が立ち込めて暗闇に包まれ、山と野の区別もつかなくなった。しかる後に、このような災厄が訪れたのだ。」
8月、朝廷では甲斐国司に対して浅間神社の神を奉じて鎮謝するよう命じている。しかし貞観7年(865年)年末の記録に「災異いまだ止まず」とあることから、この時期まで2年間に渡り、噴火活動が継続していたことが伺える。

青木ヶ原溶岩流
貞観大噴火の折、いくつもの火口から別々に噴出した溶岩流を、総称して「青木ヶ原溶岩流」と呼ぶ。溶岩流は富士山北麓の大森林地帯を焼き払いつつ流れ下る際に多くの溶岩洞や溶岩樹型を形成した。それらの一例が現在の鳴沢氷穴や鳴沢熔岩樹型、西湖蝙蝠穴である。森林地帯を埋め尽くした溶岩流は剗の海に至り、最大深度100mはあったと推測される湖の大半を埋め尽くした。その後、溶岩流の上には1100年の時を経て植生が回復し、ハリモミなどの針葉樹を中心とした原生林・青木ヶ原樹海が生まれた。

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ブラタモリの「アレ」、赤色立体地図って何?
更新 2015/10/31 16:02 dot.



「うわっ、なに、このおできのような赤いものは……」。初めてその地図を見たとき、思わず声を上げてしまった。それは、赤色立体地図。アジア航測株式会社の技師長であり、火山学者でもある千葉達朗さん(58)が発明したものだ。

尾根などの周りより凸なところは明るく、谷など落ち込んでいるところは暗く表現され、平面の地図なのに、上下左右どの方向から見ても立体に見える不思議な地図である。

声を上げてしまったのは、富士山の赤色立体地図を見ていたときだ。日本人なら誰でも知っているこの日本最高峰には、70もの側火山が確認されており、その山肌は結構でこぼこしている。絵で見るように、なめらかな山肌をもつ富士山とはずいぶん違った印象だ。さらに赤色立体地図だと側火山ひとつひとつがぷっくりと盛り上がっているのが分かり(それがおできのように見えたものの正体だ)、また崩落を続ける大沢崩れは、まるでナイフで切り崩したような深い谷が落ち込んでいるのがはっきりと分かる。

尾根と谷の立体感といい、側火山の盛り上がり感といい、ほかの地図では得られない臨場感、まさに従来の地図の概念をくつがえすような「目では見えない地形まで現れる地図」。それが赤色立体地図だ。

この地図は、千葉さん自身が必要に迫られ、試行錯誤の末に誕生した。入社13年目、青木ケ原樹海の調査をすることになり、地図を見て下調べをしていた千葉さんは、地面を覆っている樹木を取り除いて、地面のデータを直接観測できる航空レーザでは現れている複雑な地形が、普通の等高線図ではうまく表現できていないため、自分が入る樹海のどこがどんな地形なのか分からないことにがくぜんとした。

「これでは遭難するかもしれないので、航空レーザのデータを何とか等高線以外の手法で表現しようと、プログラムや画像ソフトを駆使して悪戦苦闘、その結果生まれたのが赤色立体地図なんです」。

赤にしたのには、理由がある。肉や刺し身の鮮度を赤みの強さで判断することができるように、人の目の網膜には赤を感じる錐体細胞が多く、わずかな彩度の違いも判別できる。赤色であればこの特性をいかせると思ったからだ。

それまでにも、光の当たり具合の陰影で地形の高低を判別する陰影図や、急斜面ほど黒くする斜度図といった表現法はあったが、いずれも角度や光の当たり方により凹凸が反転して見えたり、凹凸の区別がつかなかったりという欠点があった。しかし赤色立体地図はそれらの欠点を補い、どこから見ても凹凸が逆にならず、地形そのままの立体に見える地図ができたのだ。

こうした特徴を用いて、赤色立体地図はさまざまな分野で活用されている。そのひとつが防災だ。伊豆大島は30〜40年に1度、中規模な噴火をくり返す活火山として知られている。東京都では、「火山噴火緊急減災対策砂防計画」(突然噴火が始まったときに、溶岩流の影響範囲を検討するためのもの)に基づいて伊豆大島の1万分の1、0.5ミリのドリルで地形を削り出した立体模型を作製し、その表面に赤色立体地図を精密にプリントした。この模型に溶岩と同じ粘性を持つ液体を注射器で垂らすと、噴火時の溶岩流出シミュレーションができるのだ。

「コンピューターの計算でも溶岩がどのくらいの時間で集落部に到達するかを予測することはできます。しかし、伊豆大島は小さいので、精密な計算をしているうちに溶岩が到達してしまう可能性もある。この模型を使ったアナログモデル実験なら簡単に何度でも試せるし、停電の時でも問題ありません。普段は博物館などで地形の解説に使用し、時に実験もできます」(千葉さん)。

本来は、緊急に避難路を検討するのに使う目的で作製された模型で、この方法なら大人も子どもも目で見て結果を把握することができる。さらに、理科実験のようなおもしろさもあるので、楽しみながら防災についての意識を高めることができるのがすばらしい。(ちなみに、溶岩と同じ粘性の液体を探すのにはあれやこれや試し、悩んだそうだが、とある市販シャンプーに水を加えたものが最適と分かったという裏話もある)。

そして、NHK人気の番組「ブラタモリ」でも使用されているように、地形を読み取りその土地の成り立ちを知ることもできる。たとえば、立ち入りできず樹木が茂っているため、詳細が分からない古墳の形状も、赤色立体地図ではくっきりとその全体像が浮かび上がる。さらに、伊豆大島、御嶽山、箱根など多くの火山を赤色立体図で見てみると、噴火の時代が異なる溶岩が重なるようにしてできた地形であることが分かる。

身近な商品としては、登山マップとしても活用されている。百名山の「山っぷ」という商品で、1/25000の地形図の背景に赤色立体地図を重ねたものだ。「山っぷ」のホームページで必要な山域を指定し、セブンイレブンのマルチコピー機で印刷、購入することができる。また、岐阜県では約50の小中学校で、身近な火山である御嶽山について学ぶ防災の授業が開催され、赤色立体地図が使われただけにとどまらず、常に見て学ぶことができるように、生徒ひとりひとりに赤色立体地図がプリントされた風呂敷が配布された。

近年、もともとの地形を改変した上に作った住宅などが、豪雨や地震で被災する例が散見される。たとえば数年前に土砂崩れが起きたある場所は、赤色立体地図では「急な斜面があり、谷の出口に過去何度も起きた土砂崩れでできた扇状地がある場所」ということが読み取れる。しかし宅地造成されたものを人が目で見ただけでは、そのような過去の地形の変遷は分からない。「自分が買おうとしている土地、今住んでいる土地」の土砂移動実績を地形から判読し、災害に備えるには赤色立体地図の情報は非常に有効だ。

すでに自治体では、その地域の赤色立体地図をオーダーし、防災に活用しているところもある。もし、自分が今住んでいる土地の赤色立体地図が見たいのに、まだ存在していない場合は、自治体にリクエストしてみるのもひとつの手かもしれない。

千葉さんは宮城県石巻出身。震災で被害を受けた門脇小は母校だ。震災後、ふるさとの役に立てばと、石巻市の赤色立体地図を作り、市に寄付したという。今後の石巻市づくりに役立てばという思いからだ。

多くの可能性を秘めたこの地図は、やがて「地図のスタンダード」になる予感がした。
(島ライター 有川美紀子)




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